誰にでも、誰にだって成し遂げないといけないことがあると思っていた。
何時の間にかそんな気持ちも失せていたけれど、幻想を抱くたびに思い出していたあたりどうしようもなく憧れていたのだろう。ルールに沿って動くけれど、胸の内では何かが暴れていてどうしようもないもどかしさを抱いたまま殻にこもっていた。
正義の味方になりたかった。
邪悪な英雄になりたかった。
バカみたいだけど、そういった二元論の突き詰めこそが夢だったのだ。誰かの為に走りたいし、自分の為に蹴り落としたい。誰かの為に身を盾にしたいし、自分の為に誰かを犠牲にしたい。誰のために。我のために。そんな助かりようのない願望を仕舞いこんでいたのだ。
あぁ、本当に救いようがないな○○。
そんな有様だから英雄に憧れるのだ。震えるほどの黄金の魂が仕舞いこんだ扉の鍵をこじ開けてしまった。許しを求めない漆黒の意思は型のない願望に色を与えてしまった。
ジョジョの奇妙な冒険は確かに好きだったが、それ以上にどうしようもなくもどかしい胸の内を抉る作品でもあった。けれど、そんなシャボン玉のように儚くも人間らしく毒々しい思いを堀返す度に幸福を感じてもいたのだ。
「……俺の家族が見つかった?」
「えぇ、空条
院長に呼ばれたから何かと思ったけど、と苦笑しつつも此方を祝福してくれている水嶋さんには悪いがこちらとしてはしばらく一人になる時間を所望したいところだ。今更、とは言っても二ヶ月経過してから現われた『家族』の存在にどうしようもなく動揺してしまっている。
自分には以前からの記憶があったため、まるで疑問に思わなかったがよくよく考えてみれば人間が自然発生するはずもない。つまり俺にだって『父』と『母』が存在するということに今の今まで全く考えもしなかった。故に名乗った『空条』と『譲治』の呼称がまさか実父実母と完全に一致するとは何たる偶然か――――って感動するわけがないだろう!
大前提が可笑しいのだ。空条の姓は『空条承太郎』から勝手に拝命したものだし、譲治という名は『ジョジョ』と名乗るために作ったものだ。こんな風に完全に一致した誰かが現れて家族を名乗れるわけがない。今の俺の名前だとしても、この名を付けたのは俺でその意味も所以も俺しか知る由のないものなのだから。
空条譲治ことジョジョと名乗っているのは『俺』だけだ。『記憶』を持った俺だけのはずなのだ。
「突然のことで驚いてる?」
「ま……まぁ、そうですね」
「そうよね……でもね、譲治くんには悪いんだけど、空条さん達の都合で明日一度病院に来て貴方の顔を確認したいそうなのよ」
明日!?寝耳に水の話だというのに、さらに追い討ちをかけてくるか!ヤバイ。何がって訳じゃねーが、絶対に何かがヤバイ。
「だから明日は一度会ってもらうことになっちゃうんだけど……急な話でごめんね」
「……」
何が可笑しいかも分かっているが、説明するわけにもいかない。今まで名乗ってきた名前そのものが嘘だと言ってしまえば、本当の名前は何かと聞かれてしまう。また名前を考えればいいのかもしれない。が、それだけは駄目だ。俺はここで『空条譲治』として生きることを決めているのだ。自ら名づけたRe:makeに準えた命名を変えることは、それこそ自分の存在をあやふやにする行為だ。それだけは断じて許せない。
「一応空条さん達には譲治くんが記憶の一部を忘れてしまっているということは伝えておいたから、心配することなんて何もないわよ」
明らかにこちらを気遣い笑う水嶋さんに引きつった笑みを返しつつ、幾つかのプランを練っては破棄を繰り返す。プランと言っても立ち向かうか逃げるかの二択の詳細を突き詰めるだけだけれど。
別に立ち向かう事に恐怖はないのだ。あるのは不信と疑惑のみ。だが、明らかに怪しい相手に対して真正面から立ち向かうのは頭の足りてない馬鹿のやることだ。ならば逃げるかというとそれも躊躇ってしまう。ジョースター家の奥義とも言える戦略的撤退。これは『勝つために』逃げるのであって敗走とはまるで違うのだが、今回の場合は勝利条件すら曖昧なままだ。ただの敗走になりかねない。
闘争は忌むべきものだが、敗走は恥ずべきものだ。
……財力もなくカツアゲしてる俺が今更恥じるようなものでもないか。そう考えれば気も楽なものである。いざとなればRe:makeを使ってでも全力で対処すればいいわけだし。
「それは流石に安直すぎるか」
「何か言った?」
「いえ、なんてーか、その、あんまりにもあんまりに突然だったんでどうしたらいいのやら」
「ま、まぁそうよね。でも
「……警察の方にはもう会ってるんですか、その……俺の両親は」
「そうね、一応病院に連絡があった時点で警察の方とは連絡を取り合ってあるけど、それがどうかしたの?」
「……そうですか」
「どうかしたの?」
「何でもありませんよ」
そんな風に言葉を濁すしかない。
スタンドの――Re:makeの聴力は伊達ではなかったのだ。俺の戸籍が見つからなかったことも、警察のほうでも困惑しているということも、そのせいで弁護士の方との話し合いがあったことも聞いていたのだから。だから、今の水嶋さんの話ではどう考えても可笑しいのだ。
俺に両親がいるのが『当たり前』で、警察の方でも『それが当然』で、弁護士との話し合いが『無かった』ことになっているようではないか。
それをどういうことかと聞くことは出来ないが、それでも可笑しいのは自覚出来る。どういうことかは不明だが、直感から言わせてもらえば俺のようなスタンド使いがいるのかもしれない。それこそ『スタンド使いは惹かれあう』のだ。病院のような比較的多数が集結しやすい場所に長々と居て、周囲の人にRe:makeが見えるかどうかの確認の為に常時見せびらかせていたこともある。
ピリピリと背筋に電流が走る。
本物か偽物か、それすらも分からないが一つだけ確かなことがある。
「明日、でしたっけ」
「そうね、明日」
「わかりました明日」
――今の生き方に、この相手は絶対に要らないということだ。
スタンドを評価するにあたっての項目は六つ。破壊力・スピード・射程距離・持続力・精密動作性・成長性の六つだ。そして評価内容はAからEまでで表されAから超スゴイ・スゴイ・人間と同じ・ニガテ・超ニガテとなっている。……いや、この辺りの記憶は非常に曖昧なのだが、スタンドすげーってなっていた自分が評価表みて超スゴイってどれくらいなんだろう?とか考えていたのは記憶に残っているのでたぶん間違いない。
この評価表に俺のスタンドであるRe:makeを今のところの感覚で当てはめると破壊力とスピードはC判定だろう。何しろ全力で振り抜いた拳が不良を気絶させる程度なのだから。Cの人間と同じでほぼ間違いない。射程距離はCだろうか。スタープラチナなんかの近接パワー型が2m程度だったはず。それよりも離れはするのでまぁCが妥当だろうか。
……そう考えるとパワー・スピード・射程距離がCというのは中々に残念な仕様である。近接よりも少し離れられて、近接よりもずっとパワーがない。
だが、持続力には自信がある。何しろ誰にも見えないのではという確認作業を行っていた際には、ほぼ一日中表に出していたこともあるのだ。馬鹿みたいに腕だけ背中から増やしてみたり、全身を覆うように出現させてみたり……食事の際にあれほど苦労することになるとは思わなかったが。精密動作性と成長性に関してはよくわかっていない。精密動作は写真のように絵が描けたわけでもないころからもAは無いだろうし、成長性なんてものは成長しなければ分からない。駄目だとしてもソレは成長しなかった俺に責任があるだろう。
頭の中で自分のスタンドに対しての考察を適当に纏めながら自分に出来ることを確認しながら、前を歩く水嶋さんの後を遅れないように必死についていく。病室に呼びに来た時から気づいてはいたのだが、どうも彼女は緊張しているようで明らかに歩幅を此方に合わせる気がない。無駄に疲れるので嫌なのだが、緊張するのも仕方ないと思うのであまり言及はしないでおく。
歩きながら幾つかの質問をしてみると、どうやら向かっている先は会議室の一つだという。小さめの会議室の一つを使っても良いと院長が貸出してくれたというのだ。病室ではダメだったのか、とも思ったのだが此方の事情が事情なのであまり表沙汰にしたくなかったのだろうか。別に俺は構わないのだが、病院としても両親にしても対面というものを気にしている。
実は予定されていたよりも早い時間に両親は来てしまったらしく、少々予定を早めての『話合い』になった。そういう予定外も含めて彼女は緊張しているのだろう。実際、どんな話をするのかは水嶋さんも知らないようだし。
「まぁ、両親かも怪しいものだが」
ぼそり、と呟いて自分の中の感覚を研ぎ澄ませていく。ざわざわと内側に在るRe:makeが震えだす。俺の憤りに応じてRe:makeが内側から吹き出しそうになるのを、拳を握り締め必死に堪えつつ左目にだけRe:makeを重ねる様にして出現させる。おそらく鏡を見れば左目だけが薄白く発光してる様に見えるかもしれないが、別に普通の人には見えないのだから問題ない。
少しでもスタンドの出現が発見されにくいように極一部に限定した出現。これは相手がスタンド使いということを思いついた時点で考えていたことだ。Re:makeに特殊な能力があるのかは不明だが、スタンドには何かしらの特殊な能力がある。物体の硬度や大きさを操ったり、水や砂などの特定の物体を操作する能力もある。主人公に至っては『時』という概念すら操作するのだ。
故にスタンド同士の戦闘においては先手必勝が基本ルールとなる。何しろ触れられたら一発で爆弾にされて終了なんて場合すらあるのがスタンドバトルだ。注意するに越したことはなく、警戒するだけではとても足りない。だが、最初からスタンドを表しておくのは愚の骨頂。殺る気マンマンなとこを見せてプラスに転じる可能性を信じるなんて、無駄を通り越して呆れすぎて抱きしめたくなる。
Re:makeに能力があるのかは未だ不明で、パワーは人間と同じ程度。相手の出方にもよるが、非常に不味い状態であるということだけは昨日から考えていて変わらなかった結論だ。ならばそれでどうにかするしかない。
「着いたわよ、準備はいい?」
「水嶋さんこそ」
どう見ても俺よりも緊張している彼女に苦笑しつつ、Re:makeが体の内側に抑え込めているかをそれとなく確認して大丈夫だと告げる。ノックの音が二度響き、扉の中からどうぞと短い答えが返ってくるのを確認してから水嶋さんは扉を開けた。
会議室というだけあってそこそこ広く、U字形に長机と椅子が並べられているだけだが病室とは違った空気が流れている。病室の空気はやはりどこかしら消毒の匂いがするが、この会議室には少々の誇りっぽさとあまり人が使わないのだろう独特の濁った重みのようなものを感じられた。
右手には壮年の男性と女性。二人共髪も目も黒いが、どことなく西洋系の顔立ちなのが違和感がある。こちらを見て驚愕からか女性は口元を抑え、男性はそんな彼女の肩を抱いた。正面には白衣を来たやや年老いた男性。この距離では分かりづらいが、左目にだけ出現させたスタンドの視力は俺とは比較にならず、まるで望遠鏡のように胸元に着けられたネームプレートに院長と書かれているのを読み取った。
「すまないね、ちょっとばかり早くなってしまって。譲治くんに早くご両親が会いたいというものだから」
扉の内側から聞こえた声――院長が穏やかな口調でそう言う。
「いえ、大丈夫ですよ。譲治くんはとても良い子ですから、こんな急なことにも文句言わずに着いてきてくれました」
対して水嶋さんはやや皮肉込みでその言葉に返した。俺の知っている彼女は基本的に穏やかな気質で、患者さんが理不尽な行動をとっても笑った流すような人だったので少なからず驚かされた。
「ははは、それは手厳しい」
穏やかに流しつつも、薄く開かれた瞳には余計なことを言うなとばかりにキツく彼女を睨みつけている。どうも見た目通りではなさそうということは、こんな俺でも一発でわかるのだがそんなことよりもこちらを見たままたいして動かない両親の方が気になる。もう少し正確に言うと『目だけが此方を見たまま』なのだ。お互いがお互いを慰めるような動作をしながらも、俺を見たまま視線をずらそうとしない。
判決、黒。理由は第一印象で決まりました。
理論も何もないことだが、こいつらは確実にアウトだ。別にゲロ以下の匂いがプンプンするわけでも、汗をかきかたや味でわかるわけでもない。だが、アウトだ。『
水嶋さんが歩き始めたのに続き席へと進む。院長に近い側に水嶋さんが座り、俺がその隣に座る。すると当然、正面には両親がいることになる。
「さて、いろいろとありましたが、ようやく親子の対面となりました。いや本当によかったよかった。譲治くんが緊急搬送されてきたときには、まさかこんなにも長いあいだ両親が見つからないとは思いませんでしたからね。まぁ、見つかったのですからこれで一安心というものです」
「えぇ、すいませんでした。少々目を離した隙にデパートから居なくなってしまっていて。その時は迷子アナウンスで直ぐに見つかるものとばかり思っていたのですが、まさか病院に運ばれているなんて思いませんでした。警察の方に連絡してもまともにとりあってもらえず……どうも酷い方に当たっていたようで、何度目かの訴えのときにようやくまともな警察官に出会えまして」
「本当に、本当にありがとうございます!何度も警察の方には訴えたのに取り合ってもらえなくって、最近では『正体不明の強盗』の噂まで立っていたのでもしかしたらと思うと夜も眠れなかったんです!」
院長が和やかに話し始め、続いて父と母が思い思いの言葉を吐き出す。そこに『弁護士』という言葉が挟まることはない。奇妙だ。実に。そして確信でもあった。
「それと、言いづらいのですがお子さんは少々記憶に混乱が見えまして、名前以外のことを忘れてしまっているようなんです。時間とともに治るケースが多いのですが、なるべくは元々の記憶に関連する場所にいた方がいいと思いまして」
「えぇ、もちろん引き取らせていただきます。今までの治療費も含めてしっかりとお返しします!記憶の無い子供というだけでも大変だったでしょうに……本当に院長先生には頭が上がりません!」
「本当に!本当にありがとうございます!記憶を失っているとはいえど、息子がこんなにも元気でいてくれたことが本当に幸いで……うぅっ」
泣き出す母を無言で抱きしめる父。それを見て笑を深める院長と訝しげな水嶋さん。それぞれの表情を見て、幾つか考えて、結論は――――もう考えるの面倒くせぇ、だった。
何しろ俺の中ではもう決まっているのだ。結果を論じるまでもなく、こいつらは黒だ。ならばそこまでの過程を用意してやればいい。それだけだ。それ以外は無駄。無駄は嫌いだ。
「あの……お願いがあります」
不思議と自分の声が響く。内側でマグマの様に熱く狂うRe:makeを押さえ込みながらも笑を作り、『俺の名前』を利用したカマかけを行う。一世一代と呼ぶには実にショボくれたチープな芝居だ。何しろ相手に配れられた札はブタで、こっち札は最初からロイヤルストレートフラッシュ。負けはない。それこそ『記憶』でも弄らない限りは。
「俺のことをいつもどおりに呼んでみて。そうすれば何か思い出すかも」
そう告げると面食らったように両親は顔を見合わせてからこちらに笑顔を向ける。
「譲治」
「じょーくん」
そんな風に躊躇いもなく呼んだ名前。それが貴方たちの息子の名前だとでも言いたいのか?あぁ、それはダウトだ。絶対に嘘だ。それこそありえるはずがない。だってその名前は『俺が物語に憧れて付けた
「ありがとうございます。これではっきりしました」
訝しげにこちらを皆が見る。すぅっと一息吸い込んでから押さえ込んでいた怒気全てを隠すことなく叩きつける。
「アンタ達は俺の両親じゃない!!」
「なっ!?」
驚いた声を出したのは誰だったか。まぁ、そんなことはどうでもいい。
「な、なにを言うんだ譲治!」
「俺をその名前で呼ぶな!俺の名前は空条譲治!それは間違いないが、俺の両親は俺のことをジョジョって呼んでくれてたんだよ!残っていた少ない記憶だ、馬鹿にすることは許さない!」
実に馬鹿らしいゲーム展開。
ダウト。ダウト。ダウト。嘘ばかりで塗り固めた必殺のロイヤルストレートフラッシュ。誰も知らないのだ。俺の名前の由来も。ジョジョと読めるように付けたこの意味も。そして今の発言が本物かどうかも誰も知らない。故に確認の術がない言った者勝ちの
明らかに動揺した両親を語った何かに院長と水嶋さんが事情を求めるように視線を向ける。
「な、何を言ってるんだ譲治。その呼び方は嫌いだって言ってたじゃないか!忘れてるのはお前だろうに、そんな言い方母さんに失礼だろう!」
「ならどうして俺はジョジョって呼ばれてたのか答えられるのかよ!」
「そ、それは……」
「言えねぇのよ。言えねぇんだな!空条の
言葉を失う両親を語った誰かに対し、院長が言葉をかけようとするも――
「あー、もう面倒よ。面倒。泣き真似なんてことまでしたのに、こんな結果なんて恥ずかしくってやってらんないわ」
母を語った女の方が椅子にだらりと腰を落としたことで言葉を飲み込むざるを得なかった。
「だいたいさぁ、ドーナシークの方が記憶の改竄をちゃんとやっておけばもっと容易く運び出せたのよ?そこの男にはバカみたいにしっかりかかってたくせに、肝心の子供の方にはこれっぽっちもかかってないじゃない。どうしてくれんのよ、これ」
「……むぅ、まさかこんなことになるとは。面倒ではあるが違和感なく捉えられる良い方法だと思っていたのだが」
「はぁ……ま、こうなったら仕方ないわ。ちゃっちゃと終わらせましょ――堕天使らしく、ちょっとばかり悪気取っちゃてさ」
寸劇のような言葉の応酬は女の背後から黒い翼が生えたことで終わりを告げた。一対の黒い翼はまるで今からおきるであろう不吉の色をそのまま塗りたくったようで、ゾワリと背筋に氷柱を差し込まれたような悪寒を覚える。
「ふむ、仕方あるまい」
男の方からも黒い翼が生えたかと思えば、静かに立ち上がる。いや、飛び上がっていた。狭い室内で良くもやるものだと思いながらも、スタンドではない何かに対して警戒のランクを上げる。というよりも水嶋さんの話しだとあまりこの世界は自分の『記憶』との差異はなかったはずなんだが、どういうことだよ最近すごいぞ色々と。
「力尽くになるが許せよ少年」
上から目線は否めないがどうも女の方よりもこっちの男のほうがまだ話は通じそうだ。
「力尽く云々はどうでもいい。ただ聞きたいことがある」
「……答えるとでも?」
「一つでいい。俺の記憶と周囲の人たちの記憶に齟齬があるんだ。やったのはアンタ等か」
「だとしたら?」
だとしたら?どうするというのか。
答えはシンプルだ。無駄なんてない。
背筋差し込まれた氷柱を溶かすほどの激情。押さえ込まれていたRe:makeが開放される歓喜に震え、呼応するように魂が燃え上がる。この感情に濁りはない。濁らない故の赤。灼熱の怒りの炎。恐怖すら飲み干す憤怒。勇気よりもこれはむしろ――漆黒の意思に似ていた。
「テメーは俺を怒らせた!」
恩には誠意を、恨みには報いを、罪には罰を返さなければならない。だが、そういったルールを吹っ飛ばしてでも激情に身を任せなければならない。俺にとって『記憶』だけは譲れないのだ。名前も無かった、身長も無かった、状況も分からなかった。だからこそ、唯一信じられたのが自分の記憶だったのだ。『記憶』とは『絶望』を凌駕する。『安心』とは『記憶』あってこそゆえに。
「来いッ!Re:make!!」
背後に出現した全身が真っ黒な細身の男性らしき影。目と額に丸い穴があり、その内側には輝く白い球体が浮かぶ俺のスタンド。もう一人の俺。
人差し指を立ててから手のひらを上にして女が上から見下しながら指差す。まるでキセルを持つような手の形だ、とどうでもいい思考を持ちながら相手の目の前までRe:makeが移動する。右拳を握り締め、筋肉が悲鳴を上げるほどに全身を捻るその一撃はラッシュではなく、渾身のストレート。
「なーに叫んでんのよ。まったく無駄なことは私嫌いなのよね、だから無駄なことばっかりするガキも嫌いなのよ」
「奇遇だな、俺も無駄は嫌いなんだ」
まったく信じられない。ここまで露骨に拳を振るおうとするRe:makeに対して『やはり見えていない』らしく、こちらを見たまま口を開く。その調子で喋ってくれ。口が開いているときが狙い目なんだから。
「まったく、嫌な――」
開いた口に渾身の右ストレートを叩き込む。いや、
「ごぼぉっ!?」
「ど、どうした」
相方の唐突の呻き声にドーナシークと呼ばれた男が振り向いたが、そこには何も『見えない』のに空に手を振って藻掻く姿がある。困惑するドーナシークだが、その前のセリフから何があったかは分からずとも何かを俺がしたのだと察したらしい。
「何をした貴様ッ!」
右手に青白い槍を出現させたドーナシークを軽く睨みながらも、もう少しばかり時間がかかるので時間を稼ぐためにネタばらしでもしよう。
「『何を』?だと。簡単な話だ、ただただ俺と同じ目にあってもらっているだけだ。よく見てみるといい、そいつの口周り」
槍を構えたまま油断なく、こちらを見ている視線を少し横にずらす。
「ごぼっ、げぼぉ!」
藻掻く女の口元。よく見るとまるで手形のようなものが浮かんでは消えてを繰り返し、喉が何かを嚥下するかのようにゴボゴボと動いている。明らかな異常。『見えないなら』たぶんこんな感じだろう。実際は俺と同じように幾本もの
元々は
「脳漿をぶちまけるのと、全身を貫かれるの……どちらがいい」
ほぼ全身が内部に入り込んだ時点で一人は殺った。ついでに中から『理解』すべく蠢いているRe:makeが幾つかの情報を伝えてくるが、正直信じられないようなことばかりだ。圧倒的に人間よりも耐久力が高く、妙なエネルギーが全身を廻っているのが分かる。ただ、Re:makeのようなスタンドパワーとは全く違う。太陽の光に似た波動。……スタンド見えないくせに波紋でも扱えるのか、コイツ。
「おっと、動くなよドーナシーク。俺は今話してるんだ。話してる相手の言葉は聞くべきだろう。何をどうやって『記憶』を弄ったのかは知らないが、それは許されないことだってことはわかるか?許されるか否か、ならば否だ。許されるはずもない。ましてや人間が積み上げてきた『記憶』を踏みにじるのを絶対に俺は許さない。堕天使という存在が普通じゃないのは水嶋さんや院長の反応を見れば分かる。お前のソレは被害者にも法律にも見えねぇし、わからねぇだろう」
……水嶋さんや院長がビビってるのはたぶん俺の所為でもあるんだろう。ここにはもういられないだろう。だが、そこらへんの事情を差し引いても俺は動かなくてはならない。
「どうして俺が覚えてるのかもわからねぇが、ただ一つ言える。『記憶』を侮辱することだけは決して許さない。だが、貴様らを裁く法がない……だから、俺が裁く!」
女の喉と腹を食い破ってRe:makeが再び俺の前に立つ。それだけで負ける気がしない。堕天使のスペックが全て同一だとは限らないが、堕天使は人間よりも耐久力があり、波紋と思われるエネルギーを扱えるだけだと判断した。なんてことはない、ジョジョの主人公なんてだいたいそんなものだろう。人間よりも強いかもしれないが、殺せないわけじゃない。
「裁く、だと。人間風情が偉そうな口を!」
「堕天使がどういった存在なのかは知らねぇが、ちょっとばかし人間よりも丈夫なくらいで調子に乗るなよ」
堕天使がいるんだ。もしかしら天国も地獄もこの世界にはあるのかもしれない。だが、
「こちとら世界の繋ぎ目見てきてるんだ。『死』に対しての『覚悟』が違う!」
ドーナシーク。お前はここで潰す。少なくとも他人の『記憶』を弄ることがトラウマになるくらいに。