……誰だコイツ。
戦闘の火蓋はすでに切って落とされている。首と腹を食い破った堕天使の方は地面に落ちて痙攣しているが、不思議と死ぬ気配はないのが気になるところだ。感じ取ったあのエネルギーが波紋と同じならば、治癒に近いことが出来ても不思議ではない。
波紋。吸血鬼のような存在に対処するための技術。スタンドの才能に追いつくための技術らしいが、ある意味ではスタンド以上に厄介な代物でもあるのだ。痛みの軽減、水面の疾走、壁に吸い付く、液体を鋭利な刃物として飛ばす。一芸特化のスタンド。汎用性の波紋。俺の中ではそんなイメージがあるのだが、まぁ間違いではないだろう。
問題としては呼吸が整っていなければ使えず、手足のような末端からではないと利用できないということか。波紋は呼吸によって生まれ、その力をホースの様に放出することで利用する。そのため呼吸が乱れるような状況では波紋が練れず、手足のような末端からでなければ出力が弱く使い物にならないことか。
ドーナシークはまるでスタンドの様に槍を生み出す。一本のみという制約でもあるのか知らないが、両手に出現させることは今のところない。そして波紋のエネルギーは金属をも伝うが、液体ならともかく金属には手放した時点で波紋を伝わせる事はできなかったと思うんだが。そう考えていくと、おそらくはあの槍その物自体がスタンドパワーの様なものなのだろう。
スタンドはスタンド同士でなければ戦えない。スタンドのような
不思議だ。胸の中にはマグマのような怒りが渦巻いているのに、胸の熱が頭から熱を奪っているかのように冷静でいられる。頭の中がいつもよりもずっとクールでいられる。たぶん『空条譲治』の対面を気にすることなく、『記憶』のままに行動しているからだろう。『空条譲治』のまま『記憶』に『従える』。これ以上の生の充実は無いのではないだろうか。怒りの合間にそんな甘ったれな考えが浮かぶが、それは悪くないように思えた。
「『死』に対しての『覚悟』が違うだと?人間風情が堕天使に対して講釈でもするつもりなのか……貴様身の程を弁えろよッ!」
「殺してきただけの癖によくもいい調子で叫べるッ――Re:make!」
投擲の体制に入った時点で相手の眼前までRe:makeを移動させ槍を掴む腕に殴りつける。槍を落とすことはなかったのには素直に感心するが、それでも隙ができたのだからやることは決まっている。
「射程距離内に……入ったぜ」
呟いた一言が聞こえたのだろう、反射的に口を閉じたのは良い判断だ。閉じていなければ喉と腹だけじゃなく『記憶』を侮辱した張本人のコイツにはさらに酷い目に合わせてやろうと思ったんだが、それだけで気が済むはずがない。スタンドらしい決め技を見せてやる。
「ォオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――オラァッ!!」
ラッシュ。ラッシュ。ラッシュ。パワーもスピードもCの一撃は軽いもんだが、それでも積み重ねていけばその重みは計り知れない。塵も積もれば山となる。拳の振り抜きが雑で正確さなどあったものではないが、それでも鼻をへし折り、頬骨を砕き、鳩尾に深々と拳が埋まる。普通なら確実に
「チッ、ミスった」
空中というのは思った以上に厄介のようだ。
「ぐ、ぐぅううう!!貴様ッ!許さん!絶対に生かしてはおんぞ!」
「実に丈夫だな、気に食わない」
そう軽口を返すも内心冷や汗が流れるのを止められない。
この男はあのラッシュの途中で後ろに下がったのだ。前後左右だけじゃなく、上下まで含めた三次元の移動手段。それが飛んでいるってことなのは分かっていたつもりだったが、こうもラッシュの威力を下げられてしまうとつもりだったということを思い知らされる。
その上偶然だろうが、後ろに下がられた所為で射程距離外まで逃げられた。Re:makeを近くまで戻しておくが、こうもラッシュを喰らったあとに近づいてくるほど馬鹿じゃないだろう。コイツ相対して分かるが、案外荒事に慣れてやがる。
「見えないというのは実に厄介だ」
「空を飛ぶってのも十分に厄介だよ」
睨み合い機を伺いながらもお互いに動きづらい状況になってしまっていた。
確実を求めるならば先程の段階で羽をもぐなりして、機動を殺しておかなければならなかったのだ。空中という要素さえなければ、と考えるのは今更で後悔するのは無駄なことだ。無駄は嫌いだ。特に今は無駄な事をしている余裕なんて欠片もないのだから、次に活かすことを考えなくてはならない。
「不可視の拳か何かが貴様の――いや、推測で物を言うのは危険だろうな。現にコイツは対して働く事もなくその様だ」
「そんなこと言ってないで助けてやったらどうだ?仲間なんだろうが」
「仲間?あぁ、俺とコイツは仲間だが、今回のような無様を晒したのなら少し地に顔を擦りつけたまま反省するべきだとは思わないか。」
「そこで助けてやろうと思わないから堕天使なんだろうな、きっと」
「いや、『神』の身勝手さに耐え切れなくなったから『堕』ちたんだよ我らは」
そんな話をしながら自分の目で周囲を確認する。水嶋さんは何故か机の下で頭を抱えて震えていた。怖かったのはわかるのだが、この人時々信じられないくらいに子供みたいな反応するから笑っていいのか困ればいいのか。院長は椅子から転げ落ちたのだろう、地べたに這いつくばったまま虫のようにドアの方へ動いていた。まさかとは思うがアレで逃げきれるつもりなんだろうか。
不可視の何かがいるとわかっている為か、スタンドで睨みつけたままドーナシークは此方に来ようとはしない。わざわざ自分の目で確認するなんて小芝居まで打ったのだから近づいてくれれば御の字だったのだが、今一番ドーナシークに近いのは腹ばいで移動する院長なのだから笑えない。
まぁ、アレで逃げられるのならば問題ないのだろう。意外なことに院長の移動はスタンドの耳にも音が殆ど聞こえないほどに静かだ。白衣が地面と擦れ合ってるはずだが本当に静かなもので、俺だけならばおそらく気づかなかったのではないかと思うほどだが実に間抜けな絵面だ。ずるりずるりとごくわずかな音を残し、声すら殺してドアに一直線に向かう姿勢は生きることに貪欲で悪くはないのだが、
「……貴様ふざけているのか」
流石にそれに気づかないドーナシークではない。
翼を一度大きく羽ばたかせ突風を起こすと悲鳴を上げながら院長が転がって机の影に隠れた。こちらからは見えないが、たぶん水嶋さんのように机の下で震えているのだろう。ドーナシークは此方に注意しながら、ゆっくりと下降し地面に足をつけた。槍を油断なく構えつつ院長の隠れた机の下に手を伸ばそうとする。それが院長を囮に使おうとか、人質に使おうとか、そんな理由なのかはどうでもいい。ただ『地面』はこちらの得意な領域ということだ。
ドーナシークと俺を隔てる距離こそ大したことはないが、間には机が二つも横並びにあり机の下には院長と水嶋さんがいる。下手に攻撃がそこへ反れてしまえば後悔することは必至だが、このまま膠着状態を作っていては何時もう一人の堕天使が動けるようになるかわかったものではない。
ここで待つべきかと問われればNOだ。進むべきかと言えばYESだ。そして覚悟は出来ているのなら、迷うことなど無いではないか。
先程まで座っていた椅子を踏み台に目の前の机を飛び越え、宙に躍り出る。当然地に足がつくまで身動きは出来無ず回避行動など取れないわけで、ドーナシークがニヤリと笑みを浮かべて槍を投げてくるがスタンドに側面を叩かせて槍を天井に縫い付ける。後方へは決して向かわせない。
「無防備だぜドーナシーク!」
「甘いぞ人間!」
無防備になったドーナシークだが、笑みを絶やすことはなく机の下にいた院長を片手で引きずり出した。
「ひぃいいいい!?」
「人間砲弾だ、どうする!」
引きずり出した勢いのまま、ドーナシークは体をその場で回転させ院長を此方に投げ飛ばしてくる。平均的な成人男性の体重はおよそ68kg程度と聞いたことがあるが、外見からして院長はそれよりもやや重いくらいだと推測。まぁ、何キロであろうと子供の体で直撃をくらえば問題なくノックアウトだろう。肉弾とも呼べるスピードで院長が打ち出されたのと、ほぼ同時に足が地面についた。
横っ飛びで回避してもいいが、次の行動に確実に支障が生まれる。何より少しでもドーナシークが地面に近いうちに距離を詰めておきたい。故に進路は『真っ直ぐ前進あるのみ』だ。
「弾けRe:make!」
「ひぶぅうううう!?」
やや粗めではあるが突っ込んできた院長を槍と同じように吹き飛ばす。横に流したので地面に落ちても勢いのまま転がっていくだけろうが、さしたる問題はないだろう。打ちどころ悪く骨折くらいはしたかもしれないが、死んでないなら問題ない。なにせ、ここは病院だし彼の城なのだから。
ドーナシークと俺を隔てるのは既に机一つのみ。これだけの距離ならばRe:makeの射程距離で、後ろに逃げられたとしても追うことができる。Re:makeが固く拳を握りしめ、走る俺よりも速く滑走する。
「獲った!」
「それはどうかな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は後方からの衝撃で前に飛ばされていた。
何が起こったのか分からなかったが、Re:makeの司会には左手を突き出したドーナシークの姿が映っている。右手には何もない。無防備に違いはない。ならばせめて一撃を!
「ぅぅうううああああオラァッ!!」
吹き飛ばされながら叫ぶ。痛みにブレながらも振り抜かれた拳はドーナシークを打ち抜くが、明らかに手応えがない。衝撃を殺された訳でもなく、ダメージを与えるだけのインパクトが既に拳に乗っていなかったのだ。畜生と声にならないまま叫び、俺を吹き飛ばした衝撃の原因を探すと原因は隠れているわけでも見えなかった訳でもなかった。
「院長……だと!?」
慌てふためく院長が俺が先程まで居た位置にいたのだ。まさか最初からコイツの味方だったのかとも思ったが、そんな余裕を浮かべないままドアの方へと逃げようと、立ち上がろうとして院長の身体が浮いた。いや正しくは院長の白衣を縫うようにして刺さっていた青白い光の槍が宙に浮かび上がっていた。
白衣に赤が見られないことから幸いにも院長に怪我はないようだが、槍は院長ごとドーナシークが突き出した左手に吸い込まれるように飛んでいく。再びドーナシークの手の内に帰った院長は悲鳴をあげて暴れだすが、煩わしそうな表情をするばかりで問題にもなっていない。
「自動で主人の下に返ってくる槍だ。便利なものだろう」
右手を突き出して天井に縫い付けたもう一本を回収しながら倒れ伏す俺を見下す。
「貴様の不可視のソレも大概だが、やはり目で見えている部分しかカバーできないようだな。それも先程の一撃から考えるに、本体の貴様次第で威力が変わってくると見える」
スタンドパワーは本人次第で幾らでも、という訳でもないが変わってくる。原作ではポルナレフが子供にされたとき、
スタンドの力を引き出してやるのも殺してしまうのも、全ては自分の責任になるわけだ。
「Good。正解だ……が、甘いぜ」
スタンドパワーは本人次第で変わってくる。吹き飛ばされた瞬間は怯んだが、『覚悟』を決めて接近した俺がスタンドを自分の近くに戻していると思っているのか。ましてや槍を両手に収めて、攻撃手段など限られているだろうお前の前まで移動したRe:makeを。
「お前の小細工を『覚悟』で吹き飛ばしてやる」
「ふん、先程のでわかっている。貴様が反応できるのは目で見える範囲のみだ。ならばこの盾がある以上、攻撃する位置も限られてくるだろう」
院長を盾のように突き出す。憐れなほどに酷い面構えになっている院長には悪いが、少しだけ我慢してもらうしかない。痛みを歯を食いしばって堪え、ドーナシークの頭上に移動していたRe:makeに指示をだす。
「戻れ」
変化は劇的だった。
頭上で待機していたRe:makeはそのまま液体に戻ることによって、ドーナシークに覆い被さるように落下したのだ。視界に映らない指向性のある液体がドーナシークの頭を覆い尽くすまでに二秒も掛からない。
「ぐぼぉっ!?がぼっ、がぅぐぅうううううう!?」
「Re:makeは液体のように変化する。というよりも、俺のRe:makeは元々
顔中の穴という穴からRe:makeがドーナシークの内部に侵入しようと蠢く。口なら歯を食いしばればいい。だが、耳の穴や鼻の穴はそうもいかない。微量ではあるがゆっくりと浸食し、『理解』していくRe:makeに勝利を確信しながら立ち上がって堂々と言い放つ。
「チェックメイトだ。諦めてそのまま飲み干すといい」
液体に戻ったRe:makeを引き剥がそうと藻掻くドーナシークだが、あと十数秒もあれば耳から脳を破壊することもできるだろう。とはいえRe:makeが完全に攻勢に回っているため、俺に防御する方法がないため両手に出したままのあの槍に注意しなければならない。それでも気をつけてさえいれば躱すことは出来る。俺が油断しない以上、本当にコレで詰みだぜドーナシーク。
そう、本来ならばこれで終わりだった。
何しろ譲治から見れば顔を黒い液体が覆い尽くし、こちらの姿さえも見えてない状態の相手なのだ。体内にナニカが侵入しようとする嫌悪感は自身も味わったものだし、そう簡単に対処できるものでもない。ましてや視界が明瞭でない以上、槍に注意すると言ってもやぶれかぶれの一撃でしかないと思ってしまった。言い訳のしようもない『油断』をこの場面でしまったのだ。
空条譲治の有利な点とは何か。
スタンドという不可視の攻撃手段。そしてそのスタンドの常識外の攻撃方と、先手を取る形で一人潰せたことが大きいだろう。それ以外にも相手が子供だと侮っていたこと、相手が最初は傷付けるつもりなど欠片もなかったことが挙げられる。先手を取るという一点において、空条譲治は恵まれすぎたと言ってもいい。
空条譲治の不利な点とは何か。
スタンドパワーに近しい何かを相手が持っていたことが一番だ。堕天使という存在を知らなかったため対抗する手段をうまく思いつかなかったこともあるが、何よりも『記憶』と『スタンド』のこの二点を踏み抜く相手ということが弱点だった。数の不利もあったが、先手を取ったことで帳消しといっても良いだろう。
空条譲治の最大の失敗とは何か。
戦闘を有利に進められたのがスタンドという不可視の攻撃手段であったことを最後の最後で忘れたことである。
頭を包み込まれRe:makeによる侵食を受けながら、『明瞭な視界』の中でドーナシークは油断なく構える子供を睨みつける。既に今のドーナシークに油断はないが、打てる手はずが明らかに少なく確かに譲治の言ったとおりチェックメイトに見えなくもない状況に追い込まれていた。だが、打てる手はずがない訳でもないのだ。
槍投げでも斬りつけでもあと数秒もあれば実行できるが、今まで戦ってきた中で培われた直感がソレを愚策だと断ずる。おそらくその行動をしたとしても、侵入してきている異物を止めることはできず、 のように無様に地に堕ちることになるのだろう。堕天使として人間に地に落とされることがどれだけ屈辱か。ましてや油断した挙句に二人纏めていい様にされたなどと、既に憤死してもおかしくない。
故にドーナシークは冷静に物事を考える。不思議なもので普段の自分ならば、馬鹿正直に怒りに任せていただろうこの状況を俯瞰視するかのような自分がいるのだ。言葉にするのは難しいが、如いて言葉にするのならば『覚悟』が出来たとでも言うべきだろう。人間に対しての偏見からではなく、堕天使ドーナシークとして屈辱を受け入れる訳にはいかないのだと矜持を守りぬく『覚悟』をした。
瞬間、周囲の見方が変わる。これも明確にコレといったものがあるわけではないが、相手の動きが周囲の変化がピリピリと全身に伝わってくるように思えた。思考の合間にも消費されていく貴重な時間の中で、変化する周囲を注意深く観察する事は恐ろしく精神力を削っていくが焦りの中でさえ冷静な自分が自分を支えてくれている。
そうして見つけた勝機。ほんの僅かだが、机から顔を覗かせた看護師の姿。事前の下調べではかなり浮いた存在だった空条譲治に気をかけており、空条譲治も嫌っていはいなかったはず。確か名前を水嶋柊といったか。まぁ、名前なんてどうでもいいのだ。大切なことは勝つことだ。貪欲に『勝利』するために『犠牲』にすることなのだから。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
右手の槍を肩の高さまで持ち上げ、手のひらの上で逆手に反転させた。青く光る槍の軌跡が円を描き、再び線を描いた瞬間渾身の力で振りかぶる。乾坤一擲の投擲。この一撃に起死回生の全てを掛けている。
バリバリと音を鳴らしながら光量を上げる槍に反射的に譲治は数歩下がり、距離を取り回避に専念するために腰を浅く落とす。驚きはしたが動揺する程ではない。油断なく構えたまま相手の一挙手一投足を見逃すまいの睨みつけ、ようやく違和感に気づくことができた。攻撃してくるという判断にミスはないが、ドーナシークが投げようとする姿勢は明らかに自分を狙っていない。ならば――――
「水嶋さん逃げてッ!」
叫ぶと同時にRe:makeに渾身の力で侵入した部位を荒らすように指示を出す。耳の内側を、口の内部を、鼻の内側を、目の表面を掻き毟る様に小さな手が蹂躙するが、ドーナシークは揺るがない。まるでその程度は『覚悟』していたかのような反応に譲治は今度こそ驚愕する。
「オオオオオオオァアアアアアオオオオオオオッ!!」
「何てことだ『覚悟』したのか、お前」
相手の『覚悟』を目の当たりにした以上、ここで引くことはできない。いや、引くことができないのは最初から此方とて同じだったのだ。『覚悟』していたのは此方が最初で、相手が舞台に上がってきたというだけ。ならば『記憶』を守る為に闘う譲治と、『誇り』を守る為に闘うドーナシークの『覚悟』の勝負である。
譲治は躊躇いなく侵食していた全てのRe:makeを引き抜き、液体と化した全てを両腕の自由を奪うことに費やす。攻撃手段は消えるが、水嶋さんだけは守りたいのだ。この世界で数少ない本当に感謝している人物なのだから。
「やらせねぇぞドーナシーク!」
「甘い、甘すぎる!俺は『覚悟』した!貴様とてそうだろう!」
叫ぶドーナシーク。瞬間、投擲の姿勢に入っていた槍が手のひらの上で再び円を描く。逆手に持っていた槍は人差指と中指で摘むような形で収まり親指でソレを支えたため、まるでキセルを持つような状況となる。まるで訳の分からない行動だが、警戒を緩めない譲治に向けて不敵な笑みを浮かべドーナシークは再び叫ぶ。
「これが俺の『覚悟』だッ!空条譲治ィイイ!!」
手首と指だけの力で槍は投擲される。槍に載せていたパワーが凄まじかったのか、異常な速度で加速したその一投は『自身の左腕』を完全に貫く事に成功する。
「ぬぅううぉおおおおおおおおおおおおお!?」
「ぐぃ、がぁあああああああああああああ!?」
左腕を貫いた一撃によって呻くドーナシークだが、それは押さえ込んでいたRe:makeをも貫きフィードバックにより譲治は悲鳴を上げる。痛みとダメージによってバシャリと音を立てて液体に戻ってしまったRe:makeを、必死の形相で自分の元に戻す譲治。ドーナシークからしてみれば、自分を拘束する枷を破壊するために腕一本を犠牲にした訳だが思いのほかダメージが譲治にあったことは幸運以外の何者でもない。
だらりとぶら下がって動く気配の無い左腕から、未だ逃げることも出来ずに捕まっていた院長が床に落ちる。尻餅をついた痛みに悶える暇もなく逃げ出そうとする院長を、動く右腕で捕まえたドーナシークは恐るべき腕力で譲治の頭上に向けて放り投げた後、再び右手に槍を出現させる。
「さぁ、どっちを助ける!」
投擲の姿勢に入ったドーナシークの血走った目が譲治の目と合う。
助けなければ殺すつもりだ。Re:makeの効果でもなく、本能で直感した。コイツにはそれだけの『覚悟』と『スゴ味』があった。ドーナシークを殴り飛ばせば止められるかもしれないが、Re:makeの一撃ではドーナシークはおそらく揺るがない。それだけの『覚悟』を魅せつけたのだ。止まらないし、止められない。
「分かってんだろォが!」
水嶋さんとドーナシークの射線を塞ぎRe:makeを出現させる。槍に貫かれた時は半ば液状化していたが、人型になってみると全身に小さな裂傷が走っている。フィードバックが全身へのダメージで済んだため、出血などが無いのは幸いだったが引き攣るような痛みは間違いなく尾を引いてくる。
ドーナシークはそんな譲治を見て獰猛に笑う。
「かかったなアホがぁッ!」
投擲された槍は寸分違わず院長を貫く。頭上で響くズブリという不快な音に顔を顰めながらRe:makeと共に接近する為に呼吸を整える。スタンドパワーは近いほど強くなる。相手がここまで『覚悟』を決めているのなら、近寄るくらいの気概なくては勝てる勝負も勝てなくなる。
そこまで考えたところで空から雨が降ってきた。赤い雨。鉄臭いという表現を聞いたことがあったが、実際はずっと生臭く平衡感覚すら失わせるような赤い血液のシャワー。見捨てた院長のソレを浴びながら見捨てた罪悪感を僅かながら抱く。
「わかっていたぞ譲治。お前がその女を助けることはわかっていた。お前は何だかんだと言いながらも、水嶋とかいう女を気にしていたからな。だからこそ俺はこうして賭けに勝った。ふん、見えたぞ……それがお前の武器か」
「……なるほど。確かに賭けには負けたかもな」
血液のシャワー。罪悪感と院長の恨みをそのまま掛け合わせたそれは譲治の全身を染め上げるだけでなく、全身が漆黒のはずのRe:makeすら赤く赤く塗り替えていく。譲治の目ではそう見えるだけだが、ドーナシークや水嶋からして見れば血液に彩られ突然人型が浮かんできたように見えているだろう。
「それがお前の
「俺からしてみれば神器ってのが気になるとこだが。まぁ、いいや」
お互いにニヤリと獰猛に笑い合い、一呼吸。Re:makeが構え、ドーナシークが院長に突き刺さった槍を手の内に戻す。院長が血だまりに落ちるが常時はソレを見て躱す。
「貴様のラッシュは既に受けた故にわかっている。全て打ち払ってやろう」
青白い槍が煌々と輝き始め、その威力が跳ね上がっていくのを肌で感じながらも譲治は笑う。
「打ち払う?ハッ!だったらいいぜ、ラッシュの速さ比べというやつだ」
言葉を言い放った瞬間に譲治の顔から笑みは消えダンッという踏み込みの音が響き、同時にドーナシークの翼が大きく羽ばたき譲治への距離を詰めた。
「ドォオオオァナァ!シィークゥウウウウウウウウウウウ!!」
「空条譲治ィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
槍の一撃は重く鋭いが、Re:makeのラッシュは速く多い。ラッシュが二三とぶつかり弾かれ、続くラッシュを弾くために槍を振るう。ドドドドド!としか形容のしようのない激突音が響く中、僅か数合の激突でお互いが苦しい状況だと察した。
空条譲治は手数が在っても止めを刺せず。
ドーナシークは威力があっても止めが刺せない。
ジリ貧が近づく中でお互いが信じられないほどの集中力で活路を探すが、進んでも引いても負ける未来しか見えない。それだけラッシュの打ち合いが激しく、手が抜けないのだ。故にここで勝利するのは限界を超えたものだけとなる。
だからこそ、ここで限界を超えるのではなく周囲の環境によって勝者が変わるのなら。それはそれこそ運命というものなのかもしれない。
背を向けていた空条譲二は気づかなかっただろう。だが、視界に入っていたドーナシークは気付いた。囮に使った看護師が、水嶋柊が『覚悟』を決めたような表情で立ち上がったのを。
ヤバイ。
そう直感したが動くことはできない。いや、動くことしかできない。止めに向かう余裕はない。ラッシュの速さ比べ?あぁ、そうだとも。これは速さくらべで、根比べだ。少しでも油断すれば一瞬で負ける。動けない、動き続けてるが故に。
空条譲二は気づかない。ただ愚直にドーナシークを睨みつけ、ラッシュに全身全霊を注ぐ。ただ勝つために。『記憶』に従う今の自分の為に。ここで折れてしまえば、生まれ変わった意味もなく自殺してしまうようなものだとわかっているがゆえに。
水嶋柊は分かっていない。何が起きて、空条譲治の『記憶』がどうなってるのかも、どうして院長が死ななければならなかったのかも。何も、知らない。だが、見ていれば分かることがある。空条譲治は戦っていて、他の誰でもない自分を守ろうとしてくれた事が。
報いらなけば。助けなければ。
その一心のみが恐怖すら打ち払い水嶋を動かす。どうすればいいのか何て分からないまま動く。院長を助けようとは不思議と思わなかった。酷いと思うかもしれないが、死んだ人を多く見てきた水嶋には死んでいる人間に対しての分別のようなものあった。死んだ、と思った瞬間には水嶋は院長の怪我の手当ではなく他の何かを探した。
記憶の淵に引っかかっていたのは、もう一人いた人物。早々にリタイアした女のことだ。空条がぶつかり合う男の仲間なのは間違いない。ならば、その女をどうにかすれば!どうするかなど思いつかないが体は動く。走り、走り、走り、十秒も経たず女の元へと辿り着くまでの間を永遠の様に感じながら反射的に水嶋は胸ポケットのボールペンを取り出していた。
カルテを書くのに使う愛用のボールペンのペン先が
「■■■■■■■■■■■■■■■■!?」
既に声とも呼べない何かがグッタリとしていた堕天使から溢れ出す。どこにそんな力があったのか、ボールペンを刺したまま呆然とした水嶋を腕を振って吹き飛ばし壁に叩きつける。叩きつけられた衝撃で咳き込む水嶋の席には血が混じり、内蔵を痛めたことは間違いない。
そしてその行動が勝利の女神を譲治に引き寄せたことも。
ドーナシークが水嶋を目で追えたのは途中までだ。仲間の元へと走っていった時点で嫌な予感はしていたが、まさかあんな風に怯えていた人間が悲鳴を上げさせるような一撃を与えたという衝撃に矛先がブレたのだ。ドーナシークは『覚悟』はしていたし、今更の様に人間を舐めていた訳でもない。
如いて言うなら空条譲治が水嶋柊を守ろうと動き、Re:makeを看破されたように。ドーナシークは仲間の悲鳴によって集中を乱し、致命的な隙が生まれた。どちらも『覚悟』と同じく、仲間という要素に起因した黄金の様に尊い精神が生んだ隙だったのだ。
「しまっ!?」
「ォォオオオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――オラァッ!!」
ラッシュを受けながらも後ろに引こうとしたドーナシークを追う譲治。経験から二度と逃がすまいと動くその流れに無駄はなく、ドーナシークとはいえどそのラッシュを避けることは既に不可能だった。吹き飛ばさたドーナシークは壁に叩きつけられ、そのまま前のめりに倒れ――――ずに足を一歩前に出すことで踏みとどまった。
「マジかよ……タフとは言ったが、相当だぜテメェ」
「ゴフっ……ゴホゲホ……ふん、言ったはずだ。俺とて『覚悟』したとな。敗北とは死ぬことだ。まだ俺は死んでないぞ」
「ハン、なんだったらこのまま続けるかい?」
「別に構わんが、その時はそこの女がどうなるかわかっているだろう」
Re:makeが構え、ドーナシークも槍を構えた。しかしお互いに立っているのもやっと。ドーナシークとてそれは理解してる。その上で敗北を認めないが故に吠える。空条譲治もそれに対し吠え返すも理解している。殺せなかった時点で敗北なのだと。
「今回は引こう空条譲治。貴様の『覚悟』は見事だったが、次は無いと思え」
「見逃してやるよドーナシーク。お前の『覚悟』も見事だったが、『記憶』を侮辱したときは再び殺しにいくぞ」
槍を杖のように扱いながら微かに悲鳴を上げたままの堕天使の元へ近寄っていくドーナシーク。
「貴様、本当に役に立たなかったな」
ぼそり、とそんな言葉が聞こえた。本当にな、と内心で同意しつつも助かったと安堵する譲治にドーナシークは視線を合わせる。譲治も気づき正面から見返す。殺してやろうとぶつかりあったが、最後のこの瞬間だけは憎しみも何もない達成感のようなものがお互いのあいだにはあった。
「さらばだ、奇妙な人間よ」
「あぁ、二度と会わないことを祈ってる」
漆黒の翼で仲間ごと包み込む途中「祈るべき神など俺には――」などと捨て台詞が聞こえた気もしたが、黒い羽が宙を舞い周囲に広がったときには彼らの姿はもう無い。あるのは満身創痍の子供が一人。運命を引き寄せた女神のような女性が一人。そして物言わぬ死体があるのみだった。
うん、何を言いたいのかはわかっている。
ドーナシークってこんなキャラだったっけ?
自分でも驚いてるんだ。それこそ、ジョジョって熱いよね!と思ったままOPを聞きながら書いてたらこうなった。言い回しは普通になったけど、少しは熱くはなったと思う。いかがですかね?