実にどうでもいいが、あの患者さんは突然意識が途絶えたということで緊急検査となった。
看護師の目の前で白目向いてブッ倒れてしまえばそうもなるだろう。他人事のようで悪いが、まあ他人事なので問題ないさ。と適当に自己弁護開始。
さて、件の現場にいた俺だが実に情けないことにあの後同じように倒れてしまった。外的要因ではなく、普通に疲労からくるもの疲れからだったのが、実に情けない限りだ。
そういうこともあって再び病室である。
ベッドに横たわったまま手のひらを宙にかざし思う。思うことで魂を震わせていくことで内側にある意識が目を覚ましていく。
此処に在る。在るのだ。俺は此処に居るのだ。
そんな叫びにも似た震えが胸の奥で木霊する。ドクドクと血流が血管を食い破ろうと脈打ち、骨が内側に現われたナニカの圧迫感によって軋みを上げる。ブルブルと意識せずに震えだす腕に苦笑しつつも、そのナニカを受け入れた。
この受け入れる感覚はなんとも言い難い。叫ぶソレを御するのではなく、在るのだと受け入れるのだと理解しているのだ。まるであの場所にいた全能感のようなものが、未だに残っていてどうすればいいのかが手に取るようにわかる。
ズルリ、とかざした右腕から脱皮するように黒い腕が出現する。この病室に戻ってから幾度か目の再現だが、出現させる努力から始まり、出現する部位の限定に続き今に至る。一応は幾つかわかったことがある。
まずこの黒い腕だが、ほぼ間違いなく謎の変質物体Xだ。おそらくは『理解』しているのもそれが原因だろう。というよりも、そこらへんの事情を否応なく『理解』させられている。
それとこの黒いモノだが、未だに名称を決めていない。名前を理解していないのか、アイツが思いつきで作ったから元々無かったのか。いやはや、二日も経ったが未だに何も分かっていないようなものだ。分かっていたのは『理解』していた部分だけなのだから。
「出てこい」
腕と同じようにズルリと体から抜ける影のようなソレは改めて見ると、ただの真っ黒な人影ではないのだと再認識させられた。
当初、これは自分と同じものだと思っていた。自分の延長線である存在。もう一人の自分が生まれた。……やはり常識からぶっ飛び過ぎて言葉にするには難しい。子供の体なのだから、もう少し柔軟に考えられないのだろうかとも思うのだが、記憶が脚を引っ張ってしまう。
それでも名前も無く、身長も無く、状況も分からないから、自分の記憶に従おうと決めたのだ。脚を引っ張る?上等である。苦労なんて誰だってするものだ。といよりもこんなことで悩むのは時間の無駄だ。無駄無駄、無駄は嫌いだ。
しかし自分の分身なら、自分と同じ姿とばかり思っていたのだが現われた存在は短的に言ってしまえば、推理漫画で出てくる黒い状態の犯人というのが実に近い回答だろうか。細身ながら筋肉質でパッと見で男性なのは分かるのだが、顔は瞳のある位置と額に丸い穴が空いて頭蓋の内側に白い球体が浮いているの見て取れた。
向かい合うように出現させた存在と視覚を共有すると、自分が見ている存在と自分の顔の両方が見える。お互いがお互いを見ているのだと理解している。まるで
こうして考えていると真面目にジョジョを思い出す。呼び方は確か
「
まぁ、
確か……彼の荒木先生は音楽のタイトルに倣っていたはずだ。第三部はタロットカードの大アルカナやエジプトの神からだったが、四部からは洋楽のタイトルからとなっていた。第三部のスター・プラチナは星の大アルカナ。第四部のクレイジー・ダイヤモンドはタイトルから。D4Cと称される第七部の大統領のスタンドですらタイトルがあるのだ。
ここまで語っておきながら残念なことに俺は洋楽に興味はない。ジャズだって聞いたことがあるのはごく一部だし、洋楽で知っているものは動画投稿サイトのMADに使われてる曲くらいなものだ。その中から良い名前など付けられるわけもない。なので名前は日本の楽曲から取ることにしたのだ。
そうして二日間できることを確かめながら、思いつく限りの名前を水嶋さんにもらったメモ帳に曲名を書き連ね続けてきた。思い返してみると実に虚しい二日間だが、やっている間は夢中になっていたのだから、中二病を疑う余地はない。
書き連ねた曲名を目で追いながら、いくつかにチェックを入れる作業を繰り返す。最終的に残った幾つかの候補を口に出して韻を確かめたり、再考したりを繰り返すことできめた。
「うん――――コイツにしよう」
Re:make
再び、創り出す。
生まれ変わって、生きていく自分に相応しい名前だと思う。この存在が『共にある存在』ならば、一緒に生きて欲しいという願いを込めて。
「よろしくRe:make」
言葉にしても返事がないことは分かっているが、これは一種の儀式ってやつだ。コイツが名前を名乗らない以上は、俺がコイツの名を名乗ってやらなければならないのだ。共にある以上、それは責務みたいなもんだろう。
ノックの音が聞こえ、反射的に言葉を返すと水嶋さんが入室してきた。いつもどおりの笑顔で俺と対面するRe:makeには目もくれないまま、こちらに手を振りながら近づいてくる。
「や、空条くん。元気?」
「はい、大丈夫ですよ」
ベッド横の椅子に座った彼女を俺とRe:makeの瞳が見据える。彼女が合わせたのは俺の目だけ。あぁ、やはりRe:makeの姿は見えていないのだ。気づいてはいたがやはり不憫でもある。
自分で付けた名を呼んでくれる人がいる俺と違って、コイツの名前は俺しか呼ぶ人がいないのだから。
一応、名乗る際は『空条譲治』と名乗ることにした。
空条というのは言わずもがな『空条承太郎』から。譲治というのは、正直言って適当である。とりあえずRe:makeをスタンドと定義したこともあって、自分自身のことはどうにかしてジョジョと名乗れるようにしようと思ったのだ。
ジョと名乗れるなら何でもよかったのだが、譲り治すという非常に綺麗な響きを選ばせてもらった。Re:makeとなるべく合わせようと考えたのだが、良い出来だろうと自画自賛してみる。
そういえば名前を決めてから驚く程に体が動かしやすくなった。
思うに最初の自分とスタンドとの区別が付けられてなかったのだろう。俺の体を動かすように、中に居るスタンドが動こうとする。腕がブレたのはその誤差から変に出てきてしまったからじゃないだろうか。まぁ、スタンドに関しては理解していても、事象に関しては完全に予想でしかない。
そんな訳で自分の事は『空条譲治』でスタンドは『Re:make』となった。……まぁ、それだけだ。それ以上のことは全く決まっていない。水嶋さんの診断結果では一応は記憶喪失とされたこともあって、病院内の一室を借りている。
曰く「お金のこともだけど、空条くんみたいな子を放っておくなんて保護者の方が見つかったら怒らないとね」だそうだ。悲しいことに名前は出来たが、身長がない俺には当然のようにお金も無かったわけで。
とりあえずお金を稼がなければならない。
とはいえお金を稼ぐ方法がない。
チビの身体が憎らしい。お金を稼ぐ手段が本当にないのだ。水嶋さんに聞いてみたが、この世界の常識は基本知識と殆ど相違なかった。つまりお金を稼ぐために働くことすらままならない。なんとかならないものか。と必死に考えるが、子供にできることなんて高が知れている。
名前はできたが、身長はないようなもの。状況はそこそこ理解したけれど、お金がまったくない。
「だから記憶に従おう」
運良くと言えるのか、運悪くと言えばいいのか。面倒くさがりで無駄が嫌いな自分ではあったが、性根が心底腐っている訳ではないようだった。ただ鮮烈な悪の多いジョジョのボスに憧れる程度には、外道ではあったようで――――
「行くぞ『Re:make』ッ!!」
ズルリと抜け落ちたそれは黒い人影。全身が黒く、目と額に穴が空いていてその中には白く輝く球体が見える。
「なんだお前!?」
「外道に語る言葉無し!」
目の前の男の視線は確実に自分に向いていて、背後に存在するRe:makeには目もくれない。まるで目に映っていないかのようだ。いや、事実見えていないのだろう。病院で何度も試したのだ。背後に出したまま軽く徘徊して周囲の反応を伺ったのだが、誰ひとりとしてコレに反応することはなかった。
そのことから見える人と見えない人がいるのだろう、と勝手に予測させてもらっている。ここで見えるのが俺だけと断言できないのは、俺が見えているものがほかの誰にも見えていないなんてことはないだろう、なんて少々自虐的な発想から。
今回の相手は間違いなく見えていない類だろう。なので多少なりだが気持ちに余裕を持って動ける。
相手の拳が届くことがなく、自分の拳も届かない位置で右拳を思いっきり振りかぶる。相手の表情に嘲笑ともとれる笑が浮かぶのが見えた瞬間に、自分の勝利を確信する。
踏み込み・引き絞り・放つ。
今この位置での3工程によって生み出される一撃は決して届くことはない。ただ、それは俺自身に限定された場合の話。スタンドはその限りではないのだ。なにしろ、コイツは自分から多少なら離れても行動できるし、圧倒的に俺よりもパワーがある。
ただ残念なことに、スタンドパワーってのは本人の素質に由来する。今のRe:makeの大きさは俺よりも一回りでかい程度。つまり、小学生の高学年程度ってことになる。それでも大の大人を昏倒させるくらいのパワーはあるわけだが、何分リーチが足りなくなるので危険を承知で接近しなければならなくなる。
だからこそ、幾つかの策を張る。
まず一つ目が相手からしてみれば意味不明の掛け声。
いきなり「行くぞ『Re:make』ッ!!」なんて妙な掛け声と共に小学生が突っ込んでくる。正直言って意味不明だ。驚かなくても、呆れるか警戒心を下げるかはするだろう。まぁ、あくまでこれは楽観的な予測に過ぎないのだが。
二つ目がRe:makeを出現させてからの反応。
ここが作戦の要となっている。Re:makeの姿を未だに認識した人はいない。つまりはスタンドによる一撃は確実に奇襲になるということ。『相手がスタンドを見えていない』のはイコールで『強襲』の中に『奇襲』を織り込むことができるのだ。
三つ目は早すぎる攻撃モーション。
子供が拳を振り上げながら走ってくる。それは視覚的には御し易いものに見えるはずだ。何しろ、右拳を振り上げて走ってきているのだ。当然、右拳による一撃がくるだろうと判断するだろうし、子供の足では対した速度もでない。ひどい話だがサッカーボールのように蹴り飛ばせばお仕舞いである。
簡単に纏めてしまえば、俺からしてみれば嘲笑しているコイツが反撃を行うよりも早く、Re:makeの一撃を叩き込むことができるということだ。
一撃で、決めるッ!
「――オラァッ!」
気合一喝。
迷いも無ければ躊躇も正義も無い一撃は深々と相手の鳩尾に飲み込まれた。
一瞬聞こえたうめき声を意図的に無視して拳を振り抜く。
ここで躊躇ってしまえばもしもが起きてしまう。もしも俺の正体がバレてしまえば水嶋さんに迷惑がかかるかもしれないのだ。恩を仇を返すのはどこかの過負荷だけで十分なのだ。恩には誠意を、恨みには報いを、罪には罰を返さなければならない。
俺は恩に誠意を。それこそ恨みを買ってでも。
恨みには報いが付き物だがソレが怖いので変装している。
罪には罰があるべきだが、それは相手も同じ条件だ。
まして、弱者から金を奪い取る者同士なのだ。どちらが上等か、どちらが下等かなど比べること自体がナンセンスだろう。
行いが悪?いいやNO!だ。
ならば正義?いいやNO!だ。
こんな獣じみた行為に人間性を当てはめること自体がナンセンス。考えるだけ無駄だ。無駄無駄。無駄なんだよ。決闘とは尊く、闘争とは激しく、戦争とは
Re:makeの一撃によって吹き飛ばされた男は慣性に従って後転を数回して止まった。自分が近づくよりも先にRe:makeを先行させて相手が気絶しているかを確認する。
「うん、上々」
間違いなく気絶していることを確認してからふぅと息を吐き出す。わかりやすくジーパンのポケットから覗いている財布を抜き出し小銭を残してお札を回収する。
「……二万七千円か。さっきカツアゲしてたのが確か二万だったな」
別の路地で涙を流していた少年の姿を思い出す。何をするつもりだったのだろうか。思いを馳せれば、カツアゲを拒もうとする強い決意を秘めた瞳が脳裏にチラついた。悪を許さない、ではなく状況に屈しない強い思いがそこにはあった。
だが、如何せん力がなかった。
それゆえに少年の二万円が自分の手の内にあるのだから。
「…………あぁ、あの鮮烈な悪に成れる日は遠い」
気絶した男を放置して路地裏から撤収する。僅かに覗くビルの間の空が馬鹿馬鹿しいほどに青くて、毎度のごとく醜態を晒す己を哂っているような気がした。
「何かがおかしい」
彼女――水嶋柊は封筒を手に静かにつぶやいた。
最近になってこの病院では不思議な事件が立て続けに起こっていた。
ドアが一人でに開いたとか誰もいないはずなのに頬をつつかれたとか、例を挙げればキリがないのだがその中でも最たる悩みがこの封筒だった。
一週間に一度決まって切手無しで郵便受けに入れられている封筒には『脚長おじさん』の記名のみ。それ以外には何も書かれていない真っ白な封筒の中には千円札・五千円札・一万円札がバラバラに入っており、合計金額にして五万円に届くか届かないかの金額が送られてくる。
あまりに不気味なお金だ。そのため善意や幸運であると割り切らず、紛失物のような扱いとして病院内の金庫に保管してあるのだがこの封筒が届くようになって早二ヶ月。既に金額もバカにできないものになりつつある。
配達人に聞いてみたり、防犯カメラで確認してみたりもしているのだが誰がというのは未だに掴めていない。
それと最近は強盗が多発している。
鳩尾か顔面に一撃。たったそれだけで相手を昏倒させ、財布の中身を奪い取っていくのだという。病院内では封筒のお金と強盗によって奪われた金額は同じものではないかと噂されている。
だが、それにしては解せないことがある。
この強盗が狙う相手は水嶋からして見れば大半が真っ当――普通の学生として過ごしているわけではなく、アウトローに片足突っ込んだような相手ばかりなのである。未成年ではあるがピアスやたばこは当たり前。路地裏で倒れていた別の少年と同室になった際に、相手の少年にカツアゲされたのだと訴えられていたこともあった。
強盗イコール脚長おじさん。
これはおそらく間違いないだろう。だが、カツアゲしていた人物を重点的に狙うような人が回収した金銭を病院に送るのか?その疑問だけが燻ったまま胸の内に残る。いや、それは正確ではない。さらにもう一つだけどうしようもない疑問が残っている。
この強盗に襲われた人物たちは多くの場合は何故か口を閉ざし、相手の姿や特徴を決して語ろうとはしなかった。それこそ不気味なほどに皆が皆だ。だが、この病院内である少年が言った一言がおそらくその答えなのだろう。
曰く「あんな子供に負けるなんていい気味だ!」である。
子供。大の大人と比べれば劣るかもしれないが、それでも十分に喧嘩慣れしている男を一撃で昏倒させた相手が子供だというのだ。それこそ馬鹿げている話なのだが、顔を真っ赤にして少年に殴りかかったという話も聞いている。……信じられないけれど子供なのだろうか。
子供と言えば彼のことも気になる。彼、空条譲治と名乗った少年だ。
彼は救急搬送によってこの病院にやってきた。年齢は不明だが、小学校低学年から中学年程度。クールというかなんというか、独特の雰囲気を纏っている子で医師や看護師の評判は高いとは言えない。
良くも悪くもあの子は可愛げがないのだ。子供ならばどうしても嫌がる事柄をまるで恐れないし、説明の必要もなく検査を理解していたりもする。時折ではあるが、外見と精神がまるで別のもののような印象を受けるのだと仲間内では不評なのだ。まぁ、私だってたぶん最初のチョコレートの件がなければ苦手になっていた気がする。
空条譲治には謎が多すぎる。名前を初めて聞いたときは何か悩む風があったため、後で聞いてみたところ思い出していたと言われたときどれだけ驚いたことか。
名前を思いだし、年齢を思い出せず、家族を知らず、倒れていた原因さえも知らなかった。
一体全体こんな幼い子供に何があったというのか。警察に調べてもらったが空条譲治という名前の人物の戸籍は存在しないとの返答をもらったし、救急搬送されて来た時はあの子は首を自分で絞めながら何かを必死に吐き出そうとしていたという。こちらに着いた時には落ち着いていたが、何かを飲み込んでいた可能性は高いだろう。
問題は誰が、だ。
親、だろうか。それは思いつく限りでは最も説得力があり、一番信じたくない可能性だった。
「そういえば、あの子がきた頃からだったっけ」
あの子がきた頃から強盗が現れ始めた。嫌な偶然だ。
「あれ、そういえば怪奇現象もその頃からだったっけ?」
ふと気づいた。
最近現れた怪奇現象も、強盗の事件が多発しているのも、脚長おじさんから金銭が送られてくるのも――あの子が来てからではないか?
幾つかのピースが脳裏に浮かぶ。そしてソレを結びつける糸は真実とも知れぬ結論へと終結していく。気づかなければよかったというのに。
怪奇現象。もしもそれをあの子が起こせたとしたら?
強盗。一撃で倒すような事ができるのかもしれない。
脚長おじさん。そしてソレを自分の滞在費の様に送ってきているとしたら?
荒唐無稽でありながら、考え始めてしまうと止まらない思考を頭を振って霧散させる。そうでもしなければ、あの子を、空条譲治を普通の子として見てあげられなくなりそうで。
「水嶋さーん」
ナースセンターに快活な声が響く。
声の方へと向けばそこにはショートカットの女性。やや低めの背丈、髪の色はやや茶系に近いが染めている訳ではないらしい。病院なので当然メイクは薄いが、血色がいいのだろう。桜色の唇も頬も非常に可愛らしく見える。
彼女は
「どうしたんですか?」
「なんかいんちょーが呼んでましたよ?たぶん譲治くんのことじゃないかな」
ん、なるほど。
いんちょー――院長が自分を呼んだのならばあの子のことだとしても不思議ではない。前々から病院に居させるには問題があるのでは、と苦言を頂いていたのだから。
問題があるのは分かっているのだが、どうも放っておけないということを訴えてしばらく置いてもらっていたのだが……どうも限界が近いようである。警察のほうでは身元の確認を、それと弁護士を呼んでこういった子供の対応を聞いたりなど、いろいろと時間が必要ということもあってのことだったのだから、当然でもあった。
「どうなるんですかねー」
「さぁ、こういった境遇の子なんてテレビでも出ないから流石にわからないね」
「ですよねー。でも譲治くんは悪い子じゃないんで、きっと大丈夫ですって」
にへらと力なく笑いながら小夏はポケットから封筒を取り出した。
「それとまた届いてましたよ例のやつ。ちなみに今回の額はなんと七千円!」
「そんな力強く言う事でもないでしょうに……というか、確かに普段に比べれば少ないかもしれないけれど、前もそれくらいの額はあったでしょ」
「まーそうなんですけどねー。でも実はこの七千円ってのが今回のポイントなんですよ」
どういうことだろう?
「実は情けない不良もいたもので、どうやら『子供に一発でノされた』挙句に財布から『二万円七千円』を奪われたって警察に被害申告があったらしいですよ」
「……確かにそれは驚くべき情報かも知れないけれど、警察への被害申告なんてよく知ってたね?」
「譲治くんのことで少しお話があったの行ってきたのです」
同性から見てもやや控えめな胸を張る彼女に苦笑を漏らしながらも、なるほどと胸中で得心がいった。
彼女は何故か空条譲治を非常によく見ている。他の医師が苦手とするなかで、彼女は好ましいのだと全面に押し出して接するため何度か困惑しているあの子を見ている。何が気に入ったのかと問えば「なんでしょうね?シンパシー?」と疑問符付きで返ってきてからは、そういうものだと割り切った。
「それでそれがどうしたの?被害の金額は『二万七千円』で『七千円』じゃなかったんでしょ」
「そう!そこなんですよ!この差額『二万円』なんですけど、別に強盗さんが奪ったというなら信じられるじゃないですか」
「まぁ、そうね」
不良から二万七千円を奪い、二万円を懐に、七千円を脚長おじさんとして送ってきた。別に違和感はない。
「でも実はその日にあった被害届は二件あったんです。一つがさっきも言った不良の件。もう一つが『不良』にカツアゲされて『二万円』を奪われたという被害届でした」
思わずどういうことだと聞き返してしまった。突飛な発想かもしれないが、今ここにあるのは――
「詳しい話を聞いてみると被害にあった少年は二万円を不良に奪われるさいに非常に抵抗したそうです。でも、結局は奪われてしまい泣き寝入りするよりも、と考えて警察に行こうと考えたらしいですよ。泣き寝入りとか考えないあたり、結構格好いいですよねー」
「そういう私見はいいから、続きは」
「せっかちさんめ……ま、いいです。少年は結局二万円を奪われた後、すぐに警察に行こうとしたんですけど思った以上に殴られたりしたこともあってすぐには動けなかったそうです。仕方ないのでその場でじっと休むことにしたのですが、何時の間にか眠っちゃったらしくて」
「まぁ、仕方ないかもね」
殴られすぎて動けなかった。それは正直言って過剰な暴力に身を晒したということだろう。看護師としては正直言って不良の方には正座させて、小一時間ほど説教したいところだ。打ちどころが悪ければ一生ものの後遺症だってあるのだから。
「ですね。動けないくらいに殴られてたってことは、それだけ体力も削られてます。それにお金を取られたっていうのは精神的にもきますから……正直言って、少年が可哀想です。でもここまでなら、普通に可哀想な話で終わるんですけどぉ!けどぉ!なんとこのあとが面白いんですよ」
「はいはい、何があったの?」
「何とですね、少年が目を覚ますと脚長おじさんの名前が書いてある封筒が落ちてたらしいんですよ」
「へ!?」
「ですよね!そういう反応になりますよね!」
私もです!と胸の前で手を合わせながら先ほどの力のないにへらとした笑みではなく、向日葵のような笑みを浮かべる。
「しかもですね!その封筒の中には『二万円』入ってたそうです」
「ちょっと待って。それってもしかして」
「はい。おそらくは少年が奪われたという二万円です。そして今ここにある七千円が」
「――もともと不良のものだった、ということかしら」
「はい、たぶんですけどね。でもこれでハッキリしたと思いません?最近有名な強盗はイコールで脚長おじさんですよ」
そして、と彼女が続ける。その先の言葉はわかっていた。
「脚長おじさんはかなり高い確率で『子供』です!」
自分の推理を披露した彼女は実に満足気である。しかし、なぜだろうか。幾つかの謎が解けたにもかかわらず、正体が不明ななままの脚長おじさんには空条譲治の影がチラついていた。