新コーナー
ポプ子が走る。ゴジラの足元までわずか数秒。そのままゴジラの身体を蹴って稲妻のように駆け上り、手のひらの上で佇むピピ美の背後へ肉迫する。
「ゴルァ!!」
気合とともに振り下ろしたバットは、しかし虚空を割いたのみ。ピピ美の姿は忽然と消え、一瞬の後、ポプ子の耳元にささやき声が届く。
「手荒いキスだな」
――ピピ美!
「嫌いじゃないよ♡」
痛打!
ピピ美の蹴りが背中に叩き込まれ、ポプ子は斜め一直線に墜落した。体勢を立て直す暇もなく、ピピ美が瞬間移動で追い付いてくる。とっさにバットで応戦するも、ピピ美は片腕のみで軽々とそれを受け止めてみせた。
ピピ美がにこりと穏やかに微笑む。かつてと全く変わらない優しさで。
「――次は?」
ぞっ、と。
ポプ子の背筋を恐怖が駆け抜けた。
――が。
「負けて……」
いったんバットを引き、
「たまるかァア!!」
連打! ポプ子の小さな身体から繰り出される怒涛のごとき連打。上下左右斜めに中央、あらゆる方向から打撃が雨あられと繰り出される。あまりの速さにバットの動きを目視することさえ不可能。
しかしピピ美はその全てを腕で、脚で、時には額で、的確に受け止めいなしていく。一打一打ていねいに、さながらポプ子の攻撃性を丸ごと抱擁するようにだ。
らちがあかない。ならば次の一手。
ポプ子は腰のうしろに隠し持っていた
そこへ。
大上段から振り下ろした渾身の釘バットがめりこんだ!
ピピ美の身体が地面に叩きつけられる。さらなる追い打ちをかけようとポプ子は引き金を引き絞る――
そのポプ子を、横手から鞭のようなものが打ち払った。
まるで鋼の棒で殴りつけられたかのような鈍痛! 衝撃で手にした拳銃が弾かれ飛んでいく。ポプ子はピピ美の姿を見て、驚きに身をこわばらせた。
尻尾。ピピ美の背後から生えたゴジラそっくりの尻尾が、ポプ子を叩きのめしたのだ。
――ここまでゴジラ化が進んでるのか!
ポプ子の横っ面を再び尻尾が襲う。ポプ子はまともに吹き飛ばされ、地面に数度バウンドした。が、空中で一回転して体勢を立て直し、足を滑らせながら着地する。
「ヤベェ! 勝てねェ!!」
ポプ子はきびすを返して逃げ出した。近くに打ち捨ててあったバイクを起こし、大慌てでエンジンふかして遠ざかっていく。
ピピ美はその背中を眺め見て、楽しそうに微笑んだ。
「んもう♡
ピピ美は走り出した。直後、彼女は音速を突破し、衝撃波が周囲を薙ぎ払っていった。
*
一方そのころ。
神奈川県足柄下郡箱根町。
金時山観測所(仮設)。
作戦遂行のため急造された観測台。
矢口蘭堂は、自衛隊員たちとともに、放射線防護服を着てこの場に待機していた。
観測員が報告する。
「ポプ子およびピピ美、仙石原より芦ノ湖方面へ向けて移動開始!」
「誘引目標ラインを突破!」
「大臣、作戦第一段階完了しました」
ポプ子はやってくれた。
矢口蘭堂が力強くうなずく。
「ポプきちのバクチン大作戦、第二段階を開始してください!」
*
全速力のバイクで逃げるポプ子を、ピピ美は徒歩で猛追する。
「ウフフ♡ まてまてー♡」
ピピ美の口から放射線流が発射された。ポプ子は慌ててバイクを乗り捨て、横に跳躍して逃げる。飴のように融けて爆発するバイクを尻目に、ポプ子は市街地の影に飛び込み、姿を消した。
ピピ美は十字路の真ん中に立ち、周囲をぐるりと見回した。まだまだ上機嫌だ。
「今度はかくれんぼか。もーいーかい?」
「もーいーよ!」
返事は、背後から聞こえた。
振り返ったピピ美の胴に、ポプ子が撃ち出した
炸裂。爆炎に飲まれたピピ美だったが、この程度でゴジラ化した皮膚は貫けない。すぐさま煙を切り裂き飛び出して、ポプ子めがけて殴りかかろうとする。
が、ポプ子の姿はすでに消えている。
――!?
とまどうピピ美の後頭部に、今度は対物ライフルの銃弾がめり込んだ!
ゴジラ化しても身体が大きくなったわけではない。ピピ美の質量はふつうの女子中学生なみだ。たとえ皮膚を貫けなくとも、対物弾の圧倒的な運動エネルギーによって弾き飛ばすことはできる!
ピピ美の身体が紙のように吹き飛ばされ、ビルの外壁に激突する。
その瞬間、ビルの各部に仕掛けられた爆弾が起爆した。
「なにっ!?」
驚愕するピピ美の頭上に、ビルひとつ分のコンクリート塊が降りそそぐ! 一見地味に思えるが、大質量とビルの高さによってもたらされる莫大な位置エネルギーは、戦車砲などの比ではない。なすすべもなく、ピピ美はガレキの下に押し潰された。
ビルの崩落が終わり、砂煙がおさまったころ。
ポプ子は
感じる。
ピピ美はまだ、生きている。
その予感どおり、ガレキの山が揺れ、その頂上のコンクリート塊が蹴散らされて、ピピ美が姿を現した。尻尾はなかばで折れ、ひどい流血が何ヶ所もある。ダメージは与えた……しかし、まだまだ戦えそうだ。
ピピ美は不機嫌になっていた。
ロケット砲、対物ライフル、ビルが倒壊するよう仕掛けられた爆弾。明らかに、ピピ美と戦うためにあらかじめ準備されていたものだ。つまりピピ美は――
――罠に誘い込まれたというわけか。
これはポプ子らしくないやりかただ。ポプ子の性格なら、後先も考えず、目の前の敵のことだけ考えて、がむしゃらに戦いを挑むはずだ。しかもポプ子は、先程から一度もパクりネタを使っていない――気功波も、スタンド能力も、黒魔術も、なにもだ。
そこでふと、ピピ美の頭にひらめくものがあった。
――まさか!?
ちょうどその時。
背後――遥か遠く、塔のようにそびえ立つゴジラの方向で、轟音が鳴り響いた!
*
「ロックボルト粉砕!」
ガバンッ!!
ゴジラの脚の下で、
そのとたん、人工地盤が、その下の
ゴジラの巨体もろともに!
ゴジラが叫び声を上げながら、1000m近くもの高さを落下し、その下の地面に叩きつけられた。
*
箱根町、仙石原。
ゴジラが足を止めた場所がここであったのは、幸運な偶然だった。
ここは、来たるべき遷都に向けて建設予定の、第3新東京市予定地だったのである。
ビルや道路などはまだまだ未完成であるものの、広大な地下空間の上を塞ぐように作られた人工地盤や、雛形となるいくつかのビルは建造済み。
そして――前回のポプ子との戦いから明らかになったゴジラの弱点。
身体が大きすぎるゴジラは、体勢を崩されること――つまり、落とし穴に弱い!
これらの材料から、ゴジラを地下空間――ジオフロントに突き落とす作戦を、統合任務部隊が立案したのである。
*
金時山観測所(臨時)で自衛官が報告する。
「ゴジラ、ジオフロント内に落着!」
それを受けて、矢口蘭堂の指示が飛んだ。
「
*
ゴバッ!!
ゴジラの頭上で、人工地盤と建設途中のビルとが、すべて一斉にロックボルトを外された。
莫大な量のコンクリートと金属――
ゴジラの悲鳴が響き渡る。
さらに。
ビルの中に満載されていた爆薬に点火。
凄まじい大爆発が、ジオフロント全体を吹き飛ばした!!
*
「な……!」
大爆発の閃光が空を染め上げ、恐るべき威力の爆発が地震さえ引き起こす。
耳をつんざくようなゴジラの悲鳴が爆発音に飲まれて消えていき、ピピ美は、焦って額に指を当てた。
――まずい! 瞬間移動でゴジラを助けに行かなければ!
だが、ピピ美に銃弾が雨あられと打ち込まれる。ポプ子のしわざだ。ピピ美は舌打ちしてその場から飛びのき、物陰に引っ込むが、今度はそこに手榴弾が投げ込まれる。
爆発。
これでやられるようやピピ美ではない。が、爆発が収まるや再びポプ子の機関銃が襲ってくる。
瞬間移動唯一の弱点は、移動先の相手の気を探るのに時間がかかること。この連続攻撃は、明らかにピピ美の瞬間移動を妨害して足止めする意図だ。
「そういう……」
ピピ美の不機嫌が、頂点に達した。
「ことかァーッ!!」
周囲に、無差別に放射線流がまき散らされる。建物という建物、障害物という障害物を薙ぎ倒し、まるで八つ当たりめいた執拗さで、破壊のエネルギーをぶちまけていく。
やがてポプ子が姿を現した。ピピ美は憤怒に燃えている。
「ポプ子――私をゴジラから引き離す作戦の、コマになったな!?
貴様ともあろうものが、政治家ごときにそそのかされて!!」
「そうだよ。うまくいったらしい」
「なんだ? ナメプか?
なぜ正面からかかってこない?
なぜパクりネタを使わない!?」
「実は、こないだからビームとか出せなくなっちゃって」
ポプ子は、ポリポリと気恥ずかしげに頭をかいた。
「ホントは自分の力でやりたかった。
でも、いい。
ピピ美ちゃんを助けられるなら、コマで上等!!」
ピピ美が崩れ落ち、膝をつく。そして、一語一語、噛みしめるように語りだした。
「ずっと、こんな日が来るのを、恐れていた。
分かっていた……いつまでも子供のままでいられないことは。
いつか遠くに行ってしまうことは。
それでも……ずっとそばに居たかった。
私だけが……ポプ子の理解者でいたかったのに……」
「ピピ美ちゃん……」
ポプ子は、ピピ美のそばに歩み寄った。悲しむ彼女を見ていられなくなり、その肩に、そっと手を乗せる。
と、そのとき。
「……こんな結末、認めるものか」
ピピ美の身体が、煙のように溶けて消えた!
「なにっ!?」
ポプ子が驚愕に顔をこわばらせる。
――この能力は……
ピピ美は念能力で生み出した
おそらくは……ポプ子の手榴弾が炸裂して一瞬姿が隠れた、あの時に!
ならば今、本体はどこに――?
はっ、と気づいて、ポプ子が顔を上げる。
「やっべ!!」
*
第3新東京市地下、ジオフロント。
ここでは今、倒れて活動停止したゴジラに、血液凝固剤の経口投与が急ピッチで進められていた。
かねて準備のコンクリートポンプ車がゴジラのまわりに群がり、ストローのようなアームを口の中に差し込んで、薬品を流し込んでいく。
そこへ。
瞬間移動で、ピピ美の本体が出現した!
「か―――――っ!!」
ピピ美の口から放たれた放射線流が、ポンプ車部隊をなぎ払う。
それだけではあきたらず、背後にひかえていた予備のポンプ車たちにまでピピ美は攻撃を加えた。
部隊は壊滅し、ゴジラ凍結の切り札、血液凝固剤が、一滴残らず蒸発していく!
ピピ美はゴジラのそばに、舞空術で滑り寄っていった。
十分量を投与される前に防いだとはいえ、ゴジラの血液凝固は始まっている。
このままでは、体内の生体原子炉が、メルトダウンを避けるため、自動的に凍結を始めるだろう。
ピピ美は優しく微笑んだ。
ゴジラの鼻先を、そっとなでながら。
「もう
これで
終わってもいい
だから
ありったけを」
*
その瞬間。
血赤の閃光が、地下から天までを貫き通した。
芦ノ湖畔では、ポプ子が。
金時山観測所では、矢口蘭堂たちが。
そして、事態の推移を見守る世界中の人々が。
同時に
ジオフロントから――
ゆっくりと、浮上してくる真紅の巨体。
まるで血を流すかのように、痛々しい炎を垂れ流す――その姿は、さながら、世界に
手のひらの上には、逆立てた長い髪を、数メートルもの高さにまでなびかせる、少女の姿。
神々しさすら覚えるその姿を見て。
矢口蘭堂の口から、ひとつの名がこぼれ出た。
「ゴジラ……最終形態だ……!!」
(つづく)