時よ止まれ、お前は美しい   作:クトゥルフ時計

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 先日、このハーメルン内でのバンドリSSの総数が300件を超えたらしいです。そしてその記念すべき300件目に輝いた小説は『私は総てを愛している』ってタイトルらしいです。わー誰なんだろうなーこんな獣殿が出てきそうな小説書いたのはー(棒読み)。私だよ。

 そんなこんなで、投稿遅れましてすみません。今回からはコメディが続きます。慣れないものも練習あるのみですね。


第九話

 ────瀬田家。時は既に日が落ち、逢魔時(おうまがとき)を超えた辺り。窓からは宵の明星が顔を覗かせ、中にいる二人を見守っていた。

 

 リビングの一角で向き合い深刻な顔をしているのは、双方ともに紫紺の二人。即ち、瀬田兄妹である。

 

 その片方、薫は神妙な顔で兄である逢瀬へ語った。

 

「……これは貴方にしか頼めないことだ。どうか聞いてほしい」

 

 女性にしては低めな声が空気を揺らす。時計の針が動く音が、緊張の糸を張り詰める。

 

 薫が懐から取り出したのは一枚の紙片。それを逢瀬の前に差し出した。逢瀬はそれを手に取り、怪訝な表情を浮かべる。

 

「これは────」

「貴方なら言わずともわかるはずだ。しかし私は勿論、こころやミッシェルたちが力を貸すことは出来ない。残念ながらね」

 

 薫は万策尽きたとでも言うようにテーブルの上の拳を握った。既に尽くせる手は尽くした。それでも尚、この紙片にはそれを上回るほどのことが書かれているのだ。

 

 彼女の表情は心底悔しそうだった。己が力が及ばない。それがどうしようもなく煩わしい。そう言いたげに。

 

 だが、と薫は続ける。

 

「貴方ならそれが出来る。否、貴方にしか出来ないのだ、兄よ。どうか()()()()()を救ってほしい。私たちが出来ないことでも、貴方なら。……どうだろうか」

 

 いつになく真剣な表情。逢瀬を映す紫紺の瞳は揺らぎなく、ただ真っ直ぐと彼を見つめている。

 

「リスクは?」

「ない……とは言い難い。何せ同行者は()()だ。その意味がわからない貴方ではないだろう」

「ああ、巻き込まれ体質だからね、彼女」

 

 その通りと薫は目を伏せ頷く。

 

 逢瀬は紙片と薫の間で数度視線を行き来させ、仕方ないと息を吐いた。

 

「わかった、請け負おう。そうまで言われては断れない」

「やはり貴方に頼んだ私の目は間違っていなかった。感謝する、兄よ」

 

 安堵の色を声の端々に滲ませ薫は言った。他に適任者がいないのなら僕が出張るしかないだろう、と逢瀬は手に持った紙片を薫の前に置きながら考えた。

 

 その紙片の表面、小さな表面積のあちこちに打ち込まれた細かい文字の中に、一際目立つ大きさと配置でこう書かれていた。

 

 ────◯◯水族館・ペアチケット、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 事の発端は商店街の福引きだった。少女・松原花音はそう語る。

 

 ちょっとした買い物のときに一緒に貰った三回分の福引券。折角だからと回してみれば、その三回目で二等の水族館ペアチケットを当ててしまった──ちなみに他の二回はポケットティッシュとミッシェルのお面だった。

 

 当然ペアチケットなので誰かを誘って行こうとしたのだが、誰も予定が合わなかったのだ。

 

 こころは弦巻主催のパーティーに出席。はぐみは店の手伝い。美咲はテニス部、薫は演劇部の活動があった。最後の望みを託して、彼女と別ベクトルで遠出が下手な親友に聞いてみても、申し訳なさそうに仕事があると断られてしまった。

 

 日を改めようとも思ったが、チケットをよく見たら使える期間が定められていることに気づいた為それも出来なくなってしまった。しかしペアチケットを一人で使うのも勿体無いし、まず一人で水族館まで辿り着ける気がしない。

 

 八方塞がり、どうするかをハロハピの面々に相談したところ、薫からこう提案された。

 

『なら兄に頼もうか』

 

 瀬田逢瀬。以前に何回か花音も会ったことがある人物。花音の三つ上の男性で、薫の兄。テレビで何回も見たことがあるほどの超有名人。実際に会ったことのある花音から見た彼の人物像を一言で表すならば、()()()()()()()()()()()()だ。

 

 言葉遣いは変だし、行動だって何処か大袈裟。しかしそれでも道理は弁えてるし、荒唐無稽な事を言い出すこともない。ノリと勢いのみが原動力のこころやはぐみを普段から見ているということもあってか、見ていて安心できる人物というものがより一層際立ってしまう。

 

 そして何より、(はた)から見てわかるほどのお人好し。きっと今回だって、薫から頼んで貰えれば簡単に了承してくれるであろうことは想像に難くない。

 

 善意を利用するようなやり方になってしまって申し訳ないけれど、と少しばかりの罪悪感を胸に抱いて花音は薫にそれを頼んだ。「あの人なら利用するとかそんなの気にしないだろう」と薫は言っていたが、それでも思うところはあるわけで。

 

 いつも何かしらの形で誰かに迷惑をかけてしまうことが多いから、せめて今回はしっかりしなければいけない。花音はそう決意した。

 

 ……決意した、のだが……

 

「ふえぇ……ここ、どこぉ……?」

 

 松原花音、絶賛迷子中である。

 

 逢瀬との待ち合わせに指定された駅に向かう途中、気がついたら知らない路地にいた。事の顛末を纏めるならばこうなる。

 

 水族館に逢瀬の同行が決まった際、「一人で電車に乗らせて知らない駅に行かせるのも酷だから」という理由で彼が近場の駅を待ち合わせに指定した。其処ならば花音だって行ったことが何度かある。故に迷うことはない。そう思っていたのだが、結果はこれだ。

 

 どこか見知った道に出れないかと恐る恐る花音は路地を進む。普通に考えれば来た道をそのまま戻るのが賢い選択なのだが、それが出来ないからこその方向音痴。わからないことをわからないまま突き進む。地図を見ない。よしんば見ようとして地図アプリを開いてもスマートフォンを何回転もさせるなど、典型的な方向音痴のやらかす失敗を花音は散々してきた。

 

 多分こっち、と己の勘に従い歩を進める。彼女の持つ胆力が間違った方向で発揮されてしまうとこうなる。いざ、と意気込み踏み出したその時、花音の肩に手が置かれた。

 

「ひっ……あ、瀬田さん」

 

 突然の事態に小さな悲鳴が漏れる。しかし誰かと後ろを振り向けば、そこにいたのは待ち人である逢瀬その人だった。多少の怯えを含む表情を向けられた彼は困ったように苦笑する。

 

 だが彼が何故ここにいるのだろう。待ち合わせ場所は駅で、ここはどう見ても駅ではないただの路地。その疑念を読んでいたかのように、逢瀬は口を開く。

 

「妹がね、〝きっと花音はまた変な所に行くだろうから、まず彼女の家に向かって駅から反対方向へ行ってみてくれ〟と言っていた。まさかそんなはずは、と思っていたけど……」

 

 言葉を切り、辺りを見回す。どこを見ても住宅が続く住宅街。方向音痴極まれり、と逢瀬は花音に対する認識を〝方向音痴〟から〝超方向音痴〟に改めた。

 

「そのまさかだったね。迎えに来たよ、松原嬢」

 

 その言葉に、花音は申し訳なさそうに「すみません」と返す他なかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 二本ほど電車を乗り継ぎ、逢瀬と花音は目的の駅へ到着した。改札を抜けた先にあるベンチに腰を下ろし、先程買った飲み物のペットボトルを額に当てて息を吐く。まだ水族館には到達していないはずなのに、逢瀬の顔には既に疲労の色が見て取れた。

 

 それもそのはず、花音はここに辿り着くまでにも何度か迷子になりかけているからだ。最初の乗り継ぎ駅で目的の路線とは反対方向へ行こうとしたところを逢瀬が引き留め、次の駅では逢瀬が飲み物を買いに行くと言って離れたところでまたはぐれた。ようやく見つけ出し電車に乗ったかと思えば、次は満員電車の中で分断され花音が違う駅で人波に流され押し出された。逢瀬は次の駅で急いで折り返し花音を探すも見つからず、途方に暮れたところで薫を経由して連絡してきた花音から現在位置を聞き漸く合流出来たというわけである。

 

 そうして、当初の予定では一時間もかからずに辿り着けるはずだったこの駅に二時間かけて二人は到着した。次に誰かと出かけるときはきちんと連絡先を聞いてから出かけようと逢瀬に決意させた出来事である。

 

「すみません……私のせいで」

「気にしなくていいさ。元よりこうなることは覚悟の上だ」

 

 そうだとも、花音と出かけるということはそれ即ち何か厄介事の種が隣にいるということと同義。迷うことなど初めからわかっていたのだから、対策は出来ずとも覚悟は出来る。対策しようとするならそれこそリードでも着けるしかない。しかしそれは流石に無理なので、精々可能な限り目を離さないことくらいしか出来ることがないのだ。

 

 動かなければ平穏な彼女であるが、一度動いてしまえば最後、こころに次ぐ程のトラブルメーカーであると逢瀬は考える。それも無自覚に様々なトラブルを呼び寄せるタイプのもので、彼女自身に何か落ち度があるわけではない分余計にタチが悪い。

 

 少し……否、かなり先が思いやられるが、一度役目を請け負った以上投げ出すことなど彼自身が許さない。

 

 ペットボトルの中身を飲み干しベンチから立つ。行こうか、と促せば花音も頷き席を立った。

 

 逢瀬は花音に向き直り、恭しく一礼する。

 

「僭越ながら、エスコートは僕が務めさせてもらおう。それでいいかな、松原嬢?」

 

 時は午前十一時。次に花音がトラブルに巻き込まれるまで、あと二時間。

 

「ああそれと、連絡先貰えるかな?」

 

 トラブル防止は大切である。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ペアチケットを係員に渡し、二人は揃って水族館に入館した。足を館内へ一歩踏み入れるだけで、まるで世界が海の底に沈んだかのような独特の雰囲気を二人は味わった。

 

 今日が休日である故からか、親子連れやカップルの男女が非常に多い。ほんの少しでも目を離せば、比較的背の低い彼女は直ぐ様人波に流されてしまうだろう。それだけを危惧して、彼は花音を先導すべく前に立った。

 

 まだ入り口だが、展示されている生物は既に数え切れないほどだ。その中でも特に目を引くのが、彼らから見て右手側にある背の低い扇型の水槽。上面には何も無く、中に手を入れられるようになっている。そしてその中には多数のヒトデやナマコなど、棘皮動物と呼ばれる種別の中で触っても安全な種類のモノが入れられていた。

 

 多くの人間が、あちらでは恐る恐る、こちらでは興味津々と十人十色の反応を見せながら水槽に手を浸している。

 

 そして、どうやら花音も興味津々なようで。未知の感触への憧憬と恐怖が一緒くたになった瞳で逢瀬を見上げる。

 

「いいよ。荷物は僕が持っているから行ってくるといい」

 

 逢瀬がそう言えば、花音は一言の礼を言うと持っていた鞄を逢瀬に預けその水槽に近寄った。指先を水に沈め、一番近くにいたヒトデにそっと触れる。表面を軽く撫で、意外な感触に驚き、花音は感嘆の声をあげる。

 

「わぁ……結構硬い……」

 

 図鑑などで見る写真ではわからない生の感触。きっと沈み込むように柔らかいのだと思っていたヒトデのイメージが覆された瞬間だった。

 

 ヒトデから手を離しナマコに触れる。こちらは予想通りの柔らかさだった。慎重に持ち上げてみると、手から溢れたナマコの肉が重力に従い下を向く。水に戻しその先端をつつくと、何か他の部位より硬い場所を見つけた。なんだろうと花音が思っていると、後ろから逢瀬が彼女の手元を覗き込み言った。

 

「それは口だね。ナマコの」

「口……ですか?」

「そう。ただ、見るのはオススメしないよ」

 

 それはまた何故だろうか。花音の頭に疑問符が浮かぶ。

 

 逢瀬が珍しく真剣な表情で告げた警告。この口ぶりから察するに、彼はナマコの口を見たことがあるのだろう。何処かその口調からは苦々しさが滲む。故の警告。しかし、そう言われてはむしろ気になってしまうのが人の(さが)。彼女の中で好奇心が勝ってしまった。

 

 その警告を無視し、ナマコをひっくり返して先端を自身に向ける。……そしてそっと水の中に戻した。うん、アレはヤバイ。

 

「はい、松原嬢」

 

 水から手を出した花音に、逢瀬はハンカチを差し出した。受け取り手を拭く。花音は預けていた鞄を返してもらい、二人はそっとそのコーナーを後にした。

 

「……瀬田さん。私、もう二度とナマコの口なんて見ません」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 水族館で一番見たいものといえばなんだろうか。

 

 日本の南端にある水族館ならジンベイザメがいる大水槽が有名だろうし、東京にほど近い水族館にあるクロマグロの回遊する水槽も名高いスポットだろう。事実、それを見に訪れる客は数多い。

 

 松原花音にとって、水族館に来て一番心踊る展示はクラゲだ。……そう、クラゲである。あのふわふわした、海水浴の天敵のクラゲである。

 

 何故、と聞いても明確な答えを花音が返すことはない。「ふわふわしてる」「なんか癒される」など、曖昧な返答を頑張って絞り出すのが精一杯だ。

 

 ただ、クラゲを眺めているときの花音は普段よりも何割増しか嬉しそうで、普段よりも目が輝いている。それをわかっているからこそ逢瀬は何も言わずに目を離さないことだけに気をつけつつ花音の後ろについて回っているのだ。たとえそれが、クラゲコーナーに三十分間居座るような結果を生もうとも。

 

 そう、三十分である。花音がクラゲの水槽に貼り付いて三十分が経過した。それだけ経っても尚、花音は全く動かない。ただふわふわと泳ぎ回るクラゲを目で追って、それがガラスの前から消えたらまた別のクラゲを目で追って……。

 

 今日水族館に来たのは花音が福引で当てたペアチケットが要因だ。元より彼女がどのようなルートで館内を回ろうが苦言を呈すつもりはなかったが、さすがの逢瀬もこれには飽きる。

 

 初めは「綺麗なクラゲだな」などの感想を抱いていたのが、大体十分を超えた辺りから「乾燥させてキュウリと和えたら美味しいかな」という方向に思考がシフトしているくらいには飽きている。水族館の水槽は生簀(いけす)ではない。

 

「松原嬢、そろそろ次の所に行ってもいいんじゃないかな?」

 

 若干引き攣った笑顔で逢瀬は提案した。楽しんでいるのを邪魔するのは心苦しいが、せっかく水族館に来たのにひたすらクラゲを眺めて時間を潰すのは勿体ないだろう。

 

 逢瀬に声をかけられ時計を確認した花音は、自分たちがクラゲの前に辿り着いてから既にそれだけの時間が経過していたことに驚きつつ彼に謝る。夢中になるとはかくも恐ろしい。

 

 気を取り直して次の水槽に向かおうと二人が足先を揃えた、その時のことである。前置きのように電子音が流れ、スピーカーを通した女性の声が響き渡った。

 

『この後十三時より、館内の大水槽で餌やりを行います』

 

 あっ、嫌な予感がする。逢瀬がそう感じた時には既に遅かった。

 

 人が一斉に動き出す。一日に数回しか行わない、この水族館の中でもメインを張れるイベント。それが大水槽の餌やりだ。当然これを目当てで来ている者も多い。

 

 故に、これは予定調和なのだろう。多くの来館者が大水槽の方に向かう、方向の定められた人波。ただクラゲの水槽の前で突っ立っていただけの逢瀬と花音はあっさりと分断された。

 

「松原嬢────」

 

 逢瀬は急いで手を伸ばす。しかしそれは虚しく(くう)を切り、掌になんの感触も残さない。

 

 ……さて、大変なことになった。




 この話は元々、私がこの前の☆4交換券でかのちゃん先輩を交換した記念として書いたものなんですよ。めっちゃ長くなりましたけど。なので彼女が今後のヒロインレースに参加する予定はありません。あんまり動かすキャラ増やすと対応しきれないってのも理由ですけど。

 ここからは評価してくださった方々のご紹介。

☆10 リューヱン様、ジュン様、雨曝し髑髏様、フラットライン様、Image'Tkz様
☆9 しろねぎ様、☆トミー☆様、オンドル語様、ガムシュー様
☆8 ignorant people様、神埼遼哉様、柊蒼月様

 本当にありがとうございました。皆様のおかげで評価数95、夢の100人まであと少しとなりました。これからもよろしくお願いいたします。「評価したのに紹介されてない!」という方がいらしたら教えてください。

 それではまた次回。実は二話目は既に書き上がっているので、今から六時間後、凡そ二十時ほどを目安に投稿します。
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