コードギアス反逆のルルーシュ Revenant 作:Ned
私は無力だ。
八年前―――世界が光を失った。
手を伸ばそうとしても真っ暗な闇。何も掴めず、虚空を彷徨う自分の手すら見えない。
確か事は背中に当たるベットの感触だけ。
力を入れて身体を起こそうと試みる。
闇の中でも己の両脚は存在しているということくらいは理解できた。
それでも―――動かない。
以前と同じようにではなく、もっと集中して。意識しながら両脚に念じる。
動いて、動いてよ、動け…っ!
しかし、いくら念じようとも。何度願おうともぴくりとも反応を返してくれない。
そもそも、どうやって脚を動かしていたのかすら忘れてしまった。
膝下から先は自分にものではなくなってしまった。
そんな錯覚すら脳裏に浮かんで心の底から恐怖した。
その瞬間が初めてだろう。
私は世界に絶望した。
誰かの手を借りることでしか満足に日々の生活を送ることも叶わず、常に誰かの手を煩わせて。
辛いこと、哀しいこと、見たくないこと、聞きたくないことを全部他人に押し付けて…守ってもらって。
そうすることでその人達は擦り切れて、傷ついていった。
どうしてそんなに簡単なことに気付かなかったのだろう。
そうすることで私が出来る事だってあったのかもしれない。
自身が置かれているこの状況だって、変えられたかもしれないのに……。
我儘な自分。幼い頃のように目覚めた瞬間の恐怖で泣き散らす事は無くなった。
だが、依然として
こんなにも我儘な娘だから、きっと王子様は目の前に現れてくれず、記憶の中にも存在しない。
せめて眠っている間だけならと、恋に憧れる少女の夢の中にしか出てこないのだろう。
王子様と言っても名前も知らず、なんとなくそんな呼び方が納得いってしまうような幻に過ぎない。
記憶喪失で、優しい。お兄様と似た雰囲気の王子様。
メルヘンチック過ぎると自分でも少し恥ずかしくなるが、それ以外に例えようがない。
まるで自分の理想を形にしたかのような人物だから、やはり実在はしないのだろうと諦めている節はある。
だけど、本当は触れられるくらい近くにいて、ずっと傍から見守ってくれていたのではないか―――そんな風に思えて。
なのにどうしてか、突然消えてしまって―――。
折り紙を一緒に折った時間がありました。
記憶喪失だというのにどうしてか、彼はとても紙の扱いが上手で。
何故か折れてしまったと不思議そうな彼の表情はきっと可愛らしかったのでしょう。
触った感触で伝わる花の形。
―――桜の花だ、と言いました。
ちゃんと折り方を覚えています。唯一形の残るものだから、あなたとの繋がりを信じて。
アッシュフォード学園の中庭でデートしたこともありました。
咲世子さんが作ってくれたお弁当を食べさせてくれた事もあった。
羞恥の気持ちで胸が裂けるほど一杯になって、だけど、それを上回った喜びの感情が強くて……。
自分も普通の少女と同じ青春の時間を過ごせていると実感できたから。
学園の屋上へと私を抱えてくれた思い出もあります。
あの空間の風は何だか他の場所とは違うような気がして好きでした。
心地の良い風の涼しさ、伝わる体温と心音に浸っていた愛おしい時間。
全て本当に夢なのでしょうか?
年頃の少女的な妄想に憧れた結果の患いですか?
だとしたら私は……。
あなたの顔は知りません。だって私の目は開かないから。
でも、本当に不思議で…夢の中でならはっきりとあなたの声と足音なら覚えています。
あなたの名を叫ぼうとしても喉奥が詰まって出てこない。
知っている筈。本当はとても大切な名前なのに…思い出せないのに何故でしょう。
ねえ、誰ならこの答えを教えてくれますか。
教えてください。折り紙を折り終わる度に流れる涙の
あなたは今、どこにいるのですか―――――。
◇
広々とした空間に見渡す限りの人の群れ。神聖ブリタニア帝国帝都ペンドラゴンの謁見の間においてもこれだけの人間が一堂に介す事は稀である。
かつ各々が絢爛に着飾った大企業のCEOや地方に領地を持つ有力貴族から、政府首脳陣などの高級官僚たち。
第一皇子オデュッセウス、第一皇女ギネヴィア、第五皇女カリーヌ。そして宰相を務める第二皇子シュナイゼルまでも含んだ皇族。
果てには帝国最強の十三騎士―――ナイトオブラウンズまでが勢揃いしている。
ブリタニア帝国の中枢に座る者たちが勢揃いした光景。それは最早異常を通り越して異質とも言えるかもしれない。
帝国において最も皇帝に近しいとされる第二皇子が宰相権限を行使したとしても、ここまでブリタニア帝国において権威を持つ人間を寄り集める事は困難である。
ならば、当然。それ以上の権力を持つ人間でしか、この式典を実行することが出来ない。だとすれば該当する人間は一人しか有りえない。
「皇帝陛下、ご入来!」
皇帝直属の警護隊を務める衛士の一声に人々が神妙にかしこまる。
金箔で装飾され仰々しく配置された荘厳な玉座、その背後にある通路から規則正しくも力強い足音が響く。
圧倒的な威圧感を伴って現れたのは老齢の男。
証として巻かれた髪はかつての色を失くし白く変色している。しかし、その長大な体躯は岩盤の如く些かの揺らぎなく、衰えを感じさせない。
鷹のそれを連想させる眼光は歴戦の猛者であろうとも縮む程に鋭く、拝謁する者総てを射抜く。
現時点においてその玉座に座することを許された唯一無二の人間。
神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。
「不平等においてこそ競争と進化が生まれる」という持論を国是とし、97代皇帝までの腐敗しきった政治、困窮していた経済を即位してから驚異的な速度で回復させた立役者にして稀代の怪物。
その背景には他国への介入行為及び侵略行為も由とする弱肉強食な実力主義。
歴史に刻まれた伝説…時の皇帝によって誇らしく、そして忌むべきとも云われるブリタニアの系譜の再現。
他国の領土を侵略し自国を強固とし、今ではその名すら口に出すことを憚られる程恐れ讃えれた辺境の王。その生まれ変わり、再来とも呼ばれていた。
「―――今より新たなナイトオブラウンズを任命する」
重い口から低く厚みのある声が放たれる。
―――参れ。その一言を待っていたのだろう。
集結した内の一人がなんの躊躇いもなく、皇帝の前へと躍り出る。
そして、この場における全ての瞳に姿を現した。
「……うっ」
誰かが呻いた。それはただ一人。
あまりにも大勢の人々故に特定こそされなかったものの静まり返った空間では嫌でも響いた。
だが、声を漏らさずとも反応は各々個性があった。
その姿に畏怖とも恐怖とも言えるものを感じ固唾を呑む者。
何かの余興かと冗談めいた嘲笑の表情を向ける者。
ナイトオブラウンズの面々においてはまるで品定めをするかのような瞳で同輩となる人物を眺めていた。
まず目を惹くのはくすんだ灰色で、くせのついた銀の髪。
瞳の色は青空を映したかのような蒼。
背丈はブリタニアの成人男性と同じくらいか少し低い程度。おそらく性別は男性だろう。
ここまではいたって普通。別段顔を背けられる理由も恐怖を感じる所以も嘲笑を向けられる事はない。
一番の特徴が端的に異質過ぎた。
騎士候の装いの下には足先から口元まで地肌を覆い隠しているのは白い包帯。
まるで戦時中の負傷で入院中の患者がそのまま抜け出してきたかのような出で立ちをしていた。
その実、負傷者というのは間違っていない。
火傷、裂傷、弾傷など戦の激しさを物語るそれが包帯によって隠されたほぼ全身に刻まれている。
エリア11――旧日本で活動していたテロ組織黒の騎士団。そして、その長たる人物――ゼロ。
少数勢力ながらもブリタニアに少なくない打撃を与え、苦汁を味わわせた彼らの行動は他国の反ブリタニア勢力にも影響しその活動を活発化を促した。
エリア18は影響を大きく受けた勢力の一つである。
黒の騎士団の主戦力となっていたナイトメアフレームを開発していたインド軍区から支援を受けたこと。
自分たちの国を制圧した後にエリア11へ向かったコーネリア・リ・ブリタニアの軍を何度も出し抜いたこと。
そして、何よりも恐怖を植え付け、「魔女」とまで呼称されたコーネリアが戦いの後失踪した事実がエリア18の反ブリタニア勢力を活気づけていた。
ブリタニア軍が制圧して以降、指揮を執ったコーネリアはエリア11へと移り、その後を任された総督が自らの功績でも無いくせに立場に甘え胡坐をかいた故の職務怠慢もあり、エリア18の反乱の芽は着実に育っていた。
インドの支援と黒の騎士団の決起は彼らの勢いに拍車をかけ、在中しているブリタニア軍では手に余る状況にまで陥いる中、ようやく戦況を重く見て本国へと増援要請した部隊の中にその男はいた。
「レヴニール・キングスレイ。
貴公を帝国最強の騎士ナイトオブラウンズ、その次席へと任ずる」
「光栄の極み。謹んでお受けいたします」
「E.Uで身罷ったマンフレディの後任として、存分に励むがよい」
「―――イエス・ユア・マジェスティ」
包帯越しのくぐもった声で返す―――レヴニール・キングスレイはエリア18においての戦果、功績に対する正当な報酬としてナイトオブラウンズへと認められた。
ブリタニア本国からの増援により戦況は優位に立ちつつあり、後は敵司令部を叩くのみ。……その筈だった状況は一つのイレギュラーによって一変する。
内通者の手引きによって総督が暗殺。伴い指揮系統に乱れが生じ、総督府はテロリストに占拠され、エリア18最強の要害は敵の総司令部へと変貌した。
本来代理人となる副総督は人質となり、拷問された後に取引材料となることを恐れ、逃亡。
現場における指揮官たる将軍は優勢を崩され冷静な判断力を失い玉砕してこい、と言わんばかりの無謀な命令を下すことしか出来なくなっていた。
混乱する戦場で無駄に命を散らせる上層部を見切り、派遣されたブリタニア軍の内部から独立した者たちがいた。
まだ二十になったばかりの青年、それにも満たない少年たちが寄せ集まって生まれた名も無き部隊。本来は実戦経験を積ませるために士官学校から卒業したばかりの兵卒たち。
その指揮を執ったのがレヴニール・キングスレイ。唯一実戦経験のある青年だった。
彼を主導とした部隊はエリア18へと来るまで実戦経験こそないが、士官学校を首席または次席で卒業した優秀な者たちばかりということもあり、戦場の理を身に着け着実に戦果を挙げていった。
それでも戦力的優位には圧倒的な差があることは事実であり、部隊の殉職者は増えることもまた当然。
未だ冷静になっていない元指揮官に司令部を攻撃する旨を一方的に伝え、遂に敵総司令部であった総督府を攻撃を決行。
その時点で独立した直後よりも部隊員数は三分の一程に減っていた。
激しい抵抗に苦戦しながらも最終局面でようやく正気へと戻った将軍の増援によって、再び優位を得る事に成功。
総督府を奪還し、敵部隊を殲滅。エリア18を再平定することに成功する。
だが、生き残ったのは部隊でただ一人、主導していたレヴニールのみ。司令部に突入してからは限界が近かったナイトメアを降り、己の肉体での白兵戦となっていたという。
その際に全身に裂傷及び一生身体に残り続けるであろう火傷を負った。
任命式に呼ばれた人間であれば理解している事実。だとしても実際に目にすることはわけが違う。
フィクションとしてゴーストなどの存在を愉しむことはできても、実在すれば話は変わってくるのと同じ事だ。
本来ならば死ぬべきであった戦場からいくつも致命的な傷を負いながら帰還した男。
他国からは恐れられるが戦勝国においては正しく英雄と言えるだろう。
明瞭たるその事実を理解している者。ラウンズが一人にして名実ともに帝国最強の騎士、ナイトオブワン――ビスマルク・ヴァルトシュタインが厳格な表情を保ちながら、重々しく響く拍子で礼賛を送った。
続いてナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ。金髪碧眼の長身、絵にかいたようなブリタニアの美青年は新たな同輩を歓迎するかのように口元に笑みを浮かべながら陽気な軽い調子で。
ラウンズの二人がやるのなら……。と誰からでもなく叩かれた拍手。それを皮切りに大きさを増していく賛美の音。
陛下が認められた騎士ならば問題はないだろう。
また面白そうなやつが来たもんだなぁ。今度手合わせでも誘ってみるか。
不気味な姿…。だが、それよりも凍てつく様な瞳が気になって仕方がない。
記録……は後で。
帝国最強の騎士たちが各々自分なりの評価を下している中、一人釈然としない表情をしていた。
ナイトオブセブン―――枢木スザク。ナンバーズからラウンズへと昇りつめた男、亡きユーフェミア皇女の騎士。
(レヴニール・キングスレイ……。キングスレイという名字はブリタニアでは珍しいものではないのか…?)
脳裏に浮かぶ一人の姿。かつて唯一無二の親友で、ずっとそうなのだろうと信じてきた男。
誰よりも信じていた、俺たち二人がいれば不可能な事なんてない。そんな風に思い上がっていた自分に腹が立つ。
真の姿は嘘で塗り固められた仮面を纏った怪物だった。
信じたくもない事実を受け入れて、彼の父であり自らの主君である皇帝へと差し出した時、怪物が与えられた仮初めの人格と偽りの名。
―――ジュリアス・キングスレイ。
元々隠し持っていた彼の尊大な性質がより強調され思春期の万能感が形を為したように見える、現実味のない男。
これは偶然なのか。それとも今莫大な賛美を受ける人間も皇帝の息がかかった者なのだろうか。
誰にも相談することは出来ず、誰からも答えは得られない。きっと彼をラウンズに任命した人物も「知る必要はない」と一蹴するに違いない。
「しっかし、レヴニールなんて面白い名前だ。
まるでキングスレイ卿の為に誂えたみたいじゃないか」
「? どういうことだい、ジノ」
こそこそと耳元で囁いた友人の言葉に疑問が浮かんだ。
確かに珍しい名前だとは思うがまるで
「あー、スザクは知らなくても無理ないか。……まぁE.U.圏の言葉なんだけどな」
「―――再び来る。って意味なんだとさ」
時系列はギアス編END後からE.U.戦(亡国のアキト本編の聖ミカエル騎士団vswZERO部隊)直後です。
凄い突然だけどムラっと来たので書きました。映画もやってるしネ!(この勢いでロスカラ2を…)恐らく不定期更新です。
小説版の設定やオズのキャラクターも出したいと思っています。それこそ√オズもあり得るかも…?