時よ止まれ、お前は美しい   作:クトゥルフ時計

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 日間ランキング12位、UA8500突破、お気に入り400突破、総合評価1000突破……すごい。私の過去作の最高順位が11位だったのですが、まさか四話で迫れるとは思ってなかったです。本当にありがとうございます。


第五話

 こころの気紛れに付き合うために弦巻邸へと向かった薫と別れた逢瀬は、江戸川楽器店から少しだけ歩いた先にあるファストフード店に足を向けた。

 

 ファストフードは好きな部類だ。煩雑、粗野、大いに結構。何処に行っても同じ味が出てくるということそのものがまず褒められる快挙である。当たり外れが存在しない。

 

 こういうことを誰かに告げると、まず一番に言われることがある。「他の、もっと高級なモンの方が美味いだろ?」などだ。勿論、一流ホテルで出されるような物は美味であろう。当たり前だ、そういうように作られている。

 

 だが違うのだ。まず比べることが間違っている。立たされる舞台、魅せるべき大衆の範囲が違う以上、真の意味での比較は成り立たない。

 

 美味い物が食べたいなら高級店にでも行けばいい。店によって異なる拘りが料理から垣間見えることもあるだろう。それは確かな風格を伴ってその者を至上の幸福へと導いてくれるはずだ。

 

 それを求めていないなら手軽さを求めていいのだと、逢瀬は語る。均一に均された味も、片手で食べれる簡単さも、その全ては効率に収束する。

 

 詰まる所は層の違いだ。普段から素晴らしい物ばかり口にしている舌の肥えた者たちは、どうぞ素晴らしい物を食べたまえ。その間、小市民たる我々は、このような店で小さな幸せを噛み締めていよう。

 

 何だかんだと語ってきたが、実際そんな大したことは言ってない。逢瀬はこう考える。「たまにはこういう雑なの食べたいじゃない?」と。普段立席パーティーなどに招待されることもままある立場上、こういったものが恋しくなるときもあるのだ。

 

 閑話休題(そんなことはどうでもいい)

 

 暫く歩くと、目的の店が見えてきた。別に店頭にピエロが立っていたり、山と海と太陽から頭文字を拝借していたりするわけでもない、ごく普通のチェーン店。

 

 しかし時間は太陽が真上に差し掛かるお昼時。その行列は店の外まで長く伸びている。もう少しくらい遅く来ればよかったな、なんて思いながら、逢瀬はその最後尾に並んだ。

 

 さすがと言うべきか、長かったはずの列は瞬く間に捌けていく。そこは店員の手際に因るものだろう。ピーク時の対応もお手の物ということか。

 

 ……ところで、前に並んでいる人々の頭の隙間から、何やら見覚えのある桜色の髪が揺れている気がするのは気のせいだろうか。

 

 時間にして十分にも満たない間に、逢瀬はレジの前まで通される。あらかじめ決めていた注文を言おうと店員の顔を見たときに、それが見知った人物であること、そして先の予想の通りだったという事実に驚きを露わにした。そしてそれは店員の方も同じだったようで、その顔には驚愕が貼りついている。

 

「……お、お久しぶり、です……? 瀬田さん……?」

「……ああ、久しぶりだね丸山嬢」

 

 そこにいたのは丸山彩だった。俄かに世間を騒がせているPastel*Palettesのボーカルで、同じ事務所の後輩。例の事件の後、泣きながら謝ってきた姿は記憶に新しい。

 

 仮にも芸能人としてデビューを果たしたはずの彼女が何故ここにいるのか。そもそもこんなところにいて大丈夫なのだろうか。というか、ウチの事務所はバイトとか許可してただろうか?

 

 疑問はそれこそ幾つも湧き上がるが、それらが声に出るのをなんとか抑えて逢瀬は注文を口にする。彩は一瞬呆けた後に慌てて言われたことを打ち込み、逢瀬からその代金を受け取った。レシートと共に番号の書かれた感熱紙を渡され、逢瀬はレジの横に移動する。

 

 なんだか街中で知り合いに会うというのを最近も経験した気がする。偶然とは恐ろしい。

 

 横目で彩を見遣る。次から次へと押し寄せる客の波を捌くため、桜色の髪──以前見たツインテールと違う、サイドポニーテールと呼ばれる髪型──が忙しなく揺れていた。

 

 大変そうだ、とは思わない。思わないが……少し疲れているようにも思える。このアルバイトのせいでなく、何か、もっと()()()()によって。

 

「レシート番号63番でお待ちの方ー!」

 

 その思考は他ならぬ彩の声によって中断される。手元の番号を見れば、そこに書かれていたのは63の文字。呼ばれているのは逢瀬だ。

 

 盆に乗せられたメニューを流し目で確認して、不備がないことを軽く確かめる。

 

 そして、応対してくれた彩に、少し気になったことを問うてみた。

 

()()()()()()

 

 そう口にしてすぐ、しまったと思った。何の前触れもなく、ただ己の直感のみを頼りにして出た言葉なのだ。投げかけられた本人にしてみればきっと理解不能だろう。

 

 そう思っていたのだが、彩の反応は、少なくとも逢瀬の予期していたものではなかった。

 

「あはは……わかります、かね?」

 

 どうやら逢瀬の直感は当たっていたようで。

 

 彩は頼りなさげに苦笑して、店内の時計に視線を移した。

 

「……瀬田さん。私、あと少しで上がりなんですよ」

 

 再び彩は逢瀬に顔を向ける。その顔を、その表情を見た彼は、内心で彼女をこう評した。

 

「あの……この後少し、お話ししませんか?」

 

 ひどく、磨り減っている――――。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 店内席の端、壁際の最奥に逢瀬は座していた。

 

 時は先の彩の発言から三十分ほど。とうに頼んだ物は食べ終わり、昼時のピークも過ぎている。入店した時は座るところを探すことさえ一苦労だったのが嘘のように、今では誰も人がいない。空席だらけだ。

 

 そんな中、一人逢瀬は腕を組み、いずれ(きた)る彩を待っていた。考えるのは、先の彼女の表情。

 

 心に多大な負荷がかかっているのは目に見えている。恐らく平時は何事も無いように振舞っているのだろうが、そんなところに逢瀬──一度()()を見せた相手──が現れたから、その堤防が決壊したのだろう。

 

 そう、決壊。

 

 逢瀬が思う彩のイメージとは〝強い女の子〟だ。三年間、実るかどうかもわからないアイドル訓練生なんてものをずっと続けて、そして夢の舞台への切符を掴み取った。挫折しそうになったことも、諦めそうになったこともあったはずだ。

 

 それでもここまで登り詰めた。その身体を傷だらけにして、数多の逆風に逆らって。彼女の強さとは、その中で培われたものだ。硬く、固く、堅く、どこまでも強く。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()。鋼だって打てば曲がる。穿てば穴が空くものだ。そして、一度壊れれば、容易くは直らない。

 

 問題は、彼女の強さを挫くほどの何かがあったということ。

 

 例の事件があったのは今から約二週間前。その時見た彼女の表情は、まだ折れてはいなかった。まだ光に進むための力に満ちていたはずだ。

 

 故に彼は光あれ(Levis est)と言い残した。まだ道は続く。止まるな、進め。その意味を込めて。

 

 そんな彼女が、二週間で打ち拉がれた? 

 

 何をされた。有り得ない。答えが出ない。頭の中で問いを繰り返す。

 

「……すみません。お待たせしました」

 

 力のない声が逢瀬に投げられる。顔を上げると、そこには私服に着替えた彩が立っていた。

 

「気にすることはないさ。誰かを待つというその時間さえ、(きた)るべき子猫ちゃんが君ならば刹那に感じるというものだよ」

「そう……ですか、ありがとうございます」

 

 彩が逢瀬の対面の席に座る。その表情は、相も変わらず曇ったまま。

 

 逢瀬は何も話さない。この対話を持ち掛けてきたのは彩だ。まずは、彼女が口を開くのを待つ。急かす必要はない。

 

 時間にして数分か、それとも数十分か。どれほど向かい合っていたのかはわからない。何度も何か言おうとして口ごもり、そして意を決したかと思えばまた口を閉ざし。そんなことを何度も繰り返す彩を、逢瀬はただ静かに見つめていた。

 

 しかし、それをいつまでも続けているわけにもいかないのだ。それは彩が一番わかっている。停滞は、時間を割いてまで付き合ってくれた逢瀬の好意を無為にする。だから、少しだけ、勇気を出して。

 

「……あ、あの……」

 

 ようやく出てきた言葉はたったの一言。否、一言未満。しかし、それでも逢瀬にとっては充分だ。声を出してくれたことに意味がある。

 

「大丈夫だよ、丸山嬢。焦らなくてもいい。君のペースでいいから」

 

 言葉によって相手の内面を引き出すのは役者の特権だ。声音、話し方、その他自らの全てを道具として()()のだ。

 

「安心して。僕は何処にも行かない」

 

 甘い言葉も、(ぬる)い言葉も、幾らでも吐いてやる。それが役者()だ。それが演者()だ。それくらい、息をするより容易く遂行できる。

 

 そしてそれは功を奏したようで。

 

 彩の顔にあった不安は、この言葉を脳が咀嚼し呑み込んだとき、幾分か晴れていた。

 

「えっと……聞いて、くれますか?」

「勿論だとも」

 

 ああ、聞いてあげよう。それで君の心が晴れるなら。

 

 逢瀬は彩を包み込むように、無窮の慈愛を湛えた笑顔を浮かべた。

 

 その優しさに後押しされるように、彩は途切れ途切れに、拙い言葉で語り始める。

 

 その話を簡単に纏めると、要するに彩の好奇心の発露によるものだった。

 

 〝エゴサーチ〟

 

 言葉の詳細な意味はわからずとも、この言葉を聞いたことがないなんていう者はきっと少数だろう。意味はそのもの自己検索(ego search)。自分の本名やハンドルネームなどをインターネットを使って調べ、自分の評判などを見る行為のことだ。

 

 彩はこの二週間でそれを行なっていた。自分が世間からどう思われているか、それを知りたいと願ってしまったが故に。

 

 原因は彩にある。それは間違いない。だが、それを責めることなど誰が出来ようか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど……」

「あっ、でも違うんです! 学校の友達とかは皆普通に接してくれて、学校では気にしなくていいんですけど……その……」

「学校の外では、ということだね」

 

 彩は自分を肯定してくれる誰かが欲しかったのだろう。学校の友達といられるのは学校にいる間だけ。家にいたり、外にいたり、そういう日常生活の中で彼女は心の空白を誰かに埋めて貰いたかったのだ。

 

 だから、探した。肯定的な意見を。誰か私を認めてくれ、そう願って。

 

 その結果がこれだ。こればかりは、彼女の諦めの悪さが裏目に出た。

 

 探せども探せども、出てくるのは否定の言葉。人の悪意の塊だ。中には彩本人を恐怖させるようなつぶやきもあったことだろう。彼女は贔屓目を使うまでもなく美人だ。どんな下種が彼女に劣情を抱くかは想像に難くない。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう信じて、この二週間、学校にいられない間はずっとそうしていたのだろう。それが彼女を苦しめ、疲弊させ、摩耗させた。

 

 なんという悪循環。肯定を求め、否定され、その苦しみを和らげるためにまた肯定を求め────。

 

 それでも彼女がまだこうして完全に心を閉ざしていないのは、ひとえに彼女の理解者たちの功績と言える。友達選びに関しては、彩は間違いなく天才だ。

 

 しかしこれは想像以上に難しい問題だ。何せ、彼女は求める場所を間違えている。これ以上は文字通りの自殺行為。追い詰められるだけの袋小路なのだ。

 

 ならばどうするか。

 

 簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……丸山嬢。僕は、君の苦悩がわかるだとか、君を理解するだとか、そんなことを言うつもりはないけどね」

 

 彼女が求めている意見。言い換えれば〝拠り所〟。空を飛ぶ鳥が疲れたら休むように、偶像(アイドル)には止まり木が必要なのだ。

 

 劣情も、下心も、打算も、その全てを捨てて止まり木としての役割を担える人物。それは世間一般では仲間と呼ぶのかもしれないし、もしかしたら偽善者と呼ばれるのかもしれない。

 

「君の努力は誰かがきっと知っている。君の流した汗と涙は無駄にならないと誰かが────()()()()()()()

 

 ────()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、これだけは言わせてくれ。()()()()()()()()()()()

「────あ……」

 

 それは、彩がずっと求めていた言葉。

 

 否定の中で、誰かが認めてくれると信じて探していた言葉。探して、見つけられなかった言葉。

 

 それが今、こんなに近くで、憧れだった人から告げられた。

 

「……瀬田さん」

「……うん」

「私、頑張ったんです」

「……うん」

「歌も、踊りも、MCの台詞も、全部頑張って覚えたんです」

「……うん」

「ずっとなりたかったアイドルになれるって、そう思ったら夜も眠れなくて、それでもお客さんに元気な姿を見せれたらいいなって」

「……うん」

「そうやって頑張って頑張って頑張って頑張って……それでようやくアイドルになれたんです」

「わかってる。君はすごいよ。その努力は、並大抵の人間じゃできないことだ」

「……それ、でもぉ……!」

 

 声に嗚咽が混ざる。涙が流れて手の甲を濡らす。

 

「私は色んな人を裏切って……皆私に酷いこと言って……、それで、私……」

 

 限界だった。自分の夢は結局夢でしかなかったのだとも思った。起きたら消える意識の雲霞に過ぎないのかとも思った。

 

 それでも、諦めたくなかったから。憧れを憧れのままで終わらせたくなかったから。

 

 だから、求めたのだ。拠り所を。止まり木を。安心できる居場所を。

 

「……うん、わかってる。前も言っただろう。それは取り返せる失敗だ。君の努力が覆せる風評なんだよ。苦難も苦痛も、それは乗り越えられる」

 

 そう、だから、安心してと逢瀬は言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お人好しと笑いたければ笑うがいい。偽善者と嘲りたければ嘲るがいい。これが瀬田逢瀬の人間性だ。どこまでも役者で、どこまでも演者で、それ故に人の内面を理解しているから。

 

 これが今、彩にかけるべき最大限の言葉(肯定)だ。

 

「……瀬田、さん……」

 

 彩はとめどなく溢れる涙を袖で拭う。それはきっとこれまで我慢していた涙なのだろう。自分の罪だとわかっていても、決して割り切れなかった感情の発露。

 

「私、これからも頑張っていいんですよね……? また、あのステージに立ってもいいんですよね……?」

「ああ。君なら出来る。だから、泣かないで、笑って。君には笑顔が似合うから」

 

 逢瀬自身、無責任なことを言っているのは理解している。所詮綺麗事に過ぎない夢物語だ。

 

 でも、その夢物語が輝かしいから、人は惹きつけられるのだ。アイドルも役者も、そこは変わらない。

 

 彩が一際激しく目元を拭った。そして上げた顔は、誰よりも眩しい笑顔。

 

「ありがとうございました、瀬田さん。何だか全部吹っ切れました」

「それは何より。僕もそう言ってもらえれば幸いだよ、丸山嬢」

 

 綺麗事で人が救えるなら、それに越したことはない。逢瀬はそう考える。

 

 成し遂げんとした志を(You shouldn’t abandon your will by which we assumed)ただ一回の敗北によって捨ててはならない(that it wasn’t accomplished by once of defeat freely.)。シェイクスピアの引用の一節が、この状況にはよく似合う。

 

 もう助言は必要ないと判断し、逢瀬は席を立った。ただ昼食をとるためだけに来たはずが、想定外に時間を使ってしまった。だが、それで誰かの役に立てたのならそれも悪くない。

 

 そのまま店を後にしようと逢瀬は出口に向かう。しかし、

 

「あ、あのっ、瀬田さん!」

 

 彩が突然後ろから呼び止める。何かと思い振り向けば、彩はひどく狼狽えているような様子で何か逡巡していた。

 

「えーっとー、えーっとー、そう、連絡先ください!」

 

 ……なんて?

 

 逢瀬は素でそんなことを考えてしまった。急いで取り繕い、彩に問う。

 

「それはまた唐突だね丸山嬢。しかし何故に? 連絡なら事務所を通せばいいじゃないか」

「うっ……その、そういうのじゃなくてですね……。そう! 瀬田さんは私の味方なんですから、連絡先くらいは必要ですよ!」

 

 言ってる意味がわからないぞ、とツッコミそうになったが堪える。まあ彼女がそう言うならそうなのだろう。うん、きっと。

 

 逢瀬はポケットからスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを起動する。彩も同じくだ。二人はお互いのアカウントの追加の手続きを踏み、交換できたことを確認した。

 

「これでいいかな? ふふっ、毎日のモーニングコールは必要かな、子猫ちゃん?」

「やってくれるんですか?」

「……冗談だよ、丸山嬢。これでもう用は無いかな?」

 

 彩は頷く。ならばよしと逢瀬はやっとの思いで退店した。なんだか今日は薫の買い物に付き合ったり彩の相談に付き合ったりと濃密な休日だったな、などと考えながら。

 

 そして、逢瀬が去った後の店の中。

 

「……えへへ」

 

 逢瀬の連絡先の入ったスマートフォンを握り締めて、彩は幸せそうにはにかんだ。




 彩はこんなこと言わない、って思った方はごめんなさい。なんか私の中のイメージこんな感じなので……。

 ここからは少し長い後書き。

☆10 薬袋水瀬様、すくすくLv.X様、ルシエル様
☆9 red36様、里芋の煮物様、kaura様、mos,様、ひとりアリス様、ティガー様、ayin様、ジャック@読み専様、ketsu様
☆8 水蒼様、春茄子様
☆7 玲央さん様
☆6 和麻♯様

 以上の方々に最大限の感謝を。身に余る光栄です。

 ではまた次回。感想や高評価などいただくと更新速度がナメクジからナマケモノくらいには上がります。
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