Olgamally_o_a   作:庭の花

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第6話 そして従者(偽)に至らない

 

 彼女の金色の瞳は、立香の心に残っているあの少女のものよりも冷酷だった。

 生気を感じさせない肌も纏う鎧の黒紫も、鎌を持ったあのときの敵サーヴァントと似ているが、それでも今見上げた先にいる彼女が纏う威圧感は尋常でない。

 

「――ほう。面白いサーヴァントがいるな」

 

 黒っぽい岩肌の崖の上、所長は大聖杯と呼んでいた高台から凛とした声が響く。

 

「盾か。構えるがいい、名も知れぬ娘。よもや覚悟もなくここに来たわけではあるまい」

 

 彼女はセイバーと呼ばれていた。本来この冬木の地で行われていた聖杯戦争に参加していた、剣士としての側面が強く表れた英霊だと立香は聞かされている。そしてこの冬木が特異点となった原因と思われる聖杯を守護する者であり、倒さねばならない最後の敵だということも。

 

「どうした……、この程度か!」

「マシュ!」

 

 セイバーは明らかに強敵だ。キャスターがもう一人の敵であるアーチャーと戦うために離脱している今、強力なサーヴァントであるセイバーの攻撃に耐えられるのはマシュだけ。そのマシュを立香は身に付けて間もないマスターらしい戦い方で支援しているが、焼け石に水と言わんばかりにセイバーの剣が重く盾へとぶつけられる。

 

 激しい金属音が立香たちの耳に届く。何度もセイバーが黒い剣を振り下ろし、マシュが懸命に盾で防ぐ。それがいつまでも続くことはなく、振り上げる形の鋭い一撃を受けてマシュが盾ごと吹き飛ばされた。

 

 マシュの体が数度、地面の上を跳ねる。彼女を追って、手から離れてしまった盾も重苦しい音を立てて近くに転がる。

 

「マシュ……!」

「落ち着きなさい。落ち着きなさい、藤丸。わたしたちが出ていっても……足手纏いにすらならないわ」

 

 所長が立香の前に腕を出し、助けに出ていこうとする立香を制止する。悔しいけれど、所長の言ったことは間違いではなかった。だから立香もこれまで前線での戦いをマシュに任せるしかなく、自分は後方でできることをしていたのだ。

 正しい。所長は正しいけど、それでも体を動かそうとする何かが立香の内で騒ぎ立てる。マシュの傍に駆け寄りたい心情を紛らわせるように立香は無意識に拳を握ったが、その手は立香の心の猛りを示すように震えていた。

 

「物足りぬ。立て。私に貴様を蹴散らすだけの価値があると示して見せろ」

 

 ふらふらになりながら、傍に倒れている盾を持ちあげて防御の構えを取るマシュ。しかしもう立っていることすら厳しそうで、セイバーの剣をこれ以上耐え続ける戦い方は選べない。

 

 立香は考えた。マシュに残っている力を、セイバーの強さを、今の自分にできることを、何度も何度も考えた。短い時間で何巡とさせた思考が悲しい結末を告げるが、それを立香は良しとしなかった。

 

 いつも前を向いて歩ける精神は立香の長所だ。今までがそうだったように、これからもそうありたいように、今この危機を前にしても諦めない。諦めたくない。

 だって、大切な人たちを守りたいというごく普通の気持ちが、まだこの胸の中で強く輝いているのだから。

 

「負けないで――」

 

 右手の甲に熱を感じる。想いがこの手に集まって、マシュに届く気がする。

 心が叫ぶ。伝えろと。この胸に溢れる気持ちを、懸命に戦ってくれているマシュに伝えろと叫ぶ。

 ならば口にする言葉は望まぬ未来を否定するようなものではなく、どんな道でも踏破してみせるという決意であってこそ相応しいはず。

 

「勝って! マシュ!」

 

 立香のその言葉が契機となって、マシュの体がほの明るい光に包まれる。

 それがマシュの顔や体、鎧にも付いた傷を治すためのものであることを、マスターとしても魔術師としても駆け出しの立香は治癒が進む様子を見て初めて気付いた。そして再び力強く立ったマシュが立香に微笑みを向けたことで、これが自身の決意の産物であることを理解する。不思議と、胸が温かくなった。

 

「はい。見ていてください、先輩(マスター)!」

 

 マシュの頼もしい声が聞こえる。

 

 しかし眼前で行われた戦況の立て直しに対しセイバーは特に反応を示すことはなく、冬の凪いだ湖面のように冷たい彼女の瞳は、ただ立香と所長の後方に潜む何者かに向けられた。

 

 

      ◇◇

 

 

 ここに広がっているのは惨状だ。

 燃える街に人間の気配はなく、当てもなく彷徨う骸骨戦士こそがまるで住人であるかのよう。建物はどれも寂れた姿を晒し、その大半が炎に焼かれ、瓦礫の山と化しているものもある。

 

 破壊の跡をありありと示す爆心地を見た。骸骨しか通る者がいない大きな橋があった。崩れ落ちた建物を教会だったと理解した。火の赤さが混じる海辺に立ち寄った。砂浜から見える海は死に絶えたように黒く、その先ははっきりと見通せない闇に包まれていた。

 

「食材の礼として君に伝えておこう。現状ここでは二つの勢力が衝突しようとしている。片方は我々で、もう片方が君も知るカルデアだ。その上で君がこの場所から去りたいと思うなら、カルデア(彼ら)の手助けをしてやるといい。無論、その時の君の安全は保障しかねるがね」

 

 食料を受け取って立ち去る直前、こちらに背を向けたままのアーチャーはそう言っていた。

 それ以上詳しくは語ってくれなかったものの、わざわざ対立関係を明かしこちらの行動次第では再び敵対することもあると告げた彼はやはり親切な人だと言えるだろう。

 

 それから私はこの状況をより正確に把握すべく一人調査に走った。荒れた地面を駆け、小さな瓦礫の山も飛び越え、街の中を見て回った果てに海岸まで辿り着いた。

 

 アーチャーの言葉自体は信じている。彼の発言の根拠が提示されたわけでもなく、そもそもオルガマリーたちにこちらの知識が通じないことも既にわかっている。それでも彼が、カルデア陣営と敵対する立場にあると言った彼が、こちらにカルデア陣営の味方になることを勧めたのだ。ならばそこにはこちらがまだ捉えきれていない何かが、もしくは彼に勘違いさせたほどの何かがあるはずである。

 

 しかしオルガマリーたちと再び直接話をする、という手を最初からは選べない。それはこちらが向こうと既に敵対しているからでもあるし、彼女たちは仲間割れと言えるキャスターの木の巨人によって一度全滅している恐れがあるという、カルデア陣営内での混乱が十分に予想される状態にあるからでもある。

 

 そのため今こちらが先にすべきことは情報収集であり、オルガマリーたちでもなくアーチャーたちでもない第三者がこの街にいないか探した。

 それは更なる視点から得られる情報に期待したからだが、結果は残念なものだった。

 街の中全てを探査し尽くしたわけではないが、それなりに時間をかけたもののわかったことは会話できる存在がオルガマリーたちを除いて見当たらないことや、街の破壊と炎上はほぼ全域に及んでいるということ程度。

 それでも走り回った甲斐があったことを言うならば、オルガマリーに藤丸、マシュがキャスターと一緒になって行動している姿を途中で見かけたことだろうか。蘇った(這い上がった)にしては早すぎるため、マシュは二人を守りきったということなのだろう。そしてキャスターについて事情は知らないが、様子を見るに協力関係が復活したようだった。

 

 燃え盛る森でこそちょっとした出来事があったが、結局そこで得られた情報というとほとんどない。そのため調査によりわかったことはほぼ既知のことと、カルデア陣営との会話先としてオルガマリーたちが選択可能ということに限られる。

 

 キャスターの木の巨人による混乱やオルガマリーたちの死亡の可能性を考慮して一時は接触を避けたが、一人走り回った結果がこれであり、オルガマリーたちに怪我も不和も見受けられなかったことから次にするべきは直接の対話だろう。そう決めたのはいいが、二つほど問題もあった。

 一つはオルガマリーたちの居場所がわからないことだ。街を探索している途中で見かけたときは後を追うよりも調査を優先したためにその後の行動が不明である。一応、彼女たちはアーチャーと会話をしたあの異国の民家近くの山方面へと向かっていたと思われるので、少しは当たりを付けられることがせめてもの救いか。

 もう一つは、既に考えていたことだが、殺し合いを行った敵対関係にあること。それは確定した問題ではなく、オルガマリーたち次第では気にすることのないものではある。生存のために敵は殺すべしだが、同時に蘇生(這い上がり)が当然の行為のため死亡一回分の価値はそれほどでもない。つまり敵対関係において重要なのは命をやり取りするか、あるいはしたかどうか自体ではなく、それが譲れない信念に基づいているかどうかである。オルガマリーからはこちらを排除したいだけの理由が窺えたため、事と次第によっては問答無用の再戦闘になる可能性もある。

 

 ただ、今まで信念を貫いてきたからこそこうして生きている身としては、結果に寄らず彼女たちの選択を個人的には尊重したい。それを受け入れるかどうかは勿論別問題だが、こちらにとっては基本的に敵対する理由もないため、襲いかかってこない限りは平和的な対話になるだろう。

 二つ目の問題はひとまずそれでいいとして、一つ目をどうするかというと悩むものである。探知の技能もあって殺気については敏感だが、木の巨人によって死んだと思われているのか、テレポートによる離脱を行って以降オルガマリーやキャスターのものと思われる殺気を感じたことはない。使用できる魔法や特技にも居場所のわからない者を探すものはなく、そうなると察知できるのは冒険者生活で磨かれた、一般人と比べれば優れている程度の五感で可能な範囲に限られる。

 

 その状態で助けになったのは、あのキャスターのものと思われる灯火であった。

 オルガマリーたちの居場所がわからず探し当てる力もないとすれば、できることは足で探すことだ。街を走り回り調査していた途中で彼女たちを見かけた場所まで向かい、後はおおよその目標を決めて向かう。運試しに近い行為ではあったが、それが功を奏した。

 そこはコブラ種の胴体が小型の獣により真っ二つに食いちぎられ、他の部分も小さく噛み切られた様を想起させるような破壊の跡が残る、左へ右へと緩く曲がって伸びる街路と思しき場所であった。主な居住地区と比べれば高所であり、街路の端から見下ろして手をかざしてみれば手のひらだけでそこそこの数の民家の屋根が隠れる程度には高く、また街の広範囲にわたる火の手と幾筋もの黒い煙を改めて視認することができる。

 そこが最後にオルガマリーたちを見た場所であったため、私はまずそこに足を運んだ。そして彼女たちがそうしていたように何の変哲もなく道なりに歩いていって少ししたところで、近くの地面の一部が小さく光った。それはキャスターに何度か見せられた炎を生み出す輝く記号であり、同時に私の道しるべになるものであった。

 

 手のひらに乗るほどの小さな火が、まるで蝋燭に灯されているかのように地面で揺れる。最初は足元の一つだけだったが、少し間を置くと前方の街路上にもう一つが現れて光る。まるで手招きしているかのような前方の火に近づいてみれば最初の一つは消え、更なる前方で新しい一つが点いた。

 

 これが誰かを誘導するためのものであることはすぐに推測できた。カルデア陣営の別の部隊に向けたものか、それともキャスターがこちらの行動を予測したものかはわからない。それでも魔法の灯火はこちらを道案内するように先へ先へと点いていくのは確かであった。

 正しい使い方ではないが、火を見るよりも明らかであるとは正にこのことだと言っておこう。灯火がこちらを案内しているということは、火を見るよりも明らかである。

 

 少しだけ肌寒い風が頬を撫でた。

 

 一人で言葉遊びに面白さを感じるのも良いが、ここにはそれを共有して呆れつつも笑うあの子もいなければ、くだらない冗談を言ったことが恥ずかしくなるほど冷静な瞳で見つめてくるプチっと子もいない。

 ここには冒険心がくすぐられる未知があり、新鮮な感覚で戦える敵もいる。一方でわが家には今までの冒険の成果である品と共に、大切なあの子たちが待っている。

 

 再び吹いた風に足元の火が揺れる。

 冒険だけでなく帰還についての決意も改め、私は灯火の導く先へと向かう。

 

 

      ◇◇

 

 

 金色の瞳がこちらに向けられる。そこに込められた感情を読み取るには少々距離が空いているが、それでも強固な意志の感じられる凛々しい視線だ。

 こちらの前方に立つオルガマリーと藤丸の間、そして彼女たちの正面の空中に張られた黄色の透過性のある不思議な壁を通してでも伝わる金色の瞳の少女の威圧感に心が躍ると同時、自分の隠密が失敗したことを理解した。

 

 次々に灯っていく火に案内されて破壊痕の残る街路を走り、周囲に燃え移らないようにというキャスターの配慮を感じつつ森の中を抜け、辿り着いたのは山中の洞窟だった。

 道中で誰かと出会うこともなく、それより先を導く火はなかった。しかし洞窟内の闇の向こうから伝わってくる気配は平凡なものではなく、一番近い感覚で言えば、ネフィアの最奥を覗いているかのようだった。そのため私はこの洞窟の中、あるいは抜けた先には必ず何かがあると踏んで入り、勘に従って進んできた。

 

 そして見つけたのがキャスター不在のオルガマリーたち三人であり、深紫の鎧を重ねたドレスを身に付けている金色の瞳の少女であった。

 既に彼女たちは戦闘中であり、オルガマリーたちを当然カルデア陣営とするならば、マシュが前線で戦っている相手のあの少女はアーチャーの陣営か。見てみれば金色の瞳の少女の纏う鎧にはアーチャーの靴にもあったひびのような赤い模様が入っており、類似した装備をしているという仲間らしい特徴を窺い知ることができる。

 

 こちらの目的は両陣営の戦闘を観察することでもなければ、はたまた戦闘に介入することでもない。アーチャーがこちらに伝えた内容の背景を探ることができればよいのだ。だからこそこちらは岩陰に潜み、戦いが終わるのを待つことを選択した。

 しかし金色の瞳の少女の視線が、岩陰に完全に隠れる寸前のこちらの目に向けられる。洞窟の一部である岩を見ているのでもなく、こちらの背後にある通路の先の何かに焦点が合っているのでもない視線。彼女の目とこちらの目は間違いなく合っていた。

 

 殺気を感じる。侵入者に対する排除の意志よりも、見られたと気付きながらも隠れた不埒な行いを正そうとする圧迫感が強い。

 どうするか考えようとするよりも先に、荒事の中で鍛えられた直感がこのままでは不味いという流れを察した。

 

 私は岩陰からゆっくり姿を現すと、オルガマリーと藤丸の背後にならないよう横へ大きく歩き、そして金色の瞳の少女の威圧感に応えるように数歩距離を詰める。

 

「名乗るがいい、異邦の娘。その程度の時間はくれてやろう」

 

 こちらの動きが止まったところで少女が高圧的に問うてくる。手に持つ黒い剣の切っ先を地面に突き刺して仁王立ちする彼女の様子を見るに、ごくわずかな時間でも静観してくれるらしい。不審者、侵入者、不埒者とあまり積み上げたくない要素が重なっているこちらとしてはありがたい理知的な対応である。

 すぐ答えてもよいのだが今はまだ隠密の技能が働いている。察知能力の高い金色の瞳の少女には通じていないようであるが、オルガマリーと藤丸はこちらの姿が視線上にあっても捉えられず、何事かと四方八方に目を配っている。マシュはこちらのいる近辺に何かがあるとはわかっていても、正確な位置はわからず姿も把握できないといった目をしている。

 

 吉と出るか凶と出るか、私は隠密と解くと同時に名乗りを上げる。名前だけというのも味気ないため、ノースティリスの冒険者であることや趣味が掲示板に出された依頼の達成や鍛冶であることもついでに告げる。

 

「……えっ!?」

「あ、貴方、いつの間に」

「黙れ魔術師(メイガス)。貴様に問えと言った覚えはない」

 

 声に反応して弾かれたようにこちらに顔を向けた藤丸とオルガマリーに、金色の瞳の少女の冷酷な視線と言葉が突き刺さる。彼女の威圧感を浴びたからかオルガマリーたち二人は息を詰まらせたように押し黙り、少女の視界に入っていないはずのマシュまで沈黙を強いられた。

 

 場は一度静まり返り、空気が張りつめる。苦虫を噛み潰したような表情のオルガマリー、何故かほっとしている藤丸、素直に驚いているマシュと三者三様の反応を示す中、少し威圧の度合いを下げた金色の瞳の少女が口を開く。

 

「やはり貴様がアーチャーの言っていた変人か。興味が湧いた。剣を取れ。食材の礼に、貴様も纏めて斬り捨ててやろう」

 

 変人とは、随分楽しげな紹介をアーチャーはしてくれたらしい。所感を好きに伝えてくれるのは構わないが、食材提供の礼に斬り捨てようとする少女の方はどのような趣味をしているのだろう。冗談半分本気半分の発言だろうか。何にせよ面白い形の礼の表し方だと思う。諸手を挙げて歓迎するほどこちらは戦闘狂ではないが、戦いを望む者が相手ならば八割ぐらいは素直に嬉しい。

 

 しかしこの少女がアーチャーにとって腹を満たしたかった相手で、彼女が食材提供者であるこちらにいくら感謝の念を抱いているとしても、こちらに戦う意思自体はあまりない。襲ってくるなら当然反撃するつもりはあるが、気が進まないのだ。

 これはオルガマリーたちと、金色の瞳の少女との戦いである。その場を部外者が荒らすことは――好みではないが、その判断こそ今となっては無粋か。もうこちらは、意図せずとはいえ既に双方の戦いに乱入してしまった立場だ。その上で少女に剣を向けられながら拒むという方が好ましからざる姿というもの。

 

 少女の攻撃対象にこちらも加わるということを受けてどのような反応をするかと思い、オルガマリーたちを見る。険しい顔つきのオルガマリーからは、仲間が加わると安堵しているわけではないがこちらを敵だと強く警戒しているわけでもない、複雑そうな心境が窺える。反対に藤丸の視線は覚悟の決まった真っすぐなもので、一緒に戦おうと手を差し出されている錯覚がするほどに純粋だ。マシュは少し離れていて顔色から精緻に察することは難しいが敵意は感じず、こちらと藤丸たちの間にいつでも入り込めるようにと踏み出す構えもしていないことから、とりあえず敵だとは思われていないと見える。

 予想以上に三人から敵視されないため少し調子が狂うが、これは幸いだ。アーチャーがこちらにカルデア陣営の味方をすることを勧めた理由は未だに全くわからないが、一つ賭けとして彼の言葉に乗ってみるとしよう。

 なに、まさかこの戦いが終わったら満足に言葉を交わせない状況になるわけでもなし、詳しく話を聞くなど戦い終わってからでもできる。

 

 オルガマリーたちに告げる。こちらはカルデア陣営(貴方たち)の助力をすることが帰還に繋がると信じ、しばらくの間味方をしたいと思うがどうか、と。

 

「……本気なのね?」

 

 金色の瞳の少女の様子を伺いつつ訝しげな表情で問うオルガマリーに躊躇いなく首肯を返す。

 

「じゃあ!」

「藤丸。……はぁ、いいわ。キャスター()もああ言っていたし、貴方の言葉を信じて今は色々と訊かないでおいてあげる。ただ、わたしに従うと言ったからには情けない姿を見せるような真似はしないことね」

 

 喜ばしげに口を開いた藤丸の言葉を遮って語ったオルガマリー。信用の言葉を受け取ってもらったことはありがたいが、後半交ざっていた奇妙な関係はこちらの聞き間違いだろうか。味方をするとは言ったが従者になるつもりは全くないのだが。

 

「所長、味方……ですよね?」

「何言ってるのよ藤丸。カルデアの所長はわたしで、つまりカルデアはわたしのもの。その味方をするのだからわたしに従うのと同じ意味じゃない」

「違うと思います」

 

 面白い理由を述べるオルガマリーだが、なるほどそう言われると合っている気がする。こちらはオルガマリーたちの味方をするつもりで言ったが、それをカルデア陣営の味方と解釈すれば間違いではないだろう。所長のオルガマリーがカルデア陣営を率いているならば、カルデア陣営の味方になるこちらもその指揮下に入ると理解できる。

 実際のところは従者になるつもりは勿論ないが、オルガマリーがそう思う分にはただだ。それに仲間(ペット)たちの主としていることはあっても誰かに仕えた経験はない。この期に従者ごっこも悪くないかもしれないなんて、プチっとした子の頭の先端部ぐらいは思わないこともない。

 

「ちょっと貴方、わかったの? 一時的でもわたしに従うからには相応の」

「中々に吠える獲物だな。貴様から錆として消えるか、魔術師(メイガス)

「ヒィッ!?」

 

 金色の瞳の少女に窘められて青ざめるオルガマリー。ころころと表情が変わって面白いというか、可愛らしい人物だ。

 

 それはそれとして、随分と少女を待たせてしまった。敵味方の判別も十分になった以上武器を振るう相手に迷うこともない。私はいつものように二本の短剣を取り出してそれぞれの手に持ち、ある程度歩いて少女と距離を詰めるとその場で構える。

 待たせて申し訳ない、金色の瞳の少女よ。

 

「構わぬ。ここに立つのは貴様たちの敵だ。それに謝罪など不要……だが、その呼び名は何だ。力が抜けそうだ」

 

 本人から不評を買ってしまったが、それも少女の名前を知らないため仕方がない。ならば斬り合う前に名前を聞いておきたいのだが、どうだろうか。

 

「セイバーとだけ答えよう。我が真名は、この剣でもって知るがいい」

 

 セイバーと名乗った少女が黒い剣を構える。そしてこちらが姿を現してから抑えていた殺気が解放され、肌の表面に小さな針が刺されているような感覚を受ける。

 私の喉が、小さく鳴った。

 

「いい闘志だ。私の胸も滾る」

 

 剣を握るセイバーの手により力が籠もり、彼女の殺意に心地よい戦意が乗せられてこちらに向けられる。準備万端のようだ。こちらもいつでも斬り始められるが、マシュたちもいる。

 オルガマリーたちはどうするのかと問う前に、後方から藤丸の声が届く。

 

「マシュもお願い!」

「はい! 対象との戦闘、再開します!」

 

 マシュたちも戦う気は十分らしい。

 状況としては仮の協力体制を敷くこちらとマシュ、後方支援の藤丸も合わせれば三人に対してセイバー一人。纏めて斬り捨てると言ったセイバーに不服はないようで、むしろマシュの言葉を戦闘開始の鐘とした彼女は素早くこちらの懐に入って剣を振りかぶった。

 セイバーの闘志に応えるように私も短剣を振るう。金属のぶつかり合う音が、目の前で綺麗に響いた。

 


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