えぇ、前回アイツを出すと言いながらも、感想で求められたことを含めて幾つか考えた結果こうなりました。
しかも今回できっちり終わらない上に、次回はマジでアイツとの再会予定という中途半端さですけどね!
きっかけは何だったのか。そう問われれば好奇心と言える。
朧げながらに見えた彼の輝きはとても暖かく、愛されているのだと知っていたのが大きいのだとは思うのだけど、きっと部長に言われて調べた内容が大きいのだろう。
彼の家族構成は彼を含め、姉が二人の三人のみ。
姉という響きは自分にとって毒でしかない。毒はうまく扱えば薬にもなるというが、微量でさえもやはり私には毒としかならないのだと思う。
当初こそ彼のアレには驚いたが、それでも今の注目は彼の姉にあるのがいい証拠だ。
姉とはなんだろう?
優しかった気がする。暖かかった気がする。頼れた気がする。自分の半身のように傍らにあって当然だった気がする。
姉はどうして裏切ったのだろう。
悲しかった。寒かった。怖かった。自分が欠けてもうどうしようもなくなった。
駒王学園にはお姉さまと呼ばれる人がいる。それは今の自分にとって家族とも言える人だけれど、それは『お姉さま』であって姉ではないのだ。お姉さまというのはこうであってほしいなんて自分にとって都合のいい偶像でしかない。部長達はそれに望んで答えている節があるのだけど、やはりそれは姉という存在にはほど遠い気がするのだ。
だからこうして無理を通しているのだ。
彼の家の扉を前にしながらそんなことを考えた。まるで自分を納得させるような言葉の羅列に自嘲気味の笑みが溢れそうになり――無表情で終わる。結局のところ、私は何がしたくてここに来たのだろう。
インターホンへと伸ばされた手は僅かに震えていたが、見なかったことにした。
慌ただしく開けられたドアの向こうには、青白い顔をした空条さんの姿があった。何かあったのだろうか、と思わず声を掛けようとして屋内に別の気配があることに気付く。耳を澄ませればどくんどくんと緊張する自分の心音がまず最初に聞こえたが、それを無視して周囲の音を拾うことに努める。
「ふふ、イッセーくんはいつも全力だけど学生なんだから難しいこと考えなくていいと思うよ?」
「でも俺は夕麻ちゃんには楽しんでもらいたくて……でも確かに遠出はやめた方がいいですよね。映画館とかはどうですか?」
「んー、今の時期は良いのがあったっけ?まぁ、そうでなくても映画なんかで静かに二人で時間を潰すよりも、おしゃべりして仲を深める方が良いと私は思うけど」
「確かに!」
彼の背から聞こえてくる声のうち片方は知らないものだが、もう片方は聞き覚えのある声だった。そういえば仲が良いと聞いたことがあるのだが、もしかして今日お邪魔するのは迷惑だったかもしれない。流石に断りを入れて帰った方がいいかもしれない。そう思い彼の顔を見れば、能面の様な面構えとなっていた。
「OK、理解した。俺がいろいろな意味でヤバイ状況ってのは痛いほどに理解した。だからこそ、俺は全力でカバーに入るしかねぇってことだ」
何か妙な方向に決意を決めてるらしい、彼の姿に言葉を失っていると周囲を確認してから手を引いて私を屋内へと連れ込み扉を閉めた。普通なら密着しても可笑しくない勢いだったのだが、悪魔としての反射神経を全力で発揮してもたれかかるのだけは阻止する。
「塔城さん、頼みがある」
「なんでしょう?」
かなり近い位置にいるため、彼の声は頭の上から聞こえ同じ一年だというのに身長の差を思い知ることになる。それに今更さん付けというのに違和感はあったが真剣な彼を茶化すのも悪い。黙って続きを促せば彼は真剣な声で、とんでもないことを語り始める。
「俺の家の場所が分かっていたとしても、流石に部屋割りは分かっていないと思うから説明する。二階が基本的に家族の寝室となっていて、一階はリビングやキッチンなどの生活空間となっている。塔城さんにはまず靴を持ったまま俺の部屋に行ってもらいたい。靴はベッド以外ならどこでもいい、適当においてもらって構わない。悪いけどイッセー先輩が帰るまではそこにいてもらいたいんだ。あぁ、俺の部屋はドアにプレートでじょうじって平仮名で書いてあるのがかかってるからすぐ分かると思う」
「えっと……構いませんけど、兵藤先輩とは会っては駄目なんですか」
「絶対にやめてほしい。俺の今後のためにも」
有無を言わせないスゴ味に思わず「わかりました」と答えてしまったのは、幸いなのか失敗なのか。それじゃ頼んだ、とだけ言い残して彼はリビングへと戻っていく。まだ階段の場所も聞いてないのだが仕方ない探すとしよう。声の聞こえる方には近づかないようにしつつ、一応の礼儀でお邪魔しますとだけそちらに向けて言っておく。革靴なのであまり泥が詰まるようなことはないのだが、靴底を上に向けて慎重に動き出した。
スン、と一度だけ鼻を鳴らすように匂いを嗅ぐ。幾つかの匂いのうち、一つは空条さんのものだが二つは知らないものだ。その匂いの流れというか、どちらが濃いのかを確かめるように何度かそれを繰り返す。寝室が二階あるのなら、比較的に匂いが濃い方向に階段があると考えたのだ。
足音を殺しながらゆっくりと移動し、難なく二階へと続く階段を発見した。階段というのは構造上足音が下の階に響きやすい場合が多いのだが、私にはそんな心配はいらない。体格面で小柄ということもあるが、猫というのは足音を殺すのが何よりも上手い生き物なのだ。
「ここみたいですね」
じょうじ、と平仮名で書かれたプレートのかかるドアを開き中に入る。室内はなんというか非常に殺風景と言っても過言ではなかった。目に付くのは机とベッドとタンスと本棚くらいなもので、床にカーペットが敷いてある訳でもなくテーブルがあるわけでもない。寂しいと言ってもいいくらいだ。
「なんというか『無駄』なものが無いというよりも、『遊び』の要素が抜け落ちてるみたいな部屋ですね」
せっかく許可を得て室内に入ったというのに、あまりにも面白みのない部屋に少しだけがっかりしながらベッドに腰掛ける。適度な反発を持って迎えたベッドからふわりと彼の匂いが舞い上がる。普段ならさほど気にしないのだが、さきほどから意識して探していた匂いなだけあって妙に落ち着かない。
思わず視線を彷徨わせて何か気を紛らわせるようなものがないかと探してみるが、やはりと言うべきかそこに広がっているのは殺風景な部屋で気を紛らわせようにも集中したせいでむしろ気になる始末。
「……」
何か、何かないか。
無言で周囲を見回していると、机の上に写真立てがあるのを見つけた。ベッドの位置からだと反射して見づらかったので立ち上がり机の前へと移動する。写真に写っているのは幼い頃の空条譲治と二人の女性。彼女らの子供というにはあまりにも彼女らが若すぎる。15にも満たない年齢で産んだとすれば別だが、きっとこの二人は母ではなく――
「お姉ちゃんですか」
意図せずして幼い頃の呼び方が出てしまったのだが、彼女はそれに気づいた風もなく食い入るように写真を眺める。肩にかかる程度に茶髪を伸ばした小柄な女性と、それよりも少し長めに黒髪を伸ばしている女性。二人共若く、二十代前半といったところだろうか。悪魔と違って人間は外見がすぐ変わってしまうが、その分だけ年齢は分かりやすいものだ。
今日の彼を見ただけでは分からないような、朗らかな笑顔を浮かべる幼い彼を見て思わず頬が緩む。年相応の無邪気な笑顔に安心したというのもあるが、それ以外にも複雑な心境があったのは否めない。姉という存在が彼にとって『幸福』であるという証明だったのだとハッキリわかったのが一因だろう。
この寂しい部屋で私物と断言できる数少ないものの一つに家族の写真がある。それが無性に嬉しかった。
写真立てをもったままベッドへと倒れこむ。彼の匂いが再び舞い上がるが、それを今度は意識して吸い込む。吸い込みながら写真を目の前にかざし、家族の姿を目に焼き付けるように見つめる。自分にとって姉とはどんな存在だったのか。埋もれていた『記憶』を掘り起こしながら、姉と共に幸せな彼の匂いに包まれて静かに目を閉じた。
頬を叩かれている。そのことに気づいた瞬間に跳ね起きていた。
警戒心が強い方だと自負している自分がこうも近くに寄られるまで、その気配にまったく気付いてなかったという驚愕を払拭するようにその対象から距離を取ろうとして壁に背中を打ち付けて倒れこむ。ぼすっと柔らかい音と共に鼻腔いっぱいに吸い込んだ空気が優しい香りを彼女に教え、寝ぼけていた思考が急速に回転していく。
「……大丈夫か塔城」
「大丈夫です……すいません、ちょっとウトウトしてました」
「いや、どう見ても寝てたんだが」
「ウトウトしてたんです」
「まぁ、そういうことでもいいけどさ。その大事に両手で抱えてる写真立てを返してくれないか?」
「あっ」
寝ぼけながらも決して手放さないように両手で抱え込んでしまっていたらしい。少しだけ名残惜しいと思いながらも、写真立てを渡せば彼はその写真を覗き込みふんわりと笑った。それは学校で見たような笑い方と違って、写真の中に収められていた幼い彼と同じ柔らかい笑顔だった。
ベッドの上に座ったままの自分の隣に彼が腰を下ろし、写真をこちらに見せるようにする。
「見たなら分かると思うけど、この二人が俺の姉さん。茶髪で小柄で見るからに元気そうなのが日向小夏って言って、俺は小夏姉って呼んでる。で、こっちの黒髪で綺麗な方が水嶋柊って言って、俺は柊姉って呼んでる。気づいてるだろうけど、一階にいるのは柊姉の方だな」
「優しそうな方ですね」
「おう、そこら辺は自信を持ってYESと言える。姉さん達には決して足を向けて寝られないな。そういえば部室に入る前に自分の姉は褒められた人ではない、とか言ってた気がするがあれはどういう意味だ?」
そういえばそんなことを言ったかもしれない。少しばかり口が軽かったと反省しつつ、何と言うべきかと考える。
「なんと言いますか、空条さんのお姉さんは空条さんを愛してくれてるのでしょう?」
「過信でもなく断言できるな」
「私の姉は幼い頃に蒸発してまして」
絶句している彼には悪いが、蒸発する原因やその後のことを思えば蒸発なんてものはいなくなっただけとも言える。いなくなって、そのせいで全ての苦労が自分にのしかかってきた。精神が押しつぶされそうな経験はあまりしたくないものだが、きっと姉の影がチラつけば何かそういったことは起きるのだと断言できる。姉の成った『はぐれ悪魔』というのはそういうものだ。
「そのせいで苦労してきたんです」
「簡単に言ったが、それは軽く伝えるには重すぎるな。言葉の重みは発言者の思いの強さだ。言葉遊びになるが『重く』話してこそ『思い』は相手の心に伝わる、それこそ軋むほどに」
「とは言っても、こんな話を重く話されても困るでしょう?」
「初対面だと困るだろうが、俺は
写真立てを一度眺めてから、それを上にかざし眩しいものを見るように目を細める。
「俺には両親がいない。蒸発したのかもしれないし、『最初からいなかった』のかもしれない。あぁ、そんな顔しなくていいぞ?別にこれくらいなら親しいやつなら知ってることだし、今時珍しいってほどでもないだろ」
確かに両親が居ないというのは珍しくもないかもしれないが、『最初からいなかった』というのは穏やかじゃない。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」
「そんなこと……ですか」
流石に驚いて声をあげてしまうが、当の本人は本当にそうとしか思ってないのか目を細め写真を眺めたままだ。大切な宝物を見るような目に、自分が姉を思う気持ちが淀んでいる気がして後ろめたくなる。
「そんなことだよ。今の俺には大切に思い思ってくれる家族がいて、空条譲治として生きる記憶もある。多少面倒なことに巻き込まれてる自覚もあるし、原因もハッキリしてるけどそれでも幸せに違いはない」
「幸せなんですか」
「幸せだろうさ。両親いない、でも姉が家族になってくれた。生まれが定かではない、でも空条譲治としての『記憶』が支えてくれる。厄介事に巻き込まれている、でもそれ以上に暖かな今がある。これで幸せと答えられないほど鬱屈してないし、屈折もしてないつもりだよ俺は」
「空条さんはときどき妙な言い回しをしますよね」
「面倒くさいだろ?でも気に入ってるんだ」
「意識してやってるなら更に質が悪いです」
「違いない」
からからと軽快に笑いながら彼はベッドから立ち上がり、写真立てを元あった位置に戻す。表面を撫でるように指を這わせながら、誰に伝えるでもなくといった風に呟く。
「塔城は幸せじゃないのか」
「……幸せだと思います」
辛かった、苦しかった、寂しかった、寒くて寒くて……。それでも今は家族と呼べるような人たちがいる。大切にしたいと思える人がいる。それは彼の言うところの
「えぇ、私は幸せです」
「それは良かった。まぁ、吹っ切れない思いがあるなら、何時の日か過去からやってくるさ。きっと何倍も悪質になってるかもしれないけど、何倍も成長して見返して返り討ちにしてやればいい。そのための努力を欠かさなければ何とでもなるさ」
最後の方の言葉は自分に言い聞かせてるようで、思わず聞き返してしまう。「空条さんにとってのソレはなんですか」と。すると彼は苦虫を噛み潰したようで、それでも写真立てを覗いた時のような背叛する感情を浮かべたまま静かに呟いた。
「ドーナシーク。こいつだけはきっと俺が『空条譲治』が何とかしなくちゃいけない、最初の過去なんだ」
「塔城小猫です、今日からお願いします」
「えっと……譲治の恋人かな?お赤飯とか炊いたほうがいいよね」
「姉さん待ってくれ、とりあえずその手に持ってるスマホを置いてくれ。いや小夏姉に連絡しないとじゃなくて、それが誤解なんだってば」
幾つかの取り決めを行ってから一階のリビングでテレビを見ていた彼の姉――水嶋柊さんに会って挨拶をしたところ見当違いな意見が返ってきて呆然としている間にも、彼は必死になって自分の身の潔白を証明していた。
「空条さんのお姉さん、なんですよね?」
「そうよ、私のことは譲治から聞いてるでしょうけど一応自己紹介させてもらうわね。私の名前は水嶋柊。職業は看護師で、譲治の姉でもあり母でもあるつもりね」
「姉さん……母はやめてって言ってるじゃないか」
「別にいいじゃない。あの時からそのつもりだったんだし」
頭を抱え苦悩する空条さんには悪いが、会話のテンポや外見からしてみても姉弟にしか見えない。というよりも――――若すぎないか?
「私の顔に何かついてる?だとしたら恥ずかしいわね、イッセーくんがいたときから付いてたかもしれない」
照れくさそうに笑う彼女は彼の言ったとおり綺麗だったが、そういう問題ではないのだ。
「あの、失礼ですがお幾つですか?」
女性として聞いてはいけないことだとわかっているのだが、人間というのはここまで若作りができる生き物だったのだろうか?
シミ一つない透き通るような白い素肌に艶のある黒髪。職業柄だろうか微笑み一つとっても非常に洗練されており、相手の緊張を解きほぐすような効果があるように思える。だが、それにしたって若い、若すぎる。
「流石にそれを面と向かって言うのはどうかと思うぞ?」
「空条さんに見せてもらった写真とあんまりにも変わっていないのでつい」
「ついってお前な……まぁ、確かに若作りではあるな」
「確かにそうね」
クスクスと軽く笑う彼女は本当に写真の頃と変わらないようにしか見えない。人間ってこんなにも若く有り続けられる生き物だっけ?という疑問と同時に、その原因が自分の隣に座っている人物な気がしないでもない。スっと視線を柊さんからずらして彼へと向ける。
「なんだよ?」
「いえ、なんとなく空条さんが原因な気がしまして」
「ふふ、正解かしらね。原因って言ったらアレくらいしか思い浮かばないし」
「あれと言いますと?」
意味深な言い方に何も考えずに聞き返すと、微笑を浮かべながら水嶋さんは語る。「マッサージ」と。
「譲治はマッサージ得意なのよ。こうコリとかそういうのがあれば的確にやってくれるわ、それこそ本業にしたって良いくらい」
「とは言ってもメリットと同じくらいにデメリットがあることに最近気づいたわけだが……」
そうどこか複雑そうな空条さんとは対極的に笑みを崩さない水嶋さん。あまりにも違いすぎる反応にどうしていいかわからず、困惑していると水嶋さんが空条さんを手で呼び、空条さんが身を乗り出して水嶋さんに近づくとボソボソとした声で話し合いを始めた。
そう、おそらくは秘密の話の類だと思うのだが、悪魔としての聴覚を舐めてもらっては困る。少なくとも人間でも耳がいい人なら聞こえるであろう距離なら、問題なく私にだって聞こえるに決まっているのだから。
「譲治、この子はそのアレのことは知ってるの?」
「そうなる。今回はそういう都合もあって来てもらってる。まぁ、詳細は教えてないけど、少しくらいならバラしてもいいよ」
「その程度が難しいんだけど……まぁいいわ。信じてくれてるんでしょう?」
「当たり前」
そんな会話をして、どちらからともなく顔を離して笑顔を浮かべる。なんというか
「姉弟というより、恋人みたいですね」
「うぇ!?」
「そう見える?」
「待って姉さん!そこは確実に否定しないとご近所でまた噂が広がる!もう俺は近親相姦云々でごたつくのは嫌だぞ!」
「あれは大変だったわね……まぁ、もう大丈夫でしょ。小夏の性格もご近所さんは把握してくれただろうし」
「……それまで大変だったけどね」
何か墓穴とも地雷とも違わないようなものを踏み抜いたようだが、それよりも話すことを躊躇うような『アレ』というのはやはりアレだろうか。自分の目的ではなく、自分に課せられた役目を思い出した私はごくりと唾を飲む。
影がそのまま実態をもったかのような能力。神器かとも思ったのだが、どうも感じる力の性質が違うことから別の何かだと考えられているが……一体なんなのか。そしてどうしてアレは私しか見えていないのか。その秘密の一部でも語られるのでは、と思うと自然と緊張する。
「なぁ、この話をする前に最後に聞いておきたいことがあるんだ。いや別に答えに納得出来なかったら追い出そうだなんて言ってるわけじゃない、ただの好奇心さ、それだけの話。別に付き合ってくれてもいいだろう」
スっと彼の待とう空気が変わったのがわかった。部長と対峙しているときと同じ、何かスイッチが入ったかのように人格が替わったようなそんな驚く程の切り替わり。
「塔城のとこの部長……グレモリーにも聞いたことなんだが、お前は『記憶』をどういう風に考えている。難しく考えないで、夕食に好きな献立が出てきた時みたいに自然に思ったことを話してくれればいい。別に隠すようなことでもないだろう?」
「夕食に好きな献立が出てきた時、ですか。嬉しいと自然に思いますけど……そういうシンプルな答えが望みですか?」
「難しく答えたっていい。哲学のような答えで誤魔化そうとしてもいいし、シンプルに答えてくれたって一向に構わない。ただ気になっているだけだから」
「そうですか」
シンプルに答えろと言われても、と考えたところで何故かふっと言うべき答えが見つかった気がした。不思議な感覚だった。まるで自分の頭の奥底の湖から泥を振り払って、それでいて静かに浮いてきたように答えが頭の中に浮かんできたのだ。考えてみればそうなのだが、どうしてこうも簡単に出てきたのかが不思議で仕方がないような……なんとも言えない感覚。
「私にとって『記憶』というのは……『思い出』です。足し算とか引き算とか、そういう知性を構成する前提にある自分を構成するものです。生きるという事はきっと『思い出』を作ることなんだと思います。空条譲治が姉のために行動し、そのために命を賭けて行動しているのは……きっといい『思い出』が貴方の中にあるためだと思います。その『思い出』が貴方に勇気をくれたように、それが貴方の力になったように、私がこうしてここにいる理由が『思い出』にあるように、生きた結果なのだと思います」
「なるほど……納得した。ある人は『納得』は全てに優先されると言っていたよ。そうじゃないと『前』へ進めないし、『どこへ』も『未来』への道も探すことは出来ないんだとさ。まぁ、全面的に同意するわけじゃないけど、俺もそれには『納得』しているんだ。少なくとも塔城が『思い出』という形で『記憶』を大切にしてくれてるということを、俺は心で理解した。こればっかりは言葉にするのは難しい感覚だけどね」
「心で、ですか」
「おう。きっと塔城にも譲れない『思い出』があって、だからこそこうしているんだろう?それがどんな『記憶』であったかは知らないが、そのために行動したという結果を俺は尊重したい」
真摯に打ち明けられた言葉に胸の奥が震えるのがわかった。裏表の無い言葉というのは防波堤とかそういうものを乗り越えるのではなく、まるでなかったかのようにすんなりと染み込んでくる。不意に何故か寂しくなって彼から目を反らすと、彼の姉が変わらずに微笑んでいた。目が合うと彼女は小首を傾げ黒髪が自然と流れるのを目で追う。
ふと、脳裏に彼女の姿が映った。誰よりも私に優しかった『お姉ちゃん』の姿だと気づいたとき、思わず泣きそうになってぐっとこらえる。
「しかし、なんつーかあれだな。マッサージの話題からどうしてこうも重い話になったかな」
「あら、それは譲治くんが『記憶』について聞いたからでしょう。大事な話だから避けて通れないのはわかってるけど、初対面の子に聞く話とは思えないわね」
「姉さん……俺、初対面って言ったっけ?」
「違うの?恋人でもないなら、普段のお話のときに名前くらい上がると思ってたのだけど」
「合ってるけどさ。柊姉って最近すごく鋭くなってきてるよね、小夏姉もだけどさ」
「これもマッサージの影響なのか、それとも譲二くんと一緒にいたからなのかな?」
ふふっと笑うその姿は姉や母というよりも、女性という雰囲気があって流しそうになった涙が引いていくのがわかった。なんというか、今更だがここの家族もちょっと何かズレてる気がしないでもない。
「ちなみにマッサージっていうのは譲治くんのスタンドのRe:makeを使ってやる特別コースのことね。メリットはすごく気持ちよくて疲れが一発で取れることと、どうも老化を極端に抑えるらしいのよね」
「見た目がもうずっと変わらないもんね。正直これに関しては喜べばいいのか、泣けばいいのか。姉さん達の幸せを思えばGoodなのは理解してるんだが、やりすぎた気がしないでもない。ちなみにデメリットはRe:makeの特性に関わるからノーコメントで」
「そっちは言っちゃ駄目なの?」
「それを利用して
しれっと言い放たれた内容に頭を抱える水嶋さんだが、それよりも気になることが一つ。
老化を抑える。私しか見えない。これだけならきっと気付かなかっただろうけど、今の私は妙に冴えているというか、『姉』の話題があったこともあるのだろう。自然とその事に気がついた私は、疑問を解消すべく意を決して彼に話しかける。
「老化を抑えるって……仙術か何かなんですかソレ」
「仙術?……え、この世界って波紋とかあるの!?」
意を決して紡いだ言葉は、知らない単語によって打ち砕かれた。
「波紋?なんですかソレ」
「え?違うの」
どうも私の知る仙術と彼のしる仙術には差があるようだ。
というわけで、譲治と小猫の初夜(意味深)までの道のりパート1でした。
ドーナシーク……とうとう名前出てきましたね。
グレモリー勢がこの名前を知って「え、だれそれ?」ってなるのが目に見えるようだ。有名になってるのなら別ですけど、まぁ……なってないよな?書いてるとときどき暴走するからこわい。
ちなみに小猫の『思い出』というのは第六部のFFのナレーションよりです。
単細胞生物が『知性』を手に入れて『思い出』を抱いて闘う様には最初こそ
「え、なにこれ?どういうこと」
とかなってましたけど、最後には泣きそうになりました。
奇妙な行動が多かったこともあって、愛着の湧きやすいキャラでした。