夕方に近づき、廊下を歩く生徒がまばらになる頃。1年1組の教室に、握手会の最後の客となる俺は、椅子に座るシロキと対面した。
「やぁ、キミオ。元気かい?」
「ああ。シロキこそ、ずっとデュエルして疲れてないか?」
「ん〜…、キミオと全力で戦えるくらいの余力はある」
「そうか。そうでなくては困る」
俺たちの間を、一陣の風が吹き抜ける。
遊戯王王王
第5話
あの日までは
この教室には、何人かいる。その全員が俺たちのデュエルを見届けるらしい。
「ジョウ様! 頑張って!」「ジョウ! 男気を見せろ!」
…と言っても、人気アニメの主人公役になりきるシロキの応援がほとんど。赤毛メガネのホノリ(今はメガネを付けていないが)を筆頭に多くの女子がいる。中には、男のヒロタもいる。
「皆ありがとう! 俺は勝ってみせるぜ!」
シロキが、主人公役の声らしき渋い声で応えると、女子の歓声が響く。
「勝ってみせる…ね」
「そうさ、僕が勝つ」
こっちを向き、いつもの爽やかな声に戻る。
「やってみろよ。今日の俺は違う」
「それは楽しみだ」
「「デュエル」」
「俺の先攻。手札抹殺を発動。4枚捨てて4枚ドロー。サモンプリーストを召喚。効果を発動、手札の魔法を捨ててデッキからトレジャーパンダーを特殊召喚。トレジャーパンダーの効果を発動、墓地の魔法を3枚除外して、デッキから封印されし者の右腕、左腕、右脚を特殊召喚。さらに、ワンダーワンドを発動。右腕を墓地に送って2枚ドロー。ルドラの魔導書を発動、右脚を墓地に送って2枚ドロー」
そのドローカードを見る。こいつを待っていた。
「右脚をリリース、現れろ、召喚神エクゾディア」
「出たー! やったれキミオ!」
うるさいな、タカラの奴。と言うか、この群衆の中にいたのか。
「もう一度、トレジャーパンダーの効果を発動、墓地の魔法を除外して左脚を特殊召喚。左脚を素材に、
「なるほど。バグースカが厄介だね。全てのモンスターを守備表示にして効果を無効にする。しかも、隣にいる召喚神はその効果を受けないし、攻撃力4000。さっきの手札抹殺でエクゾディアの顔を落としていたなんて、中々いいスタートだ。……だけど、俺は負けない! 俺のターン、ドロー! 俺は、ナイトショットを発動! その伏せカードを貫く!」
俺はふと笑みがこぼれる。
「残念だったな。破壊されたのは、光の護封霊剣だ」
「やるね。なら、作戦変更! いくぜ!」
「来い」
「俺は、ブラックホールを発動!」
くっ、バグースカとリンクリボーが破壊された。
「しかし、召喚神は残る」
「それも貫く! 俺は、
「うぉーー! レッドアイズ来たぁーー!」
「あんた黙りなさい!」
「…ごめん」
タカラが叫び、ホノリが静める。あいつ、狂ったぐらいにレッドアイズが好きだな。
「…続けるよ。レッドアイズトゥーンドラゴンの効果を発動、手札からトゥーンブラックマジシャンを特殊召喚!」
「ブラマジ来たー! きゃー!」
「いえーい!」
「いえーい!」
ホノリが叫び、タカラも一緒になってはしゃぐ。…いや、止めろよ。
「さらに、トゥーンブラックマジシャンの効果を発動、手札のトゥーンマスクを捨てて、デッキからトゥーンリボルバードラゴンを特殊召喚! そして、レッドアイズとブラマジとリボルバーを素材に、
結果は…
「2と、5! 合計は7だから、3枚ドローして2枚捨てる!」
「運の良い奴め」
「君に言われたくないね! まだいくよ! ラッキーストライプは、あと2回発動できる! もう一度、ダイスロール! …3と4! 3枚ドローして2枚捨てる! もう一度、ダイスロール! …1と6! す、凄いや! 3枚ドローして2枚捨てる! ハハッ、こんな上手くいくなんて!」
「「「おおおっ!」」」
シロキや、周囲の生徒たちもが驚いている。まさか、3連続でドローを成功させるとは。
…こんな偶然、起こりうるのか。
「さらに6が出た事で、攻撃力は4200になる! バトルだ、ラッキーストライプで、召喚神を攻撃!」
「っ、200のダメージ。だが、戦闘破壊された時に手札から左脚を見せて1枚ドロー」
「2枚伏せる。次はお前を貫く! 俺はこれでターン終了だ」
シロキの手札は2枚。伏せカード2枚で、ラッキーストライプがいる。攻撃力4200。
俺の手札は3枚。場にカードは無い。
さて、あのカードが来れば逆転できるが、果たして。
「俺のターン、ドロー」
見る。そして、ふと笑みがこぼれる。
ほのかに望んでいたタイミングで、来てくれるとはな。
「行くぜシロキ。俺は、ものマネ幻想師を召喚。お前のモンスターと同じ攻撃力になる」
「…まさか」
--ドクン。ドクン。
俺は、心臓の高鳴りと、懐かしさを感じながら、宣言した。
「俺は、ものマネ幻想師で、ラッキーストライプを、攻撃」
「相討ち…」
「ああ…」
その時。
心の奥底から。
懐かしい感情が込み上がり……
「「ぷっ、ははは!」」
吹き出して笑った。シロキも、同じタイミングで笑った。
「あははっ、笑えるね! 君と相討ちすると、いつもそうだ!」
「はは、全くだ!」
そうして、しばらく笑うと、次第におさまる。
互いに、何も言わずとも手札を構え直した。
「俺はターン終了! かかってこい!」
「行くよ! 僕のターン、ドロー! まずは
「甘いなシロキ! 光の護封霊剣を除外! 攻撃を止める!」
「くっ、次は決める! 僕は黒魔術のヴェール発動! トゥーンブラックマジシャンを墓地から特殊召喚! ターン終了だ!」
伏せは無い。行ける!
「俺のターン! ドロー!」
見る。それは、またしても良いタイミングで来てくれた。
「このデュエルもらった! 俺は金華猫を……………」
その時。
俺の目が熱くなる。
濁る。拭う。溢れる。拭う。
拭っても拭っても、止まらない。
頼む、止まってくれ。あと少しで勝てるんだ。どうして、このタイミングなんだ。少しくらい、楽しんでいいだろ。
「キミオ? どうしたんぜよ?」
タカラが心配している。ざわざわと、周りの奴も気にし始めている。
「なっ…ん…でっ……もっ」
息が荒れて、声が出せない。
「キミオ! 何でもなく、ないぜよ!」
「タカラさん」
シロキが制する。
「キミオは今、戦ってる。僕らは待つ事しか出来ない」
「はぁ…、はぁ…」
シロキ。
待たせて、悪いな。
俺は、まだやれる。
そう言いたい。
目だけでも伝えたい。
続けたい。この楽しいデュエルを、最後まで……
「おれの⋯⋯タ⋯ン⋯⋯⋯ドロ⋯」
手を伸ばす。デッキに手を添える。
しかし。
手が震えて、1枚だけを取れない。
⋯何でだ。
何で、俺の手は、震えやがるんだ!
続けさせろ! もっと楽しませろ!
「ぐぅ⋯うおおおおおおっ!」
思いっきり、引く。
直後、聞こえたのは、カードがバラバラと落ちる音。周囲が騒然とする声。
そして⋯
「キミオ。もう、止めよう」
シロキが1枚1枚カードを拾いながら、そう囁いた。
何言ってんだ? まだ、デュエルは終わってねぇ。
ほら、金華猫を召喚すれば⋯⋯、
「あ⋯れ⋯? 手札は⋯⋯?」
「気付いた? ドローはおろか、手札さえ持ってられないんじゃ、デュエル出来っこないよ」
持ってられない? そんな…
「また今度、やろうよ」
「っ」
また…今度…?
冗談やめろよ。そんな事言って、明日、俺かお前の身に何かあったら、二度とデュエル出来ない。
二度と。
だから今は、楽しんでもいいだろ?
なぁ、シロキ………
「っ……………」
…あの日と同じだ。何も言えず、優しさに甘えて。何も成長していない。
どうすれば、俺は変われる……
ポン、と。デッキを手渡しされる。さらに、両手で包むように添えられる。
…少し見えた。俺のデッキを手渡ししてきたのは、シロキ。シロキが、微笑んでいる。辛いのはシロキも同じなのに、こいつは俺に笑いかけてくれている。
⋯俺は、なんて事をしたんだ。
「…………」
俺は声に出さず、ごめん、と口を動かす。
現実を受け入れろ。
俺が、こんなにワガママだから、シロキを苦しめているんだ。もう諦めろ。早く、ここから去れ。シロキの前から、消えてしまえ。
走れ。逃げろ。外に出ろ。
どこならいい?
どこでもいい。
どうでもいい。
この溢れる感情を、押し殺せるなら。
あの日までは、毎日が楽しかった。
「おーい! 俺とデュエルしようぜ!」
まだ、小1か2、だったか。あの頃の俺は、デッキを持って、デュエリストの溜まり場になっていた古びた倉庫に行き、他の子がデュエルしてる中に混ざりに行っていた。
「よっしゃ! カップオブエースでドローするのは、俺だ!」
「うわぁ! またかよ!」
昔から、何故かデュエルにおいて運が良かったのを全力で活用し、勝ちを重ねていった。
⋯それが嫌われる原因と知らずに。
「あっち行こうぜ。お前、来るなよ!」
「来るな来るな! もうデュエルしたくねぇよ!」
とか言われて避けられるのは何度もあった。しかし、それでも俺は、
「⋯まぁ、ちょこっと楽しめたし、いっか!」
どんな形であれ、デュエルが好きだった。
そんなある日。俺はシロキと出会う。
いつも通り倉庫に行くと、あまりの弱さで連敗中だったらしいシロキが、半泣きでデュエルしていた。
周囲の奴が俺に気付くと、俺とシロキをデュエルさせようと言い出した。
しかし、シロキの手札は、いわゆる事故。ブラマジ3枚、マジシャンオブ・ブラックカオス3枚。泣くのも仕方なかった。
…だが。
「俺は、手札抹殺を発動! バトルだ! 魔導戦士ブレイカーで攻撃する時、マジシャンズ・サークル発動! カイクウを出すぜ! さぁ、お前も何か出せよ」
「えっと…」
「攻撃力2000以下で、魔法使い族だ!」
「あっ、それなら」
シロキの涙が、止まった。
「トゥーンブラマジガールを召喚!」
「なっ!? やべぇ! 墓地に師匠たちが6体いる!」
「攻撃力3800だ!」
「くっそー! ダメだ! ターン終了!」
「僕のターン! 行け、トゥーンブラマジガール! 攻撃だ!」
⋯そうして、デュエルした最初は半泣きだったシロキが、次第に楽しそうに笑ってデュエルしていたのは、覚えている。
それから俺達は友達になった。
「シロキ! 入っていいかー!」
「いいよー!」
小3にもなると、俺とシロキは、学校が終われば、ほぼ毎日シロキか俺のどちらかの家に行って、日が暮れるまでデュエルしていた。
「行くよ! トゥーンヂェミナイエルフで攻撃!」
「それを待っていた! 罠発動! マジシャンズ・サークル!」
「やっぱり!」
「俺は、デッキからこれを選ぶぜ!」
「僕は、これ!」
「「せーの!」」
「ははは! やっぱりそれか!」
「あはは! いつものパターンだね!」
いつものパターン。そう呼ぶほど、俺もシロキも、マジシャンズ・サークルを使っていた。そんなバカ笑いするデュエルを行い、日が暮れて、自転車で帰宅。
それからは……
「父さん!」
俺の父さんは、将棋士の仕事をしていない日は、いつも家の和室で本を読んだり、1人で将棋を指したりしていた。俺は、そんな父さんの大きな背中にいつも飛びついていた。
「どした?」
「デュエルしようぜ!」
「ご飯食べたらな」
「えー、今は?」
「ダメだ、キミオは弱っちいから、今のうちに改良しとけ」
「弱くない! 今日は絶好調だもん! 次はぜってー勝つ!」
「そっかそっか。飯の後でな。腹が減っては?」
「戦ができぬ! はいはい、分かってるよ!」
…で、居間にいる母さんの所に行く。
「母さん!」
俺の母さんは、アニメ会社で作画する、アニメーターの仕事をしている。家では、居間で何かのテレビアニメを見ながら夕飯の支度をしていた。
「なぁに?」
「母さん、デュエルしようぜ!」
「デュエル? いいけど、じゃあその前に、色々と手伝ってくれる?」
「いいぜ!」
そうして俺は母さんと夕飯を作り、家族3人で食べて、それからデュエルしていた。
「金華猫を召喚! ものマネ幻想師を特殊召喚して、母さんのビクトリーバイパーと同じ攻撃力にする! そんで、攻撃だ!」
「あら、やられちゃった」
「いえーい!」
「よし、今度は父ちゃんが相手だ」
「おう! 今日こそは、コイントスの侍をぶっ倒すぜ!」
そんな喧しい俺を、父ちゃんと母ちゃんは優しく見守ってくれていた。
あの日までは。
小3の秋。俺は学校で、いつも通りシロキと遊ぶ約束を話していた時だった。
担任の先生が俺を呼ぶ。タクシーに乗る。病院に着く。そこで、母ちゃんは泣き崩れながらも、俺を見た瞬間に抱きしめた。当時の俺は、何が起こったか分からなかった。
父ちゃんを見るまで。
病室で白い顔をしていた父ちゃんを見るまで。
父ちゃんは心臓発作で、急に倒れ、そのまま目を覚ます事は無かった。
いきなり訪れた別れ。いつまで経っても家は静か。当時のバカな俺でも充分に理解出来た。父ちゃんは、もう居ない。二度と楽しかった日は戻らない。
戻りたい。もっと一緒に居たかった。なのに、どうして……。
静かな部屋の中、心の中は叫び続けていた。
「キミオ」
家で呆然としていると、シロキが呼び鈴を鳴らす。俺はドアを開ける。その時、母ちゃんから学校を休んでいいって言われて5日経ったのを思い出し、シロキと会えて嬉しく思った。
「元気?」
「うん」
「ちゃんとご飯食べてる?」
「うん」
「なら、良かった。急に来てゴメンね。顔が見たくてさ……あと、クラスの皆から預かってきたんだ。興味が出たら読んでみて」
手渡されたのは、手のひらサイズの画用紙の束。見ると……1枚1枚にクラスメイトの手書きのメッセージやイラストが、遊戯王カードを模して書かれてあった。皆、俺の事を心配してくれる、優しい奴らだった。
…でも、優しさを感じると同時に、悲しみが沸き起こり、
「いらない」
俺はそれをシロキに返した。
「…え、何で」
「気持ちは嬉しい。でも、いつか離ればなれになるじゃん。そしたら、あの頃に戻りたいなって思えて、悲しくなる。もう…こんな気持ちになる位なら、最初から楽しい事なんかしたくない」
言い切って、
「キミオ!」
俺はドアを閉め、ドアにもたれて、力無く崩れた。
その時から、俺の心はぶっ壊れた。デュエルを楽しむ事を拒絶するようになった。いつか死に別れるから、思い出なんか作らないようにした。
のに。最近は忘れていた。デュエルを楽しみたい気持ちが、残っていた。
ごめんシロキ。
もう、これ以上は、嫌だ……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次回予告
「走り去るキミオを、うちは追い掛ける。少しずつ距離を縮めて、やっと追い付く。キミオは、放っておいてくれ、なんて言うけど、そんな事しないぜよ。鬱陶しい奴だって思うでしょ? その理由、教えてあげる。あのね…。
次回。うちとデュエルするぜよ! デュエル・スタンバイぜよ!」