すぐに出てきたラーメンを、木村は啜った。
味は普通だ。まずくはないが、おいしくもない、だが、
「めっちゃくちゃうまいゾ~これ」
「ですよねえ!このチャーシューがたまんないんですよ」
二人の声が上がった。
「どうだ木村はぁ」
三浦がそう聞いてくると、木村は笑って答える。
「ええ、すごくおいしいですよ」
「本当かあ?」
田所が疑ってくる。「いつもいいもん食べてるから、実はたいしておいしいと思ってないんじゃないのか」
「いえ、本当においしいですよ」
そういって、木村はまた麺をすする。
嘘ではなかった。味はたいしたことはない、だが二人の和気あいあいとした会話を聞きながら食べるラーメンは特別な味がした。
思えば、こうして食事をするのは何年ぶりだろうか。
社長になってからというものの、毎日が忙しく、一人で食べることがほどんどだった。
複数人で食べるとしても、それは接待などのときで、会話を楽しむ要素などない。
媚びだと分かり切った賞賛の言葉を聞きながらや、思ってもいないことをいいながら食べる料理は、味は良かったが何かが足りなかった。
だが、今二人と笑いながら食すラーメンは、どんな料理よりも木村の心を満たした。
三浦と田所は器を両手で持ち上げ、汁をすべての飲み切り、同時に器を置いた。
「あーうまかった」
三浦はぽんぽんと腹を二回たたいた。
「お二人とも汁も飲んじゃうんですね」
「本当は塩分が高いから、飲まない方がいいんだけどな」
田所がそういうと三浦は、
「汁を全部飲まないと、ラーメンを食ったって気にならないゾ」
と通ぶった。
「なるほど」
木村はそういって器を持ち、汁に満たされた中をのぞく。
「やめとけやめとけ」
と田所がいう。「飲まなくてもいいって」
「そうだゾ。別に残すのが失礼ってわけでも――」
三浦がいいきる前に、木村は器を上げた。
大量の汁を飲んでいき、器がほぼ垂直になるまで上げると、
「ぷはぁ」
と空の器を置いた。
「おお」
田所は驚いた表情でいった。「気分はどうだ」
「ええ、食べたって感じがしますよ。体もあったかいし」
「そうダルルォ!?」
三浦が木村の肩を叩くと、木村は「はい」と答え笑った。
会計を済ませると、大通りでタクシーを捕まえ、ドアが開かれると木村は二人に向かっていった。
「今日は楽しかったです。また誘ってくださいね」
「でも木村は忙しいんじゃないか」
三浦がらしくない心配をすると、田所が笑った。
「遠慮することないでしょ、何てったって血を分けた兄弟だからな」
「そうですよ」
木村が同意すると、三浦がうなづいた。
「そっかぁ。じゃあまた誘うゾ」
「ええ、また必ず。では」
木村はそういってタクシーに乗り込んだ。
目的地を運転手に告げ、木村は胸にあふれる満足感を感じながら、後ろへと流れていく街並みを静かに眺めた。
その日から、木村は変わった。
思い返せば、焦っていた気がした。理不尽に部下へ怒りをぶつけたり、改革としてこれまでとは違いすぎる提案をしてみたり。
冷静に考えた今、分かる。そんなことでは、会社を大きくすることなど不可能だと。
「これまでの非礼を詫びさせてください、本当に申し訳ありませんでした」
幹部会議の場、木村の第一声は謝罪だった。「あまりにも勝手が過ぎたと思います。これからは、自分勝手にならずみなさんの声に耳を傾け、会社をよりよくしていきたいです。ですからみなさん、力を貸してください、お願いします」
あまりの木村の変わりように、疑った幹部もいたが、すぐに木村の努力する姿を見てその考えを改めた。
会社の皆が一つとなり、少しずつポンッカレーは良い方向へと動き出した。
しかし、それでも赤字はなくならかった。
現状、最大限のことをしているつもりだった。それでも、やはり会社経営とは簡単ではないのか、下がりは緩やかになっても、上がることはなかった。
それと同時に、木村の中には今までとは違う焦りがあった。
幹部やその下の社員に耳を傾けるうち、会社とは多くの人間によって支えられていることに気づいた。
少し前の自分は、自分の会社のため、自分の実績のために仕事をしていたが、いまは違う。
家族を持った数千人、それを肩に背負いながら、日々働いていた。
「どうすればいいんだ」
社長室で、木村は一人つぶやいた。「どうすれば……現状を打開できる」
滲む脂汗とともに、鈍い痛みが腹の中心から湧いてくる。
最近は便もまた緩くなってきた。
「トイレにいくか」
そう立ち上がったとき、
「社長!」
幹部が部屋入ってきた。「失礼します。あの、先月の本格インドポンッカレーの件で」
本格インドポンッカレーは、先月、新商品として考案されたのだが、インドの奥地に住む伝統のカレーを受け継いできた民族へ協力が取れず、没となったものだ。
「どうかしたんですか」
「それが、向こうから交渉してもよいと返事をいただきました」