ただ記憶のままに   作:空澄みの鵯

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遅れちゃった、てへ✩


…………ンな謝罪で済むわきゃねェだろぉが!こンのど阿呆がぁああああああああ!!

って感じな抗議が聴こえてくるような気分です。
えぇ、いつぶりだよってくらいの更新です。今月中に引っ越す予定なので、いろいろと用意とかあるんです!とか言う言い訳は――あっはい、いりませんよね。すいません。


引っ越し先でたぶんまたもたつく。
ふふ、もう私は更新停止したほうが良いんじゃないかと何度思ったことか。

それでもちまちま書いてしまうのはなぜだろうね。
実は公開してないだけでGEとか、リリカルなのはとか書いてたりします。

たぶん、いろいろと公開しないだけで書いてるのが一番の問題だと思う。
以上言い訳終了!


方や、ごく短い戦闘

常識、というのは何を基準にするかによって大きく変わってくる。

 

例えば現代日本において子供が餓死するということは非常に希だ。無い訳ではないが、それでも身近で餓死した子供がいるだなんて人物は非常に稀有だというのはわかるだろう。それが現代日本を基準にしての常識。

 

では、自分たちのような悪魔にとっての常識とは何か。

 

それを語るのは非常に難しい。悪魔というのは種族だ。つまり人間という種族の常識とは何か、と問われてそれに正確に答えることができる人間がいるのかどうかという話になるわけだ。だからこそ、悪魔としての常識が揺らいでいる、と自分で考えて自分で苦笑いが浮かんでしまった。

 

悪魔は人間と同じように知性もあり、それを生かすための発想もある。それでも悪魔は人間よりも強く、人間は悪魔よりも弱い。それは獅子と猫を比べるような、画然たるもの――――

 

「のはずなんですが」

 

眼前で行われる戦闘光景を見るに、そんなことは間違っても口に出すことができない。というよりも、自分達にとって天敵と言える『光の槍』を臆せずに粉砕しようと犬歯をむき出しにし吼え、堕天使もそれを好ましいと言わんばかりに野獣のような笑みを浮かべている。

 

何を基準にすれば、この光景を常識として見ることが出来るのだろうか。

 

現実逃避気味にそんなことを考えながら、次第に冷静になる思考回路がタイミングを見計らい奇襲しろと訴えてくる。ここで逃げたとしても恐らくあの堕天使は空条さんを追ってくる。そして空条さんもあの堕天使を逃がさないだろう。あの堕天使――ドーナシークが因縁の相手だというのは、ここまでのやり取りで嫌というほどにわかっている。

 

だからきっと、ここで逃げたとしても私一人だろう。空条さんは付いて来てくれない。それはダメだ。空条さんのお姉さん達にも約束したんだ。『守ってあげてね』と言われて、私は頷いたのだから。

 

契約でもない、ただの口約束だけれど大事な約束だ。

 

空条さんのRe:makeが人型から単眼の蛇と化す。一体どこまで変化出来るのか気になるところだが、それは今は放置しておくべき事柄だ。直感だが、恐らくそろそろ良いタイミングが来る気がする。ピリピリとした空気の中、静かに静かに全身を緊張させていく。張り詰めた神経が目の前の戦闘の『穴』を見つけようとして気付いた。

 

反射的に後ろに飛び退きながら戦闘の余波に巻き込まれることすら思考の埒外へと追いやり、嗅覚が反応した方へと視線を向ける。戦闘に集中していたとしても、目で見るだけでは気付けないほどの隠密。公園の片隅で余波に巻き込まれないように距離を取るように座り込んでいた女性は此方が見ていることに気づいたのか、ひらひらと薄く笑みを浮かべながら手振ってくる。

 

青い髪は腰よりもずっと長いらしく、座り込んでいることもあって地面に当たり広がっている。まるで湖の上に座り込んでいるような不思議な光景だ。それでいて服装は非常に挑発的。下着がギリギリ隠れる程度の超ミニのスカートに、胸元が大きく露出した上着。いわゆるボディコンスーツというものだろう。非現実に非現実が重なり、その姿はまるで淫婦のようにさえ見えた。

 

「ふふ、そんなに緊張しなくてもいい。別に貴方に危害を加えるつもりはないのだから」

 

妙に芝居がかかった男口調でその女性は語り始める。

 

「と言われても、直ぐには信じられないでしょうけどね。まぁ、根拠と言えるかはさておき今の今まで危害を加えなかったことを証明だと思って欲しい。何よりこれだけの戦闘被害を抑えるために結界を張っておいた私に「ご苦労様」の一言でも欲しいところなのだけど」

 

「……ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

艶やかに微笑みながら女性は私から視線を外した。その姿があまりに無防備で、それでいて気付けなかったことが敵か味方かの判断を曖昧にする。無視してしまうにはあまりにも強力な術者だ。戦闘中とはいえ、誰にも気付かれずに結界を張り尚且つ座り込みながらも余波を受けた風がない。自身の身も守っているのだろう。

 

「そんなに気になる?」

 

視線に気づいたのか再び此方に向き直る女性に、一度頷くことで返答とすると再び笑みを浮かべながら手招きをした。近接戦を得意とする私にとっても近づけることは悪くない提案のため、警戒しながらゆっくりと近づいていく。

 

「……まずは自己紹介からしておこうか。私の名前はカラワーナ。隠すようなことでもないから言ってしまうけれど、そこで空条譲治と殺し合いをしているドーナシークの同僚ね。基本的に戦闘よりもバックアップがメインだ、よろしく」

 

「……塔城小猫です。リアス・グレモリーの『戦車』です」

 

「ふぅん、ここの領主の。空条譲治と共にあるということは、リアス・グレモリーも彼の特異性を知ってしまったのかな」

 

楽しげに、それでいて笑みは薄いままカラワーナは何かを思い出すかのように眼を細めた。

 

「襲ってこないのかい?わかっていると思うけど、私は堕天使だよ」

 

「結界を張っていただいていることと、こちらでの争って空条さんの気を引くことの方が大変だと考えました」

 

「素直に答えるんだね。腹芸とか苦手そうで好ましい。まぁ、私が君と戦わない理由も同じさ。ドーナシークの邪魔をしたくないんだ。空条譲治とは長い付き合いなのかい?」

 

「いえ。でもドーナシークのことは知っています。空条さんは因縁の相手、と」

 

言われたことに腹が立たない訳ではないが、腹芸というのはどうにも苦手だ。だからこそ、自分の持っているカードは迷わず切っていく。幸い相手もカードを渋るような人ではなさそうだ。

 

「ドーナシークも同じようなこと言っていたよ。ふふ、男の考えることは何時でも同じようなものらしいね。きっと彼もドーナシークと同じように特訓とかしていたんだろうね。まぁ、人のことを笑えないのだけど」

 

戦闘の余波として巻き起こった粉塵に対して片手を凪ぐカラワーナ。すると自分たちの周囲に半円状の結界が展開され、その粉塵は私達にぶつかることなく結界を撫でていくに終わる。まるで息をするように結界を張ってみせた技量に驚きつつ、彼女への警戒度を上昇させると彼女は苦笑を持って答える。

 

「少しだけ昔話をしてあげよう。君に話しておけばきっと空条譲治にも伝わるだろうからね。ドーナシークには忌名のようなものがある。無論、それは彼と共に行動していた私にも当てはまるわけだけれど『堕ちた堕天使』って知っているかい?二重の意味になっていて、ナンセンスだとは思うんだけどね」

 

「堕ちた堕天使?」

 

「そう、天使から堕ちたから堕天使だというのに、さらに堕ちたという馬鹿馬鹿しい話しさ。ただ私たちが『人間に頭を下げて技術を学んだ』だけだというのに、それをやれ「堕天使が人間に頭を下げるだなんて」やら「これだから下級は矜持が足りない」やら煩わしいのなんのって」

 

今何といった?堕天使が頭を下げた?

 

聖書には人が土から創られ、天使というのは火と煙から神によって作られたと書かれている。土人形にしか過ぎない人間も同じく神の姿に近しいと言われているが、土くれより作られた人間よりも更に高次元で作成されたのが天使である。だからという訳ではないが、堕天使というのは人間よりも偉い。そう考えている存在が少ながらずいるのだと学んだ。

 

悪魔にも言えることだが、天使にとっても、堕天使にとっても、やはり人間というのは弱者に当たる存在だ。その対象に対して頭を下げて技術を学んだ?目の前の光景さえなければ悪い冗談とも言えない、法螺話として聞き流すような妄言である。

 

「理由なんてシンプルで私たちが空条譲治に負けたから。特に私なんて戦いとも言えなかった。気づいたときには喉を裂かれて死にかけていた。あぁ二度と負けるものか、と不退転の『覚悟』を決めることになった。ドーナシークと一緒になって勝つための方法を考え続けたんだ。どうすれば不可視のアレを見ることが出来るのか、と考えて考えて――――結論から言えば、自分たちでは無理だと判断した」

 

サラリと言っているが、それはどんな気分だったのだろうか。

 

少なくとも矜持を持ち合わせていないわけではない。敗北をバネにできる存在が悔しいと思う気持ちがある存在が、何かしらの矜持を胸に抱いていないとは思えない。彼等はそれを砕いてでも勝とうと思ったのか。私たちは人間と違い寿命に大きな隔たりがある。強さによってその外見すら大きく変化し、若く見えても老齢であり老齢と見えても若かったりする。

 

「今まで積み上げてきたものを捨ててでも……うん、馬鹿馬鹿しいことだとは自分たちでもわかっていたとは思う。でもね、()()()()()()()()。だから私たちは人間に頭を下げた。馬鹿馬鹿しいオカルトを信じて進んだのがドーナシーク。魔術を極めようとしたのが私。お互いその成果があったみたいでよかったわ」

 

薄い笑みに確かな達成感が浮かぶ。

 

「貴方はどうしてアレが見えてるのかしらね。ドーナシークのように『仙道』でも習得しているのかしら?私のように『空間』の動きを把握しているのかしら?」

 

細められた視線が私を射抜く。純粋な興味なのだろうが、思わず背筋が震えてしまう。目の前の女性の行っている魔法に驚いたということもあるが、仙道という言葉がダメだった。

 

黒い人影が脳裏に浮かぶ。二本のしなやかな尾を揺らしながら、屈託のない笑みを浮かべてこちらを見守る姿。優しく暖かく、それでいて思いを馳せれば最後には冷たい刃となる思い出が想起される。

 

「私にはわかりません。空条さんが言うには『仙道』に近いらしいですが」

 

努めて冷静に声を出す。その発声に釣られるように脳内が冷え込み、心を凍らせていく。今ここで思い出すのは空条さんの迷惑にもなる。何より落ち着けない相手の前で『姉さん』を思い出すことが、どういった影響を及ぼすのか自分でも想像できない。

 

「そう。ドーナシークが言うには『仙道』は太陽の性質を持つらしいから、悪魔には厳しいものだと思ったのだけど……あぁ、だから近いなのか。空条譲治もよくわかっていないのかもしれないわね」

 

おそらくはその通りだ。だからこそ、買い物帰りに私に発見される羽目になるのだ。

 

改めて思い返すと下らない発見の仕方でしたね、と独りごちる。それでも存外悪くない出会いだったとは思えた。彼と出会い、部長に紹介し、彼の姉と話し。詰まらないわけではなかったが連続しただけの日々に充足があった。何より自分の中でどれだけ『姉さん』が消化できていないのかも再認できた。

 

「おや、イイ顔になった。ふふ、でもそれはドーナシークの専売特許だ」

 

「……どういう意味ですか」

 

「『覚悟』を決める、もしくは決めた顔だよソレは」

 

そうか、そんな顔をしていたのか。私は表情にはあまり出ない質だと思っていたのだが。

 

「ドーナシークが以前言っていたのだけどね。『覚悟を決めるのは俺でもできた。なら俺よりも先に覚悟していた空条譲治は更に先にいるだろう』って。でもね、私は覚悟するのが遅いということはないと思う。何のための『覚悟』かは知らないけれど、きっと間に合うわよ。私達だってこうして空条譲治と同じフィールドに立てたのだから」

 

「空条さんからも聞いて思っていましたが、やはりドーナシークという堕天使は変わっていますね」

 

「そうよ、だから私はアイツといるの」

 

思わず呟いた一言に芝居がかった口調が解け、おそらくは本来の口調が表に出てきていた。

 

それに気づいたのか「コホン」とわざとらしく咳をして顔を背ける可愛らしい反応だが、どうにもやりづらくて仕方ない相手だった。非常に強力な相手だとわかっている。こうして自分たちを気づかない内に結界を張る技量といい、見えないはずの空条さんの能力を見ているかのような口ぶりといい、そして何よりもあのドーナシークと同じ匂いがするのが決め手だった。

 

そう妙に匂いが濃いのだ。堕天使、というだけでなく性質が近いのだろう。良い人には良い人の匂いがするし、下衆には下衆の匂いがする。そこらへんは感覚の問題になるのだが、過去の経験から気を許してもいい相手とそうではない相手の違いくらいはすぐにわかるようになっている。だからこそやりづらい。彼女からはドーナシークと同じ堕天使の匂いがする。そして悪くないと思える匂いもするのだ。それは空条さんに似た匂い。

 

いや、それにしては……これは?

 

「どうかした?」

 

不意に黙り込んだのを疑問に思ったのか此方に顔を向けてくる。聴覚が戦いの余波が再び迫るのを感知したが、彼女もそれは同じようで視線を向けるでもなく手を払うことで防いでみせる。余裕もありそうなので疑問をぶつけてみよう。悪い人ではない、と判断したのなら油断せず情報を与えない程度の会話なら良いだろう。

 

「何故か貴方から堕天使、という以上にドーナシークの匂いが強くします。なぜですか?」

 

「きゅ、急に何の話?」

 

口に出せば違和感の正体がわかりやすい。ドーナシークと同じ堕天使だから、ドーナシークの同僚だから、そういった話ではなくそもそもとしてドーナシークの匂いが強いのだ。彼女の匂いと混ざっていると言ってもいい。

 

匂いが混ざる場合というのは意外と多い。過度の接触もだが、洗濯物を一緒にするだけでも十分だと言える。自分の体臭の他に身につけているものの匂いが一緒になっているのだから、当然洗濯物を共有している人間同士の匂いは非常に似通ってくる。事実、今現在私の衣服の何着かは空条さんのお宅でお世話になったときのものなので、空条さん宅の匂いがする。逆に考えれば私の匂いも空条さんにからする訳だが…………大丈夫、猫又みたいな種族じゃなければわからない程度の混じり方だから恥ずかしくない。

 

と、ともかく。今は彼女カラワーナのことだ。

 

「衣服からというよりも貴方からする気がして少し疑問に思いました。堕天使でも吸血とかするんでしたっけ?」

 

そもそもとして匂いというのは私の場合は『体臭』だけでなく『雰囲気』とかそういうものも嗅ぎ分ける要因となっている。常識的に考えれば緊張すれば汗がにじみ、その匂いに含まれる要素が――――となっていくのだが、私の場合はそこまで深く考えているわけではない。ただ、そういう『匂い』がするからわかるというだけの話なのだ。

 

体臭というものが自身から発生する以上、自分が摂取したものによって変わってくるのはわかると思う。それらを自分で分解して消化して吸収して、そうして自分になったときに『匂い』となるのだ。だからこそドーナシークの匂いが彼女からするということは、彼女がドーナシークを『食べた』ということなのだ。過度の接触とは違う、内面からの匂いはそういうことだ。

 

「堕天使にはそういった文化はないわね……というよりも、吸血鬼って悪魔でしょう?流石に人間に頭は下げても種族まで変えるつもりはない」

 

キッパリと断ぜられてしまったが、ならばどうして彼女からドーナシークの匂いがするのだろう?

 

「……塔城とか言ったわね」

 

「はい」

 

「貴方、鈍いとか言われたことないかしら?」

 

「いえ。特にそういったことはないですが」

 

むしろ敏い方だと自負している。猫又という種族であることもあるのだろうがが、やはりその人が口に出さなくとも善意と悪意を匂いで判断できるからだろう。自慢とも言えないことだが、自信にはなっている。

 

「なんだか貴方が将来苦労しそうな気がしてきた」

 

「微妙に聞き捨てならない上に、失礼な発言ですね。私のどこに不備がありましたか」

 

「気付かなかったからなのだけど……まぁ、いいか。これ以上は墓穴を掘るはめになりそうだから」

 

はぁ、とわかりやすくため息を吐きながらこちらに憐憫を孕んだ視線を向けるカラワーナ。腹立たしいには腹立たしいのだが、その視線に嘲りはなくただただ不憫なと言わんばかりの気持ちが込められており思わず怯む。一人ぼっちとか姉の行動がアレでとか、そういった視線とは違う。何というか牝として負けた気分?

 

いや待て、牝としてって何だ。

 

ふとそう思っただけで深い意味はないはずだが、女性とかそういう表現でも良かったはずなのによりにもよって『牝』って何だ。恥ずかしいとか通り越して、寒気すら覚える発想に思わず体を抱きしめる。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、別に」

 

それでも外面だけは保とうとする自分に苦笑が零れそうになり、何時も通りの自分だと安心する。そう思えてしまえば寒気も徐々に収まっていき、心身ともに普段通りとなる。つまりは万全と言える。

 

「あら、ドーナシークってば奥の手でも使うつもりなのかしら」

 

その言葉に戦場へと再び視線を移せば両手には蒼い柄に黄金の刃の剣を握っていた。あの光を見ただけでわかる。あれは危険なものだ。猫又としての自分はアレは自分の能力に近いものだと訴え、悪魔としての自分は近づくことすら烏滸がましい太陽のようだと悟った。

 

黄金の刃の輝きがドーナシークの周囲を照らし、艶のある黒翼は光の加減か白く輝いてみえた。それこそ堕天使が再び天使として再誕する瞬間のような、そんな神聖さすら思わせる光景ではあったのだろう。だが、ドーナシークの表情は神聖さとは掛け離れた泥臭く勝利に飢えた誇り高き獅子の笑み。

 

このままでは敗ける。

 

空条さんが、空条譲治が敗けてしまう。

 

脳裏をよぎったその考えは反射という形で全身を前へと押しやった。助けなくてはいけない。約束を果たさなければならない。負けて欲しくない。それだけが頭の中でループしている。それだけしか考えられない。しかし、その思いとは裏腹に、

 

「それは『ダメ』だな。ダメダメだ」

 

まるで虫ピンで止められた虫の標本のように走り出そうとした格好で動けなくなった。

 

油断した。彼女を心のどこかで安易に味方の範疇に入れてしまった。あぁ、それもあるのでしょう。でも、それ以上に発動の瞬間すら悟らせない術式の構成。それこそが最大の驚異なのだと理解した。

 

「邪魔をしないで」

 

全身に力を滾らせ、無理矢理にピン指し状態の体を動かしていく。彼女の、カラワーナの拘束は素早く正確ではあったが、『戦車』の怪力と殆ど同等かそれよりも少し弱い程度でしかないらしい。動く、動ける、前に進める。だから助けないと。

 

「邪魔なのは貴方だと思うけど……そんなに大切なの?空条譲治が」

 

「貴方には関係ありません」

 

「そうね、貴方の気持ちは私に関係ない。私達にとって大事なのは『空条譲治』との決着なのだから……邪魔されるわけにはいかないの」

 

その言葉は真剣そのもので軽く流せない確かな重みがあった。だが、だからといって見捨てるのを是とできるわけもない。

 

「あら意外」

 

四苦八苦している内に聞こえたその声に視線を向けると、空条さんが振り下ろされたドーナシークの両剣を指先で摘むように止めている光景がそこにあった。

 

「……あれって掴めるものなんですか?」

 

「少なくとも私は無理。さすが空条譲治、というべきかしらね」

 

これだけの距離がありながらも感じる濃密なエネルギーを素手で止める?

 

「何の冗談ですか、アレ」

 

「さぁ?私にもわからないわ。ついでに私からも聞いていいかな?」

 

「どうぞ」

 

「何か彼の腕が光ってるように見えるのは気のせいかしら」

 

「いえ、冗談みたいな話ですけど光ってます」

 

まるで後ろから抱きしめるように譲治の体に重なるRe:makeと譲治の両手は太陽のように輝き、腕に触れる直前でその一撃を受け止めているように見える。しかし、その光はドーナシークと比べると弱く、ロウソクのように揺らめいてさえいる。おそらく長くは持たないだろう。

 

全力で力を込めるもやはり拘束が解ける気配はない。しかし彼の特異性を見て少しばかり冷静になれたのか、冷静に自分の動く部分と動かない部分を探していく。確かにただ動かそうとすれば体は全く前へと動かないが、前後左右と色々な方向へと挑戦すれば多少緩い方向があることがわかった。

 

指先、動くには動くが拘束から解かれるようなものではない。腕、力が入れやすいからだろうか、破壊はできなくても抵抗はできそうだ。足、同様ではあるが踏ん張りが一切聞かない。踏みしめる力自体が伝わってない?首も動かないが、彼の方を見ることはできた。しゃべることもできる。パーツ、方向、抵抗、我武者羅に前に進もうとするわけではなく、綻びを探すように全身を跳ねるように動かしていく。

 

「む、むぅ。抵抗が激しくなってるね。それに外から結界を探しているようだし……ドーナシーク!なるべく早く決着を!」

 

「そう単純な話ではなさそうだぞカラワーナッ!コイツ波紋をッ?!」

 

「逃がすかァ!!」

 

ギャリンギャリンと聞きなれない音が聞こえる中、ふと思い出したことがある。

 

ついこの間のことだ。全身を片栗粉で真っ白の粉まみれにされたとき、あの時も必死に抵抗していたが拘束から逃げることはできなかった。何故だったか。確かあの時は両手両足は当然のように押さえつけられていたし、関節も痛まない程度に逆側へと負荷がかけられていた。ついでに言えば、太ももの内側のかなり際どい部分にまで手を伸ばされていたが……それは関係ないか。

 

何よりも重点的に潰されていたのは視界だったはずだ。押さえつけられていることが分かっても、どうやって抑えられているのかわからない。どういう状況かがつかめない。それは非常に今の状態に近いのではないだろうか。

 

Re:makeは視界を潰し、関節を押さえ込み、その上で全身を押さえつけていた。

 

カラワーナは視界には映らない拘束によって全身を押さえつけていると思われる。

 

抑えている方法は不明だが、空条さんは人の押さえ方は簡単だと言っていた。

 

確か『人が動けるのは筋力があるからだけれど、人間である限り可動域は関節がある場所だよ。人の骨というのは複雑で、前腕なんて良い例だよねぇ。手をまっすぐ伸ばして掌を上にしてみて。うん、それじゃ下にしてみて。……そんな目で見ないでくれよ。意味はあるんだって。掌が上から下に向いたとき、前腕の橈骨と尺骨ってのがそこにあるんだけど、それを繋げる……おう、わかった。説明を単純にするからその拳を下げるんだ。何にせよだ、関節が曲がらないってことは、筋肉がどれだけ収縮しようとしても意味がないし、筋肉の収縮の負荷は全て関節にかかる』でしたか。

 

そう、確かそうだ。

 

「だから」

『だから』

 

「押さえ込むときは」

『押さえ込むというのは』

 

「関節を中心として」

『関節を中心にして』

 

「相手の動作そのものを殺すんでしたね」

『相手の動作そのものを殺すんだ』

 

両手両足は重点的に押さえつけれられているようだが、それでもさっき緩い部分は確認した。だから――ッ!!

 

体を右回りに腰と股関節を使って捻る。動く位置がそこくらいしかなかったとはいえ、かなり無茶な動き方であることに違いないが私は戦車の耐久を信用している。固定されている関節部分が捻りを加えた分だけ移動したのを感じ、そのまま腕力に任せて拘束の緩い方向へと体を突き動かす。

 

まるでその場でコマのように回転しながら、抵抗を感じた瞬間に動くであろう部分を再び捻る。捻って、捻って、そうして力尽くで回転し、ガラスの砕けるような音と共に地面に足が着いた。先ほどまでは感じなかった確かな足を着いた感触にチャンスだと感じるよりも早くカラワーナへと疾走する。

 

空条さんとドーナシークの方を向いていたカラワーナだが、拘束から私が逃げたことに気づいたのかギョッとした表情でこちらを向いた。三秒もあれば確実に拳を頬に叩き込めるタイミングだが、カラワーナが腕を横に薙いだ瞬間に風の流れが変わったことに気づき反射的に拳を振り抜く。そして衝撃が両者の間に走る。

 

「やはり盾ですか……厄介ですね」

 

「うっそ……よく逃げられたわね、貴方」

 

「自分でも逃げられるとは思いませんでした。でも、抑える方法は教わった『人間を抑える方法』とよく似ていましたので。何とか、です」

 

「……さっき人間に技術を教わったと言ったのはちょっと情報あげすぎたかも知れないね」

 

欲を言えば学んだのは魔術ということなので、魔術を専門とする副部長がいてくれると嬉しいのだけど贅沢は言えない。

 

一息吐き出し、二息分吸い込み、全力で拳を振り抜く。あとはタイミングを合わせてコレを繰り返していく。空条さんの言うところのラッシュ、というやつですね。

 

「っぐ、ぅ、ぅうう……これは、流石に厳しいな」

 

拘束するよりも早く拳を振りぬき続ける。シンプルだけれど、簡単な対処法。見ている限りカラワーナの魔術は、腕を振るうことと連動して魔術を利用している様だ。手を振り抜いている状態、つまりは盾を展開した状態で私を拘束したいのなら、何らかのアクションが必要となる。

 

「こっの!」

 

彼女がもう一方の腕を動かした瞬間、横に一気に跳んだ。カラワーナがまるで離れた私を抱きとめるように両手をまっすぐ此方に伸ばし、手招きするように指を一本一本折りたたんでいく度に至近距離で風の流れが変わるのを感じながら、ステップを繰り返してその拘束から逃れていく。

 

見えない、けれど間違いなく拘束するための魔術が発動している。腕全体でやってるのかと思ったけれど、指の動きに合わせて発動しているのかもしれない。

 

「俊敏すぎて嫌になるね……そのくせ、腕力にも自身がある。あぁ嫌だ、嫌だ。これだから悪魔っていう奴らは……」

 

ダルそうに呟く姿はまるでやる気というものを感じられないが、『目』だけが刃物を扱う刀匠のような冷静な『覚悟』の炎と灯している。ゆっくりと、ゆっくりと追い詰められている。そんな気さえしてくる。だが、気持ちで負ける訳にはいかない。空条さんだって戦っているのに、負けてなんていられない。

 

相手の動きを観察している内に気付いたことは四つ。一つ、相手は腕と指の動きに連動して魔術を使っている。二つ、指を折りたたむ度に魔術が発動し指を開くことでは発動していない。三つ、相手は人間の打倒を中心に学んだためか、拘束する方法などはソレに準じている。四つ、結界を探しているという言葉から、おそらくは部長たちが探索していると思われる。

 

両手の指先が全て折りたたまれる瞬間を作らないようにしているのだろう。右手、左手、右手という具合に上手く呼吸を作ることで魔術が止まることなく発動している。お陰でロクに近づくこともできず、ステップで躱し続けているこちらのほうが体力が切れるのは早いだろう。それに今の今まで回避できているのは奇跡みたいなものだ。

 

その前に応援が来てくれるだろうか?期待しないほうがいいだろう。それよりどうやって目の前の堕天使を打倒するかを考えるべきだ。……何とかして、魔術発動の呼吸を乱してやる必要がある。

 

「せぇ……っの!」

 

ステップからの側方倒立回転。ちょっとだけスカートが気になるが、それは今気にすることではないので無視。両手の握力だけで地面を抉りとり、土塊の『弾丸』を手に収めることに成功する。地面に片方の足が着いた瞬間に前方へと跳ぶ。無理な動きではあるが、こういう時に戦車というのはありがたい。

 

「ふっ!えい!」

 

跳躍しながら右手の弾丸を投擲し、着地と同時にサイドステップをしながら左手の弾丸も投擲。更にそこからサイドステップを繰り出し、座り込む彼女の背中を取るように動く。その後は投げた弾丸よろしく、自身もカラワーナへ向けて駆け抜ける。

 

土塊の弾丸を見たカラワーナは口元を引き締める。迫り来る弾丸を防ぐために指を一本折りたたみ、正面からの一撃は空中で受けた。そしてもう一発の弾丸は背中の翼を使い受け止める。

 

「ぐぅッ!」

 

自身を抱きとめるように動かした翼から赤い血が噴き出すが、カラワーナの指が全て折りたたまれた訳ではない。それどころか、受けた衝撃を利用して体幹を回し背後を取ったはずの此方へと体を向けていた。

 

まさか多少のダメージを受けてでも手札を残してくるなんて――――考えてなかった訳ではない。空条譲治という人間を見て、ドーナシークという堕天使を見て、その二人の影響を受けた堕天使が相手なのだ。この程度の事で、この塔城小猫に精神的動揺はないと思ってもらいたい。

 

とはいえ、逃げるための手段が手元にあるのか。と問われれば、残念ながら答えはNOな訳で。

 

苦悶の表情を浮かべながらも指先を折りたたむカラワーナの姿を見て反射的に横にステップをするが、着地する瞬間に足が固定され転びそうになりもう片方の足を大きく踏み出す。そうして転倒は回避したものの、大きく踏み出すなんて隙だらけなわけで先と同様に固定されてしまう。

 

仕方なしとスカートのポケットに手を突っ込み、中のものを取り出そうとしたところで肘が動かなくなった。

 

「チェックメイト……かな」

 

「そう見えますか?」

 

そんな風に言葉を紡ぎながらも逃げられないかと試行錯誤してみるが、今度は逃げるとしたら本当に力尽くになりそうだ。となると、そんな逃げるだけの余裕を相手が与えてくれるとは思えない。つまり確かに私は詰みの状態なのだろう。

 

「私としてはドーナシークと空条譲治の決着の邪魔さえしてくれなければ無視していても良かったのだけれど、こうして傷を負わされた以上は放置というわけにはいかない」

 

「……でしょうね」

 

そうだったのだろう、とは思う。けれど空条さんをあのまま放っておくだなんて、そんなことは考えられなかった。

 

「後悔ないって顔だね。ふふ、イイ顔だ。躊躇いのないその姿は『敬意』さえ覚える。ならば、だから、ゆえに、ここで!倒れろグレモリーの戦車塔城小猫」

 

「倒されるにしても、ただでは転びませんよ」

 

「そこからどうするつもりだい?手も足も封じ込まれた『戦車』に何ができる……って、アレ?日本の文化を学んだ時に、こういったセリフは何かよからぬ流れを生じさせるとあった気が」

 

「そうですか。それは実に参考になる本かもしれませんね。『実に』参考になる本です。後で貸してほしいほどに」

 

「……おいおい。おいおいおいおいおい。知ってるぞ、そんな風に勿体ぶった言い方を知ってるぞ私は。それは『余裕』のあるやつの言うセリフだ。これから自分が勝つって知ってる奴のセリフだ。本で読んで知っているし、何よりも調子に乗ってる私の勘がヤバイって伝えてくるんだ。このままじゃ、また敗けるから何とかしろって叫んでる。また、だぞ!また!色々とここ数年でプライドとかバキバキにへし折られて、何かもう動くのも面倒になってきてるっていうのに!首に穴が開けられる!あぁ師匠、子供に負けたのは事実ですけど二度と負けませんのでその修行は止めて下さい?!」

 

ひくひくと口元を痙攣させながら、引きつった笑みを浮かべたカラワーナは先程までの気だるげが嘘のように饒舌に言葉を紡いでいく。色々と残念な事を暴露していた気もするが、そこは気にするべきではない。瞳の奥に灯っていた覚悟が再起不能の記憶(リタイアのトラウマ)によって消沈しかけているが、これは好機だ。

 

「――――ッそれか!そのポケットに何を入れている!」

 

「あっ」

 

思わずポケットに突っ込んだままの掌いっぱいを使って隠そうとしてみたが、小さな掌では隠しきれない紅の光がポケットから溢れ出してきている以上は時間の問題だっただろう。

 

カラワーナが腕を捻ると肘の拘束部分を背中側に思い切り引っ張られ、隠していたポケットティッシュが晒される。ティッシュ自体はどこにでもある、そんなありふれたものでしかない。しかし、広告部分は私たちの使い魔達が夜なべして仕込んだグレモリーの魔法陣が印刷された特注品。

 

「まさか()()って」

 

「お察しの通り。グレモリー印の契約ティッシュです。貴方、さっき言いましたよね。人間に技術を教わった他に、外から此方を探しているようだから決着は早くするようにって。だから、私は考えたんです。貴方の拘束から逃げる方法と、その上で応援を呼ぶ方法を。私すごく頑張りました。褒めて欲しいくらいです」

 

そうネタばらしをする間にも紅の輝きは増して行き、周囲を覆っていた結界が軋みを上げ始める。

 

「……ドーナシーク、ごめん。もう時間稼ぎはできそうにない」

 

謝罪する姿は見ている此方が居た堪れなくなるくらいに沈痛な表情ではあったが、空条さんが敗ける姿を見るのはもっと嫌だった。だから謝りたいけど、謝りません。せめてもの決意で覚悟です。

 

そう内心で呟きながら、ふと思うことがある。

 

もしかしたら空条さんにとっても、この行動は『悲しい』ことだったのかもしれない。そう思った。

 

片手で足りる程度しか話してくれなかったが、彼らの因縁は言葉から感じる重みから理解できた。生々しい感情が一言一言、単語の一つ一つに焼き付けられたような、そんな印象さえ受ける。

 

その決着に泥を塗ったのかもしれない。

 

その決着を守るために奮戦した彼女は、悲しげに表情を歪ませている。

 

あぁ、まったく。

 

「後で怒られる……だけで済めばいいのですけれど」

 

そんな私のつぶやきをかき消す様に、空から壊れた結界の欠片が音を立てて降ってくる。余程強固に作成されていたのだろう。落下中ですら形を残し、地面に落ちてようやく粒子となって溶けていった。どれだけこの結界のためにリソースを割り振っていたのだろうか。

 

降り落ちる欠片はキラキラと夕暮れどきの橙色の光を反射していた。そして、その陽の光すら煩わしいと言わんばかりの真紅の魔力と稲光を携えて、リアス・グレモリーと姫島朱乃は舞い降りた。

 

「悪いけど邪魔させてもらうわよ。此処は私の管理する土地で、その子はウチの眷属で、そっちの男の子は眷属に欲しいのよ。横から取っていくなんて許さないわ」

 

大胆に。不敵に。そう発言しながらも、溢れ出る消滅の魔力が彼女の内心を荒々しく伝える。

 

「だから、容赦なく行かせてもらうわよ。『覚悟』はいいかしら?」

 

「こんな手の込んだ結界まで使うなんてね。ふふ、それじゃあ私もリアスに習って言わせてもらうわ。『覚悟』はよろしいかしら?」

 

(キング)』リアス・グレモリー、並びに『女王(クイーン)』姫島朱乃、推参。

 

 




実は前半と後半で書いてた時期が違うから多少文体変わったかもしれないです。

というか、ジョジョ成分が少ないって?
……それに関しては申し訳ない。マジでどうやって入れれば良いのか分からなくなってる。こういうときは素数を数えて落ち着いてから、三部二期のOPに合わせてオラオラを歌おう。

オラァ!!
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