今回はコメディ回。
――――某月某日、朝七時。週末の穏やかな朝に、その声は響き渡った。
「さあ起きたまえ我が敬愛する兄よ! 小鳥が歌い木々が陽の光を浴びる健やかなる朝だ! 起きない理由など何処にもない!」
勢いよく扉を開き部屋に入ってきたのは一人の女性。中性的な容姿を湛え、紫紺の髪を後ろで縛り、宛ら歌劇を歌うかのように話すその姿。言われなければ男か女かの判断さえ難しいであろう人物だ。
瀬田薫。〝ハロー、ハッピーワールド!〟のギター担当にして、羽丘女子学院において多くの女生徒からの羨望と憧憬を一身に集める麗人。そんな人物が今、こんな朝早くから呼びに来る者とは果たして誰なのか。
「さあ、温もりの中に微睡む時間は終わりだぞ我が兄! その纏った
大仰な身振り手振りを演じながら、部屋の窓際に鎮座する盛り上がったベッドへと大股で歩を進める。その横へと辿り着いたとき、彼女がペルソナと呼ぶもの――ただの掛け布団である――の縁へと手はかけられた。
無慈悲にも引き剥がされる
――――まさか、嵌められた!?
その結論に至った瞬間、開け放たれた扉の向こう、廊下から感じた気配。瞬時に彼女は振り返り、そこにいた人物を見た。
「まだまだだな、我が妹よ。僕は此処だ、此処にいる」
その人物こそが、薫が〝敬愛する兄〟と呼び慕い、他ならぬ今呼び求めていた男。
瀬田逢瀬。誰が呼んだか〝貴公子〟。誰もが思い描く〝白馬の王子様〟の具現化。そして、
紫紺の髪に美麗な容姿。非常に似通った見た目をしている二人であるが、似通っているのは見た目だけではない。
この二人の共通点を表すのに、たしかに見た目も重要なファクターだ。しかし、それは表面上のもの。真に重要なのはその内面。言動にこそある。
「フッ……なるほど、寝ている貴方を起こしに来たと思っていた私だが、その実寝惚けていたのは私の方か。ああ、なんて儚い……」
「気に病むことはないぞ、我が妹。ただ僕の方が一枚
そう、この二人、喋り方がお互いよく似ている。芝居がかっており、気障で、まるで物語からそのまま飛び出して来たような。
果たして先にやり始めたのはどちらだったか――――兎にも角にも、彼ら彼女らはどちらも生来の演者で、そして普段からこの喋りをすることに一切の抵抗がない。
するとどうなるか。
目立つ? ぬるい。注目されることなどとうの昔に慣れている。
引かれる? 甘い。これを受け入れられない者はまず近づかない。
過去にこの二人と共に同じ場所に居合わせたことのある人物は皆一様にこう語る。「二人だけで独特のフィールド作って、なんかよくわからないこと言って、勝手に納得して会話が終わるけど、正直何言ってんだか全く理解できない」と。
つまりそういうことだ。誰も理解出来ないような話を勝手に展開する。そして、二人だけの場合はそれを止める人物が他にいないのだ。詰まる所、ツッコミ不在の恐怖である。
「それで、僕に何か用かな妹よ」
「おお、そうだ兄よ。貴方に共に来て欲しい場所があるのです」
「ほう? 聞こうじゃないか。僕は何処へ行けばいい」
「それを語るのは朝食を摂ってからでも遅くはない。用意は済ませてあるよ。早速向かおうじゃないか」
先の敗北感は何処へやら。飄々と薫は逢瀬の前に立ち、朝食の並んだリビングへと連れて行く。その最中、ふと薫は疑問を口にした。
「そういえば、今日はやけに早起きだったようだが……何かあったのかな?」
「ふふ、何、大したことではないさ。ただ――――〝予感〟がしたから。寝ていられるわけもないだろう?」
「〝予感〟……それは一体?」
「君が来るという予感さ、我が麗しの妹よ。それを感じては、起きずにはいられない。妹の来訪を万全の状態で迎えてこそ兄だ。どうだい? 僕の演じた
大仰に手を広げ語る逢瀬。それを薫は「流石は我が兄……」などと呟きながらしみじみと聞き入っている。
実を言えば先の話は大体嘘だ。真実はただ珍しく早起きした逢瀬が二度寝しようとしたが眠れなくて、折角だからとシャワーを浴び戻ってきたところで薫が部屋に突撃していくのを見かけただけである。よく見れば、その紫紺の髪の端々がまだ湿っているのが確認できたが、雰囲気に陶酔する薫がそんなことに気づくはずもなく。
そんなことはさて置いて。二人は共にリビングへと辿り着いた。テーブルの上には薫の用意したという朝食が置いてある。椅子に座り食前の常套句を告げると、逢瀬は小麦色に焦げ目のついたパンに手を伸ばした。
共に無言で食を進める。その間、点けっ放しになっていたテレビから聞こえたアナウンサーの声を頭の中で反復する。
曰く、昨日の国会は何を言っていただとか。曰く、今度博物館がどういった展示をするだとか。曰く、隣の県に通り魔が出ただとか。
特にいつもと変わらない。何処かで聞いたことあるような既知感を与えただけだ。故にその反復は三回もせずに終了した。しかしそれでも時間は進むようで、いつの間にやら、手元にあった朝食は全て口へと入り咀嚼された後だった。
それは薫も同様。ナプキンを手に取り口を拭いている。逢瀬は薫に、一体どういった用があったのか尋ねた。
「共に来て欲しいところがあるのだ、我が兄。一人で行っても良いのだが、私としても、貴方がいてくれた方が心強い」
「ほう? つまりは同伴の誘いということだね。しかし、こんな朝早くから呼びに来るというのだから、それは何か急ぎの用ということなのかな」
もしくは余程の緊急事態か。どちらにせよ厄介ごとでは無ければいいと逢瀬は思った。
リビングの空気が張り詰める。お互いの心音が聞こえそうなほど静かな空間だ。窓から照る朝日が二人の表情に影を与えた。
そして、薫の返した答えは――――、
「いや、特にそんなことはない」
「……それ、僕を呼ぶ必要あったかい?」
その言葉に、逢瀬は目に見えて肩を落とした。
◇◆◇
「それで、行きたい所というのが楽器店とはね」
時は午前の十一時を過ぎた辺り。大袈裟な前置きを数時間前に終えた彼が薫に連れられて訪れた先で見たのは、店内に多数の楽器が並び立つ光景だった。
江戸川楽器店。街を歩いているときに看板程度は見たことがあったが、逢瀬が楽器に触れない生活を営んできた関係で中まで入ったことはなかった。ギターやドラムといった有名な楽器の他にも、名前すらわからない、どう使うのか考えもつかない道具まで多様な物が並んでいる。
「それで、ここに何をしに来たのだい妹よ」
棚にあった商品を一つ手に取って眺めながら、逢瀬は傍らに立つ薫に問うた。楽器店に来たからには買い物なのだとは思うが、しかし何を買うのだろう。
「ピックを買いにね。先日保育園でライブをしたときに欠けてしまったんだ。スペアはあるが、足りなくなった分は補充しなくては」
「なるほど、ピックか……」
頷く逢瀬。一見納得したような仕種を取っているが、内心では「ピックって手に持つアレだっけ?」程度にしか理解していない。
顎に手を当て棚を見渡す。視線を今立っている場所より少し右上にズラせば、そこには薫の言うピックらしきものがあった。成る程、思っていたより小さいな、と逢瀬は的外れな感想を抱く。ギターを三味線か何かと勘違いしているのだろう。
が、それと同時に疑問も抱く。何故薫は、自らの足でピックを買いに来たのだろう?
薫の所属するバンドの〝ハロー、ハッピーワールド!〟は、弦巻こころが中心となって成立しているものだ。あの弦巻である。ピックの一つや二つ、その財の全貌と比べれば芥子粒にも満たない程度でしかないはずだ。
故にこそ解せない。
「なあ妹よ。そのピックというのは、自分で買わなければダメなのだろうか?」
言外に〝弦巻を頼ってはいけないのか?〟という意味を込めて逢瀬はそう問うた。
別に彼は妹の私財を惜しんでいるわけではない。むしろ自ら動くというのならそれは素晴らしいことだとさえ考える。その意思は、間違いなく与えられたものだけで満足する愚物よりも尊いものであるが故に。
ただ、使えるものをどうして使わないのかが不思議なのだ。
きっと薫にも、逢瀬の疑念が伝わったのだろう。少し思案して、
「……それは自分でやらなくてはいけないのだ、兄よ。与えられることだけに甘んじるのは、
その言葉に、逢瀬は今度こそ真実の理解を得た。
きっとこれはこころの意向だ。家に頼るだけではなく、自分たちだけでも成せることを成す。彼女の性格上それを他のメンバーに強制するとは思えないが、生憎ここにいるのは瀬田薫。格好つけることを何よりも好む正真正銘の演者なのだ。
「そうか。それはおかしなことを聞いてしまったね、すまない」
「謝る必要は無いさ。私だって似たようなことを思ったことはある。それに、今だってそんなに上手く財と私情を切り離せているわけではないよ。不本意ではあるけどね」
曰く、まだやはり自分たちだけでバンドをやっていくのは難しいようで、姿の見えない援助というものはそういう形で施されているらしい。
練習場所の提供、ライブの設営、その他挙げればキリがない。いずれはそれらも自らの手ですべきであると決意してはいるものの、まだ彼女らは
薫が今日ここに来たのはそのためだ。未熟なのはわかっている。支えられないと立てないことも知っている。それでも、少しくらいの意地は張らせてくれと。差し伸べられた手を振り払うことは出来ずとも、自分の力で立ち上がる気概くらいはあるのだと証明したいから。
実に美しい信念だと、逢瀬は薫に心からの賞賛を贈る。薫以外の少女達も同じように思えているのなら、それはきっと素晴らしいことだ。その聖性は、たとえどれほどの苦難と時が道を阻もうと輝く道しるべとなることだろう。
「いつかは成してみせるさ。〝ハロー、ハッピーワールド!〟のギターは私なのだからね」
そう、笑みを浮かべて薫は言って、棚から一つピックのパッケージを取って会計に向かっていった。
この時ばかりは、逢瀬が代金の肩代わりをすることはなかった。格好つけるのにもやり方があるのだ。誰かの意思を無視するやり方と、誰かの意思を尊重するやり方。以前のこころと美咲の件は前者に当たり、今回の件は後者に当たる。
やがて戻ってきた薫に出口を示すと、わかっていると言いたげに隣に並んで歩き出した。店内の時計を見れば丁度昼過ぎ程度。このまま二人で何処かへ昼食でも食べに行こうかと逢瀬が提案しようとした瞬間、薫のポケットに入っているスマートフォンが振動と音を彼女に届けた。
何かと思い見てみれば、それはメッセージアプリの新着だった。開いて文面を読み、薫は笑みを溢す。
「誰から?」
「まあ見ればわかるさ」
そう言われ、差し出された画面を覗き込む逢瀬。そこに映っていたのはメッセージアプリのグループトークで、名前は〝ハロー、ハッピーワールド!〟。彼女らのバンドの連絡用グループといったところだろうか。
一番下、即ち最新の投稿が先の通知の内容だ。差出人は弦巻こころ。
『突然だけど今日は練習したいわ!』
本当に突然だなオイ。
そのツッコミをすんでの所で飲み込む。もう少しその決断が遅かったら喉を通り過ぎていたところだ。
いやしかし、普通は事前にスケジュールの確認等をしておくものではないのだろうか。まさかこの少女はその時の気分と感情のまま動いているとでもいうのだろうか?
まさか、と思う心を抑えて有り得そうだと考えてしまう。こころは制御の効かない暴走列車のような少女だ。多少の自制心は流石にあるだろうが、その時の気分によって生み出された提案が少しでも自らの益になるのならそれすら振り切ってしまいそうな気がする。
再び通知の音が鳴った。次なる差出人は奥沢美咲。
『まだお昼食べてないし、皆さん予定合うんですか?』
正論である。紛うことなきド正論である。
事前に確認を取っていないのなら、こんな突然の事態に咄嗟に全員が集まれることなどあるだろうか。ましてや彼女らは花の女子高生。青春を謳歌している真っ最中だ。こんな天気のいい休日なのだから、誰か仲のいい友達と出掛けてる、なんてこともあり得なくはないはずだ。
逢瀬はそう思い、続け様に鳴らされた通知を見る。
『はぐみは大丈夫だよ!』
『私も予定は無いから行けるよ』
『まあ皆さんがいいならいいですけど』
上から北沢はぐみ、松原花音、奥沢美咲の順である。お前ら暇か。もしや暇なのか。
仲がいいに越したことはないが、それでいいのか女子高生。
「……そういうことだ」
スマートフォンを操作して『私も行かせてもらおう』と書き込んだ薫が言った。彼女はこのままの足でこころの元へ向かうのだろう。言われずとも伝わった。
「昼はどうするつもりだい?」
「途中で何か買っていくさ。もしくは――――」
そこで再び通知音が鳴る。
『皆来るのね! お昼用意して待ってるわ!』
「こころの所で食べてくる」
「無茶苦茶だな弦巻」
急遽決まった練習の為に集まる人数分の食事をこれから用意するというのか。普通ならそんなことそうそう出来ないだろう。
それでも弦巻なら出来るのだろうなという、根拠のない確信が逢瀬の中に生まれていた。不可能を可能に、不可逆を可逆にする彼らならきっとやる。たとえ用意する食事がビュッフェでも満漢全席でも恐らく短時間で作る。最早時空でも捻じ曲げているのだろうか。
「というわけだ、兄よ。同席できなくて済まない。それでは私は行ってくるよ」
「ああ、行っておいで妹よ」
手を振り、弦巻邸の方へ歩いていく薫を逢瀬は見送った。去り際に薫が呟いていた「しかしミッシェルからの返事が無いが……まあ彼女も忙しいのだろう」という言葉の真意に気付いて苦笑していたが。
いや、
薫の背中が見えなくなった頃、逢瀬は漸く動き出した。特に食べたいものの指定はない。ただ手軽に食べるならコンビニ弁当かジャンクフードでいいだろうと考え、折角外に出たなら店で食べようとジャンクフード店に向かう。
そして、その先で、逢瀬は彼女に出会ったのだ。
「あの……この後少し、お話ししませんか?」
Pastel*Palettesボーカル、丸山彩に。
ここからは少々長めの後書きです。まずは評価してくださった皆様に感謝を。
☆10 ルリオルター様
☆9 サボ天様、アイリP様、ヘイ!ゼエン!様、怠惰な奴様、ローニエ様、暁桜様、リュー@受験生様、黒の太刀様、勇気の願渡@アルト様、塩あめ様、ハハッ( ´∀`)様、逆立ちバナナテキーラ添え様、ぱんぐらす様、ガチャで大爆死をする男様、ヤーナムのやべー奴様、てるまち様、断空我様
☆8 いわいわ丸様、マルクマーク様、痴漢者トーマス様
☆7 提督さん様
以上の方々に最大限の感謝を。本当に励みになりました。本当にありがとうございます。
高評価、感想など下さると更新速度がナメクジからウミウシくらいに上がります。それではまた次回。