もうやだー。学校忙しいよ!アルバイトも忙しいよ!
と愚痴りつつも、原作一巻を読み直した俺です。
最近アニメを見て勉強した部分との差が出てきてて苦労しました。
まぁ、二次創作だし多少の問題点は仕方ないよね、という開き直り回。
空を見上げれば青と赤が混じり合っていた。夜を告げる仄暗い青。沈みゆく儚い朱。なんてことのない何時もどおりの夕暮れどき、彼女は黙々と商店街を練り歩いていた。
彼女の印象は第一に白であった。白い髪、白い肌、小柄なことと表情の乏しさも相まって雪のような儚げな印象を植え付ける。おそらくは両手の荷物がなければ深窓の令嬢か、良いとこの箱入り娘に見えたことだろう。両手には既に幾つかの紙袋が存在するが、知ったことかと言わんばかりに彼女は店から店へと梯子していく。
彼女――塔城小猫はこの商店街では一種のアイドル的存在だった。何しろここからは少し遠いとはいえ、交通の便も良い駅前にはもっと綺麗なお菓子もあるし安いファストフードだってある。大抵の学生はそっちに流れてしまっているが、彼女は一週間に一度は必ず顔を出してくれるのだ。
可愛い女の子が自分の店に毎度来てくれる。それだけで大抵の店はデレデレとした顔を隠しもせず、何かにつけておまけを付けて彼女に渡してしまう。またおいで、と付け加えることも忘れないのは商魂逞しいというよりも、ただ単にまた会いたいだけなのだろう。老若男女関係なく、この商店街の人たちは小猫を気に入っていた。
当の本人はというと、そんな考えを見抜いた上でここに通っていた。別に甘い言葉をかけた訳でもないし、媚を売った覚えなどあるわけもない。ただ善意によっての行為だと分かっているからでこそ、彼女はここに通うことを止めようとはしなかった。もしも少しでも『悪意』があれば来なくなるだろう。彼女はソレを見抜けない馬鹿ではないのだ。
この商店街の人たちは自分を可愛がってくれている。それを自覚しているからこそ、与えられる善意とお菓子を貰いに来ている。もちろん代金は支払っているが、おまけの分を考えるとどう考えても過剰というほどに彼女の荷物にはお菓子が詰まっているのはご愛嬌なのだ。
彼女がこうして夕暮れどきに商店街を歩いているのには理由があった。
所属する部活、オカルト研究部の部長の命令である男子生徒の監視をしていたからだ。どう考えてもオカルト研究部と関係の無い活動内容だが、それを今更追求する部員はいないだろう。何しろ彼女を含め、部員は全員が『悪魔』なのだから。
悪魔。人間と何が違うかと言えば、それほど違いはない。人間とて学術上では霊長類ヒト科ヒト目などと分類される様に、悪魔にも多種多様の種族が存在しそれらを雑多に一括りにしたものが便宜上『悪魔』とされている。言ってしまえばスライムの悪魔だっていれば、ドラゴンの悪魔もいるのだ。彼女のように人と見分けの着かない種族とているのは当然だと言えるだろう。
人間とほとんど変わらないような力しかない種族もいれば、圧倒的に儚い種族もいる。そして当然のようにその真逆――それこそ真に魔王と呼ぶべき力量の猛者もいる。人間との違いなどその力量の程度くらいだろう。
見上げた空はゆっくりと朱色が溶け、仄暗い青はその濃度を増していく。あと数刻も立たない内に夜が来る。そうすればそこは人間の出る幕ではなく、彼女達のような悪魔が活発に動く時間となる。これから学校に戻り報告する間に来るだろう口寂しさを誤魔化す為の物は手に入れた。後は部室でゆっくりと夜を待つばかりだ。
何時もどおりそんな事を考えながら本日の成果を頭の中で反芻していると、少し離れた位置に妙な人影を見つけた。
夕暮れどき。時折逢魔が時とも、黄昏時とも呼ばれるこの時間。その由来は諸説あるが、昼が終わり夜になるときは人の顔が見づらくなり顔が影になり誰だかわからなくなるということが起きる。そうした時に聞くのだ。「誰そ彼?」と。その誰何の言葉が変化して黄昏。故にこの時間が黄昏時と呼ばれるようになったという。
では逢魔が時とは何か?
昼の住人と夜の住人、その二つが混じり合いどちらがいるのか分からない時間だからと言われている。それこそ知り合いのように見えても、知り合いによく似た『誰か』かもしれない。その『誰か』は化生の類かもしれない。魔に逢う時と
さて、彼女が見つけた妙な人影の話に戻ろう。
その人影は実に珍妙で、彼女は首を傾げるばかりだった。
駒王学園の男子生徒の制服を着た影は、両手には大量の食材の入ったスーパーの袋を持ち危なげなく歩いていた。筋骨隆々という訳でもなく、むしろ細身なその肢体でどうやってバランスを保っているのか少し興味がわく。もしかしたら、服の下はかなり逞しいのかもしれないが。
悪魔たる彼女にとって常識とはまずベースとして悪魔の常識。その上に人間の常識が貼り付けれられているのだ。人間として少し不思議な程度なら、悪魔としての常識が鼻で笑って終わりである。
では何が可笑しいのかというと、その風貌が可笑しい。より詳しく言うと顔が可笑しいのだ。
顔の上半分をきっちりと覆い隠す夜のような黒の面。瞳と額に丸い穴が空いておりわずかばかり白く発光しているのか、その奥にあるはずの瞳は見ることが出来なかった。が、コチラから見えないほどに光っているのなら、当の本人とて見えていないだろうに平然と歩いているのだ。
明らかに可笑しなその姿だが、不思議なことに周囲の誰しもがその姿に気づいてないかのように平然と日常が流れていく。
あぁ、それは奇妙だった。その一言に尽きる。
そのまま此方へと歩いてくる姿を見ていて気付いたのだが、どうやら面と同じような黒が腕を覆っているらしい。制服の上に黒いそれを重ね着している……にしては何かが可笑しい。あまりにも相手が平然としているため、何が可笑しいのかすら自分でもわからなくなってくる。
「あの」
思わず、といった風に声をかけた。「はい?」と聞き返す声は当たり前だけれど、男の人の声をしていて妙にドキドキしながら彼女は手にお菓子の袋を持ったまま、面を指差して問う。――――明らかに可笑しなソレに無用心に問うてしまった。
「その黒いお面はなんですか?」
「……え?」
「いや、そのお面はなんですか?誰も気にしてないようですけど」
「……もしかして『見えて』る?」
彼女に言うというよりは、自問するように呟いた一言に頷くと――男は信じられない速度で逃げ出した。それこそ人間の常識からすれば信じられない加速だった。なにしろ、たった一歩で自分との距離をメートル単位で引き離したのだから。
だが、タイミングが悪かった。今この時は昼が終わり、夜が始まろうとしている微妙な時間なのだ。昼間ならば反応することもできなかっただろうが、今は夜に近づく夕暮れどきなのだ。小猫の悪魔としての性質がゆっくりと目を覚まそうとする時、目の前から逃げ出そうとする興味の対象がある。故に当然とも言えたが、彼女は追走を選択していた。
呆然とする暇もなく、身体が反射的に追いかける。彼女の悪魔としての種族。それは厳密に言えば猫又という種族となるのだが、猫というだけあって瞬発力は非常に高い。猫又としての特性は別にあるのだが、現状において使われたのは猫としての瞬発力と自身の役割たる『戦車』の能力だった。
方やスーパーの袋を抱えた男性、方やお菓子の袋を抱えた商店街のアイドル。その二人が信じられない速度で商店街を駆け抜けていく。埒が明かないと見たのか男性は路地に入り込み、小猫を引き離そうとするがむしろ狭い路地は小柄な彼女のフィールドだった。徐々にだがその距離を詰めていく。
「チッ、速いな」
悪魔の発達した聴覚が男性の舌打ちを聞き分け、今がチャンスとそのまま脚力に込めた。アスファルトが砕け、小猫の体は地を這うように加速する。お菓子の袋を左手に移し、自由になった右手で逃げる男性の制服を掴もうと伸ばす。
アスファルトの砕けた音に気付いたのだろう。無茶な体制ではあるが、振り向いた男性の口元が驚愕からかポカンと開いた。だが、直ぐに口元を引き締め体を捩って伸ばされた腕から逃げようとするが、それはあまりにも遅く制服の裾をとうとう小猫が捉えようとして――
「Re:make」
――瞬間、男性から黒い影が吹き出した。
人間とは比べ物にならない動体視力が吹き出した影に三つの白い丸い穴を捉えていた。まるで人間の頭部のような、それでいて不定形の液体のようなソレを中心に吹き出した黒い影。小猫は即座に地面を蹴り上へと飛び跳ねてそれを躱す。
逃走していた時の速度といい、人間の匂いはするがどうも奇妙な相手だ。
急に飛び上がったために微妙に崩れた姿勢を直しながら幾つかの仮定を組み上げていく。一つ、人間に化けた悪魔という可能性。これは人間の皮を被って擬態する悪魔という可能性もあるからだが、匂いや動き方と自分の直感からだが違うと判断。次に協会の関係者という可能性。人間というには無理があるのでは?という動きをすることが多いが、悪魔の天敵とも言える光の力は感じない。
では、この男はいったい?
部長に報告されていない『はぐれ』が迷い込んだ可能性に至った時点で、
「逃さん!」
「くっ!」
影は急激に膨れ上がった。
黒い影は幾本もの腕へとその姿を変え小猫へと殺到する。宵闇のような黒い腕が自分に殺到するのは下手なホラーよりもずっと恐ろしく、腕を迎撃するも数の暴力には適わず幾本もの腕が小猫を襲う。両手両足は当然のように押さえつけられ、関節など痛まない程度に逆側に負荷を掛けられている。
黒い腕に全身――それこそ言葉にするのを憚れられるような部位まで――容赦なく押さえつけられているが、特に念入りだと思ったのは『視界』だった。肌に感じ取れる指の数だけで考えると固めにつき三本。両目で考えると六本もの腕が押さえ込んでいるのだ。
「はぁ……はぁ……焦った。焦ったぞ、まさか見える人間がいるだなんて」
独白というよりも自分を落ち着ける為に喋りだした男性には悪いが、そんな独白を言う暇があるなら容赦なく制服の内側に入ってきている小さな腕とか、内ももを抑えている腕とかをどうにかして欲しい。恥ずかしくてどうにかなりそうだ。
変なところをにまで触れているせいだろうが、妙に力が抜けてしまうのを気合と羞恥心で押さえ込みながら声の方向を睨みつける。先程まで考えていた男の正体は『変態』と断定された。頭の中でだが「変態なら何しても可笑しくないでしょう」などという男にとって不名誉過ぎる考えをしている当たり、まだ余裕が見れる。
歯車が一つ分だけ狂ったような微妙な混乱の仕方をする小猫の事を気にする余裕もないのか、それとも全身を覆い尽くした黒い腕で見えてないのか男は溜息混じりに語る。
「とりあえず捉えさせてもらったが安心してくれ。尋問はしないし、拷問もしない。それこそ『記憶』を弄りまわすような事だけは決してしないことを誓ってもいい」
文句を言いたくとも全身が押さえつけられている。無論、顎もだ。
「ただ君にはここで確約してもらいたい。君が今見たこと全てを誰にも語らず、胸の内に秘めておくことを」
何を馬鹿なこと。そんな自分勝手な理屈を通そうというのか?
「もちろん、これが勝手な俺の道理で君には関係のないことだということも分かっている。けれど、この能力のことがバレて何度か命懸けの綱渡りを行った身分としては、どうしてもこの場においての確約が欲しいんだ。君の種族が堕天使か悪魔か天使かは知らないけれど、どちらにせよ『約束』してほしい。そうして俺にその『約束』を信じさせてくれ。それだけで君は助かる」
口元の拘束が緩んだ。どうやら答えを聞こうというらしい。
ならば聞かせてあげましょう。
「制服の中にまで手をいれるなんて変態ですね、あなた」
「ちょ!?ちがっ?!」
「内腿のきわどい部分部分にまで手を入れておいて今更何を言いますか」
「待て。待ってくれ。待ってください。俺のことを忘れろと言っておいて何だが、その評価だけは改めた上で忘れてくれ」
思ったよりも話せるかもしれない。手足と視界といった要所を除いて腕による拘束が引いていき、擦れた内腿がゾクリと震えたが意図的に無視する。手首、足首、そして首。それと視界を除いて拘束が解かれたことによって、動きの制限がかなり緩んだ。
自身の『戦車』という配役に与えられた能力は『驚異的な腕力と防御力』だ。ここまで拘束が緩んでしまえば拘束を砕くこともできるだろう。
ただ何となくだが――そう、それこそ気の間違いとも言い切れるほどの戯れだけど、もう少しだけ話してみようと思った。視界を奪われ、拘束されているにも関わらず然程嫌悪感を感じないのが大きな理由だろう。それ以外に理由を付けるのなら、匂いだろうか。
いま自分を拘束している腕からは何の匂いもしないけれど、彼からは優しい匂いがするのだ。日溜まりのような、草原を吹き抜ける黄金の風のような……無条件で抵抗を止めてしまいたくなるくらいに、暖かくて泣きそうな匂い。愛されている人の匂いだ。
自分には程遠い。
ふと過ぎった思考は放棄した。
「あなたは何者ですか?変態ですね」
「断定しないでもらいたいんだが変態ではない。そして正体を話すわけにはいかない。ハッキリ言ってもお互いに信用できないだろう」
「少なくとも駒王学園の生徒ですよね」
「それはYESだ。隠しても仕方ないことだし、そういう君も駒王学園の生徒だろう。白髪で小柄の女性……名前は知らないけれど、今年の新入生に美少女がいると噂になっていたから多分すぐわかる」
「そうですか」
「思った以上に淡白な反応だな……興味ないのか、周りの評価とかさ」
「然程気にしません。大事なのは友達ですから。その人たちに自分がわかってもらっていればそれでいいので」
短い言葉のやり取り。だが非常に話しやすい。
本来こんなに言葉を話す質ではないのだが、不思議と言葉がするすると出てくる。
「君は強いな。人によってはそれは淋しい生き方と言うだろうが、君はある種の諦観の様に割り切っている」
「苦労しましたから」
「そうか。俺も苦労した。こうしたやり取りすら出来ない輩に絡まれたりして大変だったよ」
「大変だったんですね」
「君もな」
言葉は空気を震わせるだけ。意味は意思の疎通。質量は無し。それでもお互いを労う言葉はこんなにも暖かく、心を包み込んでいく。あぁ、きっとこの人は悪い人ではないのだろう。もしも悪い人だったとしても、それほど嫌いになることはないだろうな。
直感だがそう思えた。
「……非常に残念だが、俺は逃げなければならない。闘争よりも逃走、疾走よりも失踪を選択するべきだと決めてしまったから。ある種の努力は怠らなかったが、それでもなるべく会いたくない相手がいるんだ。きっと俺よりも形振り構わずに強くなっているだろうから、家族に危害が加わらないと確定するまでは会いたくない。危害となる切っ掛けはなんであれ、君がソレにならないとは限らない以上は逃げさせてもらう」
「私たちが保護する、と言ってもですか」
「無論であり、無駄な選択肢だ。誰かの味方に成るということは、誰かと敵になることだよ。興味と好奇は厄介事の種で、無関心だけが安らぎなんだ。別に静かに暮らしたいとか、植物のような人生を送りたいとか大それたことを言うわけじゃない。だが、騒乱は嫌いだ。邪魔なんだよ、俺の能力を知る相手がいるということが。無駄は必要としない。理由なんて無い。無駄だからで十分すぎるから」
ピリピリとした雰囲気が一言一言に込められていて、思わず言葉を返すでもなく沈黙してしまう。悪手だとはわかっていた。こうして拘束されている時間が続いていたのは、こんな状況にも関わらず語り合える場のようなものがあったからだ。相手が切っ掛けであったとしても、沈黙で返してしまった以上は場は崩れてしまうのは必然とも言えた。
このままでは確実に逃げられる。
そう思った瞬間、全力で拘束を引きちぎった。影に触れていた時は妙に力が抜けていたが、拘束が減ったこともあり全快ではないものの四肢の拘束を無理矢理に引きちぎるくらいはできる。勢いそのままに続いて頭部の拘束に手をかける。
「ぐぅっ!?」
相手からくぐもった悲鳴が漏れる。魔力で作り出したのか、それとも神器なのかは分からないがフィードバックでもあるのだろうか?だが今こそが好機と判断し頭に張り付いた手を握りつぶさんと全力を尽くせば、ギリギリと軋む音と共に頭を拘束する指が解けていく。あと数秒もあれば自由の身だろう。
だが、相手もそう甘くはない。
次第に弱まる拘束を振りほどいた瞬間、開けた視界に映ったのは
「へ?」
特選・片栗粉の文字だった。
あまりにも意外なものの出現に振り払うでもなく、空中で硬直してしまった小猫に躱すだけの時間はなかった。ぼふん、と音を立てて顔にぶつかった片栗粉の袋から粉が吹き出す。ご丁寧なことに開封済みだったらしい。悲鳴こそ上げなかったものの舞い飛ぶ片栗粉が口内や喉の奥の水分を奪い噎せ込んだ。
「げほっ、げほっ!」
自分の周囲どころか何から何まで粉まみれで真っ白だが、この程度ならば視界はまだ生きている。ゆるしません、と言わんばかりに怒りを宿した瞳で相手が居るだろう前を睨みつける。次に何をされたとしても倍にしてやり返してやるくらいの気持ちで睨んだにも関わらず、黒い二つの影が路地を走って二手に分かれ逃げていく姿がそこにはあった。
『闘争よりも逃走』そんな言葉を思い出すが、時すでに遅し。
慌てて追いかけるも二手に分かれた男の影は既にどこにもなかったのである。
「……部長に報告することが増えました」
ぽつり、とそう呟き口の中の粉っぽさを行儀が悪いと分かりながらも、ペッと吐き出した。
そしてこんなことが起きたにも関わらず決して手放すことはなかったお菓子の入った袋を持ち直し、全身を軽く叩いて粉を払い落としていく。さすが日本のメーカーとでも言えば良いのか、きめ細やかで粗のない片栗粉は制服の繊維と繊維の間に入っているらしく叩いても叩いても中々落ちない。
「次会ったら覚えておいてください」
静かに怒りを燃やしながらパンパン、と制服を叩いたり頭を降って粉を飛ばしたりしながら路地を離れていった。
割と近くで隠れていたためその言葉を聞いていた男は震えていたが、まぁそれは完全な余談である。
空は既に朱が溶けきり、青に黒が混じっていた。昼間の喧騒など嘘のように静まり返った駒王学園の旧校舎の一室、オカルト研究部と呼ばれる部室にだけぼんやりとした灯りがあった。
オカルト研究部というだけあって、内装は実に奇妙奇天烈だ。五芒星から西洋騎士の甲冑、雰囲気作りの為か室内を照らすのは蛍光灯ではなく蝋燭という徹底ぶり。非効率というか、現代の風潮に真っ向から喧嘩売ってるような室内に幾つかの影がある。この可笑しな室内にいる時点で、どこかしら可笑しな存在であることは間違いない。
影の数は四つ。ソファーに座る影は二つ。豪華な椅子に足を組んで座り、優雅に紅茶を口につけているのが一つ。その傍らにまるで従者のように付きそうのが一つ。
椅子に座っていた影はふぅと息を吐きだし、紅茶を満足げにソーサーに戻す。
「それで、小猫の報告をもう一度聞きたいのだけれど。一体何があったというの?」
訂正。満足げというよりも自分の思考を落ち着ける為に一息付けただけだったようだ。
紅茶をおいてから眉の間を揉み込みながらオカルト研究部の部長、リアス・グレモリーは小猫にもう一度報告するように告げた。
彼女、リアスは背筋が凍るような美貌の持ち主だった。赤より紅い紅髪の長髪は流れるようで、肉感的な肢体は垂涎ものの魅惑を誇る。人間は整いすぎた美貌には人形じみた物を感じ、恐怖を抱くというがその恐怖すら溶かそうとする紅蓮の瞳が確かに命の躍動を感じさせる。
が、それも常ならば。今は自らの配下である小猫が持ってきた報告に頭を悩ます一個人でしかない。
彼女の質問に答えたにはソファーに座る影の一つ。塔城小猫は静かに、それでいて短的にもう一度報告した。
「ですから、商店街で黒い仮面を付けた男性と交戦して逃げられました」
「えぇ、それはわかったわ。問題はその次よ。貴方、人間だと思うって言ったのよ?」
「私も信じられないんですが、匂いからして人間だったと思います」
がくりと頭を抱え、リアスは思わず紅茶に手を伸ばすが既に中身が無い。
「朱乃お願い」
「はい部長」
ソーサーごと傍らに待機していた影に渡せば、おっとりとした印象を受ける声がそれを受け取り紅茶を注ぎなおす。
艶のある深い黒髪をポニーテールにした女性だった。リアスと負けず劣らずの美貌ではあるが、リアスの美貌が紅蓮のような紅に例えられるなら彼女の美貌は夜だろう。宵闇のような黒髪、黒曜石の如き瞳、ほんのりと浮かべる微笑。驚くべきことにリアスよりも肉感的なその肢体も相まって、彼女の年齢には不相応な包容力があった。
姫島朱乃というこの人物はやはりというべきか、この妙な空間における部長補佐――つまるところの副部長である。
リアスは改めて入れ直された紅茶を口に含み、その香りと暖かさを堪能しつつ思わず吐きそうになった溜息を押し殺す。
「つまり、今日の報告の纏めをすると。兵藤一誠は堕天使と接触した可能性が高く、堕天使ではない第三者がこの街には存在するということね」
「えぇ、それで問題ないと思いますよ。まぁ問題ばかりと言えば問題ばかりですけどね」
困ったと言わんばかりに肩をすくめたのは最後の影。輝かんばかりの金髪に端正な顔立ちで、さらには筋肉のごつさを感じさせないスラリとした肢体。まるで絵物語の王子様のような出で立ちの男、木場祐斗は部長の言葉に続くように話し出す。
「兵藤一誠の方は堕天使が何を目的としたかは概ね理解できます。彼らが動くときというのは大抵が神器絡みですから。まぁ、それを踏まえてもグレモリーの領地で動くとは思えませんが……それよりも小猫ちゃんが会ったという仮面の男の方が問題だと思います」
「そうね。仮面の男は普通に生活している風だったのよね」
「はい。スーパーの袋を持っていたので間違いないと思います。それに片栗粉ぶつけられましたし」
「あらあら。家庭的なのね」
恨みのこもった声をあげた小猫にズレた返答を返すことで重くなりそうな空気を流す。副部長のそんな気遣いに感謝しつつも、幾つかの気になることをピックアップしていく。
「家庭的かどうかはさておき。仮面の男についてわかっていることは、まずこの学園の生徒であること。そして男性であるということ。最後に何かから逃げているということね。……正直、厄介事の予感しかしないのだけれど」
「部長なら大丈夫ですって。僕たちも付いてますから」
「ありがとう裕斗。今ところ問題として優先度が高いのは仮面の男ね。目的不明、所属不明の時点で厄介なのに小猫を相手にして逃げ切るだけの実力者」
「えぇ、だけれど兵藤くんの方も忘れちゃダメよ?」
「わかってるわ。もしもの時のために契約用紙を入れたティッシュを渡しておかないとね」
口を湿らせるために一度紅茶に口を付ける。厄介事の種を面倒だと思いつつも、不謹慎なことに少しだけ楽しみとも思っているのを隠すために。グレモリーの領地を荒らす輩に対し、自分の実力を試す機会が巡ってきたということは素直に喜ぶべきだろう。
リアス・グレモリーは将来を見据える。
自分が王として眷属を率いる以上、無様な王にはなりたくない。ましてや偉大な兄を持つ身としては、少しでも認めさせるだけの要因が欲しかったというのもあった。自身の紅に等しい程の炎が胸中で猛る。
「このグレモリー領で粗相をした子達にはお仕置きしないとね」
凄惨に、それでいて蠱惑的な笑みを浮かべたまま彼女は再び紅茶に口をつけた。