Olgamally_o_a   作:庭の花

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第3話 Welcome mew travelers!

 

 敵は皆すべからく殺すべし。

 それはノースティリスで生活する上で大切な心構えである。そのため冒険者のような荒事に生きる者は元より、いたいけなざっつあぷりちーがーるから教会近くに住む猫被りのお姉さんまで誰も彼も、敵が死ぬまで攻撃の手を止めない。例え力負けする相手でも止まらない。殺し合いが終わるのはどちらかが死んだときか追撃が不可能なほど逃げられたとき程度。

 こと相手を殺しにかかることにおいて、ノースティリスの民の右に出る者はいないだろう。

 

 そのような心得の背景にあるのは、殊更言うことでもないが蘇生の容易さである。死んだ者はその場で、蘇る(這い上がる)そのまま永眠する(埋まる)かを選ぶことができる。

 他の土地のことは知らないが、少なくともノースティリスにおいては主に元気溢れた冒険者によってジェノサイドされることがよくあるため、死亡からの蘇生は一般市民でも一度は経験している。

 

 無限に近い蘇生を前提とした殺害の意志だが、それは決して相手が蘇るから殺してもいいということではない。時には助けるつもりの体当たりでですら儚く散る安い命だが、軽んじているというわけでもない。

 引導を渡す。ノースティリスにおける殺害の意味を表すなら、その言葉ほど適切なものはないだろう。

 死亡すれば蘇生はできても所持していた物や金を落とす。つまり蘇生自体はノーコストだが死ぬことはノーリスクではない。そのため戦いに発展した相手を殺すことで言外にこう伝えるのだ。貴方では私を殺せない、貴方が戦いを挑んできても却って殺され身ぐるみ剥がされるだけだから諦めてほしい、と。

 

 勿論殺害の意図は多様で、一度殺されたからといって諦める者も少ない。それでも尚殺し返すのは自衛のためだ。

 相手が殺しにくる、あるいは相手を殺すのは、対象の殺害にこそ意味があるからだ。力比べや、私の大切なペットを指して寄越せとか言ってくる馬鹿に対して行うようなちょっとした意趣返しとは程度が違う。

 それは金のため、名声のため、貴重な品を奪うため、ネフィアの宝を横取りするため、個人の怨みを晴らすために相手はこちらを殺そうとしてくる。そしてこちらを殺すことを目的としている相手が止まらないとなれば、もうこちらにできることは殺し返すことだ。自衛しなければ命ごと好きに奪われるだけなのだから。

 

 以上の当たり前のことだが容易な蘇生、そして殺害に込める意味と最低限の目的である自衛。これらが合わされることによって、ノースティリスにおける普遍の心構えはできている。

 

 考えてみれば例外もあるどころか例外だらけな気もするが、そんなことはどうでもいい。特に同じ冒険者稼業の猛者は本当に自由気ままに生きているが気にしてはいけない。彼らの思考は自由すぎて色々と混沌としている。

 

「……」

 

 一歩一歩、盾を構えた少女がこちらへと慎重に近づいてくる。

 盾の上から覗く瞳はこちらを真正面から捉えており、弱々しい殺気と強い緊張を訴えている。何度も見たことのある、戦い慣れしていない者が勇気を出して戦闘に臨んでいるときの目だ。

 格で言えばキャスターと名乗った男に負けず劣らずで、こちらから見れば格上に当たると感覚が告げる盾持ちの少女。しかしその中身と実践技能はまだまだ研鑽の余地があるようだ。中々攻め入ってこないその姿勢は、こちらに支援魔法なり攻撃魔法なりを使えと言っているに等しい。事実こちらは無関係なことに思考を巡らせるだけの余裕があった。

 

 ちらと見てみれば、この状況を作った人物であるキャスターは外壁跡に寄りかかってこちらを見ている。目が合ってにやりと笑われたが、どう反応すべきか。

 

 先程のこちらの戦意の宣言に対し、キャスターは中立に審判を務めることを申し出た。そしてオルガマリーたちの中から今の戦闘相手である盾持ちの少女、マシュと言ったか、彼女を指名してこちらとの一騎打ちを提案したのだ。

 

 それに対してまず意見したのが一般人にしか見えない普通の少女。一般枠とか先輩とか呼ばれていた彼女は、どうしてキャスターがマシュと一緒に戦ってくれないのかと問うていた。

 彼女の気持ちはわかる。経緯を知らないこちらから見ても彼女たちの仲間であったキャスターが中立を宣言したのだ。それは彼が第三勢力の立場であること、つまり間接的には彼女たちの仲間でないということを意味している。それが誤解だったとしても一対一よりニ対一の方が有利なのは事実だ。一度オルガマリーとこちらの決闘に乱入しておいてまさか一対一の対決を重視したわけでもなし、今更こちらと盾持ちのマシュの一騎打ちを選ぶ理由がない。

 ちなみに説明してもらえなかったがため状況を呑み込めていないオルガマリーは余裕を頑張って保っている表情で静観していた。

 

「……やああぁあっ!」

 

 やっと動き始めた盾持ちのマシュが、雄々しい声を上げてこちらに突撃してくる。

 盾を持った相手との戦いは何度もあったが、彼女のように拳も大槌も用いずに盾だけでこちらが圧殺されると危機を感じる相手はそういない。しかも盾の大きさと見た限りの頑丈さから、軽めの短剣で二刀流しているこちらは極めて有効打を与えにくいだろう。彼女のこの攻撃自体は回避が可能な速さで迫ってくるというのがせめてもの救いだ。

 

 ならばまず余裕のある内に様子見をしよう。こちらの知識が通じないような場所での強敵との戦闘だ。予想外の攻撃手段を持っていても不思議ではない。よく知るノースティリスでさえ被弾一つで自爆から酸に出血、昨今の新種生物は属性を伴った反撃もしてくるのだから。

 

 そうと決まれば、と動きたいが我先にと敵に突撃していく相棒のペットはここにいない。周囲にいるのもオルガマリーたちだけなのだから、他者を使った情報収集もできない。どうすればいいかと考え、すぐに思い至る。そして相手の反応を見るために、詠唱に似せた適当な言葉を軽い気持ちで口にする。

 

 ――■■、■■■(私は猫嫌いの家にひそむ)

 

「……っ」

 

 こちらに迫ってきていたマシュは急いで足を止めると、その手に持った盾の端を地面に打ちつけてこちらの行動に対して防御の姿勢を取った。素早い判断であり、盾を勢いよく構えたために相応の重い音が響く。

 

 正直マシュの行動はこちらにとっては予想外だった。確かに必要もない言葉をさぞ意味ある呪文のように発したのもこちらだし、その文言を紡いだ瞬間こちらの足元にいくつもの召喚魔法の光が出たのも事実。そしてイルヴァに関する件でこちらの知識が通じないとわかっているが、そこまで素直に防御態勢を取られるとは思わなかった。

 それだけ警戒されている、ということだろうか。それならばマシュの見当違いだ。

 

 何故なら、出てくるのはただの猫なのだから。

 

「……へ?」

 

 そんな間が抜けた声を出したのはオルガマリーか一般人の少女か。続けて盾から瞳を覗かせたマシュも同じような声を上げていた。

 

 猫。ただの猫である。これといった特徴もない一般的な野生動物で、駆け出しの冒険者ですら簡単に倒せる中立性生物である。一応ノースティリスでは猫が崇められているが、個人的にはそこまで思い入れはない。

 ちなみに現れたのは普通の猫が数匹で、ライオンやシルバーキャット、頻繁におうちに帰りたがる迷子猫は出てこなかったが特に問題はない。

 

 盾持ちのマシュが突撃してきたところをこちらは回避、しかしその場に残しておいた猫たちはマシュに攻撃されたと思って彼女を引っ掻いてもらい情報を集める寸法だったが、こうなってしまっては失敗だ。猫は中立性のため攻撃しなければ襲ってこず、わざわざ敵でもないものをマシュが攻撃する理由もなく、そもそも不意打ちにでもならなければただの猫では一矢を報いることすらできない。

 

 しかし、盾持ちのマシュは攻撃してこないのだろうか。彼女の視線はこちらの足元にいる猫たちに釘付けであり、盾は構えたままだが力が籠もっていない。

 もしや彼女も猫を崇めているのだろうか。それも攻撃することすら躊躇うほど敬虔に。その場合は、我らが神を人質まがいにするとは不届き者めとその他罵詈雑言と共に激しく睨んで武器を振り回して殺しにかかるのがノースティリスの一般教徒なので、こちらの基準からしてみればマシュは桁外れに寛容な信徒ということになる。

 

 それならそれで、もういっそのことぼーっとしているマシュの頭を魔法か弓矢で射貫こうと思えば、先に足元でもぞりと動きがあった。感触と温度からして明らかに召喚した猫である。その内の一匹が体を擦りつけてきたのだ。

 その程度で切れる集中ではないが、召喚した内の他の一匹がマシュの方へととてとて近づいていったため流石にそちらには意識が割かれる。どうせなら彼女がぼーっとしている間に一噛みか引っ掻きでもしてきてくれないだろうか、と淡い期待を込めながら。

 

 とてとて。にゃあ。すりすり。

 

「ダメです先輩、ネコが可愛くて攻撃できません!」

「マシュ――!」

 

 一匹の猫が強者に対し、思わぬ方向の大打撃を与える瞬間であった。

 

 捉えようと思えばこちらの召喚した猫による不戦勝ということで決着がついたとも取れるが、いくらなんでもそれはないだろう。相手が納得するわけもなく、それ以前にこちらが不満足極まる。マシュにとっては猫召喚が未知の行動だったが故の強い警戒はいいとしても、攻撃にもならず実のところ前座にもならない猫だけで降参など堪ったものではない。

 冒険者にとって殺し合いは日常茶飯事だが、遊びでやっているわけではないのだから。おそらく、大多数は。きっと。少なくとも私は。

 

「――マ」

 

 遅い。暢気な様子のマシュと横結いの少女と違い、羨ましそうにしつつも気を抜いていなかったカルデア所長のオルガマリーはこちらの動きに気付いたようだ。しかしマシュに危機を伝えるには速さが足りない。

 

 盾が大きい。しっかり構えていない状態でも盾に打ち込んでは弾かれるだけ。だから狙うのは盾の上から覗く彼女の頭部。

 盾持ちのマシュはようやくこちらの動きに気付き、盾に身を隠して防御の姿勢を取ろうとする。辛うじて狙えるかどうかという首は完全に隠れたが、それでもまだ頭は狙えるまま。

 

「マシュ!?」

 

 短剣で斬りつけ突き刺そうとすること計六回。一度得た攻撃の機会としては十分なほど殺傷を試みたが、どういうことか、不思議と手応えがない。こちらの攻撃に対して防御力が高いすぎるとか回避されたとか、盾で無効化されたというような具合ではない。

 当たっている。視認した分でも確実に短剣の先がマシュを傷つけているはずなのに、実際は剣先が体表の上を撫でるだけで突き刺さりもしなければ裂傷もできない。

 一度マシュから離れて彼女の状態を窺う。

 

「大丈夫!? マシュ!」

「……はい、先輩。驚くことに直接的なダメージはありません。ですが、少し、気分が……」

 

 マシュが見せたのは明らかにイレギュラーな被弾反応だ。剣で切られればどんな生物でも傷を負う。それが酷ければ死亡する。当然こちらの短剣の刃先を潰していたり手加減をしたりなどしたわけもなく、この短剣たちも今まで数え切れないほどの血を吸ってきている。

 つまりそれから導かれるのは、マシュが特殊な性質を持っているということ。最近の生物の進化からその多様性はわかっているつもりだったが、中々どうして。

 

 まさか物理以外の攻撃のみダメージとなる魔のネフィア内部と酷似した性質を個人で持つ生命体がいるとは思わなかった。

 

「はっ――はっ――くっ、どうして……?」

 

 マシュは何度か気を失いかけて頭から倒れそうになるも瀬戸際で踏ん張り、その場で盾を構えてこちらからの攻撃に備えている。

 どうしてと虚ろに呟く彼女の不調にもし声を出して答えるならば、それはこの短剣の持つ効果のせいだとしか言いようがない。斬りつけた相手に行動阻害の身体不調を与えるこの短剣により、おそらく今のマシュの体は上手く動かなくなっているのだろう。

 

 物理攻撃はダメージにならない。しかしその攻撃に付随する特殊な追撃や状態異常なら抵抗されない限りで通る。得物を当てたときの手応えも近い。

 やはりマシュはここが魔のネフィア内部でないにも関わらずそれと同じ、あるいは酷似する特性を有しているようだ。そんな生物は初めて見る。流石イルヴァの名が通らなかっただけある、と言えばいいのだろうか。

 

 おそらく上がり続けた煙によってくすんだだろう空と雲。今となっては気ままな冒険者たちの破壊痕かは怪しくなったものの、荒れ果てた見慣れない街跡。瓦礫の山となった元民家。少し遠くに見える燃え盛る森と燃え続ける街の炎。そしてノースティリスもイルヴァも通じない場所。

 それらは実に冒険者としての自分の心を揺さぶってくれる。まだ見ぬ新地域の冒険が実に楽しみだ。知らないものがそこに広がっているというだけでわくわくする。

 だが今はそれ以上に、目前にしている未知(マシュ)にこそ心が躍る。

 

 再度距離を詰めてマシュに斬りかかる。正面から打ち込み続けても短剣二刀流では下策のため、背後を取って直接体に刃を突き立てようと回り込む。

 

 マシュが苦し気な声を上げるもしっかりとこちらの攻撃を防いでいる。実に良い。彼女の守りの堅さは素晴らしい。上手く体が動かないだろうに、彼女の頭上や足元の隙を狙ってこちらが動きを変えてもその攻撃に付いてくる。

 しかし悲しいことにそれも完全ではない。十放てば十防いで見せるが、二十三十と放てば一つは通る。現状の不調を抱えたままの彼女ではこちらの攻撃全てを防ぎきれないようだ。

 更に言えばやはり剣先が彼女に触れても傷にならないが、それでもこちらの短剣が持つ特殊な追撃効果、一般に属性の追加ダメージと呼ばれているものは通る。それによって体表には表れないダメージが蓄積し、行動が阻害される身体異常も継続される。

 そうだ、物理が効かないなら追加ダメージで殴ればいい。

 

「が、頑張ってマシュ! えっと、猫ならわたしが保護しているから!」

 

 横結いの少女が叫ぶ。見てみれば確かに彼女の足元には召喚した猫たちがいつの間にか集まっていた。

 しかし応援されたはずのマシュが何とも言えない表情になったのだがいいのだろうか。え、そこですか先輩――とでも言いたげなのだが。

 

「落ち着きなさい、藤丸。貴方はマシュ(あの子)のマスターなんでしょう?」

「え、はい!」

「……不思議そうだけど、貴方の令呪とあの子の姿を見れば言われなくてもわかるわよ。ええ、言われなくても、ね」

 

 実に恨みがましいオルガマリーの言葉であった。

 

「マスターとサーヴァントは運命共同体なの。あの子がああやって戦っているように、貴方も貴方なりの戦いをしなさい」

「……所長。はい!」

 

 藤丸と呼ばれた横結いの少女が覚悟を決めた声を上げた。所長の恨み節は聞こえなかったのかと純粋に疑問に思うくらいに素直な藤丸であったが、それはそれとして、敵ながら決意を抱く様を見るとやはり応援したくなるものだ。

 それがにゃあとかみゃあとか、気の抜ける猫の鳴き声が交ざっているものだとしても。

 


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