「は?ライブハウス?」
青年、宇田川修也は頭を掻きながらデスクに座る男の方を見た。男はカタカタとパソコンに文字を打ち込みながら
「うん、この近くのライブハウスで妙な事故が多発してるんだ」
と言った。黒髪黒い眼鏡に黒のYシャツ。黒一色の男はフゥと息を吐きながら作業の手を止めた。妙な事故ねぇと修也は呟きながら、棚に置いてあるコーヒー豆の入った袋を取り出す。チラッと男の方を見るとA4サイズの紙が入る封筒を見せつけてきた。ミルの横にコーヒー豆を置いて、封筒を受けとって中身を見る
「…………ライブ中に客が貧血で倒れる…ねぇ……。確かに少し数は多いですけど、これくらいならどこにでもあると思いますが」
「うん、そう言うと思って……次のページを見てくれないか?」
「…………バラードを聞いてる最中に倒れる……感動極まって倒れたんじゃありませんか?」
おおーそう来たかーと苦笑いをする男。修也は資料を読みながらミルにコーヒー豆を投入する。
「他のライブハウスと比べて倦怠感が酷い……練習中、いつもと同じくらいの練習量なのにいつもより倍近く疲れた。へぇ、ライブハウスとスタジオが一緒になってるんだ…………3週間前辺りからこの状態になっていると推測……………もう社長が全部調べたら良いんじゃありませんか?」
ガリガリガリガリとミルでコーヒー豆を粉砕する音と社長と呼ばれた男の苦笑いで事務所が満たされていた。
「まあ、できたらそうしたかったんだけど………残念ながら僕はオカルト関係に強くなくてね……完璧には調べられないんだよ。だからオカルトにはオカルトをぶつけようって思ったんだ」
「なら奥さんに頼んだら良いじゃないですか?あの人ほどオカルトな人はいないと思いますが」
「あー、えーと……その、昨日から体調不良で……」
「は?体調不良?」
ピタリと作業の手が止まる。
「待ってください、あの人ほど体調不良と縁遠い人はいないと思うのですが」
「あはは……腹痛を"殺そう"としたらたまたま娘の友人に見られてしまって……」
「あー……ナイフで腹を刺そうとしてたら誰だって止めに入りますよ」
苦笑いから乾いた笑いに変化する。修也は止めてた手をまた動かし始めた。
ガリガリガリガリ………修也はこの音が好きだ。何か落ち着くから。気持ちが荒れていたらたまにコーヒー豆をミルにぶちこんでひたすら回し続ける。それで社長に怒られたのは記憶に新しい。
「今は家でひたすら娘の友達の看病を受けているよ。あの時の顔……ははは、スゴかったな」
「見てみたいです。今からでも見に行って良いですか?」
ダメだよ、僕が怒られると言いながらページを捲るよう促した。
「それがそのライブハウスの見取り図。行けば分かると思うけど、一応頭に入れといてね」
「了解しました」
ミルから挽いた豆を取りだしペーパーフィルターに入れる。そしてお湯を少量入れて軽く蒸らす。
「後、娘を見かけたらちょっと探りをいれてくれないかな?」
「は?何かあったんですか?」
「今何かこそこそとやっててね。探ろうとしたら……」
「あー、奥さんに怒られたんですね」
だからお願いと手を合わせて頼む社長。そんな社長を見て修也はため息を漏らす。
円を描くようにお湯を注いでいき、注ぎ終えてフィルターからコーヒーが出なくなるのを確認してゴミ箱に捨てる。
「修也君には連続の仕事になって本当に申し訳ないと思ってる……このライブハウスの件、お願いできるかな?」
カップにコーヒーを注ぎ、男に渡した。
「社長なんだから命令とかすればいいのに。そんなんだから若い者に舐められるんですよ」
奥さんと娘さんの愚痴を聞かされるこちらの身になってくださいと呟き、コーヒーを啜る。
「あはは、ごめん」
そう言って男はコーヒーを啜るのだった。
「うん、美味い」
あの人喰事件を終えたことを社長に電話したら明日事務所に来るよう言われた。で、冒頭の話を受けた。社畜はヤダなーと呟きながら修也は目的のライブハウス"CiRCLE"へ向かった。
人喰事件というのは昨日の犯人が起こしていた事件で、人を虐殺して腹やら手足、酷い時は顔までも喰らう、非道じみたものだった。
こう人を喰らって殺すところから某マンガを連想して犯人の事を人喰"グール"と世間は呼んでいた。まあ、本当にグールみたいなものだったし、あっているといえばあっているが。
あの人喰、土谷辰己の力を俺は硬化だと思っていたが、社長曰く変容だったらしい。車にぶつかりそうになったら身体を硬くし、肉を抉るために爪を鋭くし、人を喰らうために歯を尖らせる。確かに硬化ではなく変容だ。つか、本人も自分の力が変容だって気づいてないっておかしくね?まあ、バカだから硬化だと早とちりしたのだろう……。土谷は完全に某マンガの人喰ではない。ちゃんと普通の飯を食う。ただ、普通の飯じゃ空腹が満たされなかっただけだ。空腹を満たすために人を喰らった。今回の事件は少し道の外れた男の本能のままに行われたものだ。眠いから寝る。遊びたいからゲームをするのと同じように、土谷は人を喰らったのだ。あの時、対象が美竹でなかったら食べさせていたかもしれない。美竹のもっと先へ行きたいという願望を目にしてしまったから、奴の食事を止めてしまった。
「我ながら壊れているな」
そう呟いて、目の前の建物を一瞥した。ライブハウスとスタジオが両方備わっている"CiRCLE"。建物の前はちょっとした広場になっており、カフェエリアになっていた。そこには休日だからか女子高生らしき人たちがちらほら見かけられた。
資料を見た感じ、粗方聞き込みも終えているだろうから、実際にライブを見て調べた方が良いかと判断した。
眼鏡を取ってから建物に入り、辺りを見渡す。特に異常は無いと見て眼鏡をかけ直す。
「すみません、今日のライブのチケットって売ってるんですか?」
そう近くを通ったスタッフに聞いてみた。
「ライブまで………後5時間ちょっとか」
あの後スタッフと軽く話をし(あのスタッフはこの頃入った新人スタッフらしい)、チケットを購入した。
入った時期と事件がちょうど被っていたから魔眼で調べてみたが、オカルト系統とは全く無縁の存在だった。つか、たまに倦怠感に襲われている被害者だった。
ライブまでかなり時間がある。1度家に帰って仮眠を取るのも1つの選択肢ではあるが、確実に外に出たくなくなる……働きたくなくなるので選択肢から除外。じゃあ、このカフェエリアで時間を潰すか…これから5時間も?それは店側に失礼すぎる。一旦ここで休憩した後、別件を進めておく…これが無難か。そう思ってカフェエリアに足を運んだ。
「ドラム辞めなかったんだね」
「うん……成り行きで………でも、今度は頑張ってみるよ!」
「もうそろそろ………練習の………時間だね」
「ふっふっふ……魔界のドラムテクニックを見せてやろう!どうりんりん!かっこよかった?」
スタジオ兼ライブハウス前のカフェエリアだからかバンドや音楽の話をしてる人が多い。何となく場違いな感覚に陥る修也だった。
適当にブレンドを注文して空いてる席に座る。
ポケットからスマホを取って机に置き、カバンから資料の入った封筒を出して中身を取り出した。
(見れる範囲には特に異常は無かった。"感情が流れ込んでいる起点"とか、"思考があやふやになる場所"とかがなかったし。毎日来てる新人スタッフも"たまに"と言っていた。どういうカラクリになってるんだ?)
頭を掻きながら資料を眺めていたら前の方から人の気配を感じた。
チラッと見たら見知った人が立っていた。
「何やってんのよ?」
「……………………美竹か」
「今、絶対あたしのこと忘れてたでしょ」
「名前を忘れてただけだ。顔は嫌ってほど覚えている」
座るか?と聞くと頷いて椅子に座った。
「そのギターケースかベースのケースか分からないが、楽器を持ってるってことは今日も練習か?」
「うん、今日はここで練習するんだ」
「ふーん………」
修也は少し考える。ここで練習をしてて倦怠感を覚えたバンドがいたと資料に書いてある。別件は後回しにして美竹の練習を見学できたら、何かカラクリが分かるかもしれない。だが、残念ながら俺は彼女とそこまで友好関係が高いわけではない。さらに言えば他のバンドのメンバーとは初対面だ。
「無理だな」
「ん?何が?」
「いや、こっちの話だ。で?近づいてきたってことは何か話があるんだろ?」
「……………」
無言のままじっと修也を見た。そして軽く深呼吸をして
「あの」
「あ、悪い。メールが来た。ちょっと確認する」
「……………」
スマホをスワイプしてメールを確認する。読み終えたら
「悪かった。で、何を聞きたい?」
「………サイテー」
「悪かったって。聞きたいことってあの事件と俺のことだろ?」
「………………本当にサイテー」
電話が鳴るが、修也はそれを切って蘭の方を見た。蘭もその姿を見て少し機嫌を治す。
「事件のことから教えて」
「分かった」
そう言って修也はカバンから1つの封筒を蘭に渡した。不思議そうに蘭は封筒を受け取り中身を出すと少し驚いた顔をした。
「これ、あたしが見てもいいの?」
「ああ、社長に聞いたらある程度まで情報を開示していいって」
それとこの資料もと、黒いファイルも蘭に渡した。
「ファイルの3ページ目を見てくれ」
「………!この男………」
「土谷辰己についての情報だ」
「ねぇ、これは流石にヤバいんじゃないの?この情報って………」
「知りたいんだろ?事件の全容を。俺もどうかと思うが、社長は良いと言った。つか今のメールがそれだ」
スマホの画面を蘭に見せる。蘭は読んでいくにつれて少し怪訝な顔をする。
「見せたら、捜査の協力をしてもらえって………これは?」
「今追っかけている事件があってな。それに協力してほしいんだよ。難しい事を要求しない。まあ、ある意味難しいやもしれんが」
「は?」
「それは後で話そう。今は土谷辰己の話だろ?」
スマホをポケットにしまって、机に置いていたCiRCLEの資料を封筒に片付ける。
カバンに入れたら修也は蘭と向き合った。
「土谷辰己は花咲川工業高校の3年。学校では内気な性格で、あまり周りと友好関係を築いてなかった人間だ。第一次進路希望調査では就職を選んでいた。家は裕福でもなく貧乏でもない、普通の家庭。まあ、どこにでもいる一般人だな」
「でもあれは一般人とかけ離れてた。内気な性格には全く見えなかったけど」
修也はページを捲るよう促してコーヒーを飲む。ちょっと薄いなと呟いて
「それは2年の終わりまでの奴のデータだ。3年になってからは1度も学校に顔を出しておらず、家にも帰ってなかったそうだ」
と言った。
「え?」
蘭は1度修也の方を見た。修也は面白くなさそうに話を進める。
「最後に家にいたのは3月の下旬、つまり春休みの時だ。春休みの最中に急に何度も家で暴食を繰り返していたらしく、"満たされない"と呟いたと思ったら家を飛び出したとのこと。で、数日後に最初の人喰事件が起こった……何が言いたいか分かるか?」
「…………分からないわ」
「土谷辰己は元々普通の人間だったんだ。しかも内気で人に優しい性格だった。つまり"誰かに何かされた"可能性がある」
「え?じゃあ、土谷みたいな奴がまだ出てくるってこと?」
「あくまで可能性だ。もしかしたら自分で起源をこじ開けたのかもしれないし……」
「起源?」
こちらの話だと言って手を振り話を戻す。
「まあ、不安になるようなことを言って悪かった。もう一度言うがこれはあくまで可能性だ。こんな事件が度々起きたらこっちがたまらないわ。で、人喰事件についての依頼が来たのは1週間ほど前で、資料がまとまったのは………5日前だったな。そこから土谷探しをしていたら……」
「昨日偶然あたしと遭遇」
そうだと言って、またコーヒーを飲む。また薄いなと呟いたらじゃあ飲まなかったらいいじゃないと呆れた声で蘭は言った。
買ったものは最後まで使うのが俺の流儀だと言ってコーヒーに口をつける修也を見て蘭はため息をついた。
「さて、今出せる情報はここまでだ。昨日逮捕されたばかりだからまだ事情徴収のデータはここにはない。開示の許可が降りたら話そう」
「じゃあ」
「俺の事はまた今度だ。つか、社長から開示の許可が降りてない。つかお前が聞きたいのは"目"についてだろ?」
「っ………そうよ。その目は何?」
「残念ながらそれは教えれない。これに関しては迂闊に話せない。これには社長に同意だ。少しどころかかなり危ないからな」
「………土谷よりも」
「土谷よりも」
「じゃあ、これだけは教えて。あなたに妹とかいる?」
「妹?いないけど」
「そう……分かった」
「?」
まあ、あの社長だからいつか許可出すだろ。と言ってファイルと資料を蘭から取ってカバンにしまう。
「さてと……話が変わるがお前、幽霊を信じるか?」
「へ?…ゆ、幽霊?」
「…………」
あ、こいつ、こーゆー系は苦手なタイプかと直感した。でもこの話をした方が入りやすいんだよなーと修也は悩んだ。
「いいわよ、続けて」
「………声震えてるぞ」
「震えてない!」
ダンと机を叩く。その音で周囲がこちらを見た。蘭は顔を赤くし
「いいから続けて」
と下を向いた。
「気は紛れたか?」
「叩くわよ」
「へいへい。続けるって言ってもお前に質問したんだけどな。で、どうなんだ?信じるか?信じないか?」
「信じてない」
「即答だな。まあ、幽霊がいるいない談義をしたって時間の無駄だから……お前、あの"CiRCLE"の噂を聞いたことあるか?」
「噂?」
チラリと蘭が腕時計を見る。時刻は13:40。
「練習は」
「2時から。まだ少し余裕はある。続けて」
少し手に力が入ってる……軽く眼鏡をずらして蘭を見て……あーなるほどねと修也は思った。タイミング悪かったかな……いや、逆手に取れるか?
「昨日事務所に依頼が来たんだ。変な噂が流れているライブハウスがあるって。その噂ってのが、幽霊がいるかもしれないって類いだ」
息を飲む音が聞こえたような気がした。かなり顔が強ばってる。ちゃちゃっと済ませないとと話を進めた。
「その幽霊は日夜どんな時間でも現れる幽霊で、昔ミュージシャンになる夢を持っていたそうだ。でも交通事故で死んでしまって……何でこんな目にあうんだ?不公平だろとライブハウスに来た客から体力を奪ってライブの邪魔をしたり、練習中にも現れては邪魔をするはた迷惑な存在に成り果てたらしい。そのせいであのライブハウスの売り上げはがた落ち。調べてもらって幽霊なんてデマなんだと証明してくれ…というのが今回の依頼だ」
まあ、所々嘘を織り混ぜているがそこは彼女に協力してもらうための嘘だ。それくらい良いだろと思いながら、コーヒーを飲み干した。
「でだ。日中にも現れるらしいからスタジオも調査しないといけない。でも俺1人で楽器を触ってたら幽霊に訝しく感じられる可能―」
「幽霊なんていない」
「あくまで可能性の話だ」
「あんたの言いたいことは分かった。つまり、あたしたちの練習に入って調査をしたいってことでしょ?」
「おお、恐怖のおかけで思考能力が向上しているのか」
パチンと頬を叩かれた。速い、恐ろしく速かった。そこまで怖いのか?幽霊が。
「いいわよ、来て。幽霊なんて絶対いないんだから!」
「おいおい落ち着けっ――ておい、腕を掴むな引っ張るな!」
勢いよく立ち上がったと思ったら腕を捕まれグイグイと引っ張っていった。修也は慌ててカバンを取って蘭に着いていくのであった。
文才は書きまくればつくのかな?ならガンガン書かないと
というわけで早くも2話です。読みなおしても話殆ど進んでないよね。
ただ駄弁っただけの話だよね?
次はちゃんと展開すると信じて……明日から頑張るぞぃ