開幕十割(視界)
「無事に転移できましたね、先輩」
光のトンネルを抜けるような錯覚を越えて、マシュの声が耳に届いた。
「前回は事故に近い転移でしたが、今回はコフィンによる正常な転移、何の問題もないでしょう。念のためお聞きしますが、吐き気など、体の不調はありませんか?」
「うん、大丈夫だよマシュ」
身を案じてくれたことにこっそり感謝しつつ、体調は万全であると伝える。健康なのは昔からの自慢のひとつだ。
「それは良かったです。しかし、今後レイシフトの影響で何かしらの異常が及ぶかもしれません。少しでも体調に違和感を感じたら、すぐにドクターにご報告を」
「…時間軸の座標を確認しました。どうやら1431年のようです」
優しげに微笑んでいたマシュが、仕事をするときの真面目な顔に変わる。俺に情報を与えてくれるけど、年だけじゃ分かることが少ないから、もっと詳しく聞かせてもらうことになる。
「1431年というと、百年戦争の真っ最中です。ただ、この時期はちょうど戦争の休止期間のハズですね」
戦争に休止?気になったので聞いてみると、当時の戦争は最近ほど切羽詰まったものではないらしい。考えてみたらそりゃそうだ。百年間戦い続ける、なんてふつう無理だよな。
「そうですね。この時代の戦争は今と比べればのんびりしたもので、捕らえられた騎士が金で釈放されるのも日常茶飯事だったとか…先輩?」
ところで、さっきから気になってることがある。
「マシュ。
なんか懐中電灯とか持ってない?」
気になっていたこと。それは視界を埋め尽くす黒だ。こんなに何にも見えないのは、小さいときに行ったキャンプ場以来じゃないか?実際、マシュのいるところも聞こえてくる声から何となくそこらへんと当たりを付けてるだけで、正確な場所は分かってなかったりする。
「懐中電灯。ライトのことですね、少し待ってください…」
恐らくマシュがいるだろう場所から、ガサゴソと音が聞こえてきた。きっと持ち物を改めているんだろう、俺はそのガサゴソ音を静聴していたが、しばらくしてからその音は急にピタッと止んだ。
「すみません先輩、私は不甲斐ない
どうやら持ってないらしい。俺も持ってないからお互い様、お互い様。
『よし!回線が繋がった!映像が見えないんだけど二人とも聞こえる!?』
マシュを慰めていると、付けていた通信機からロマンの声が聞こえてきた。俺が返事をするより早く、立ち直ったマシュがロマンに答えた。
「もしもしドクター、こちらマシュ。しっかり聞こえています。映像が見えていないのは、単に夜だから暗いだけです。暗視機能を使用することを推奨します」
ロマンはその言葉を受けて、さっそく暗視機能を準備し始めた。カチャカチャとキーボードを叩く音を耳にしながら、俺とマシュは同じ一点を見た。
「とても綺麗です。日が良かったのでしょうね」
「ああ。すごく、いい月だ」
暗くてお互いの姿が見えなくても、言葉の中身で俺達が同じものを見ているのが分かる。
俺達が見たその満月の光は、夜闇の中の特異点で最初に見る、黒以外の彩りだった。
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MUGEN勢はまだ出てきません、お待ちください。