時よ止まれ、お前は美しい   作:クトゥルフ時計

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 伏線いっぱい張る回。最初に謝っておきます。今回めっちゃ読みにくいですごめんなさい。


第六話

 黄昏。青かった空は橙に染まり、白い雲を鮮やかに色づかせる。その中を、逢瀬は一人歩いていた。

 

 その足取りは少々覚束ないものだった。顔色も悪く、滲む汗で前髪が額に貼り付いている。医者が見れば十人中十人が不健康だと診断を下しそうな有様だ。

 

 今すぐにでも倒れてしまいそうなほどフラつきながらも、逢瀬は自宅の前まで辿り着く。寄りかかるようにして扉を開け、中に入った。

 

 帰宅した逢瀬を待っていたのは、立っていられないほどに強く襲い来る激しい頭痛だった。

 

 場所は玄関。扉を潜ったすぐ先。靴を脱ぐことすら出来ず、彼はその場で膝をつく。

 

 視界が廻る。吐き気がする。頭が割れそうだ。

 

 色が混ざる。景色が歪む。世界が軋む。

 

 頭の中身をぐちゃぐちゃに掻き回されたかのような地獄。凡そ人らしい苦痛とは言えぬそれに、彼の世界は侵される。

 

 マトモに働かない思考を無理矢理回転させて、逢瀬は必死に考えた。

 

 ()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()

 

 喉元まで胃液が込み上げ、慌てて彼は口を抑えた。そのまま顔を上げ吞み下す。ここで汚物をぶち撒けるわけにはいかない。

 

 実を言えば、彼がこのような状態に陥るのは今回が初めてではない。不定期に、彼自身もわからない()()を契機としてこの苦痛はやってくる。

 

 その()()が今日あったのだ。問題は、一体それが何なのかということ。

 

 逢瀬は今日一日の行動の全てを思い返す。その中で、頭痛が始まる兆候があった箇所がないかを探した。

 

 しかし、無上の痛みがそれを妨げる。思い出そうとする度に痛みがその情景を切り裂いて、また一から探せと嘲笑う。まさに賽の河原、ちゃぶ台返しも良いところだ。形容するなら永劫回帰とでも言おうか。

 

 と、そこで逢瀬の後ろから声がした。

 

「ただいま──と、我が兄!? どうしたんだいそんなところで!?」

「……ああ、君か我が妹よ。悪いが肩を貸してくれ。一人では立てそうにない」

 

 〝ハロー、ハッピーワールド!〟の練習を終えた薫が帰宅したのだ。扉を開けたら目の前に病魔に侵されたかのような状態の兄がいた、などという状況に遭遇した彼女は、普段のような口調を演じることも出来ず狼狽した。

 

 慌てながらも言われた通りに肩を貸す。間近で見た逢瀬の顔は、やはり蒼白。

 

「……まさか、また?」

「そのまさかさ。全く、困った体質に()()()ものだね」

 

 靴を脱ぎ捨てリビングのソファまで進み、倒れるように座り込む。薫は置いてあった薬箱から頭痛薬を取り出し、コップ一杯の水とともに逢瀬に渡す。

 

 それを飲むと、心なしか靄がかかっていた思考が晴れた気がした。真に効果を発揮するにはまだ時間がかかるだろうが、今はプラシーボ効果に頼る他ない。

 

 思考の再開だ。逢瀬は目を閉じ、一日の行動を思い返す。

 

 朝、珍しく早く目が覚めた。それで眠れなくてシャワーを浴びたら、薫が自分の部屋に突撃していくのが見えた。この時点で、頭痛はその兆候すら見せてはいない。

 

 午前。薫と共に江戸川楽器店へ。薫からハロハピの方針などを聞いて、感心したのを覚えている。この時点でも何か起きたということはない。

 

 午後。昼食を食べに寄ったファストフード店で彩と遭遇。その後、彼女の感情の全てを打ち明けられた。この時点で頭痛の兆候は────、

 

 あの時どんな話をしていた? 何か、明確な契機はなかったか?

 

〝気にすることはないさ。誰かを待つというその時間さえ、来るべき子猫ちゃんが君ならば刹那に感じるというものだよ〟

〝そう……ですか、ありがとうございます〟

 

〝……あ、あの……〟

〝大丈夫だよ、丸山嬢。焦らなくてもいい。君のペースでいいから〟

 

〝あっ、でも違うんです! 学校の友達とかは皆普通に接してくれて、学校では気にしなくていいんですけど……その……〟

〝学校の外では、ということだね〟

 

 違う。違う。違う。どれもそれらしき兆候を齎すには至らなかった。ならばその先。

 

〝だから、これだけは言わせてくれ。お疲れ様、よく頑張ったね〟

 

〝わかってる。君はすごいよ。その努力は、並大抵の人間じゃできないことだ〟

 

〝……うん、わかってる。前も言っただろう。それは取り返せる失敗だ。君の努力が覆せる風評なんだよ。苦難も苦痛も、それは乗り越えられる〟

 

 違う。違う。違う。ここでもない。その会話の中に、契機となるべきものは見つからない。ならば、次。

 

 あの時、逢瀬が次に吐いた言葉は────

 

〝たとえ世界の全てが君を否定したとしても、僕だけは君の味方で────〟

 

 その時だった。再び激痛が頭蓋の中を駆け巡る。苦悶の呻きが喉から絞り出され、正常に見えてきた視界が再び歪曲の渦に呑まれる。

 

 これが契機だ。間違いない。それだけは確信できる。この言葉に、何か逢瀬を苦しめる要因が含まれている。

 

 だが、彼にわかるのはそこまでだ。何かがある。その何かを突き止めることは出来ない。

 

 もどかしくも届かない手がかり。探せば探すほどにその強さを増していく頭痛。『もうやめろ』『考えるな』と、まるで身体がその思考に警鐘を鳴らすかのようだ。

 

 記憶の深淵が嗤う。お前では到達出来ないと、そう告げるかのように。

 

 一旦思考を打ち切った。これ以上痛みと向き合えば気が狂ってしまいそうだったからだ。漸く頭痛薬が効いてきたのか、すぐに痛みは引いていった。クリアになっていく視界を知覚すると、薫が心配そうに逢瀬の顔を覗いている。

 

「心配するな、と言うのは無理な話か。大丈夫だ妹よ。死ぬほど痛いが、死にはしない」

「貴方がそう言うならいいが……」

 

 そう言う薫の手には濡れたタオルが握られていた。受け取り、額に乗せる。広がる冷たさが心地いい。

 

「そろそろ日が沈むが、夕食はいるかい?」

「いや、今日はいらない。食欲が無いんだ」

 

 それに、今のまま食べたところで吐き出してしまいそうだったから。そう続けようとして、態々言うべきことでもないと口を閉じる。

 

 そうか、と薫は一言述べて逢瀬の隣に座った。

 

「明日、仕事は?」

「新作ドラマの打ち合わせが一つ。午前には終わるさ」

「くれぐれも無理はしないでくれ、兄よ。なんなら休んでもいいと思うが……」

「今までだって、この頭痛が翌日まで続いたことはないだろう。大丈夫さ」

 

 逢瀬は額からタオルを退けた。その顔にはいつもと同じく軽い笑みを浮かべており、既に彼がそれなりの状態まで回復したことを示している。

 

 それでも、身体にはまだ多少の怠さというものが残っている。一刻も早く部屋に戻りたい。何より、彼には一つ急拵えでも()()()()()()()ことが出来た。その旨を伝えようと逢瀬は身体を起こす。

 

「僕は部屋に戻るよ。来客は……無いと思うが、誰か来たら君が対応してくれ」

「……()()?」

「そう。今の頭痛で幾らか()()()()とマズイし、()()()()()()()()()()()()()からね」

 

 やらねばならぬこと。薫が〝復習〟と呼んだそれを肯定して、逢瀬は部屋に戻った。

 

 リビングに静寂が降りる。その後五分ほどその静けさに身を浸していたが、何となく何もしないのはいたたまれなくなって、薫は茶でも淹れようかとポットの電源を入れた。

 

 その時、家中に響く電子音。こんなときに限って来客とは間が悪い、などと思いながら外との通話用機器の前に立つ。宅急便か、もしくは新聞の勧誘だろうかと思っていたが、その予想は程なくして裏切られることになる。

 

 その画面に映っていたのは、パステルイエローの一人の少女。

 

「……千聖……?」

『こんばんは薫。入れてもらっていいかしら?』

 

 来客の正体は、白鷺千聖だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 間が悪いにも程がある。

 

 リビングまで千聖を通し、取り敢えずお茶でも出そうかとティーバッグに手をかけた薫が思ったことはそれだった。

 

 千聖が家を訪れることは別に構わない。平生からドラマや何かで共演することも多々ある仕事柄、その打ち合わせの為に二人が話すことは珍しくない。

 

 問題はタイミングだ。普段なら何も問題は無いのだが、今逢瀬は()()の最中。この行為を誰かに────ましてや()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして彼女が此処を訪れた目的も恐らくは逢瀬であろうと薫は推測する。薫自身、普段千聖に話しかけたときにされる対応から自分がどのように思われているかくらいはわかっている。なら、必然的に残ると候補は一人なのだ。

 

 今こそ私の演技力が問われるときだ、と薫は意気込む。考えていることを悟られぬよう、演者としての仮面を被れ。

 

「待たせたね子猫ちゃん。紅茶でよかったかな?」

 

 紅茶を注いだティーカップを、ソファに座る千聖の前に置いた。奇しくもそこは先程まで逢瀬が苦痛に呻いていた場所。偶然、だと信じたい。

 

 千聖の対面に薫も座る。一口カップに口をつけ、千聖の様子を伺った。表情は読めない。

 

「……ねえ、薫」

「何かな?」

「瀬田さん……()()()はどこ?」

 

 心臓が跳ねる。咳き込みそうになるのを辛うじて抑え込み、何でもないという雰囲気を装った。

 

 やはり目的は兄か、と薫は自分の推測が当たったことに歯噛みする。不幸中の幸いか、彼は今自室。そこまで千聖を通さなければいいだけの話だ。

 

「我が兄は今具合が悪いようでね。一過性のものではあろうが、大事を取って今日はもう寝ると言っていた」

 

 嘘は言ってない……はずだ。寝るとまでは言ってないが、具合が悪いというのは事実に違いない。

 

 流石に病人の元に突撃するほど千聖は非常識ではないだろう。薫はそう考えた。よく大人びていると評される彼女なら、きっと逢瀬のことを慮ってくれるはずだ。

 

 しかし、その薫の思いは裏切られることとなる。他ならぬ、〝大人びている少女〟の言葉によって。

 

「なら起こしてくるわ」

「ストップ、ストーップ」

 

 君はいつからそんな非常識な女の子になったんだい?

 

 ソファから立ち上がろうとする千聖の手をテーブルの対面から掴み、何とかして食い止め座らせる。まさか彼女がこんなことを言い出すなんて誰が予想できただろうか。少なくとも薫には無理だった。

 

 千聖は不機嫌そうに薫を見る。

 

「なんで止めるのよ」

「なんで止められないと思ったんだい?」

 

 まるで今の千聖は子供のようだ。ひどく身勝手でひどく自分本位。寝てる病人を起こしに行くなど言語道断だろう。普段の彼女からは考えられない暴挙。

 

 それとも、それほどまでに大事な用事なのだろうか?

 

「何か用があるなら私が伝えておこう。それで文句は無いだろう?」

 

 これでこの場は収まるはず。そう薫は考えた。というか収まれ。頼むから収まれ。何としてでも千聖が逢瀬の部屋に入るのだけは阻止しなくてはならないのだ。

 

 千聖はそれを聞いてまた不機嫌そうな目を向けるも、仕方がないと言いたげに息を吐いて、

 

「わかったわ。流石に私も今のは非常識でした。伝言を頼むわね」

 

 よし、と薫は内心でガッツポーズを取った。これで千聖に()()を見られることはない。

 

「それで、今日はどんな用があって?」

「少し、お礼を言いに来たのよ」

「……礼?」

 

 礼とは何のだろうか。逢瀬が千聖に何か施しでも与えたのか、それとも他の? 薫にはわからない。

 

 そんな薫をよそに、千聖は話を続ける。

 

「今日の昼間、彩ちゃんがお世話になったみたいだから。一応私もパスパレのメンバーだし、それくらいはね」

 

 ……あの兄はまた女の子を勘違いさせたのか?

 

 薫は千聖の発言からそう考え嘆息した。千聖の言う〝彩ちゃん〟とは、十中八九Pastel*Palettesの丸山彩のことだろう。逢瀬と彼女の間に昼間何があったかは薫にはわからないが、また貴公子ムーブでもしてしまったに違いない。

 

 実際はそんな簡単な話ではないのだが、残念ながらこの場に昼間の詳細を知っている者はいない。千聖は彩から来たメッセージで彼女が立ち直ったことを知っただけだ。具体的に何を話したかまでは聞いていない。

 

 逢瀬が女の子を勘違いさせることはままある。薫の記憶の限りでは、確か一番最初は小学生の時だったか。その頃から今のような奇抜な言動が目立ち始めた。彼が生来のお人好しということもあり、さらにはなまじ外見が整っているせいで、誰かが困っているのを見つければ助け、その言動で勘違いさせ、ということを繰り返してきた。「この人いつか刺されそうだな」と思ったことも一度や二度では済まない。

 

 そんな兄が今度はアイドルまで引っ掛けてきた。

 

「……うん。それで、用はそれだけかい?」

 

 これはもう一生ついて回る呪いなんだろうな、などと考えながらも薫は問う。出来ればこれで帰ってくれると助かるなー、と淡い期待を持ちながら。

 

 千聖は少し逡巡して、

 

「本当は明日の事とかについても話したかったのだけど、具合が悪いなら仕方ないわよね。伝えたい事はそれだけだし、もう帰るわ」

「明日……というと?」

「あら、逢瀬君から聞いてない? 私たち、製作中の新作ドラマの主人公とヒロインよ。明日はその打ち合わせ」

 

 ……ああ神よ、いるならどうか教えてください。この二人、運命か何かで繋がってないですよね?

 

「主演じゃないか。おめでとう」

「ありがとう。それじゃ、私はこれで」

「ああ。気をつけて」

 

 家近いけどね、とは敢えて言わないでおく。

 

 玄関まで千聖を見送った後、薫は脱力しきったようにソファに身体を預けた。途端に腑抜けた身体に、睡魔が眠ってしまえと囁いた。

 

 家に帰ったら兄が死にそうな顔で倒れてて、その難を凌いだら次は幼馴染が襲来した。この二人を鉢合わせないように気を張り詰め、そして漸くその緊張が解けたのだ。演技の仮面を投げ捨てたくもなる。

 

「今日は……厄日だ……」

 

 そう呟いて、薫は襲い来る睡魔に抗うことなく眠りに落ちた。

 

 夕食を食べていないことに気づいたのは、翌朝だった。




 この小説はDies iraeの詠唱流しながらバンドリしてたら思いついて、そのままノリと勢いと深夜テンションのみで書き始めたので、タイトルとか主人公の台詞がアレなのは仕様です。結末は既に決まってるけどプロットとか無いです。

 以下、評価してくださった方々。

☆10 シュガーstep♪様、戦犯マン様、ブラックティガ様
☆9 豆助様、ちよ祖父様、ATORI HINA様、二流ペロリスト様、西郷龍馬様、Exist様、༺K⃣íşśՏħoŧ༻様、エクスダリオ様、爆祭様、まっp様
☆8 芝 ロク様、風林様、ワッタン様

 本当にありがとうございました。高評価が新しく入る度狂喜乱舞していました。

 それではまた次回。感想、高評価いただけると更新速度がナメクジからシーラカンスくらいには上がります。
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