Olgamally_o_a   作:庭の花

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第5話 ご馳走様でした。私の為に、生きて戻れ。

 

 灰色に汚れた空を光が駆ける。

 廃墟に等しくなった冬木の街の上を、禍々しい赤色の光が駆ける。

 

 亀裂のできたアスファルトの交差点も、瓦礫に潰された自動車も、炎を食べているかのように各階の窓から火が覗くビルも無視して、殺気を乗せた禍々しい光は一直線に目標へ向かって高い空から襲いかかる。

 

 間違いなく、あれは誰かを殺すための行為だ。それが藤丸立香の抱いた感想であり、恐怖だった。

 

 争いとは無縁の世界で生きてきた立香にとっては、どうしても殺害への恐れが拭えない。それは自分や周囲の人の命が奪われることへの恐怖であり、誰かを殺さなくてはならなくなることに対する忌避でもあった。

 生来の前向きな気質のおかげで足が竦むことはなかったが、それでも爆破による破壊と炎に染まったカルデアの光景が、巨大な瓦礫によって下半身が潰れかけたマシュの血溜まりが、殺意を持って襲ってくるスケルトンの群れが立香の心には残っている。

 ただそれでも立香の傍には死の淵から蘇ったマシュがいて、ロマンという男からの頼みがある。だから今は前に進んで行こうと、いや、むしろ前に進もうとする姿勢こそマシュたちの支えになると思い、立香はマシュの手を引っ張って前に進む決断ができた。

 

 立香の意志は、勝ち目のない相手を前にしても揺らがなかった。

 

 一般人の立香は知らなかったが、魔術の世界にはサーヴァントという存在がいるらしい。サーヴァントは過去の英雄を魔術によって再現した存在であり、わかりやすい話が物語のヒーローだ。

 サーヴァントは英雄らしく並々ならぬ力を持っていて、味方になってくれれば頼もしい。実際にサーヴァントのような存在になったらしいマシュは、立香なら一体相手でも殺されるんじゃと思えるスケルトンを十数体纏めて相手にしても傷一つなく倒していた。

 ただそれも味方ならという話で、敵に回られたら一気に死の危険が迫る。

 

 立香の前に立っているのは、そのサーヴァントだった。そしてマシュのような味方ではない、立香たちを殺す気満々の敵。

 長い紫色の髪。血が通っているのか怪しいほど白い肌。女性らしい体つき。だがその手に持っているのは一本の長い鎌で、その瞳は立香たちへの殺意で染まっている。

 

 避けて通れない相手で、マシュが懸命に戦った。しかしそれもすぐに限界が来た。元々立香が敵サーヴァントに捕まっていたせいでマシュが全力を出せなかったからだ。

 

 立香は心の中で、どうしてもう少し警戒できなかったかを悔やんだ。自分が不用意に敵の罠であった鎖に触れさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。

 それでも諦めるわけにはいかない。自分と、自分のために戦ってくれたマシュの命がかかっている。この特異点の調査だって進んでいない。だから前に進むことを諦めない。心折れるわけにはいかない。

 そんな気持ちを持ち続けたから、奇跡が起こったのだろうか。

 

「オレはキャスターのサーヴァント。主のために頑張ったお嬢ちゃんに免じて、一つ共闘と行こうじゃないか」

 

 敵サーヴァントとの戦闘は、キャスターと名乗る人物の手助けもあってなんとか勝利した。

 

 いいことはそれだけではない。なんとキャスターは生きている人を見たらしく、その特徴を教えてもらったらオルガマリー所長のことだったのだ。

 所長について立香は怒りっぽくて偉い人ぐらいにしか覚えていなかったが、それでも生きてくれたことが嬉しい。

 

 もう一つ嬉しいことに、オルガマリー所長を助けてくれた正体不明の少女もいるという。

 キャスター曰く、霊体化していたキャスターを視認したかのような反応を見せた。霊体化していると普通は不可視化するらしく、あれが勘違いでないならただ者ではないらしい。

 更にキャスター曰く、アーチャーのサーヴァントの攻撃だったあの赤い光を対処してみせた。その上あっという間にオルガマリー所長を連れて転移して逃げおおせたとか。

 今はキャスター対アーチャーなど他のサーヴァントといった対立関係にあるらしく、アーチャーに攻撃されていたならキャスターの味方、ひいては立香たちの味方である可能性が高い。しかもサーヴァントと戦えるぐらいなのだから、所長含めて心強い仲間が増えることが期待できる。

 

 そんなわけで明るい気持ちを抱えた立香とマシュは、新たに仲間に加わったキャスターと共に彼が最後に所長を見たという地点目指して走っていった。

 

 途中でまたもやスケルトンが襲ってくるも難なく突破。正に順調であったが、しかしもうすぐ目的地が見えるという頃になってキャスターが急に霊体化した。

 

「先に行くぜ」

 

 その一言だけを残して、おそらく所長たちのいる場所に向かったのだろうが、どうしたのだろう。ここまで一緒に来たのに、今になって一人で先行する理由があるのだろうか。立香は不思議に思ったが、キャスターが理由なくそんなことをするはずがないと信頼していたから、警戒を強めると共にその足も速めた。

 

 そしてついに目的地が視界に入り、まだ所長たちはいるのかと不安になりつつ探してみれば、そこにいるのは三人。一人はオルガマリー所長で、もう一人は先行したキャスター。なら最後の一人であるあの少女が件の子なのだろう。

 全員遠目でわかる限りだが無事だ。所長が生き残っていてくれたことは勿論、所長を助けてくれたという少女が無傷だったのも立香にとっては喜ばしい。嬉しさのあまり手を振って、立香は所長らに自分たちの存在を伝えようと呼びかけた。

 

「所長ー! 大丈夫ですかあー!」

 

 すると声が届いたようで所長と件の子が立香たちの方を向く。

 呼びかけ、それに反応が返ってくる。その当たり前のことに、立香は所長たちが生きていることを改めて実感した。

 

 よかったと安堵して走り寄る立香であったが、すぐに奇妙な気配も感じ取った。敵サーヴァントと戦ったときのような緊張が所長たちから伝わってきたのだ。

 

「……急ぎましょう、先輩」

 

 それが自分の気のせいかと思ったが、マシュが硬い声でそう言ったことで勘違いではないことを悟る。五感や戦闘に関しては、デミ・サーヴァントとなったマシュは立香よりも優れている。

 

 立香の心は疑問でいっぱいだった。その原因は所長とキャスターに敵対するかのように武器を構えている件の少女にある。

 立香の心の声を一つに纏めるなら、助けてくれたはずなのにどうして戦おうとしているのだったが、それが口を衝いて出ることはなかった。件の少女は見た目にそぐわないほどの異質な殺気を発していたからだ。

 スケルトンのような粗暴な害意でもなく、敵サーヴァントのような不倶戴天の悪意でもない。殺すほどの憎しみも怨みも、殺人の快楽に呑まれた狂人のような喜びも感じられない。ただ静かに、殺す相手だから殺すだけというような、真っ白な殺意。どんな人生を歩めば立香よりも幼い少女がそんなものを持てるのか、持ってしまったのかを考えると、立香は胸を締め付けられる思いがして何も言えなかった。

 

「二人ともどうして」

「所長、詳しい話は後ほど。盾の後ろに、先輩も隠れていてください」

 

 少女のことを考えていて散漫になっていたのか、マシュから注意に等しい催促を受ける。

 

 あの少女に聞きたいことはたくさんある。けれど隙を突かれて自分が襲われたらマシュ、そして所長の命にも関わってくる。

 一度自分の不注意で死の危険を招いた立香は言いたいことをぐっと喉の奥に留めた。

 

「わかった。お願い、マシュ!」

「はい!」

 

 それでも立香は、この敵対関係が誤解であるという考えを捨てきれずにいた。助けた所長を殺そうとする理由が全くわからなかったし、あの少女が殺意を発しているのは立香の勘違いだという方が真実味があったからだ。本当はものすごくお腹が空いているとか、そんな可愛らしい理由だったりしないかなという立香の期待は、しかし早々に裏切られる。

 

 敵は皆すべからく殺すべし。まるで常識を口にするような少女の言葉に、立香は絶句した。そしてそれは笑えない冗談ということもなく、その少女は両手に握った短剣を構えた。

 

 あわや剣を交えるというところでキャスターが待ったをかけたが、彼の口から出たのは停戦のお願いではなく一対一の決闘の提案だった。その上何故かキャスターが立香たちの味方として戦わない、この決闘においては中立になると宣言したのだ。

 

「これはお嬢ちゃんたちの問題だ」

 

 キャスター提案の下、少女とマシュが決闘をするのはまだ仕方ない。しかしそれでもキャスターが急に共闘を降りた理由は聞いておきたかった立香の質問に対し、キャスターはただその一言を返した。

 これ、とは何を指していたのだろう。少女との対決か、自分たちが生き残ることか、それとも戦闘になると表情が優れなくなるマシュのことか。

 結局それ以上キャスターから説明してもらうことはできず、少女は一対多の戦闘にならないならむしろありがたいと了承し、立香たちで戦えるのはマシュだけ。そして戦う流れが変わらない以上、立香たちに選択肢はなかった。

 

 決闘がいざ始まってみれば少女が猫を呼び出すという奇怪な行動に出たり、隙ができたマシュは攻撃されたのに傷を負っていなかったり、体の傷はないのに不調に陥るマシュを少女は執拗に攻め立てたりしていた。

 今までの戦闘とは異なる事態と、隔絶するほど異なる常識を持った少女の存在がやはり立香の心を惑わせた。それでも押されて防戦一方なマシュに立香は何か言葉をかけなければいけないと思って、でも何を言えばいいか迷い、結局出たのは意味のない言葉。

 

「が、頑張ってマシュ! えっと、猫ならわたしが保護しているから!」

「落ち着きなさい、藤丸。貴方はマシュ(あの子)のマスターなんでしょう?」

 

 すぐに所長から注意を受けるのも当然だった。

 それでも所長の冷静な態度は立香の焦る気持ちを抑えつけ、そしてマスターとサーヴァントは運命共同体という言葉に立香は何かが胸にすとんとはまるのを感じた。

 

「あの子がああやって戦っているように、貴方は貴方なりの戦いをしなさい」

「……所長。はい!」

 

 怒りっぽいだけの人かと思っていたけど、所長って冷静で頼りになる人なんだ。そう認識を改めた立香は、自分なりの戦いを始める。それが今自分のできる最大の助力だと信じて。

 

 それから立香の支援を受けたマシュと一進一退の攻防を行い、所長が驚くような魔法も使ってみせた謎の少女。

 期待されても困るという風に、自信の手の内が限られていることを決闘相手にわざわざ言う少女はもしかしていい子ではないのかと立香は一瞬思ったが、それもすぐマシュへの殺意を露わにされたことで否定する。少女はやっぱり、理由はわからないけど敵なのだ。

 

 それでも、立香にとって少女は敵だとしても憎めない子だった。それは素直に手の内を晒したり、健気なくらいに同じ武器を振るい続けたりと、最初に感じた異質さから一転して単純にも見える印象の落差のせいかもしれない。あるいは、立香がマシュを支援するようになってから時々向けられた、微笑ましいものを見る優しげな視線のせいか。

 だからきっとあの子とはわかり合えると立香は思っていた。そうでなくても、死んでほしいとは思わなかった。

 

 こんな風に、そこに生きていた痕跡一つ残すことなく亡くなってなどほしくはなかった。

 

 

      ◇◇

 

 

 いつものように、落とす金品以外その場に跡形残さず死ぬところだった。

 

 キャスターの推定大魔法による木の巨人、その豪快な体当たりとも言える攻撃は久々に死線を見せられた気分である。やはりいつになっても予想外の攻撃は恐ろしい。

 しかしそれでも私は長く冒険者をやっているのだ。格上の緑のエレアに突撃しての毒死や重量制限を知らずに圧死していた駆け出しのころとは違う。真の引き際は誤らないつもりだし、撤退と決めればすかさず行動に移す判断もできる。

 

 木の巨人と地面の間に挟まれる前に唱えたテレポートの魔法は、無事私を攻撃に巻き込まれない場所まで届けてくれた。

 例によって例のごとく転移先はランダムでここがどこかもわからないが、それでも助かっただけ良しとしよう。

 

 前方あるのは長方形に台形を乗せたような大きな建物で、おそらく民家だろう。ノースティリスでは見たことのない異国情緒溢れる家である。木材が多く使われていて、あの家の正面に置かれているのは釜だろうか。近寄って見てみれば、その釜の中には何かを焚いたような粉末状の黒い燃え殻がわずかに付着しているだけであり、何も入っていない。用途がわからないが、周りに支柱とそれにより支えられた屋根まで付いているのだから何かしら大事な物ではあるのだろう。

 

 しかしここにいると、何となくだが、より強力な魔法を行使できるような気がする。自身の切り札の威力も一割ぐらい上昇して、切り札を使うための魔力も二三割はすぐに獲得できそうなぐらいだ。いや切り札などないためただの例えだが。

 もしかするとここは神々に縁があったり大魔法使いが根城にしていたりした土地なのかもしれない。

 

 それよりも気になるのはキャスターだ。こちらはこうして生きているのだからキャスターが追って来てもいいものだが、そのような気配が感じ取れない。それどころか感知できる殺気は二種類しかない。片方は燃え盛る街の方から伝わる微弱なもので、おそらく骸骨戦士のような野良敵性生物だろう。ノースティリスで感じたものとよく似ている。もう片方は強力な殺気だが、それはキャスターのものではない。

 もしかして自分が死んだ、と思われたのだろうか。この貧弱な奴、とその場合キャスターに言われているかもしれない。しかしあの腕前を持ったキャスターが私を殺し損ねたことに気付かないかというと疑問なのだが。むしろ木の巨人のように未知の手法で追って来ている方が有りえる話だ。

 

 しかしそのときはそのとき、想定外のことを考えすぎても埒が明かない。今はまずこの安全そうな場所で、階段にでも座って腹ごしらえと行こう。戦闘中は気にならなかったが私はとてもお腹が空いている。飢餓に陥りそうなぐらいだ。命の危機である。

 

 所持品を収めている空間からくるみパンを一つ取り出して口に運ぶ。もぐもぐもぐ。香ばしい匂いと素朴な甘さが飢えた体に染み渡り、私はささやかな幸せを噛みしめる。

 美味しい。やはり食事の味は大切だ。間違っても能力強化のハーブだけで三食済ますなど許されていいわけがない。美食は精神の癒しなのだから。

 

 少ししてくるみパンを食べ終えたがまだまだお腹に余裕がある。それにいつこのような比較的安全な場所を再び確保できるともわからないため、今のうちに満腹まで食べておくことに決める。

 

 次に取り出しましたるはアピの実のケーキとリンゴフルーツケーキ。前者はわずかに渋みを伴う甘さが特徴のアピの実らしいさっぱりとした味わいの一品で、後者はそのままリンゴの素直な甘さを活かした一品だ。

 アピの実のケーキだけを食べて優しい甘さと微かな渋みにほんのり甘くて温かい飲み物が欲しくなってもいいし、リンゴフルーツケーキだけを食べて真っすぐ伝わる甘味に頬を緩めてもいい。勿論二種類一緒に口に含んで、アピの実本来の渋みが心地よいぐらいのタイプの違う甘味の強弱を味わうことも大歓迎だ。

 

 もぐもぐ。ごちそうさまでした。

 お腹も膨れて、心も体もよく休めた。こういうときやペットたちが食事を喜んでくれるとき、自分が料理の腕を磨いてよかったと思えるものだ。毎日毎日ふかふかパンを作り続ける作業は徒労ではなかったのだと実感できる。

 

 しかし、それはそれとして、こうも見られると気になるものである。

 

 貴方、私の横に立つ貴方だ。先程こちらの食事中にふらりとやってきて以来、一言も発さず物欲しそうに食料を見つめていた肌の焼けた貴方。何か用だろうか。

 

「……ほう。霊体化したサーヴァントを見抜くとは中々に面白い眼をしている。だが一つ訂正させてもらおう。私は物欲しそうに見てなどいない。セイ……飢えた獣ではないのだから」

 

 そうだったか、それは申し訳ない。無言で人の食事を眺めているのだからてっきり欲しいとばかり思っていた。

 

「それは君の勝手だが、いやちょっと待て。なら君は食料を求める人間の前で我関せずに食べていたのか!?」

 

 そうなる。

 しかし欲しいなら言ってほしかった。初対面で心通じ合うのは流石に難題が過ぎる。

 

「だから欲しいわけではないと……。ええい、どうしてこうなった」

 

 私にもさっぱりわからない。

 それはさておき名を名乗り、所属を述べる。私はノースティリスの冒険者である。

 

「……アーチャーだ。しかし、見ず知らずの相手に気を許すには早すぎるのではないかね?」

 

 そう言って彼、アーチャーは片手に持った短剣をこちらに向ける。取り出す動作なくして武器を手に握ったがどんな手品だろうか。できれば教えてもらいたいものであるが、今はそれどころではないか。

 

 血管が浮き出ているのかと見間違えるような赤い模様が腕や顔に描かれており、履いているごつごつしい深紫の靴にも似たような赤い線がひびのように入っているという奇妙な風貌。手に持った短剣は玩具ではなくれっきとした危険物。見る限り上等な装備を持った戦士だ。自分の感覚も合わせれば格上の、と付くだろう。

 そして一番気になるのはアーチャーが強い殺気を発していることだ。それもこの土地に来てから何度か向けられたのと同質の殺気である。

 

 アーチャー。こちらと貴方は初対面だが、見ず知らずは文字としては少し違うだろう。面と向かって会うのは初めてだが、貴方はこちらを見たし、知ってもいるのではないか。例えば、高所からこちらを狙撃するときに。

 

「……フ、どうかな。確かに君の事は見ているかもしれない。ただ、ここまで肝が据わっているとは知らなかったな」

 

 少しばかり驚いた様子を見せたアーチャーだったが、すぐに余裕たっぷりの表情で皮肉を返してくる。面白い人だ。武器を構えながら敵と気安く話す様はノースティリスの同業者を髣髴とさせる。

 

 しかし肝が据わっているか。確かにこちらは冒険者という、安い命を使い潰しても尚危険の絶えないことを長く続けている身だ。武器を突きつけられるぐらいで今更冷静さを欠くことはないだろう。

 ただ、こちらの警戒心が弱くなっているのにも理由はある。それはひとえにアーチャーの態度のせいであると言えるだろう。

 

「私のせいだと? ……得物が一本では不満かね。それともまた狙い撃ってほしいのか?」

 

 武器の話ではない。いや、二刀流が本領なら一度斬り合ってみたいとは思っている。だが狙撃はよくない。目視できないほどの長射程攻撃などされては、距離を詰められなかった場合こちらにできる反撃はメテオで街ごと広範囲を焦土にするぐらいだ。それは私の望むところではない。

 

 そうではなく、態度とはアーチャーのこちらに対する殺意の表し方のことだ。これまで向けられたのと同質の殺気を出すなど、アーチャーが二度こちらに攻撃した狙撃手であると自分から言っているのに等しい。しかもそれがアーチャー自身意図したものだろうから尚更である。

 

「……さて、何のことやら」

 

 こちらは探知の技能によって、こと殺気に関しては非常に敏感だ。

 殺意の程度を感じ取り、殺気の感覚的な重さから相手の位置もおおよそわかる。それは技能を教えてもらった駆け出しでもできるのだから、長く修羅場を生きてきた冒険者がやるならより精密に感知できて当然である。

 

 その上でアーチャーの殺気は同質だった。ここまで二度狙撃して失敗した相手を目の前にしているのだ、今度こそはとより強い殺意を抱くこともあれば、敵前で暢気に食事とは失望したとより黒い感情が混ざることもあるだろう。

 しかしそういうこともなく、本当に同質の殺気をぶつけるとなれば、自分は何度も攻撃してきた張本人だからちゃんと警戒するようにと言っているようなものだ。お節介焼きなのだろうか。

 

「お節介だと……!」

 

 衝撃を受けたらしいアーチャー。驚きの感情が読みやすい。読みやすすぎてオルガマリーが見たら、わたしならもっと複雑な表情で驚いてみせるわと鼻で笑って言うのではないだろうか。いや完全な妄想だが。

 

「……この際だからはっきり言っておこう。私はお節介で殺気を向けていたのではない。君を試していたんだ。同程度の殺気を当てられて、どんな反応をするかとね。それをお節介とは……流石に予想外と言わざるを得ないが」

 

 それは何と言うか、申し訳ない。そう疲れた表情をされるとすまなくなる。

 

「君が謝る必要はない。初対面で心通じ合うのは難しいと、君も言っただろう。多少の行き違いには目を瞑ろう」

 

 なるほど。それはありがたい。

 

 アーチャーは黙ってじっとこちらを見てくる。ここではないどこか遠くを探るような目つきだが、急にどうしたのだろうか。まさかああ言っておきながら、食料などを収めたこちらの保管空間(バックパック)を探しているということはあるまい。あれは四次元ポケットの魔法と違って疲れることなく、重量と数量が許す限り好きに所持品を入れられるものだが、目に見える形で存在するものではない。そんな当たり前のことをアーチャーが知らないということもないだろう。

 では彼の視線の先には何があるのだろうか。背後を振り向いてみたがそこに誰かがいるということもなく、破壊痕のある砂利と石畳の地面や、城壁と比べると背の低い異国建築様式の塀ぐらいしかない。

 

「……君は害さないのだな」

 

 一人納得したように呟き、武器を手元から消すアーチャー。再び披露された手品も気になるが、害さないとは戦わないということだろうか。それなら完全に誤解だから解いておかなければならないのだが。例え気さくに会話しようとアーチャーが敵なのは変わらない。

 

「君は何処の所属でもない。それでありながら、何かを害す事なく生きていられる。それは素晴らしい事だ。大事にするといい。……ああ、気にしないでくれ。ただの独り言さ」

 

 独り言か。明らかにこちらにも聞こえる声だったのだが、独り言だったのかアーチャー。

 その嘘には無理があるだろう。しかもアーチャーはにやりと笑みを浮かべているのだから、からかっているのは明白だ。こちらは気にしないから構わないが。

 

「そう言えば、君は何処からともなく食料を取り出していたが、アレは何かの魔術なのか?」

 

 話の切り替えが露骨すぎるが、こちらがそう思うこともアーチャーはわかっているのだろう。彼の表情はまたからかうように緩んでいる。

 しかし保管空間(バックパック)と呼ばれるあの異空間をアーチャーが知らないわけはないだろうが、からかっていてもとぼけてはいない彼の様子を見ると本当に知らないのだろうか。

 

 ノースティリスというかイルヴァでは、魔法を覚えていない普通の子供だろうと最低でも二十種類までなら保管できる不思議な空間を持っている。手があるなら武器を持って振ることができるように、足があるなら靴を履いて走ることができるように、最早手足もないプチっとした丸い生物ですら不思議な保管空間(バックパック)を使用できる。それはエーテルの風を浴びれば異形になるような、常識と言うのもおかしいぐらい生物に備わっていて当然の機能だ。

 しかしオルガマリーたちにイルヴァの地理が通じなかったのだから、極めて起こりえないことだとは思うが、アーチャーが保管空間(バックパック)を知らないという可能性も零ではないのだろう。とはいえ、信じがたい面もあるが。

 

 さて、アーチャーに説明するなら、あれはマジックではないが魔法に近いものではある。そして簡単に使うことができるから戦闘中でも少し隙があれば所持品を探ることもできるものだ。

 

「ほう、それは便利だが……個人的には余り好かんな。何処ぞの金色を思い出す」

 

 金色。ゴールドベルだろうか。アーチャーが思い出す理由はわからないが、確かに深いネフィアの主として出てきたゴールドベルは私も好きではない。高速で逃げ回る上に物理も魔法も状態異常も効き目が薄く極めて殺しにくいのだ。

 

「まあいい。そこに食料は残っているのか? 余裕があるなら分けてほしいのだが」

 

 食料を分けてほしいということは、やはり食べたかったのか。それなら恥ずかしがらずに言ってくれればよかったのに。

 備蓄については潤沢にある。定期的に四次元ポケットの魔法で食料を貯め込んでいるのだが、供給量が期間の消費量を上回っているのだ。それを長く繰り返してきたため、ペットたちに配っても食べきれないほどの量が四次元空間の方には保存されている。何人分かは知らないが、十分提供可能だろう。

 

「だから私が食べたいわけではないと……ハァ。それなら可能な範囲で見せてもらえないか。その中から見繕わせてもらおう」

 

 それは構わないが、生憎四次元空間に物を出し入れすると結構疲れるのだ。そのため口頭で挙げた中から先に選んでくれると嬉しいのだが、いいだろうかアーチャー。

 

「構わんよ」

 

 ならばステーキ、コロッケ、大葉焼き。肉じゃが、煮込み、活け作り。ウナギにカツオ、キンメダイ。乱雑に言ってしまったが、肉魚麺卵野菜果実と材料から調理済みまで幅広くかつ数多く取り揃えている。まず、どの素材がいいだろうか。

 

「ちょっと待て。それは冗談、ではないのだな。君は、その……変わり者なのか?」

 

 そんな精一杯婉曲に表現してくれなくてもいいのだが。ただ単に私は使えるものは取っておく性格のだけだ。しかもその備蓄先が時間空間の制限からほとんど解放されている四次元なのだから、色々と困ることもない。

 

「むう……。では君の言葉を信じておくとして、ジャンクフードは置いてないのかね」

 

 ジャンクフード類か。あれは腐らない特徴はいいのだが、食事としては優秀ではない。それでも少し持っているのもあるが、それも全て自宅にあって手元にはないためアーチャーにあげることはできない。

 

「……そうか。今奇妙な事が聞こえた気もするが、ないなら仕方ない。では肉や卵、野菜を貰いたい。勿論材料をな。というかその食べ物は安全なのか」

 

 心配無用である。四次元空間に収めた食材は腐敗を無効化して、瑞々しいままの状態で永久に保存されるだけだ。味も保たれるし、取り出してしまえば普通の食材と何も変わらない。ただ四次元空間で保存されていたというぐらいの差異である。

 

「そうなのか。……そうなのか? いやいい。どちらにせよ他の場所に食料など残されていないし、今の彼女はそこまで気にしないだろうからな。くれるというならありがたく貰おう」

 

 割り切ったらしいアーチャー。四次元ポケットの魔法を知った者がよく通る道である安全意識の問題だったが、気にしないことにしたらしい。

 実際四次元を通しても安全だから忌避する理由はない。食べればわかる。私もわかった。

 

 アーチャーに頼まれた食材を四次元から保管空間(バックパック)に移す。肉は腐るほどある軽量バブルのものを、卵は鶏のものを、野菜はレタスやキャロット、イーモなど。それぞれで数量の差もあるが、アーチャーに遠慮なく持っていかれても問題ない数はある。

 しかしその分、四次元ポケットの魔法で取り出す対象の物は一個や二個と選べず、対象物あるだけが保管空間(バックパック)に移動されるという仕組みのせいで、体が重い。早くアーチャーへ渡したいのだが、どういう理由か彼の保管空間(バックパック)へと食材を譲渡できない。もしかして保管数が限界なのだろうか。

 

「保管する空間、だと? ……私に英雄王の真似事をしろと言われてもな。贋作者(フェイカー)と言われようと、流石に限度もある」

 

 意味不明なことを言うアーチャーだが、どうやら事情により不可能らしい。

 だがそれでは食材を手で持っていくしかなくなるのだがいいのだろうか。

 

「……成程、保管とはその事か。確かに失念していたな。まあなに、その程度どうとでもできるさ」

 

 できると言うなら、その前に保管空間(バックパック)の中身を整理してもらいたいものである。しかしアーチャーはこれといって動きも見せず、保管数に空きを作った様子もない。

 

 ならば、この空き箱でもおまけしようか。駆け出しのころに食材保存のため二つ目まで貰った★クーラーボックスだが、四次元ポケットの魔法書を読めるようになってからはすっかり出番がない。それでも使い時は少しだけあるから持っていたものだが、二つはやはり不必要だ。一つくらいなら不用品処分も兼ねてあげてもいいだろう。

 

 アーチャー、貴方にもう敵対の意思がないなら★クーラーボックスも渡してもいいがどうだろうか。ちなみに敵対し続けても余分な食材ぐらい構わないのは変わらず、食材を渡そうと敵なら殺すことも変わらないから安心してほしい。

 

「野蛮か君は!」

 

 驚愕に目を見開くアーチャー。こちらから数歩引いて武器まで構える始末だ。それと彼が持つ双剣を見る限りやはり二刀流が本領らしい。斬り合いたい気持ちもあるが置いておき、私は敵ならと言ったではないかとアーチャーに訴える。

 

「確かにそうだが……。ああ、君は変わり者だったな」

 

 そんなしょうがない者を見る目もやめてほしいのだが。

 

「フッ、君にもその責任はあるさ。さて、敵対の意思ならもうこちらにはない。そんな理由もなくなったからな。だからお言葉に甘えてクーラーボックスも貰っておこう。収まるかは怪しいがね」

 

 何種類貰うつもりなのだろう、アーチャー。まあ渡すと言ったのはこちらだ。

 ちなみに何人分入用なのだ、と尋ねる。

 

「一人なのだが、何分大食らいでね。ちょっとやそっとじゃ腹が膨れるとは思えない」

 

 そう嬉しそうに語るアーチャーだが、それは自身が大食漢だと自慢しているという解釈でいいのだろうか。

 

「何故そうなる、いや……そうだな。説明していなかったが私には一人、食事を作りたい人物がいてね。もうすぐ善いか悪いか、どちらに転ぶかはともかく一区切りが付く。ここまで頑張った労いに、不必要でも、せめて彼女の腹ぐらいは満たしてやらなくてはと思ったんだ」

 

 よくわからないが、微笑ましい話らしい。しかし理解した。そういうことならたっぷり持っていってもらおう。

 肉と卵、野菜は二種類に限って★クーラーボックスの中に詰め込む。結構な重さになるまで入れたら、残りの食材は再び魔法で四次元に収納する。

 

 ではアーチャー、これを持っていくといい。大量の食材をここに詰め込んだ。一人と言わず十人単位でも賄えるだろう。

 

「何? ……この箱は、君が作ったマジックアイテムなのか?」

 

 渡した★クーラーボックスに驚くアーチャーだが、それは違う。四種類までの食料なら無限に収められるという★クーラーボックスの機能は知っているが、私は製作者ではないし誰が作ったかも知らない。かつて依頼の報酬に青い髪の女の子や謎の科学者から貰っただけなのだ。

 

「そうか……。ありがとう。恩に着る」

 

 食材の詰まった★クーラーボックスを肩にかけるアーチャーの表情には温かい感情が漏れ出ており、お礼の言葉も素直なものだ。

 それはきっと、彼が料理を作りたいと言った彼女への想いが表れているためだろう。素敵な話だ。

 

「食料の備蓄は充分と言っていたな。ならこの食材、使い尽くしてしまっても構わんのだろう?」

 

 いいと思う。ただ、何十人分全てを一人で食べられるとは思わないので、食材を無駄遣いしない程度で留めてもらいたい。

 

 

      ◇◇

 

 

 ダメだと立香は思う。信頼していたけれどギルティ、キャスターギルティである。

 

「おいおい、そんな睨まないでくれよ。悪かったって」

 

 雑な謝罪に立香は激怒した。必ず、この自由気ままなキャスターに反省させなければならぬと決意した。立香には宝具がわからぬ。立香は、ただの一般人である。師を仰ぎ、友と遊んで暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 何が言いたいかというと、いくらマシュのためだとしてももう少しやり方があったのではないかということだ。

 

 キャスターが件の少女との対決において中立の立場を取ったのはマシュのためだった。マスターとしても魔術師としても未熟な立香は気が付かなかったが、マシュは自身がデミ・サーヴァントになりながらもサーヴァントの切り札である宝具を使用できないことを気にしていたらしい。

 そこでキャスターは初め、折を見て敵を呼び寄せたり自分が敵役になったりしてマシュに稽古をつけるつもりだった。しかしその前にあの少女と邂逅し、最初から敵と戦った方が覚えも早いし良い経験になるだろうと判断したキャスターは一計を案じたというわけである。

 

 しかし、マシュ対準サーヴァント級の少女の戦いにおいてキャスターも予想外のことが起きた。例の少女が決定打となるような一撃、キャスター曰く宝具並みの攻撃手段を持ち合わせていなかったのである。確かに実力の上ではマシュに引けを取らなかったし、戦闘の中でマシュも立香もそれぞれサーヴァント、あるいはマスターとしての戦いというものを学ぶことができた。ただマシュの宝具解放になるほどかというと怪しかったらしい。

 

「オレも初めは手を出す気なんざなかったが、二刀使いの嬢ちゃんは切り札になるようなモンは持ってないと来た。ならオレが出るしかねえだろう? あとやっぱ戦いたくなったしな」

 

 そう判断したキャスターによるのが、あの待ったからの乱戦であり、ウィッカーマンというキャスターの宝具の使用だと言う。そしてそのおかげで、死を前にしたマシュの守りたいという強い決意に呼応してマシュは宝具を使用することができた。

 実際にキャスターの目論見通りだから困ったものだが、それでも立香たちには言っておくべきことがある。

 

「ギルティ、キャスターギルティだよ」

「もっと方法があったでしょう。……死ぬかと思ったじゃない」

「先輩と所長の仰る通りです。宝具の件については深く感謝していますが、きちんと先に理由を説明するべきだったと思います」

「ハハ、手厳しいな」

 

 経緯はどうあれマシュが宝具を使えるようになったことは複雑ながら嬉しいことであったが、それとは別に立香にとって素直に安堵できることが一つあった。

 例の少女は生きているらしい。立香たちは生き残ろうとすることで精一杯だったが、キャスターだけはあの少女が攻撃に巻き込まれる前に既にその場から離れていたことに気付いたとのこと。その速さからして、所長を助けたときと同じ転移系の魔術だというのがキャスターの見立てだ。

 

 マシュの宝具によってキャスターの一撃を生き延びた直後の立香は、周囲にあの少女がいなかったため死んだものと思っていた。

 それも仕方ない。死が迫る恐怖を押し殺して、正気を失った所長を連れて走ろうとして、しかしその前に巨人のような人形が倒れてきたとき、立香は自分たちが死んだと思ったのだ。それもマシュが頑張ってくれたおかげで無事だけれど、あの少女は立香たちの傍にはいなかった。だからあの異質な殺気を持ちつつも温かい目をした少女は、キャスターの一撃から身を守れずに亡くなってしまったと思って、胸が痛くなった。

 

 生きているというからいいものの、やはりマシュの言う通りキャスターに説明してもらいたかった気持ちが立香にないと言えば嘘になる。それでも結果だけ見れば万々歳なのだから、本当に複雑な立香であった。

 

「そうだ。なら今の内に言っておくけどよ、二刀使いの嬢ちゃんは十中八九この事態に無関係だ。聖杯戦争の関係者じゃねえし、何もかもおかしくなった後で何処からともなく現れたからな。時間としちゃ、アンタらと大差ないくらいか?」

 

 キャスターが今更になって話す初めての情報に、所長は口を開けて呆然としている。

 

「……キャスター」

「ぎるてぃ、です」

 

 立香とマシュの二人も、呆れた表情でキャスターを見つめた。

 




 
 
 
☆≪第5話_omake≫
・elonaの世界を伝える情報だ。
・それは記憶で作られている。
・それは酸では傷つかない。
・それは炎では燃えない。
・それはFateシリーズと無関係として扱うことができる。
・それは参考程度の理解に適している。


      ◇◇


 旅やネフィアの探索となれば、事前に道具や装備を整えるのは当然である。
 一部ポーション類、帰還や脱出の巻物、腐らない食べ物、調理道具、★スケルトンキー、ロックピックなど。更に装備品として使う武器や防具も必要だ。

 戦闘スタイルや必需品にする基準によって人それぞれだが、持っていく物の合計重量は祝福されたアップルパイ百個以上になることも珍しくない。いや、祝呪によって重量は変わらないが。
 しかもポーションや巻物は手に入れやすさから十単位で持っていることもあるし、ネフィア探索後ともなれば入手した装備品で荷物が膨れ上がることもある。装備品も指輪のような小さな物だけでなく、重層鎧や大剣といった重く大きな物も複数収めておかなければならない。

 その上で冒険を潤滑に行おうとすれば、どこかに収納できる場所が必要になるのは避けられない。
 そこで皆は四次元ポケットの魔法による四次元空間や、生物なら人も巨人も犬もドラゴンも持つ原理不明の空間に所持品を収めておく。小さな物は空いた手に持ったり服のポケットに入れておいたりすることも勿論可能だが、それでは街の外に出ればすぐ敵対生物と出会うノースティリスではいざという戦闘時に困ることもあるからあまり推奨されていない。

 四次元ポケットの魔法は使用回数を貯めるための魔法書の読解難易度が高く、入れられる物の重量が限られたり出し入れするだけでも疲労したりする。
 原理不明の異次元空間、私の周囲では保管空間(バックパック)と呼ぶあの機能は誰でも使える代わりに保管上限が厳しく、中に収めた物の重さ次第では使用者の体に不可視の重圧がかかる。筋力が耐えきれないほどの重量物を収めでもすれば、たちまちその場から動くこともできず徐々に体が潰れていくという事態になる。そして装備している品も何故か上限数の一部に入るという謎の仕様もある。
 四次元空間、保管空間(バックパック)のどちらにもそのような問題点があるのだが直せるものでもなく、所持品を安全に収めておける利便性は事実のため、誰もが日常の行為として使用している。

 ただ、中には保管空間(バックパック)が異常に拡大している者がいる。その一人が私だ。

「いいにゃー、私もたくさん置いときたいにゃ。ウニに、カツオ、キンメダイ、サバ、キレアジ、クジラ。お魚パーティー……にゃふふ」

 あの子は食べ物にばかり興味が向いているが、四次元空間の方だけでなく保管空間(バックパック)にも食料を多種収めておけるのは実際異常拡大した空間の利点であるため間違いではない。ただし時空から解放された四次元空間と違い、外に出した食品と同じく腐っていく。あの子の場合、食べきれずにお魚だったものパーティーになる可能性が高い。

 それはさておき、保管空間(バックパック)は重量制限が筋力などに依存するため人それぞれだが、上限数は一般的に二十種類と決まっている。二十個、ではなく二十種類。これも種族に寄らず一定なのだが、極稀に最高二百種類まで収められる者もいる。これが保管空間(バックパック)の異常拡大であり、私があの子たちよりも遥かに多く所持できることの理由である。
 二百種類まで置けるとはいえ重量制限はきっちり受けるため何でもかんでも入れておけるわけではないのだが、それでも非常に便利と言えるだろう。

「……?」

 丸っこくて小さい生物が何かを言いたそうに、こちらをじっと見上げている。
 地面に着いた部分から、つんとはねた頭の先端まででおよそ四十センチの身長。触ればほどほどに柔らかい弾力を持ち、その戦闘力は下から数えた方が早い敵性生物。しかし今はあの子同様私の仲間(ペット)で、敵以外なら襲うことない大人しい子だ。それどころか大人しすぎて非常に無口で、言いたいことはつぶらな瞳で訴えてくる。

 今回は何が言いたいのだろうか。食事は渡してあるからお腹が空いたということもないだろうし、周囲に敵影もない。どこか行きたい場所も、あるようには見えない。
 最近仲間(ペット)にしたばかりで、視線だけで意思疎通するのは難しい。あの子ならわかるかと思って目を向けてみるも、思い当たらないようで首を横に振られた。

 数秒して思い至る。もしかしてこのプチっとした子は、荷物を持ちたいのではないかと。
 二百種保有できるとはいえ重い物は重い私を気遣ってくれたのかもしれないし、あるいは装備できなくても身を守れる物がもっと欲しいというような不安の露出かもしれない。
 よくわからないが、そう思う。そんな気がしてきた。

 しかし今重さに苦しめられてはいないし、生物としての特徴で装備箇所が少ないこのプチっとした子の身をこれ以上守ることができる物も私は持っていない。
 それでも何か渡せる物はないかと探し、おそらく満足はしてくれないだろうが良さそうな物を一つ見つける。楽器だ。演奏の技能を持ったこのプチっとした子なら、これを喜んではくれるかもしれない。

 思わず見入りそうなハーモニカをプチっとした子に渡そうとする。

「無理」

 声に出してまで拒否された。
 
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