どこかの海に島がポツンと浮かんでいる。
あらゆるレーダーも目視も受け付けない島。
隠れる事にだけ特化した要塞。
ステルスシールドによって守られている人工の要塞だ。
この島の唯一の住人、篠ノ之 束が世界から隠れる為の島である。
その日、そろそろ寝ようかと思っていた束は、何とはなしに窓から外を見た。
普段ならそんなことはしない。感傷的に景色を楽しむなんてことを絶対に彼女はしない。だが、何故だろう、その日は特に考えもせずに窓から夜空を見た。
人工の光は彼女の部屋を照らすものしかない。海と空の境界は消え、夜空に輝く無数の星だけが、そこが空だと主張している。
そんな景色を無感情に見つめていた彼女は気が付いた。
夜空を切り裂く一条の光。宇宙から落ちてくるソレに。
情報という情報をハッキングする。彼女にかかれば、国家機密のプロテクトでさえ全くもって意味をなさない。
落ちてくるソレに狙いを絞る。
人工衛星の欠片でも隕石でも、ましてやミサイルでもない。
ソレは宇宙から真っ直ぐに落ちて来るが速さは一定のまま、ゆっくりと落ちてくる。
引力を無視する暴挙。自分の目がおかしくでもなったのか、或いは自分も知らない新しい技術か。彼女の好奇心は既に飽和状態であった。
ありとあらゆる情報をハッキング。ソレの存在を無かった事にする。映像も音も、地震計さえも欺いて。ソレの痕跡を世界から抹消する。
軌道を算出し、島の東端に落ちることがわかると、彼女は一目散にその場所へと向かった。
⬛
「……っ…はっ!?」
知らない場所。瞬きを数回してから、ふと、気づく。
「地球…?」
慣れ親しんだ地球の重力だ。コロニーのものでも艦のものでもない。天然の重力を全身に感じる事が出来る。
手足は動く。五体満足のようだ。おかしい。自分はカミーユに倒されたはずだ。ラーディッシュの爆発に飲まれて、それで……
状況を確認する。彼は布団に寝かされていた。部屋には家具の類いは無く、全体的に灰色の無機質な部屋だ。病院なのだろうか。まさか捕虜にでもなったのか。
捕虜にされているとしたら見張りがいるはず。重たい頭をフルに働かせて慎重に部屋の気配を探ると……
「…誰だッ!?」
背後に人の気配。振り返り、相手の腕に自分の腕を伸ばす……が、簡単にあしらわれた。
「やーやー、起きたかい?起きたんだね?あ、地球連邦軍所属のジェリド・メサ中尉で間違いないかい?」
そこにいたのは、不思議の国のアリスのようなゴシックドレスに兎耳姿の女性だった。
満面の笑みを浮かべる女性。対してジェリドはいつでも攻撃に転じられるように構えを崩さない。
「誰だ?貴様、エゥーゴか?」
「質問に質問で返すのは感心しないね。……まぁいいや、私は篠ノ之 束。この名前に聞き覚えはあるかい?」
「……無いな」
篠ノ之 束。名前からして東洋人。ジェリドはそのような名前には心当たりはなかった。視線は彼女に固定したまま状況を探る。
正面から押し倒す事も出来る距離だが、先程のことがある。いくら寝起きで頭が重く、思考がまとまっていなかったとは言え、エリートとして格闘術も手を抜かずにやっていたジェリドを難なくあしらうとは只者ではない。
何よりも今は情報が必要だった。エゥーゴの捕虜なら納得はいかないがまだ良い。だが、アクシズに利用されでもするのはいただけない。あの破廉恥極まりない女、ハマーン・カーンならば、捕虜をサイボーグにでも改造して、兵士として利用する、なんてこともしそうだ。
ふと、この女のプレッシャーはハマーン・カーンの前に立ったときに感じたそれにも似ている気がした。
「ふむ…私の名前を知らない、か。うんうん、これは面白い、実に興味深い。おいで、面白い物を見せてあげるよ」
ジェリドの警戒など無視して今にも躍りだしそうな程に浮き足立った彼女はクルリと後ろを向いて歩き出す。
重い体を強引に動かし、ジェリドは彼女の後を追った。
⬛
ここだよ、と彼女が示す部屋に一歩踏み込めば、そこは先ほどの部屋とはまるで違う。
異様なほど高い天井。乱雑する機材。絡まったケーブル。点滅する大量のボタン。空中に映し出される投影型の映像。
ラボと呼ぶに相応しい部屋。或いは、ニタ研なるものはこんな場所なのかもしれない。
そんな中で、部屋の中心にあったものにジェリドの視線が縫い止められる。
NRX-055 バウンド・ドック
機体制御にサイコミュを採用したニュータイプ専用の試作機。グリプス戦役時の兵器の中でも特に異彩を放つ姿をした機体。ロザミア・バダムが搭乗していた赤の機体。
その成れの果て。見るも無惨なボロボロの骸。
部品が幾つか並べられているだけで、その部品も全部があるわけでは無い。だが、元があの大きさだ。骸は部屋の一角を占領していた。
「この子と一緒に落ちてきた君を私が拾ったってわけさ」
あの戦闘を生き残って地球に流れ着いたとするならば、ジェリドはかなりの距離と時間を漂流していたことになる。
そこまで考えて、ジェリドは今更ながらに重要なことに気づく。
「おい、戦闘はどうなった‼ティターンズは、エゥーゴは、アクシズは!!カミーユはどこだ‼」
そうだ。自分は戦闘中だったではないか。部下を、友を、師を、恋人を殺した憎きカミーユと戦っていたではないか。
「く、苦しい……」
苦しげな声に我に返る。気づくと、ジェリドは束の襟をつかんで問い詰めてしまっていた。
「っ…すまない…!」
慌てて手を離すジェリド。カッとなると周りが見えなくなる。自分の悪い癖、これだからマウアーに子供だと言われてしまうのだと深く反省する。
「ゴホッ…気にしないでいいよ。いきなりこんな状況になれば誰でも不安になるさ」
本当に苦しかったのか、演技なのかジェリドには判別できない。先程ジェリドを難なくあしらった女性が今回は反応できなかった、とは考えにくい。
だが、その時のジェリドはそんな事は全く考えることが出来なかった。苦しかったということで顔を赤らめ、ジェリドが掴んでしまったために胸元が少しはだけた束の姿。大きな胸、スッと括れたウエスト、可愛らしい顔と、彼女は文句なしに美人で可愛らしく、女性としての魅力に満ちている。少しドキッとしてしまったのは、男として仕方がないことだと思われた。
「ジェリド中尉。君が言うような戦闘は存在しないんだよ」
「なんだと?」
「エゥーゴも、ティターンズも、アクシズも存在しない。それどころか、人は未だに宇宙に住むことすら始めていない」
「ふざけるな!俺をからかっているのか?あの戦争が存在しないだと!?みんな死んだんだ!大事な人が全員!それが存在しない訳があるか‼アイツは俺のムグゥ?」
エリート意識を鼻にかけてしまい、人の反感を買うことも多いジェリドだが、本来の彼は仲間思いで情に厚い男だ。束の発言に怒らない筈がなかった。が、発言の途中で口に何かを当てられて喋れなくなってしまった。
「落ち着いて。それは束様特製口止め機だよ。くっつくと暫く喋れなくなるけど、一定時間たつと自動で外れる優れものさ」
彼女は得意気な笑みを浮かべ、むふん、と鼻息を荒げ豊満な胸を張る。
ジェリドは自分の口に張り付いた『×』の形をしたそれを擦りつつ、最早こいつに抵抗しても無駄だと覚悟を決めた。が……
「君は今、異世界にいる」
「……っ!…!!」
いきなり突拍子も無いことを言われて、先程の決意も霧散した。何とか『×』を外そうと足掻くが意味をなさなかった。
「君からして異世界。私からすれば君が異世界人となる。私もにわかには信じられないよ。けど、幾つもの証拠がそれを示している」
言って彼女は、キーボードに手をかける。
「まずはこれを見てみなよ」
宙に浮いた画面に写し出されるのは地球の衛生写真のようだ。
自分が知っているものと変わらない映像だ。ただ一点を除いて、ではあるが。
「……っ!」
目がいくのは南半球。太平洋上の一つの大陸。
「君の世界ではシドニー湾なるものがある筈だが、そんなものはこの世界には無い」
ジェリドの知っているオーストラリア大陸は、コロニー落としによって国土の16%が消失。「シドニー湾」とも呼ばれる最大直径500キロメートルの巨大なクレーターを穿った筈だった。
「さらに、君は私を知らない。これが何よりの証拠となる」
「……?」
「これだけ広い研究所を、たった一人で運用する。そんなことをしている人間をマークしないほど地球連邦軍は無能かい?」
「………」
確かにそうだ。先程寝かされていた部屋からこの部屋までそこそこの距離があった。詳しくは無いジェリドでも解る最新鋭の設備もある。加えて、束以外の人間がいる様子もない。そんな奇異な話、噂ぐらいは聞いていてもおかしくは無い筈だ。だが、そんな話は聞いたことがない。
『×』形の機械が外れる。
「じゃあなんでアンタは、コロニーのことを、俺の世界のことを知っている?」
その質問に対して束は、「エヘン」と、よくぞ聞いてくれましたとばかりに豊満な胸を張る。
「ハッキングしたんだよ。君の乗ってきた、そのバウンド・ドックをね」
呆気にとられて言葉がでなかった。そんな簡単にハッキングができるのかとか色々と疑問はあったが、この女ならやりかねない、と思えたのである。
その後も次々と示されていく証拠。機械は口から外れていたが、ジェリドはその間、一言も発することは出来なかった。
「極めつけはこれさ」
そこでパチンと束が指を鳴らす。すると、ラボの一角の床が開き、そこから……
「なっ…MS!?いや、違う!?何だこれは!?」
「IS、インフィニット・ストラトスさ」
束は簡単に現在の世界について教えていく。
世界最強である兵器IS、インフィニット・ストラトス。女性しか動かす事の出来ないISが生みだした女尊男卑の風潮。世界を一新した白騎士事件。ISの開発者である彼女自身の事。
篠ノ之 束と言う人物をよく知るものであればあるほど、今の彼女の親切な様子には疑問を持つはずだった。
「あとひとつだけ教えてくれ」
話を聞き終えて、ジェリドは束に尋ねる。最早彼女の話を疑うことはできなくなっていた。各種証拠も勿論であるが、決定的なのはISの存在だ。宇宙世紀において、あのような等身大の兵器を作る利点は無いと言える。作業用ならいざ知らず、兵器としての運用はMSがある以上無意味だ。しかし一方で、絶対防御とシールドバリアーのシステムは脅威だ。実際の性能を見たわけでは無いが、それが真に「絶対」の防御であり、メガ粒子に加えて実体弾や爆炎にも効果を発揮するのであれば、Iフィールドよりも遥かに有用だ。そんなものが地球で開発されている、そんな情報は聞いたことがなかった。
「何だい?幾らでも聞いてくれていいんだよ?」
「俺は何をすればいいんだ?」
ニコリではなくニヤリ。彼女は悪巧みをするように笑って見せた。
「流石にエリートさんだね。気づいたって訳か」
「おいおい、あの機体は俺のことまで記録してたのかよ。軍ってのは恐いねぇ。プライバシーってもんは無いのかねぇ」
「どこで気づいたのかな?」
「何も難しい事じゃねぇよ。アンタみたいな人間があんなに丁寧に教えてくれる訳が無い。何か腹積もりがあるんだろう」
その回答を受けた彼女は笑みをより一層深くして、告げる。
「ジェリド・メサ中尉。どうだろう。私に君の力を貸してくれないかい?対価は、元の世界への帰還、でどうかな?君が帰れるように世界最高の天才が最善を尽くすよ」
「OK……と言いたいところだが、こういう話は少し考えさせてもらいたいもんだ」
「いいよ。時間はたっぷりある」
ジェリドが少し考えさせてくれと伝えると、束はこれを快諾。先程の個室を貸し与えてくれた。
⬛
「出戻りのジェリド中尉、ねぇ……」
束が見つめるディスプレイには、ジェリドの経歴や戦績が羅列されている。
出戻りのジェリド。彼はどうやらそのように呼ばれていたようだが、束はそれを寧ろ肯定的に捉えていた。
「彼の戦闘データを見るに、実力は連邦軍でもかなり上位に位置する。加えてこの生還率。どうやら上の人間も彼をテストパイロットとして使っていたようだね」
画面に映っているのは彼の乗ったMSの数々。新型でもある程度の戦果を出し、かつ生存するというのは、軍の上層部及び研究者からしたら最高の存在だ。束も研究者だからよくわかる。簡単に死んでしまわれたらせっかくの機体も駄目になるし、何よりデータが消えてしまう。かといって逃げ回ってばかりの臆病者では充分なデータは取れない。
その点ジェリドはモルモットとして最高の存在と言える。血気盛んで好戦的、実力もある。出戻りと言われるほどに生還するということは、引き際を弁えており、かつ運も良い。データはどんどん集められ、その貴重なデータが失われることもない。
束はニヤリと笑みを浮かべる。
確かにジェリドには問題もある。
カミーユ・ビダンというエゥーゴのエースの少年への異常なほどの執着だ。まぁ、彼は周囲の人間を尽く殺されているから無理もないのだが。これにはティターンズの上層部も頭を悩ませていたようだ。
だが、束にとってそれは問題ではなく、寧ろ良いことだ。
何故なら、元の世界へ返して復讐のチャンスをもう一度与えてあげる、とでも誘えば簡単に操れる。
さらに、この世界にカミーユ・ビダンはいないのだから、ジェリドが暴走することも無い筈だ。
さらにさらに、ジェリドがテストパイロットとして様々な機体で集めたデータは全て、彼のバウンド・ドックに引き継がれていた。
「けれど何より……」
束がキーを一つ弾くと、空中のディスプレイ映像が切り替わる。その画面には、こんな一文が映されていた。
『ジェリド・メサ中尉。ニュータイプの可能性。要観察対象』と。
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