ただ記憶のままに   作:空澄みの鵯

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すいまっせんでしたァーーー!!
すごく更新遅くなりました!そして今回の更新は戦闘など塵程もない、繋ぎ回となっております!えぇ、進展らしい進展などありません!

遅れた理由
・艦これのイベント
  やったぜ、武蔵ゲットしたよ!
・GE2の発売
  やったぜ、ストーリー全部クリアしたよ!


……申し開きの仕様もございません。


次へ向けて

水嶋柊が目を覚ましたとき、そこには見慣れた病院の天井が広がっていた。慣れ親しんだ病院だが、天井をこうして見上げることなど多くはない。それでもここがそうなのだとわかったのは、嗅ぎなれた消毒と冷たい独特の空気からだろう。

 

頭だけを動かして周囲の様子を探る。視界に入るのはやはりと言うべきか、見慣れた機材と自分の腕に伸びる点滴の管。ベッドに寝かされているのだとわかってはいたがその理由までは思いつかず、ぼんやりとした頭のままゆっくりと体を持ち上げる。ナースコールは……必要ないだろう。少なくともそれくらいは経験則から分かる。

 

ズキリ、と鈍く腹部が痛んだ。ぼんやりとした思考のなかに投入された鋭さが覚醒を促していく。おもむろに痛みの原因である腹部に手を当てた。何かを考えなければならない、そんな気がするのだがまだハッキリしない頭ではそれができない。考えようとしても水の中で藻掻くような浮遊感が邪魔をするのだ。手に少しだけ力を入れる。

 

「…っ痛ぅ」

 

か細く零れた苦悶の声を噛み殺し、腹部を中心に全身の血液が熱を持ったかのような急激な覚醒が行われる。目覚めるにしてももう少し時間をおけばよかったのだろうが、水嶋は自然と痛みを受け入れてでも起きるべきだと思った。何か大切な、そう大切な何かがあったはずなのだ。

 

小さな子供の姿が脳裏に浮かぶ。

 

理由など分からないけれど戦っていた小さな英雄。

 

「あ、譲治くん」

 

思い出すときは驚くほど簡単にでてきた。そして同時に状況が芳しくないことを察した。

 

「じょ、譲治くんはどこ!?」

 

布団を蹴飛ばす勢いで起き上がり反射的に周囲を見渡すが、血が急に巡ったためだろうくらりと不意打ち気味でやってきた目眩に頭を抱えて唸るはめになった。それでもくらくらと安定しない視線を周囲に走らせて確認していくあたり、かなり焦っているようである。

 

くらくらとした視界のままベッドを周囲の視線から隠してくれるカーテンを引こうとして、ぐっと腕が何かに引っ張られ動きを止めた。先程確認したのにも関わらず忘れていた点滴の管が腕に繋がったままだったのだ。煩わしいソレを見る。針の刺さり方を確認し、一瞬で抜く。刺すのも抜くのも、これくらいは簡単なものだ。

 

そうして開かれた視界のなか幾つかのことに気づく。左隣のベッドの他はカーテンが全開になっており、この病室には自分を抜けば左隣以外には誰もいないということ。先程病室で叫んでしまったのだが動く気配はない。ただ鈍い人なのかもしれないが、もしかしたら聞かなかったことにしてくれたのかもしれない。心の中でありがとうございますと呟いた。

 

自分の体を確認する簡単な触診を含めてわかったことは少ない。腹部の痛みはあの女性に叩きつけられた拳が原因だろう。痛みよりも先に衝撃から気を失ってしまったため程度は分からないが、こうして触れた感じからして骨は折れてはいない。痛みはむしろもっと中心から来るので、内蔵が少し傷ついたのかもしれない。

 

それくらいしかわからなかった。それでも怪我の程度は把握できた。

 

つまり無理には動けない。でも動けないわけじゃない。

 

ベッド横にあったスリッパを履いて立ち上がる。痛みは問題ない。これなら動ける。

 

どこへ向かうのか?決まっている譲治の元へだ。理由など直接見なければ安心できないから。それだけで十分だろう。彼がどうして戦っていたのかも知らないし、あの人影が何なのかも分からないけれど彼は子供なのだ。格好よく啖呵を切って戦っていても、両親が寄り添っていない孤独な子供。ならせめて、大人が守ってあげなければ。

 

そう。守ってあげなければならなかったのに。頑張って動いて、動けたのに直ぐに気を失ってしまった。

 

「ごめんね……」

 

痛みによって零れた苦悶の声よりも痛々しい呟きは誰にも聞こえず空気に溶けた。本人も多少の自覚はあるが水嶋柊は非常に情に脆い人間である。『死』という越えられない一線を過ぎてしまった者に対しては、とことんドライな対処が出来るが『生』に属する対象にはとことん愛を注げる人間なのだ。

 

殆どわからないままのあの殺し合いのなかで耳残っているのは彼の叫び声だった。

 

「残っていた少ない記憶だ、馬鹿にすることは許さない!」

 

「空条の()と譲治の()でジョジョだ!お前らなんかに騙されるものか!」

 

彼は全て記憶を失っているわけではなかった。それでも殆どの記憶を失っていて、両親に会えると思ったときどれだけ嬉しかっただろうか。そんな風に期待させて、両親ではないどころか人を殺すような相手に突き合わせた自分を彼はどう思っているだろうか。恨んでいるかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 

それでも彼は逃げてと言ってくれたのだ。こんな自分の安否を気にしてくれたのだ。報いなければならない。信用できないだろう大人を、こんな自分を救おうとしてくれた小さな英雄に。願わくば彼に謝ることを許されればいいと思う。

 

ドアを開きとりあえず目標としてナースセンターを目指すことにする。そこで誰かに会って、どうなったのかを聞こう。自分の見ていた事柄の説明を求められるだろうが……まぁ、覚えてないとでも言い切ってみようと思う。その方がたぶん話がスムーズに進むだろう。

 

そんな黒い考えを巡らせながら廊下を歩く。それが実は譲治が以前辿った軌跡とよく似ていて、自分に必要な情報の引き出した方法だということはきっと知らない方が幸せなことだろう。

 

「おーい、なーにやってんの?」

 

「あ、日向さん」

 

「そういうあなたは水嶋さん。って、そんなコントみたいな事言ってる場合じゃないよ!起き上がっていいの!?」

 

「そう言われてもどうしても気になることがあって」

 

「そう言われてもじゃない!」

 

珍しく怒りを顕にする日向に内心の焦燥を多いに削がれた。それでも第一目標は譲治を探すことだ。そこに変わりはないが、自分の持つ熱に匹敵する勢いの日向の熱から逃れる事ができない。習慣的に彼女のペースにハメられているのだろう。燻る焦燥の炎の熱などお構いなしに日向の熱は水嶋を包み込む。

 

「自分の怪我の心配しないとダメなんですよ!というか、私の会心の点滴はどうしたんですか」

 

「あ、ごめん。抜いてきちゃった」

 

「会心の出来だったのに!?……だ、大体ですね水嶋さんは何をするつもりなんですか!」

 

「じょ、譲治くんに会いにいこうかな?と思ってるんだけど」

 

「我が身を見て言ってください!」

 

「大丈夫じゃないかな、これくらい」

 

「水嶋さんは……水嶋さんはっ!本当に微妙ないい人ですよね。微妙に!」

 

「び、微妙な?」

 

「微妙にいい人でもなく、微妙ないい人ですからね!間違えないよーに!」

 

けっこう酷いことを言ってる自覚はあるのだろうか、この子。

 

年上なのは分かっている。だが何時になく暴走気味の日向に対しそんな感想を抱くも、此方の困惑など構うものかと日向は顔を赤く染めたまま此方をキッと睨みつける。

 

「生きてる人にはこれでもかっていうくらいに優しいのに、死んでしまうと夢から覚めた子供みたいに淡々としちゃう辺りとかすっごく酷いと思います!というか、強弱の差が激しすぎて性格がよくわかんないです!」

 

「これでも結構素直な性格してると思うんだけど」

 

「我慢できる癖に自分に素直ですよね!今だって怪我してるのに自分の身を顧みないし、あんなことあったんだから少しくらい自分の体大事にしないといけないのに」

 

怒りの形相に僅かだが、確かな陰りが挿した。何かが彼女の琴線に触れたのだろうが、『あんなこと』と言われては動かざるを得ない頑固者が目の前にいる。

 

「そ、そうだ!譲二くん!譲二くんは今どこにいるの!?」

 

「そういうとこ言ってるのに……というか譲二くんですか?」

 

首を傾げた彼女だが、直ぐに思い出したようで目を伏せた。何かがあった、と察するには十分な仕草に知らず握りしめていた手の平に汗がジワリと滲む。

 

「あー、水嶋さん……もしかして譲二くん探してたんですか」

 

「え?うん、そうだけど」

 

「あの、非常に言いづらいんですけどね」

 

日向小夏は非常に可愛らしい女性である。ショートカットの女性。やや低めの背丈、髪の色はやや茶系に近く、染めている訳ではないらしいが彼女にはよく似合っている。病院なので当然メイクは薄いが、血色がいいのだろう。桜色の唇も頬も非常に可愛らしく、性格も老若男女問わずの人気がある。だが、今はどこか妙な雰囲気を纏っている。それこそ何かを憐れむような。

 

「ま、まさか……」

 

院長のように殺されてしまったのでは。そんな絶望的な幻想が脳裏をよぎった最悪に反して日向の回答は、

 

「カーテンで見えなかったのかもしれませんけどね、水嶋さんの隣のベッドに寝てたと思うんですけど?」

 

一瞬何も考えられなくなるような衝撃と共に水嶋に襲いかかり、再び頭が動き始めると同時に水嶋は耳まで赤く染めてその場にペタンと座り込んでしまった。恥ずかしいとかそういう感情と安堵が混じると人間力が抜けて動けなくなるものらしい。

 

 

 

 

今更な事を語ることになるが、水嶋柊は日向小夏が嫌いではないが得意でもない。

 

好きか嫌いかならば間違いなく好きだ。彼女の純粋さと活発さは病院という陰気の溜まりやすいような場所では貴重すぎる清涼剤であり、実は年上の彼女はああ見えて非常に気を効かせるタイプで何時の間にか気の置けない相手となっているような人間なのだ。

 

そういう点において水嶋は非常に彼女を尊敬しているし、頼りになると信頼してもいる。だが彼女には彼女の『ペース』というものがある。誰しも自分の生き易いペースを持っているものだが、彼女の場合は才能とでも言えば良いのか雰囲気と口調と全身を使って表現された熱が自然とペースを奪っていくのだ。

 

そして日向小夏は水嶋柊を気に入っている。女性の看護師同士で集まったときに誰が好きなのかという恋バナになった時に「私はねー、ふふ、水嶋さんかなー?」と冗談で語るのが序の口程度には。割とクール系というか、自分のペースが崩されると弱い水嶋はそういうところが苦手なのだった。

 

「でねー、水嶋さんったら隣に寝てる譲治くんに気づかないで廊下を彷徨ってたんだよ。可愛いと思わないー?」

 

「えっと、まぁ可愛いとは思いますよ」

 

「ちょっと日向!」

 

「いいじゃん、水嶋さんって失敗しなければ普通に完璧美人さんなんですから。少し位は人間らしい可愛いミスしてもいいのですよ?」

 

「病院で失敗って結構怖いんですけど」

 

「おっと、譲治くん!それを言っちゃダメだよ。でも確かに失敗って言っても程度にもよるよねぇ」

 

「程度の問題じゃないわよ……もう」

 

詰まることろ、水嶋はこういう日向が苦手なのである。

 

ぐぅう!と唸りながら自分のベッドに横たわる水嶋を見て、やっぱり微妙に子供っぽい人だななんて評価を譲治が下していることを知ればおそらく復活するのに倍以上の時間がかかるだろう。というか、不退転の決意で謝罪しようと思った相手に可愛いとか言われるって……と心の中で大後悔中の彼女が立ち直るのはそれだけで時間がかかる。

 

そんな内心を知ってか知らずか、日向は何時もどおり明るく笑う。にこりと向日葵が咲くような笑顔ではなく、にへらと何処か脱力したような笑顔である。

 

「ふふ、このまま水嶋さんをからかってもいいんだけど、譲治くんの調子見に来たんだよね私」

 

サラサラと手元のカルテに様々な情報を書き込んでいく。水嶋はわかるのだが、先程からの会話も相手の調子を確かめるために必要な行為である。発音に問題はないか、視線は大丈夫なのか、会話に齟齬が生まれないかなど、多くの調子を確かめる事ができる。小まめな会話というのは仕事上必要だとわかっているが、頼むから話題に上げないでほしい。

 

羞恥心とかもろもろの感情によって苛まれ、ダウナーオーラ全開の水嶋を気にしつつもにへらと笑うと話す譲治は言われるがままに手足を動かしたり、質問に答えていく。そうして数分が経過し、日向はうんと小さく呟いてからボールペンを胸のポケットにしまった。

 

「良好、良好。いいね、譲二くん。全身に擦り傷みたいな小さな怪我はあったけど、それくらいで深刻な怪我はなさそうで安心したよ。むしろ怪我の程度は水嶋さんのが酷いかもね」

 

「そうなんですか!?」

 

譲治は悲痛な声をあげる。その様子を見て「水嶋さんってば愛されてるなー」なんて言葉が喉元まで出かけたが、日向は笑顔の裏にそれを隠して何事もなかったかのように言葉を続ける。これ以上の負担を水嶋にかけると不貞寝しかねない。引き際くらいは察せる大人な人なのだ。

 

「まー、うん。ちょびっと入院かな水嶋さんは。もちろん譲治くんもだけどね」

 

「あれ?良好ってさっきは」

 

「うん、良好。でもね、直ぐにわかるだろうから言っておくけど、私はこの結果を警察の方に教えないとなんだよね」

 

警察。

 

その単語を聞いた瞬間、水嶋は布団を蹴り上げる勢いで起き上がるも、目眩がしたのだろう。頭を抑えてぐぅうと呻いた。

 

「ひ、日向。そこら辺の事を教えてくれないかしら」

 

「うん、わかってるよ。何があったのかなんて私にはわからないけど、水嶋さんも譲二くんも私は信じてるからね」

 

先にその一言を伝えてから日向は纏う雰囲気を変えた。真剣な表情ですらどこか可愛らしさが残っているのに、纏う雰囲気だけでそれを帳消しにして相手を飲み込む。

 

ごくり、と唾を飲んだのはどちらだったか。初めて見る彼女の様子に動揺した譲治か。それとも自分が憧れる姿を間近で味わった水嶋か。

 

「とりあえず最初から説明するね。院長に用事があった看護師長が事件の第一発見者らしいよ。中に入ると壁に背を預けて気絶した水嶋と、血だまりに倒れた院長。それとそこから少し離れた場所に院長の血とカラスのものよりもずっと大きな黒い羽に塗れた譲二くんがいたらしいね。そこらへんは看護師長が混乱して大声を出してたから間違いないとは思うけど、見てないから詳しく説明はできないや」

 

「あの、やっぱり院長は」

 

水嶋の言葉に日向は痛みを堪えるかの様に目をギュッと瞑ってから、ゆっくりと開いた。瞳に揺らぎは無い。強いな、と素直に譲治は思う。自分は関係がないからと、出会ったばかりの相手だから。そんな理由で考えるまでもなく切り捨てた相手ではあるが、それでも真摯に受け止める姿は眩しく見えた。

 

「うん、死んじゃってた。死因は腹部を鋭利なもの、それこそ時代錯誤だけど槍で貫かれたことによるショック死じゃないかな。院長の遺体は私も見たからわかるけど、それこそ有り得ないよ。骨が粉砕されても可笑しくないようなパワーじゃないと人間なんて貫けないはずなのに、砕けてはいてもしっかり切断されてた……頭がどうかしたのかと思ったよ、ははは」

 

喋りながら思い出したのだろう。少しずつ言葉には湿り気が抜け落ちてゆき、最後には紡ぐのもやっとな状態だった。緊張で口内が乾ききっているのを彼女も自覚しているのだろうが、喋るのはやめなかった。

 

「警察の方とウチの先生方が話し合っても結論はたぶん出ない。うん、あんな訳の分からない状況に答えなんてでるはずもないんだ。だから、譲二くんと水嶋さんの言葉が重要視される。オカルトなんて信じないって常日頃から言ってた先生の一人が「幽霊っているのかな?」とか言い出すくらいなんだから」

 

「幽霊ですか?」

 

譲治が思わず聞き返した言葉に日向は少しだけ笑みを浮かべた。

 

「うん。前々から物が勝手に浮いたりしてたって噂があってね。もしかしたら幽霊がこの病院にいるんじゃないかって考えてる人も多いみたい。院長の死亡の原因が発表されてないこともあるんだろうけどね……水嶋さんはそういう噂知らなかった?」

 

水嶋に思いがけず引きつった笑みが浮かんだ。以前ならば鼻で笑っていたかもしれないが、正直今となっては心当たりがあるのだ。横目でチラリと彼の方を見ると同じくらいに、いやそれ以上の引きつった笑みを浮かべた譲治が同じようにこちらを見ていた。

 

「ちょっとばかし嫌な雰囲気になってるのは確かだけど、まぁそこらへんは私が頑張っておくから心配しないで。大体幽霊なんていたら、この仕事やってられないって」

 

「はは、だよねー。幽霊なんていないよね」

 

「ん、水嶋さんって怖い話苦手だっけ?声がなんか硬いけど」

 

「気のせいじゃないかな。というか、話の続きお願い」

 

不審そうな目でジッと睨めつける日向の視線を意図的に無視して、職業柄身につけた何ともないですよと言わんばかりの仮面を貼り付けた。不信感は与えたかもしれないが話題が話題だ。まぁ、無視してくれるだろう。そんんな楽観にも似た気持ちでいたのだが、予想通りと言うべきか聞かれたくないと判断したのか追求はなかった。

 

「そうだね幽霊の話なんかしてる場合じゃないか。とりあえず、説明続けるね。院長の死因が分かってもどうすればそうなるのかが分からないっていうのが、今のところなの。詳しい話を聞くためにたぶん二人共警察とちょっと話し合いになると思うんだけど……説明できる?」

 

「正直難しいと思う。私も何が起こったのか全然わからなかったし」

 

「……どういうこと?」

 

「いや、ねぇ?」

 

目配せして譲治にどこまで話せばいいのかと訴える。少なくとも幽霊と称されているあの人型は黙っておくべきだろう。それがわかっているからでこそ、そんな風に目で訴える。譲二は少し考えてからチラリとこちらを伺って一度だけうなづいた。

 

「俺の両親のような誰かから翼が……」

 

「いやどういうこと!?」

 

「いやホントなんですって。よくわからないんですけど、黒い翼が生えたところまでは覚えてるんですけど……」

 

黒い翼。まぁ、確かにこれだけなら既に日向の話題に出ていた羽とも合致する。だが、意味が分からないし整合性がこれでは取れない。何より常識から考えると既に羽が生えたという時点で笑い話である。

 

「……うぅ、意味が分からない」

 

普通こういう反応だよなぁ、なんて他人事のように思いながら警察に説明するための要件を幾つか頭の中で纏めていく。流石に子供一人相手に話し合い、なんてことは警察でもしないだろう。ならば同時に自分も取り調べを行うはずだ。その時にボロを出さないためにも、今からまとめておく必要はあるだろう。

 

「あ、そうだ。それと譲治くんにはちょっとだけ書いてもらいたい書類があるんだけどいい?」

 

「書類ですか?」

 

そうして取り出した紙を書いていたカルテの上に置いて、ボールペンをその上に置いて譲治に渡す。

 

「ここに名前書いてもらいたいんだ」

 

「分かりました」

 

サラサラっと言われたままに書類の内容を確認することもなく自分の名前を書いた。そんな彼に少し呆れながらも嬉しそうな顔をする日向。……妙に嫌な予感がする。女の勘とでも言えばいいのか、外れていないのだと理由もなく確信した。

 

「譲治くん、ちゃんと書類に名前を書くときは内容確認しないとダメだよ?」

 

「大丈夫ですって。日向さんが俺にとって不都合な書類を書いてなんて言うはずありませんから」

 

軽く注意してみるも譲治は心配ないと反論。それも無償の信頼を感じさせる一言に、ちょっとだけ嫉妬してしまう。いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。ふとそんな考えが浮かぶが、そういえば以前から日向は譲治を気に入っていたなぁと思い返す。それにしても何の書類だったのだろう?

 

「うーん!譲治くん可愛い!なにその信頼!すっごく嬉しー!」

 

「痛い!?ちょっと日向さん、俺擦り傷くらいとはいえ怪我人です!」

 

頬擦りする勢いで抱きしめられた譲治は悲鳴混じりにそう叫ぶが、日向は気にした風もなく更に強く抱きしめた。小柄な日向だが、流石に大人と子供では体格が違う。譲治はすっぽりと日向の腕の中に収まっており、顔を真っ赤にして反抗するも水嶋からしてみれば無駄な抵抗としか言い様がないものであった。

 

「譲治くんちょっと書類借りるね」

 

日向のマイペースには慣れるまで大変だからなぁ、なんて考えながら先程譲治が書いた書類に手を伸ばす。その動作は自身の体をいたわってゆっくりとしたものだったが、視界の端でにまにまと笑っていた日向の顔色が変わったのを見て素早く書類を奪い取る。数瞬遅れて書類のあった位置に日向の手が滑り込んだ。

 

「「…………」」

 

反射的に無言になる両者。状況を掴めず、とりあえず逃げようとするも何処を押し返そうとしても柔らかくて混乱し始めた譲治。

 

譲治が逃げようとしてそれを腕の中に収めている以上、後手に回ったのは日向。必然、先手は水嶋。視線を書類に滑らせて流し読みしていく。書類名で絶句、書類内容に困惑する羽目になる。

 

「……ひ、ひなた」

 

「……な、なんでしょう」

 

さん付けを忘れるくらいの衝撃内容に困惑しつつも、疑問を隠すこともなくストレートにぶつける。

 

「養子縁組って……本気?」

 

「はい!?」

 

「うん、マジだよ」

 

「うぇ!?」

 

一応話は聞いていた譲治が合いの手のように叫び、水嶋と日向の視線は相手の本気を探るかのように絡み合った。

 

「一応聞くけど理由は」

 

「私が譲治くんを自分の子供にしてもいいと思えたからってのが一番。可愛いしね」

 

ぎゅっと慌てふためく譲治の頭を胸に押し付けながら語る口調は、確かな母性を感じさせ水嶋は思わず頭の中が真っ白になる。

 

「前々から考えてたんだ。両親がいないこの子の親になりたいって。だからいろんな人と相談しながらやり方だけ勉強してた。だからこの子の両親が来たときは正直良かったなと思うのと同じくらいに、悲しかったし辛くもあった」

 

「じゃあ何で?」

 

「譲治くんの両親が今は犯人だって疑われてるのはわかるでしょう。前々から相談してた警察の方や弁護士の方からも連絡が来て、やるのならなるべく早くにって言われたんだ」

 

両親が犯罪者。それは確かに子供が負うには重すぎる咎だ。だが、それでも水嶋の中には疑問が尽きない。というか、そもそも養子縁組をするにしても両親の許可が必要だった覚えがある。今現在どこにいるかも分からない相手にどうやって要求するつもりなのか。そんなことを思いながら書類に目を通していくと、彼の両親の同意を示す欄には既に署名と捺印があった。

 

「……日向さん。これいつから用意してたの」

 

「実はご両親が会いに来た時に直談判してみた」

 

あぁ、本当にこの人苦手だ……頭痛すらしてきた気がするが、折れそうな心を必死に補強しながら書類を読みきって日向に返す。

 

実はこの書類はドーナシーク達が実際に書いたものである。その日のうちに攫ってしまうつもりだったので、真摯に頼み込む日向を面倒に思った堕天使が書いてしまったのだ。ドーナシークは止めたほうがいいと思いつつも、後で記憶を弄ればいいだろうと楽観視して通してしまっていた。傍からしてみれば面倒になったから子供を売ったように見えたかもしれない。

 

そのあんまりな態度に心底腹を立てつつも、結果として本気で養子にしようと動く女性がここに居るわけである。

 

そんな書類を受け取った日向は胸に埋もれている譲治を少しだけ引き離し、頬に手を添えて目を合わせた。

 

「譲治くんが嫌ならこの書類はここで棄てる。考えさせてっていうならずっと待つ。空条譲二くん、私の子供になってください」

 

「え、えっと……しょ、書類とか足りないと思います」

 

「大丈夫準備できてる」

 

「両親の許可が」

 

「大丈夫とっておいた」

 

「えっと、あの……」

 

「譲治くんは私の子供になるは嫌?」

 

真摯なその宣言は神様に誓うようだ。あんな非常識な存在がいるのだから、もしかしたらこの世界にも神様はいるのかもしれない。水嶋はそんなことを思いながら、別の事柄を考えていた。神様に誓うように守りたいと宣誓した日向の姿は眩しい。だが、その行為に嫉妬する自分もいるのだ。ふむ、と一考。そして微笑。

 

「譲治くん、私もお母さん候補いいかな?」

 

この子を守りたい気持ちは自分にもある。それこそ命を賭けて戦った彼に報いるためならば、手段を選んでいられないくらいで丁度良いのではないだろうか。どうせ彼の答えは決まってるのだし。

 

疲労からか、それとも生来の気質なのか。迷いなく放たれた一射は正に空気を凍らせ、日向と譲治の動きは数秒ほど停止した。それでも崩れない微笑にようやく我を取り戻したのは、やはりと言うべきか日向だった。

 

「水嶋さん、横入りはずるいです」

 

愚痴るようにそう言って睨みつける日向に苦笑を返しつつ、未だに混乱する譲治に語りかける。

 

「譲治くんが『記憶』を大事にしてるのはわかってる。だからきっと養子縁組で名前が変わるのは嫌なんだと思うんだ」

 

「そうなの?」

 

初耳なのだろう。日向がそう聞き返すと譲治は少し間を置いてから一度うなづいた。

 

日向小夏が……それこそ水嶋柊も知る由もないことだが、空条譲治という名前は彼が自分で付けたものである。そして生きる上で最も大切にしている『記憶』から理由付けをしただけあって、彼にとってこの世界の記憶の中でも至極の宝と言っていいものなのだ。生きる理由付けが『記憶』である以上、空条譲治として生きた『記憶』をきっと彼は捨てることはない。それこそ偽名ですら。

 

姓も名も彼は変えることはないのだろう。変えることがあるとすれば、それは『記憶』よりも大切な何かが生まれないと無理だ。ならばきっとそれは――――今の彼には想像もつかない未来なのだろう。

 

「そっか……ダメか」

 

聞かせるつもりはなかったのだろうが、今にも泣き出しそうな声は三人しかいない空間にはよく響いた。日向の本気を受けた譲治は自分の意地を曲げられない故に、どうしようもない罪悪感に苛まれるがだからといって名前を変えるつもりはなかった。

 

「だから譲治くん。私が、私たちがあなたの保護者になるわ」

 

そんな中で水嶋が言った一言は泣きそうだった日向の涙をギリギリで塞き止めた。

 

「名前は変えなくていい。ただ、私があなたの両親の代わりに生活を支えさせて」

 

「……へ?」

 

水嶋柊は考えた。譲治の答えは拒否に決まっているのだとわかっているが故に。今までも金銭の類で苦労しており、少しでもお金を返そうと考えた結果がカツアゲだった少年に報いる方法を。

 

このまま彼が目の届く範囲から出て行ってしまえば、きっと彼は僅かな金銭をカツアゲで稼ぎながら学校に通うこともなくホームレスの様に生きるのだろう。不思議と野垂れ死にイメージはないが、だからといって幸福なイメージも浮かばなかった。

 

なばらどうすればいいのか。

 

水嶋柊は考えた。そうして出した結論は空条譲治の両親が蒸発し、親類の類が見当たらない子供の里親のような存在になろうというのだ。日向のお陰で思いついたのだが、彼の本当の両親がどこにいるのか分からない以上は見つかるまでを支える事が恩返しになるのではないか。

 

「姓名を変えなくても養子縁組を組む方法はあったはずだし、何より譲二くんってばこの病院から出てどこに住むつもりなの?」

 

「それは何とかします」

 

「お金もないのに?」

 

「いざとなれば適当に生きていく自身はあるんですが」

 

「ホームレスになんてさせないよ!」

 

落ち込んでいた日向の援護射撃が入った。復活早いよ!少しは休ませてよ!と内心で叫びつつ、自分にとっての最適解を探す譲治。空条譲治にとってこの問題に頷けない理由は二つだ。一つが名前。これは何とかなると言われてしまったので、既に言い返すことはできない。

 

もう一つは迷惑をかけることだ。外見こそ子供であるが、精神的には青年である譲治は彼女らの将来を考えてしまう。自身の年齢は分からないが、外見から察するにおおよそ九歳くらいだろう。書類が揃っていると断言しているあたり、そういった年齢も決めてあるのだろう。だが、少なくとも自分が自立するのに10年近くかかってしまう。それほどの期間を自分の為に食い潰させるなど、空条譲治には許せなかった。

 

時間とは幾ら金を積んでも買うことが出来無いのだ。それこそ黄金すら霞む絶対的な資産だ。生きる為には働かねばならず、時間は浪費されていく。そして生きるために払った資産の余分こそが、生の充足へ繋がる試金石であるはずだ。行動の結果生まれた余分はきっと肥やしになり、成長するための経験値になる。そこに無駄はない。故に行動は決して悪くない。『悪くない』のだ。

 

だが、この行動は自分という『無駄』を抱え込む行為だ。それが善意であることは分かっているが、それでも自分の中の理屈がそれを許容できないでいる。無駄は嫌いだ、無駄だから。その無駄に自らなるなど、空条譲治は認められない。

 

……そう考えていくと、かなり俺って偏屈だよな。

 

そんな自分の発想に内心で苦笑する。無駄が嫌い。記憶が大切。突き詰めてしまえばソレだけだが、それが非常に多岐にわたり自分の行動に制限を生んでいるのは少しだけ自覚している。自分の存在理由と絡めて決めた事なので、たぶん無意識の選択にも介入しているのだろう。

 

「大丈夫!最後まで面倒見るから!」

 

「それどういう意味で言ってます!?ってか、ダメって言ってるでしょ!」

 

「水嶋さんにも迷惑かけないし、辛い思いもさせないように努力するし、毎日面倒みるから!」

 

「待ってください!日向さん、それ親にペット強請るときの常套句みたいになってる!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人のぶつかり合いに時たま水嶋が口を挟み、日向と譲治が混乱するという流れがしばらく続く。そうして譲治が疲れ始めた頃に医者としての二人が頃合いだと判断し、この言い争いはひとまずの決着を付けることになった。

 

余談ではあるが、この騒ぎの一部を聞いた人たちがペットの強請り方を日向に教え込み譲治が更に困惑するという事件が発生するのだが、それはまだ後の話である。人脈と情熱は時に個人の信念さえもへし折るのだと譲治が悟るまでもう少し。

 

 

 

 

 

 

ある一室に二人分の影がある。ごくごく平凡なホテルの一室。ただ、少し注釈を加えるならここは営業目的に情事が絡むという点だろうが、室内にいる男女にはそんな雰囲気は欠片も存在しなかった。というよりも、ベッドを女性が専有し男性はベッドの縁で座ったまま女性には目もくれないでいた。

 

女はその裸体をたった一枚の布で隠しただけにも関わらず、男はスーツのような衣服を着込んだまま手を出そうとはしない。お互いがお互いに性欲などないのではと思ってしまうが、性欲よりも彼らの頭を支配する懸案があるからでこその沈黙がそこあった。

 

お互いが無言のまま短くない時間が過ぎる。するとその部屋に数度ノックの音が響いた。女はそちらに顔を向けるだけで動かず、男は無言で立ち上がりドアへと向かった。そうしてドアの下から差し込まれた封筒を拾い上げ、裏表を確認してから手の平を封へと当てる。パリッと一瞬音がしたかと思うと、封の部分に五芒星を基調とした魔法陣が浮かび消えた。

 

男はそれを大して気にもせずに中身を取り出し、一通り目を通してからそれを握り潰して丸めると目の前に無造作に投げ捨てる。瞬間、右手に顕現させた光の槍を掴み一閃。宙を舞う手紙だったものは光の出力に灼かれ、灰も残さずに消滅してしまう。

 

無言で帰ってきた男は再びベッドに腰をかけるが、女はそんな彼に辛そうに声をかけた。

 

「さっきのなんだったの」

 

微妙に掠れた声だった。風邪で喉を痛めたときのようだが、彼女の喉を見れば未だ残る痛々しい傷に気づくけるだろう。今は布で隠れて見ないが彼女の腹部にも同じような傷跡がある。どちらも不意を打たれ負った傷であり、人間ならば即死とも言える一撃によって与えられたものだった。

 

「なんてことはない。今回の件に関しての途中報告だ……傷を癒すまではここにいろとのことだ」

 

それに男はぶっきらぼうにそう返す。スーツの下の痣がジクジクと鈍く痛むのを表情には出さず、男は紳士然とした雰囲気を崩さない。全身にある無数の痣は、光の槍を出すような異能を持つこの男を相手に10にも満たないような少年が与えたものだった。

 

「なるほど……ま、有難いから下手に勘ぐらないでおこうかしらね」

 

「それが懸命だろう」

 

女――堕天使カラワーナはだるそうにしながらも寝返りをうち、男――堕天使ドーナシークへと向き直る。その時布がめくれ豊満な胸があわやというところまで顕になるが、ドーナシークがそれを気にした風はなかった。カラワーナも別にそんな相手の反応に不満を持つでもなく、ドーナシークに語りかける。

 

「さっきから何やってんのよ。微妙に気になって仕方ないのよね」

 

ドーナシークは無言で自分の右手を彼女へと見せる。

 

「……なにやってんの?」

 

それは疑問を増大させる結果でしかなったが。

 

「見たらわかるだろう。ペンサイズにまで小さくした槍でペン回ししてるのだ」

 

人差し指の上で数度回し、人差し指と中指の間から薬指の間へと回転させて下ろしていく。そして薬指と小指の間まで下ろしてから、逆再生のように上げていく。手に平で回し、手の甲で回し、また人差し指の上で回す。それを延々と繰り返しているのだ。

 

「何の意味があるってか……楽しい?」

 

「正直つまらん。だが、このサイズまで収縮した槍を操作するのは中々骨が折れるのでな、小手先を磨くには中々効果的なのではないかと判断した」

 

「うわ、なんか熱血してる……アンタってそんなキャラだっけ」

 

「似合わんのは自覚してるが、我らは神を捨て神に捨てられた者たちだからな。神の手による昇格が許されん以上、自分を高めるにはこうして地味な作業でも何でもやるしかないだろう」

 

当然のようにそう言われ思わずカラワーナはからかうこともできず無言になった。そんな彼女の様子に気づいたのか、「どうしたのだ」とドーナシークが声をかけてカラワーナは特に言葉を考えずに思ったまま喋ることにした。違和感はあっても、言葉として頭の中で整理出来なかったのだ。

 

「なんつーか。あれなのよ。譲治ってガキに私たちボコボコにされた訳だけど、だからってアンタがそうまでして熱血するとは思わなかったのよね。基本的に人間なんて槍の一投で終わるわけだし、別に復讐したいなら今度は二人で行けばいいじゃない。どうして今回はそんなに本気になって……そうだわ、そうなのよ。アンタがそんなに『本気』になってるのを私は初めて見たわ」

 

「『本気』か。そうだな、そうだろう。俺自身もどうしてこうなったのかを説明するのは難しいが、ただ俺はあの男にだけは負けたくないのだ。理屈ではないので言葉にするのは難しいのだが……ただ負けたくない」

 

顔を向き合わせた訳ではないので表情は伺えなかったが、カラワーナにはドーナシークの表情が何となくわかった。なんというか、長い付き合いになるがおそらく数百年も前の頃のまだお互いに青臭かった頃のような表情で語っているのだろう。

 

「なに、もしかして青春してるわけ?」

 

からかうようにそう言ったのだが、予想外な事にドーナシークは少しの間無言になったかと思うとクツクツと楽しそうに笑い出すではないか。訝しげな表情になったカラワーナを見るわけでもなく、ドーナシークは独白のように語りだす。

 

「あぁ、そうか。得心がいった。青春か。そうなのかもしれないな。俺のような存在が今更のようにこんな気持ちになるとは思いもしなかった。あの男にだけは負けたくないなどと、青い事を吐くなど数日前の俺ならば信じられないどころの話ではないな」

 

楽しげに笑っていたドーナシークだが、ふと思い出したかのようにカラワーナの方へと向き直る。カラワーナを見た瞬間、ドーナシークの表情がひどく不快気に歪むのだが対照的にカラワーナの表情は明るかった。

 

「なんだその表情は」

 

「いや、べっつに。ただドーナシークは何時もクールぶった皮肉屋で可愛くないと思ってたけど、ただ子供なだけだったのかなーとか思っただけよ」

 

「……非常に不本意な評価だ」

 

「いいじゃない、別に馬鹿にしてるわけじゃないのよ」

 

ニヤニヤと笑うカラワーナと対照的なドーナシークだったのだが、顔を背けて再びペン回しを始める。クスクスとカラワーナが笑うが、ドーナシークはそれを無視して語りだす。

 

「先程は傷を治すまで待機と言ったが、実は続きの命令があった」

 

「へぇ、なによ?次こそ空条譲治を殺ってこいとか?」

 

「いや、空条譲治は無視して構わないそうだ。能力自体は不明瞭だが、成長後の彼の能力を見てみたいとの意見が幾つか出たようだ。それよりも俺たちに少しペナルティがきたな」

 

「ペナルティ?」

 

「あぁ。ペナルティ、と言ってもそこまで酷いものではない。今までは俺とお前の二人一組(ツーマンセル)だったのが、別の組と合流して四人一組(フォーマンセル)となる。無論、俺達が配下となる形だがな」

 

確かにそれくらいの処罰はあってしかるべきだろう。何しろ記憶の改竄やら書類の改竄やら行い、戦闘を極力避ける形で遂行しようとしたにも関わらず逆に負けてしまうという結果だ。これで罰ないのでは、それこそ何か裏があるのだと考えるべきだ。

 

「ちなみにその二人の名前はわかってるの?」

 

「レイナーレとミッテルトだそうだ」

 

「あの二人か。うん、悪くないんじゃない。少なくとも私よりは強いと思うし。……馬鹿にされるかしらね、私たち」

 

「だろうな」

 

「……ドーナシーク」

 

「なんだ」

 

「後で一緒に訓練してもいいかしら」

 

「構わん。むしろ願ったりだ」

 

「ありがとね」

 

「うむ」

 

その後はお互いが無言のまま過ごす。カラワーナは傷を癒すために眠りに付き、ドーナシークは無心で槍の操作に骨を折った。ドーナシークには確信があった。いずれまた必ず自分はあの男と出会うだろうという確信が。Re:makeという力を扱う空条譲治と再び邂逅した際、胸を張り実力を示すためにも努力は怠れない。

 

青春とは実に羞恥心を煽られる言葉ではあるが、それでもこの対抗心や意地になる思いを例えるのなら。それはやはり青春なのだろうとドーナシークは考えてから、自分の考え方に苦笑を漏らした。ごくごく平凡なホテルのある一室。穏やかな吐息と抑えた笑い声だけが静かに満たしていた。




はい、文字数は実は過去最多。
15000オーバーという、戦闘パートよりも伸びました。

す、少しは楽しんでくれれば幸いです、はい。


というか俺は性懲りもなく相手側に強化フラグを立てている。
どうすんだよ、コイツ。ドーナシークとかどうなるかわかったもんじゃねぇぞ……
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