俺は今、川沿いの道を走っている。無我夢中で走って、いつも通らない道にいた。
「キミオ! 待って!」
なぜだろう、俺を呼ぶ声がする。
振り向く。タカラが追っていた。
「来るな!」
「やだ!」
「…くそっ!」
そっちが退かないなら、俺の方から逃げるまでだ。
遊戯王王王
第6話
うちとデュエルするぜよ!
「さあ、おとなしくするぜよ」
俺は、川沿いの公園の芝生に寝転がり、脱力して荒く呼吸する。
タカラが見下ろしている。しかも、俺の全力疾走に追いついて、息切れ一つ無い。どんだけ体力あるんだ。
「何で、追いかけてきた。放っておいてくれ」
「やだ。放っとかない」
「やだじゃねぇ」
「やーだ!」
「やだじゃねぇ!」
「やだやだ!」
この瞬間。
俺は立ち上がって言った。
「だまれっ! どうしてそこまで付きまとうんだ! いつも近寄りやがって! 何なんだよお前は!」
ぺち
「…」
頬をはたされた。タカラが手帳で、めちゃくちゃ弱く。はたく…というか当てたと表現すべきか。
「開けてみて。カードがあるぜよ」
受け取り、開いてみる。その見開いたページに、1枚のカードがあった。
真紅眼の黒竜。安く市販されているノーマルカードのそれを、三、四重ものスリーブに入れられていた。大切にされているのは明白。
「何故、これを見せる?」
「それ、キミオがくれたカードぜよ」
「……俺が?」
いつ渡した? いや、そもそもタカラにカードを渡した事なんて一度も無い。
仮に、渡したとしても、こんな簡単に手に入るカードを何故渡す必要がある?
「忘れちゃったかぁ。うちらが小3の時、1回だけ会った事があるんだけど」
会った事がある……?
「ん〜……何から話そうかなぁ」
----
----
そうそう。あれは、小3のゴールデンウィーク。うちとお母さんで、隣町の親戚の家に遊びに行って、家族写真を見ていた時だった。そしたら、親戚のおチビの男の子が言ったの、「赤色! お化けの目!」って。
小さな子は知らない。赤目現象っていう、色素の薄い瞳が光に当たると赤く見える現象。色素の薄い猫とか人に多く起こる現象が、うちの目にも起こるらしいの。うちはそれを前々からお母さんに教わって、「変じゃないぜよ」って慰められてきたんだけど、やっぱり嫌だったのをハッキリ感じたのが、おチビの素直な一言だった。
それで、叔母さんがおチビを叱って、おチビが泣き出して、お母さんがうちを慰めて、叔母さんとお母さんがお互い謝り合って……そんなのを見てたから、うちも泣きそうになった。でも、泣いたら余計に困らせちゃう。だから写真を持って外へ走るしか出来なかった。
…で、ちょっと疲れたから、小さな公園に行って、ブランコに座って休んでた。そこで写真をぼんやり見てたら、破り捨てたくなった。でも、皆が笑顔の写真を捨てたら悪い子だ。どうしよう、どうしよう、って考えてる内にどんどん涙がこぼれて、声に出して泣いちゃったんぜよ。
その時だったね。自転車を停めて、うちの所に来たのは。
「どしたの? ケガしたの?」
うちは、俯いたまま、首を横に振る。
「お腹空いた?」
また横に振る。
「ん~?」
しばらく悩んで、写真を見て、こう言ったね。
「おおお! かっけー! レッドアイズ!」
「何…それ」
「知らないの?ほら、これ!」
鞄から、真紅眼の黒龍のカードを出したね。
「これがレッドアイズ!」
「…だから何?」
「超かっけぇ!」
「何がっ!」
うちは叫んで顔を上げた。そしたら……
「かっこいいんだよ!お前の赤い目が!」
あの時、太陽に負けないくらいキラキラした笑顔に、ビックリした。
「あれ? 紫じゃん。何で?」
不思議に思って、じーっと見てきたね。本当の目は赤色じゃないもん。
「まぁ、いっか! パープルアイズもかっこいいし、もう泣き止んでるし! じゃね〜」
そう言って、自転車に乗って行っちゃったね。颯爽と現れて、颯爽と居なくなった。夢のような時間だったけど、確かに手元にはカードが残っていた。
それを見ると、今でも思い返せる。
『かっこいいんだよ! お前の赤い目が!』
----
----
「あの時の言葉のお陰で、うちは一番嫌いだった赤目現象に前向きになれた。他にも色々悩みが出た時は、このカードを御守りにして、ギュッとして、元気をもらってた。でも、元気すぎて嫌がられる事もあったけどね」
と、タカラは恥ずかしさを滲ませて笑った。いつもと違う、初めて見る表情。
……いや、一度見た。
「そうだ。あの時の写真に、恥ずかしそうに笑っている赤目の女の子がいた」
「っ………やっと思い出したね。うちも、昔のキミオの写真をシロキに見せてもらうまで、もしかして…くらいしか思わなかった。けど、さっきデュエルしてた時、キミオが高い声で笑ったじゃん? 昔の声と、笑顔が、同じだったからさ………だから、どうして笑顔を我慢したのかな? って、追いかけちゃった」
「それは…」
ぐっ、と唾を飲む。
こいつは、ここまで本音を明かした。俺も、腹を割って話すべきだろう。
「聞いて、くれるか?」
「うん」
「失望するかも、しれないぞ」
「いいよ」
タカラは、目を合わせてくる。聞いてくれる様だ。
ふぅ。と、呼吸を整え、俺は話した。
「俺は、昔、父ちゃんと母ちゃんとのデュエルが何よりも楽しかった。でも、父ちゃんが死んでから、その楽しい思い出は、あの頃に戻りたい…と思える、悲しい思い出に変わった。だから、楽しい思い出を作らないようにしてきた。でも、本当は、シロキとかタカラとか、皆とデュエルして、心の奥底で楽しんでいた。それを何とか我慢してきたが……今日のデュエルで分かった。俺は、デュエルをすると楽しんでしまう。ダメになる。だからさ、もう、放っておいてくれ」
「…」
「…」
静かになる。どこか遠くで、電車が走る音が聞こえる。それ以外に大きな音は聞こえない、長い沈黙。
俺たちは、じっと目を合わせる。タカラは、唇を苦く閉じている。まばたきを何度もしている。手帳を両手で強く抱いている。
やはり、失望させてしまった。再会を望んだ人物が、昔と全く違うもんな。
…しかし、それでいい。俺なんかに関わるな。関わらないでくれ。
「キミオ」
電車が通り過ぎ、タカラは意を決したように言う。
「今から、うちとデュエルするぜよ!」
…少し、首がカクンと脱力した。
「何でそうなる」
「今やりたいんぜよ! キミオと!」
「放っておいてくれと、言っただろ」
「やーだ! するぜよ!」
「しない」
「する!」
「しない」
「するする!」
「しないしない」
「するぜよ!」
「しないぜよ……ちょっと待て」
「ぷふっ、今、ぜよ…って」
「笑うな」
「ご、ごめん。うぷぷ」
…。
さて。
これは、何度言っても無駄だな。走っても逃げれないし。
…やるしか無いのか。
「分かった。1回だけな」
「うん!」
そして、川沿いの公園にあるベンチに座り、鞄から、バラバラに入れてあるカードを出す。…折れ曲がったり、してなさそうで良かった。
「これを敷くぜよ」
タカラがハンカチを2枚敷く。なるほど、これならベンチの砂利からカードを守れる。
「すまんな」
「どうも!」
そんな感じで準備が整う。
「あ。初手エクゾは無しで!」
「分かった」
5枚を引く。見る。初手エクゾだった。
「初手エクゾは、無しだよな」
「うげっ! やっぱり! 先に言ってて良かった〜」
初手エクゾ5枚を下に戻して、新たに引き直す。
「一安心してる所悪いが、この手札も悪くないぞ」
「…えっ!?」
「行くぞ。俺の先攻。まずは…」
手札を見て戦略を練る。
---その時。
「えへへ」
タカラは、よほど良い事があったのか、満開の笑みだ。
「何がおかしい」
「あのね、楽しみなんぜよ! 悪くない手札って言うから、キミオがどんな展開をするか、さ!」
「…」
分かってないな。楽しんでも損する。楽しんではいけない。
「でもね、うちも、悪くない手札ぜよ! 今回は負ける気がしないぜよ!」
「…」
楽しんではいけない---のに、何で俺は、お前の笑顔を否定できないんだ。
何で…
何で…
「キミオ」
「っ」
いつしか握りしめていた俺の右手を、そっと両手で包んだタカラは……優しくささやいた。
「泣きたいなら、思いっきり泣いていいんぜよ。楽しいなら、思いっきり楽しんでいいんぜよ」
。
心が、静かになった。
泣きたいなら泣いていい…?
楽しいなら楽しんでいい…?
「うち、思うんだ。誰かと会えなくて悲しくなるよりも、誰かとやっと会えたのに悲しくなる方が、もっと辛いかな…って。だからさ、デュエルしてる今この瞬間は思いっきり楽しもうよ! これが終わったら、いくらでも泣いていいから」
これが終わったら、いくらでも泣いて……いいのか?
「ね?」
「…」
なぁ、俺。
もう分かってんだろ。少しずつ、浮遊感を感じている事を。これが何を意味するかを。
「タカラ」
「うん?」
俺は、タカラと目を合わせ、今の精一杯の笑顔で、こう言った。
「このデュエル、楽しもうぜ」
「…うんっ!」
これからは、デュエルを思いっきり楽しむ。そしたら、いつか別れが来て悲しくなると思うけど、思いっきり泣く。これからは、自分の心に正直になってみる。だから………今更だけど、言うよ。
ありがとう。さようなら。父ちゃん。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
次回予告
「何はともあれ、キミオはデュエルを楽しむようになった。うんうん、やっぱりキミオは笑ってる方が良いぜよ! …そんなある日、学校内でデュエル大会が開かれたぜよ。勝ち上がれば、シロキと1日遊べるらしいけど、うちは遠慮しよっかな〜……え? キミオは出る? そっか! 応援してるぜよ! 思いっきり楽しんできてね!
次回。もう一度。デュエル・スタンバイぜよ!」