コードギアス反逆のルルーシュ Revenant 作:Ned
「ナイトオブツーの専用ナイトメアを……私たちが?」
いくつもの蛇のようなケーブルが伸びたコンソールを忙しなく叩く女性が疑問の声を上げた。
年齢にして二十代半ば程。すらりとした細身だが決して肉付きは悪くない。
加えて藍色の髪が特徴的で知性的ながらも朗らかな笑みが似合う、温和な人となりだ。
本人が望めば女優はやモデルなど自身を魅せる職に就く事も不可能ではないだろう。
当然、見目麗ことも彼女の魅力ではある。が、最たる長所といえばその
庶務の多い立場であるが、旧・特別派遣嚮導技術部…現在はナイトオブセブン専用ナイトメア開発チーム『キャメロット』の実質的なナンバーツーであり、科学者としても一流の頭脳と才能を有している。
試作嚮導兵器、第7世代ナイトメアフレーム、ランスロット。
エリア11にてコーネリア皇女を救い、単騎で何度も戦況を覆した上に最終的に黒の騎士団のトップであったゼロを捕らえた功績でラウンズとなった枢木スザクの機体。
ブリタニア帝国に第七世代ナイトメアがランスロット一機のみであった故もあるが、数ヶ月前まで世界最強と言っても過言ではないKMFを開発した一員であることが彼女の有能さを証明している。
だが、それを凌駕する頭脳の持ち主が此処に一人。
「そ。さっきまでナイトオブツーの任命祝典に出席してたんだけどね、任命式の後に手を挙げてきちゃった」
「はぁ、また何の考えもなしに……。その場の勢いですか?」
「残念でした~。勢いだけじゃなくて打算もあるんだよねぇ」
あははー、と眼鏡越しの瞳を細めて軽快に笑う男は毎日このような調子で部下たちにため息を吐かせている。
歴史上、天才と言われた人物は狂っているか、壊れている。
そんな古来より使いまわされてきた表現を人間の形にしたような存在がこの男であった。
ナイトオブセブン直属開発機関・キャメロット主任、ロイド・アスプルンド。
彼こそランスロット開発を主導した研究者であり、生みの親とも言える。
人間的に壊れていると自覚している奇怪な人物。所以として、突発的で予想できない行動や言動は度々部下達を振り回し、立場が上の人間であっても例外はない。
それでも彼を科学者として尊敬の念を向ける者は多く、その集合体が旧特派であり現キャメロットの研究員である。
自身の興味の為なら些末な事実などどうでもいいと言わんばかりに良くも悪くも見境がない。
ロイドが開発者でなければ騎士公でもない、ましてやナンバーズの少年をナイトメアに搭乗させることなど有りえなかっただろう。
「予算についてはシュナイゼル殿下と皇帝ちゃんが何とかしてくれるみたいだし~。
悪い話じゃあないと思うよ?」
「だからってラウンズの機体を二つも掛け持つなんて、周りからのバッシングとかあるんじゃあないですか?」
「え、別にいいじゃんそんなの」
あっけらかんと真顔で言ってくれるが私たちは気にするのです!!……なんて声高に言ってやりたかったがセシルは改めて思い知る。
――ああ、この人はそういう人間だったな。
忘れていたわけではないが周囲の評価や他人の感情に関する質問は愚門だった。
大学のゼミで同じ研究をしていただけで自分まで変人扱い。
特派時代も第二皇子シュナイゼルに目を掛けられていたという理由で苦言を呈されたり、難癖をつけられたこともある。
そして、ロイドに相談すると決まって言うのだ。
「え、別にいいじゃんそんなの」
つい先程と全く同じ台詞を何度も何度も聞かされた覚えがある。
それでも尚、彼に対して人間性を重視した発言をするのはナンバーズにも分け隔てなく接するセシルの優しさ故だろう。
壊れた天才科学者とその感情を補填する助手は示し合わせたように相性の良い。
だからこそロイドの元から部下は離れず、より良い結果を求め研究を続ける。
絶妙な塩梅のトップとナンバーツーのコンビでキャメロットは成り立っていた。
「まぁそれでも彼の正式な開発チームが発足するまでの繋ぎなんだけどね。
でも今は悠長に新型ナイトメアを開発している状況じゃあないでしょ」
「それは……。そうかもしれませんけど、キャメロットだって正式ロールアウト前のヴィンセントくらいしかすぐに用意できませんよ?」
「何言ってるのセシルくん。あるじゃん、すぐに用意できてかつ超高性能なナイトメアが」
「え?…あっ、もしかして、あの機体のことですか?
でも、あれは私たちの趣味に走り過ぎて、いくらラウンズの方でも乗りこなせるかは……」
「その時はその時。彼の事は素直にジヴォン卿の方に任せることにするよ。
彼も自分とこのナイトメアを売りたがってたし」
なんて口では言っているものの、本心ではそんなつもりなど更々無い事は彼を知る者なら判る。
他人を理解していないように思われているが、ごく稀に鋭く的を得ている事を口に出すことがあるのだ。
その実ロイドは洞察力に長けていて、彼が見出した者は年齢、人種など統一性はないがやはり結果を出す。
逆に微塵も興味のない事柄については余程の権力的圧力をかけられるかセシルの鉄拳制裁でしか動かず、やる気の欠片も感じられない仕事としてこなすだけだ。
ロイド・アスプルンドという人間に興味を持たれたという時点で彼の言うナイトメアパーツとしての性能は保証されている。
そして、優秀なパーツが目の前に在るというのにみすみす逃す男でもないし、抱えた後も離さない性質だ。
ナイトオブツー専用開発チームが発足したとしても何かと理由をつけて整備改良は行うし、ちゃっかり戦闘データも回収する算段は脳内で完成しているだろう。
本人は断固として拒絶するだろうが、もう少し人間性を身に着けさせ政治家でもやらせたら成功する可能性はあるかもしれない。
「でも、もしナイトオブツーがあの機体を乗りこなせる騎士だとしたら…」
「うん、戦場の理は一変するね。彼とアレが出撃した場合。
何だか凄い面白いことになってきたね~。――んふ、んふふふふふふ」
―――不気味な鼻息混じりの大笑が無機質な壁に囲われた軍需工廠内に嫌に響いた。
◇
神聖ブリタニア帝国本土、キャリフォルニアに定在する機構軍需工廠ロンゴミニアドファクトリー。
ナイトメアフレームから浮遊航空艦などの製造、整備、改良などブリタニア帝国軍需産業の心臓部ともいえる工廠。
務める技術者ではない外部からの来訪として二人の若者が訪れていた。
絢爛な装飾はない。それでも、瞳に映した者を引き付ける色合いと意匠の外套を纏う両人は当然、ただの若者でも大貴族子息でもない。
ナイトオブラウンズ――――帝国最強の騎士。
その証たる外套を許された人間は本来十三人。だが、現代においては九人しか存在せず、欠番があった。
皇暦1997年5月6日に発生したブリタニア史上最大権力争いにしてクーデーター、『血の紋章事件』が発生。
現皇帝シャルルに忠誠を誓ったはずのナイトオブラウンズ十一人のうち九人が候補生を連れ、離反。
シャルル派として残った当時のナイトオブファイブにして現ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインと当時のナイトオブシックス、後の皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアらによって事件は終息したがこのうち六人は事件の中で謀殺、残る三人は処刑という結果となった。
この事件の影響は大きく、それまで皇帝直属の戦力として一大勢力を築き上げていたラウンズの組織規模が大幅に減衰。
ナイトオブワンを拝命する予定だったマリアンヌも皇妃へと迎えられた為、ラウンズは新たにナイトオブワンとなったビスマルクのみという状態がしばらくの間続いていたという。
現在も欠番こそあれどそれでも組織力、他国への抑止力としての機能を回復しつつある。
加えて数ヶ月の間に二人、新しくラウンズとなった人間の存在は大きく、ブリタニア帝国の威光をより世界へと知らしめるという結果を齎した。
先導するように前を歩く男―――ナイトオブセブン、枢木スザク。
羽織るマントカラーは海のように深い蒼。
ブリタニアに対するテロ組織としては最大の規模と組織力を有した『黒の騎士団』を指揮した仮面の魔人、ゼロを捕らえる事で黒の騎士団を壊滅させ被支配層から昇りつめた英雄。
その先に続く全身に包帯を巻いた男はナイトオブツ―、レヴニール・キングスレイ。
スザクと意匠を同じくしたマントの色は灰。
黒の騎士団とゼロの影響を受け再び蹶起したエリア18を混濁した指揮系統から独立し、自ら指揮した部隊でテロ組織を壊滅。再平定を成し遂げた麒麟児。
ナイトオブワン以外にラウンズに優劣はないが、先達であるスザクが案内をしていることには当然理由がある。
移動中、スザクが飼っている猫の話や他愛もない話を不器用にレヴニールに振るが、ああ、とかそうか、と短く返すだけで反応は乏しい。
つい先ほど同輩となった男を少し苦手なタイプかもしないと思ったスザク。
そんな評価を受けている事など知る由もないレヴニールはある人物に呼ばれてこの工廠を訪れていた。
ナイトオブツ―専用ナイトメア開発チームが未だ発足していない中、すぐさま専用KMFを用意できる組織や機関は限られている。
そんな無茶に対応できると手を挙げたのがナイトオブセブンの専用開発チーム『キャメロット』主任のロイド・アスプルンド伯爵。
続いて、私ならばと名乗りを上げたのは有力貴族であるジヴォン家現当主、オイアグロ・ジヴォン。彼の出資するKMF開発企業ならば数日以内にはとの提案があった。
数日というオイアグロに対抗したのか、ロイドは今すぐにでもと周囲が耳を疑いたくなるような発言でレヴニールの心を引き付けた。
ただし、何も今必要となるわけではない為にキャメロットで秘蔵していた機体が合わなければジヴォン家の出資する企業へと一任すること。
そんな条件がロイドとオイアグロの間に交わされ、レヴニールも了承した上でこの場所にいる。
「ここにいると思うのだけど……。
おーい、ロイドさーん、キングスレイ卿を連れてきましたよー!」
一機のナイトメアフレーム前で脚を止めたスザクが辺りを見渡しながら呼びかける。
待ってましたと言わんばかりに、返事は恐ろしく早く返ってきた。
「はいは~い! ご苦労様、スザクくん。
もう退屈なデスクワークに戻っていいよ。あ、キングスレイ卿は早くこっちに来てね~」
ひょっこりとナイトメアのコクピットハッチから出現した顔はレヴニールにとってつい数時間前に知り合ったばかりだ。
スパナを握った左手で一度手招きすると穴へと引っ込む小動物のように再びコクピット内へと戻ってしまう。
旧知の仲とは言えど立場上はラウンズの方が上だろうに…。
枢木スザクが権力を鼻にかけて威張り散らす人間でないことが幸いか。
式典の時といい、本当に奇怪な男だ。
と内心で評価を下した後、レヴニールは少し落ち込んだ様子のスザクへと向き直って小さく頭下げた。
「時間を取らせてすまなかった。ここまでの案内に礼を言う。
―――ありがとう、助かった」
「……意外でした」
「ん、何のことだ」
「あ、いえ…。すいません、キングスレイ卿はなんというか、こう…」
「冷たく見える、か」
スザクの返事はない。むしろそれが肯定という意味だろう。
だが、レヴニールは特に機嫌を損ねたわけでもなく、やはりなと小さく漏らした。
今更気にすることではない。散々言われ慣れていた。
全身を包帯で覆い隠す前、エリア18で志を同じくした戦友たちの第一印象として八割がそう感じるらしい。
何でも無口で無表情、口を開くと飛び出す言動はどこかぶっきらぼうに聞こえるという。
自覚していないということは意図的ではなく、素の状態だ。
ならば直そうとしても、どうすれば判らないのだから仕方がない。
もっと愛想を良くすれば女に不自由することもないと言われ、作った笑顔も不評の嵐だった。
「すいません…。なんか勝手に決めつけてしまって」
「実際そう見えるのなら仕方ないだろう。おまけにこのような姿なら尚更だ」
肩を竦めてみせる。
こうして会話をする事で誤解が解けるならまだマシだ。
中には一方的に怖がられて近寄りさえしない者もいる。
あまり他人の評価など気にしない性質ではあるが、流石に眼が合っただけで声を上げられたり露骨なまでの反応をされるのは気分がいいものではない。
ありもしない妙な噂を流されるのも困りものだ。
「ちょっとぉ? 長ったらしいおしゃべりはもういいから、早く来てくれないかなぁ?
こっちの整備はとっくの前に終わってるからね」
再び顔を出したロイドが眼鏡越しの瞳を不機嫌そうに細めていた。
「あっ、そうだった。じゃあ僕は仕事に戻ります。
……ロイドさんの無茶をあまり聞いちゃダメですよ」
「ああ、わかった。
それと、同じラウンズだ。敬語は必要ない、仰々しい呼び方もだ。枢木スザク」
「っ―――なんだか思い出すな…」
ふ、と自嘲気味にスザクが笑う。
過去を回想するように、瞳を僅かに落として。
それも一瞬で終わった。
大切な記憶。でも、何処か忌まわしくもある。
スザクの様子にそんな印象を抱く。しかし、無神経に何があった話してみろと聞いたりすることはない。
ほぼ初対面の相手にそこまで踏み込むつもりなどレヴニールには無かった。
今の時代誰しも暗い過去を持っていて当然だ。それもナンバーズ出身となれば尚更の事。
不幸自慢大会など全く持って非生産的で互いに惨めになるだけだ。
ナイトオブセブンになるまでに一体何を為したか、何を失い、何を捨てたか……。
それを知るのはいずれ彼が話そうとする時でいい。
「わかった。じゃあ、僕の事はスザクでいいよ」
「ああ。私の事は……―――すまない、愛称の様なものはない。今度考えてきてくれ」
「ネーミングセンスないよ、僕。それでもいいのかい?」
「アーサーなんて格好の良い名前の猫を飼っている人間がよく言う」
「あはは、そう言われるとプレッシャーだな……。じゃあ、次に会う時まで」
ああ。短く返すとスザクは踵を返して来た道を戻っていった。
さて、次は…大分お待ちかねだろうな。不機嫌になっていないといいが。
レヴニールが目の前のナイトメアを見上げる。
予想とは反して不機嫌な科学者の姿はそこになかった。
代わりに現れたのはニタニタと大好きな
早く弄り倒したくて仕方がないという様子のロイド。
その期待に応えてやるとするかとレヴニールはコクピットへと続く梯子に手をかけた。
アキトとオズの時系列のどこら辺が重なっているのかわかんねぇ…。
資料集でも読めばそこの辺りは解るのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃったらどうぞご教授お願いします。