ソロモン・ムツキガタ・インフェルノ   作:喜来ミント

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September the Green Canon

「おはよう、皐月」

「……おはよう」

 

 翌日。皐月はまたもやショートランド泊地の敷地から出られず暇を持て余していたが、響がウィスキーをもって部屋にやってきたときは嫌な予感しかしなかった。

 

「何か用?」

「用がなきゃ来ちゃダメなのかい」

「なんかキャラ違くない?」

「……私はね、もうイカれてしまったんだ」

「元からだろ」

「昨日の君はほんとうに素敵だった」

「やっぱりイカれてる」

「あの時の感覚を忘れないでくれ」

「……何だよ、やっぱり用事があったんじゃん」

 

 次に『長月』とやり合うときまで、気を緩めるなと釘を刺しに来たのだ。皐月は昨日の演習で、ようやく本気の殺意というものを身に着けた。ためらいなく殺しにかかれる心構えを、だ。同時にそれが忌まわしいものだと理解してもいた。響や――あるいは、ここの秘書艦の龍田のように、殺意に酔えるタイプではないことを自覚したのだ。

 

「二時間後、一一〇〇(ヒトヒトマルマル)に船を出してくれるそうだ。またGARDENにとんぼ返りさ」

「ここの司令官、どうやらボクが嫌いらしいね」

「というより、君のところの司令官と水が合わないと見える。余計なことをしてほしくないのさ、きっと」

「余計なこと?」

「うちの司令官が考える、君の役割から外れることさ」

「……そういやそうだよ。どうしてボクは呼び出され――」

 

 響がこちらの口に、立てた人差し指を添えた。

 

「そういうことさ」

「……わかったよ。『長月』を討伐する。それだけやってればいいんだろ」

「そういうことさ」

 

 響はウィスキーをあおりながら言う。

 

「ところで、この後また船なんだろ? 酒飲んでていいの?」

「……」

 

 響はもう一杯ウィスキーを飲んだ。

 

「一杯も二杯も同じだよね?」

「ゲロ吐いたら船から突き落とすからな」

 

 無論、艤装適合者派遣規定には抵触するが、皐月は知ったこっちゃないと思った。

 

  *

 

 皐月たちがGARDENに戻ってから六日後、とうとう動きがあった。

勿論その間も暇ではなかった。現地のロシア系マフィアの親玉が宿に()()にきてエラい目にあったり、響がギャンブルでイカサマをしたせいで皐月ともども用心棒に追い掛け回されたり、皐月たちの艤装を盗みに宿に押し入った連中を叩きのめして夜逃げする羽目になったり、本当にこんな町はこりごりだと皐月は思った。

 GARDENに戻ってからもう三か所目になるセーフハウス。そこで暇つぶしに響とチェスをしていたところに無線が入った。さっそく艤装を装着し、現場にすぐ駆けつけられる所でブリーフィングを行う。

 

「ターゲットはイタリア系マフィアの事務所にカチコミをかけているところだ。今回は私の狙撃で誘導してから君にかかってもらう」

「いちいち逃げられたらたまったもんじゃないからね……。頼んだよ」

「とはいえ、今の君なら『長月』と同等のフリーランニングが可能だろう。今回はもう逃がすメリットはない。確実に仕留めに行ってくれ。……よし、いたな。私はここから――」

 

 スコープを覗いていた響が言葉を切った。そのままヘッドセットを操作し、どこかに通信をする。

 

「どうしたの?」

「リュックが変わっている。容量が大きい。……こちら響。応答求む。そうだ。ターゲットの装備が変わっている。なに? リュックだよ。節穴か? あのサイズならおそらく――」

 

 そこまで言って響は舌打ちした。

 

「まあいい。ごくろうさま。通信を終了する。引き続き監視してくれ」

「どうかしたの?」

「見張りがやらかした。『長月』の背負うリュックの容量が違うのを見逃していたようだ。かなり大きくなっている。おそらくは艤装をチューンアップしたんだろう。もしかしたら装備も追加されているかもしれない」

「何だって?」

「まず出力が上がっているのは間違いない。素人には困ったものだ。だから私のコネで雇った方がいい人材が使えると言ったのに、あのクズ情報屋め」

「キミのコネって……」

「事情が変わった。まずは君がかかってくれ。相手の出方がみたい。今の君ならリアルタイムで私の狙撃と連携できるはずだ。通信は開けておくから、アドリブで相手を追い込もう」

「簡単に言ってくれるね」

 

 皐月は首を鳴らした。

 

「ま、キミの狙撃なら嫌って言うほどよけたからね。問題ないよ」

「そう言ってくれると思っていた」

「それじゃあ、行ってくる」

「武運を祈るよ」

 

 皐月は指定された位置へと移動を開始した。ビルの屋上を突っ切り、通りを飛び越し、給水タンクを蹴り、無駄のない動きで街を横切る。一度目と二度目の討伐の際も同じ方法で移動したが、より一層ものにしている感覚がある。しかし今の皐月はパフォーマーではない。これはあくまで、敵を殺すために追いつめる技術だ。

 

「さて」

 

 指定のポイントで待機する。もうじきターゲットが通りがかるはずだ。それまでは殺意で位置がばれないように抑えておく。自分にできることは相手にもできると思った方がいい。

 

『来たよ。十、九、八、七――』

 

 剣を抜く。

 

『六、五、四、三――』

 

 屋上のへりに足をかける。

 

『二、一、〇』

 

 皐月は急転直下で『長月』の首を取りに行った。

 

  *

 

 研ぎ澄まされた感覚の中で、皐月は『長月』がこちらに気づいたのを悟った。しかし構わず切りに行く。相手もこちらが迷わず殺しにかかっていることを察したのか、大きくその場から飛びのいた。その身のこなしは先日とは比べ物にならないほど速い。『長月』の艤装の駆動する音が先日より調子がいいことに皐月は気づいた。

 着地からの追撃も気を緩めない。まだ相手が臨戦態勢になっていないのを見逃さない。首の高さの容赦ない横薙ぎを『長月』は身を伏せて躱し、その勢いで背負っていた大きなリュックサックを脱ぎ捨てた。

 やはりそれはガワだけだ。こちらと同じくらいにまで大きくなっている艤装に、見慣れた12 cm単装砲、そして暁型が使っているような防盾がマウントされている。『長月』は素早く単装砲を手に取るとこちらに向けた。対する皐月は刀を振りぬいたところだ。左半身をさらしている。

しかし慌てなくてもいい。すでに直線の殺意が遠くからこちらに向いている。

 主砲の引き金を引く直前、『長月』が響の殺意に気が付いて身をひるがえした。そのままこちらに背を向けて一目散に道のわきに止められた車へと駆け寄り、それを踏み台に身を高く飛ばす。一跳びで三メートル半。二階建てのアパートの二階通路の手すりに軽々飛び乗ると、さらにもう一跳びで屋上に至った。一目散に逃げだそうとする。

 

「やっぱ、()()()のか」

 

 そうつぶやいた皐月も、『長月』が動き出したのに合わせ、手近な壁に駆け寄ってエアコンのパイプを踏み台にした。そのまま窓枠、雨どい、張り出し屋根、ベランダの手すり、そして屋上へと駆け上がった。両手は刀でふさがっているから足のみでだ。皐月が上った高さは『長月』より一メートルほど高かった。上った勢いそのままに、隣の建物の屋上でスタートダッシュを切ろうとする『長月』の背中を襲う。『長月』は逃げきれないと悟り、こちらに向き直ると悪態をついた。

 

「畜生……!」

「日本語かい?」

 

 疑問を口にしつつも手は止まらない。緩めない。『長月』は盾を左手に構え、皐月の一撃を受け止める。さらに反撃と言わんばかりに主砲をぶっ放した。

陸で扱うには強すぎる砲の爆風にあおられ、反動によろめく『長月』の髪が逆立つ。その髪の毛の生え際の皮膚が、ほかの部分よりもだいぶ薄い色をしていることに皐月は気づいた。どうやら、艤装の大きさや装備などを考えると響の推測は正しかったらしい。艤装の出力が向上した結果、適合率が上がり、より『長月』としての見た目へと変化したのだ。それをこちらに悟られないため、肌に色を塗っていたのだろう。

 砲弾をかわすのも忘れない。滑るように位置をずらした皐月の残像を砲弾がかすめ、隣の建物の屋根へと着弾する。派手な爆炎が吹きあがり、皐月の背を押した。

 

「うらあ!」

 

 刀を盾に押し付けたまま強引に押しのけた。相手は砲撃の反動も相まってたたらを踏んだ。

刀を引きもどしつつ身を前に飛ばす。体幹を使ってコンパクトに姿勢を整え、再び相手の首を取りに行ける斬撃を放つ準備を整える。

放った。

相手は慌てて主砲で受けた。先日のVSSと違い、艤装である主砲はこの程度でへこんだりしない。鈍い音が響き、両者の距離がまた少しだけ開いた。皐月はこの隙も逃がさない。刀を短く持ち直すと相手の喉を突く。『長月』は苦し紛れにバックステップを踏み、これを避ける。

 

「何なんだよ、お前は!」

「皐月だよ」

 

ちょうど屋上のふちに来ていた。『長月』はバックステップの勢いそのままに、背中から地上へと落ちていく。逃げるつもりか。皐月は追った。ためらいなく頭を地上に向けて突っ込むと、落ちるのがもどかしいとばかりに壁を駆け下りて『長月』に追いすがる。

 落ちながら『長月』は主砲を直上の皐月に発射した。皐月は壁面をステップし、金髪を翻して砲弾をかわす。そしてそのスピードを殺さず刀に乗せて振りぬいた。『長月』は盾で防いだが、踏ん張りの効かない空中だ。皐月に斬撃をぶちかまされた勢いと重力が合わさって斜め横に落ち、ゴロゴロと地面を転がる。

一方の皐月は壁が地面にかわる直前に壁を大きく蹴った。頭から地面に飛び込む形になるので、左手一本で倒立前転して勢いを殺さないようにする。そのまま身を起こし、地面を突っ走り、手近にあった消火栓に蹴りを入れて無理やり『長月』の方へと方向転換した。根元のへし折れた消火栓から水が噴き出るが気に留めている暇はない。

 

 『長月』を殺す。

 

 続いての斬撃も盾にした主砲に防がれた。耳障りな金属音が何度も無法の街に響く。『長月』は主砲も盾にして両手でどうにか皐月の追撃を防いでいるが、攻めに転じる暇がない様だ。このまま押し切るつもりで皐月は油断なく剣を振り続ける。一度、二度、鳴りやむことなく皐月の剣と『長月』の艤装が時には火花すら散らして鈍い音を響かせ続ける。

 殺意が皐月の首筋を焦がした。

 まさかそのまま撃つつもりはないだろうと思い、少し身をずらすと殺意もそれを追ってきた。皐月は響の意図を察した。

 一度軽めの斬撃を入れ、ぎりぎりまで待ってから身をずらす。皐月が見せた不用意な動きに『長月』が意外そうな顔をするが、それがすぐに驚きにかわる。12.7x108mm弾――響がご親切にも教えてくれた対物ライフルの一撃が左の防盾に直撃したのだ。

 

「がっあっ」

 

 ガラスを百枚単位で殴り割ったような、すさまじく耳障りな音がして艤装のフィールドが破砕される。25 mmの装甲すら突破する一撃は、減衰されたものの盾越しに少女の腕をへし折るには十分すぎる威力だった。嫌な音が響き、『長月』が地面を転がる。遅れて銃声が届いた。

 

「ナイスショット」

『ナイスアシスト。よくこっちの意図が分かったね』

「あれだけ露骨にボクの首を狙ってくればね。直では相手に察知されるからって、無茶をさせる」

 

 皐月と同じように『長月』も響の狙撃を事前に察知できるだけの直感を持っていた。そのまま狙ってもさっきのように逃げられてしまう。皐月は『長月』が狙撃を察知できないように、わざと響の射線に自分の身を割り込ませていたのだ。そしてここぞというところで身をずらし、無防備な『長月』への狙撃をアシストした。

 もちろんこれだけではとどめにはならない。防盾と左腕はもう使えないだろうが、主砲がある。右腕がある。足がある。頭がある。命がある。

 殺す。

 響と軽い会話を交わしながらも足は止まっていない。大の字になった『長月』へととどめを刺すべく駆け寄る。

 

「ぐっ……」

 

 あわやというところで目を見開いた『長月』は、身を起こすと主砲を盾にした。がつんと嫌な音が響き、皐月の一撃が防がれた。さらにもう一撃入れるも、『長月』は尻餅をついたままどうにかこれを防いだ。本当にしぶとい。

 

「響」

『Уразуметно』

 

 何と言ったかはわからないがおそらくイエスだろう。殺意に一瞬遅れて銃弾が太ももをかすめる。『長月』は咄嗟に横に転がり、銃撃をかわした。

 

『ごめんよ』

「いや。これでいい」

 

 転がった勢いを無駄にせず、『長月』が身を起こす。こちらに主砲が向く。しかし狙いは甘い。簡単にかわせる。この距離ならば発砲した後に皐月の斬撃を防御する暇もない。

 詰みだ。

 殺意が唇を動かす。

 

「死ね」

 

  *

 

 『長月』の気分は最悪だった。

 あの金髪にはもう負けないと思った。殺し合いの経験には一日の長があるという自負があった。艤装を強化して互角の条件を手に入れたという自信もあった。

 だのにあいつは何だ。

 平和ボケした国からやってきた刺客だったはずなのに。

 一度目より、二度目より、鋭さを増していた。もう自分の手には負えないことが最初の一撃でわかった。

 殺しに来ていた。

 口先だけはない。格好だけでもない。どうやって剣を振れば相手の命を奪えるか、理解したうえで殺しにかかっていた。殺意で高揚せずに冷え切ったままで淡々と剣を振るえるケモノになっていた。

 おまけに狙撃手――前回の引き際に撃ってきたやつだろう――そいつの存在もダメ押しだった。前回は深追いするつもりがなかったのか、今回は気迫も精度もまるで違う。こいつは金髪とはまた違う。殺意に混じって粘つくような情を感じる。時々この街でも見かける、殺し合いの中でハッピーになってしまったイカれたやつらに感じる匂いだ。楽しむために殺す術を磨き上げた連中から感じる気持ち悪さだ。

 冷徹な前衛と執拗な後衛。最悪の組み合わせだ。

 負けるべくして負けた。前回のようにまぐれで勝ちを拾うことすらできない。ただ単に相手より弱かったから負けたのだ。左腕を撃たれ、地面を転がされ、今まさに決着がつこうとしている。

 

「死ね」

 

 金髪の死神が迫る。その距離は短い。どうにか主砲を一発撃ち込めるかどうかだ。しかし何もせずにはいられない。

弱かったから負けた。運がなかったから死んだ。そう認めてしまったら、そう、それはまるで――。

 

()は違う!」

 

 砲塔の向く先。金髪のさらに背後。まだ食えそうな部分がある残飯や、子供が眠るのにはちょうどいい襤褸切れが散らばる路地裏の奥。そこに一瞬、子供の影を見た気がして――。

 

「違うんだ――!」

 

 『長月』は主砲を撃った。軽いステップでかわされた砲弾は建物の隙間に飛び込み、路地裏を跡形もなく吹きとばした。一瞬見えた子供の影もろともに――。

主砲を握ったままの右腕が切り飛ばされて宙を舞った。

 

 *

 

右腕を切り飛ばされた『長月』はうめくばかりで動こうとしない。艤装のおかげで失血死することはないだろうが、戦うことも不可能だろう。

違う、違う、と何やらうわごとをつぶやいているが、その意味は皐月にはわからなかった。

ちらりと一瞬だけ後ろを振り返る。最後の瞬間、『長月』は皐月というよりその背後を狙っていたように感じた。皐月への殺意が消えてしまっていた。それが気にかかり、首ではなく右腕を切り飛ばすのにとどめたのだ。

しかし背後の路地裏には何もない。ゴミが散らばっているだけだ。

 

「変なの」

 

 自分もすっかり殺意が冷めていることに気が付いた。あれほど腹をくくったつもりなのにダメだった。響も、『長月』も、本気で殺すつもりで剣を振るった自覚はあるのに、巡り合わせが悪いらしい。

 ならばそれが自分のやり方ということだ。『長月』を捕らえれば任務は終わる。もう金輪際、殺意に身を任せるまいと皐月は思った。

 響から通信が入った。

 

『……皐月。殺したかい?』

「え? いや」

『そうか。悪い知らせだ』

 

 遠く、港の方で派手な音がした。

 

『現時刻をもって状況を終了。その場を動かず、待機せよ。司令部から命令だよ』

「はぁ? どういうことだよ、ここで待機って――」

『何もするなってことだ。ターゲットにもだよ』

「だからどういうことだよ! 戦えなくしたけど、まだ拘束は――」

『用が済んだのさ』

「用が、済んだ……?」

 

 ばっと身を起こす音がした。振り向けば、『長月』が血をぼたぼたと垂らしながら、港の方へと走っていく。フラフラだ。すぐに追いつける――。

 

「待――」

「待てってば」

 

 響が近くの建物の屋上から飛び降り、皐月の進路に割って入った。

 

「待機だよ」

「おかしいだろ! どうしてこのタイミングで――」

『あらぁ~? 言いつけを聞かない子は誰かしら~』

 

 ヘッドセットから響いた声に背筋を凍らせる。龍田だ。

 

『皐月ちゃん? 司令官からの直々の命令よ?』

「って、ことは」

『そう。今の皐月ちゃんは派遣規定に従って、うちの司令官の命令が最優先よ? だから余計な事せずに待機しててね~』

「おい、ちょっと――」

 

 通信は一方的に切られた。皐月は苛立ち紛れにヘッドセットをむしり取って地面にたたきつける。

 

「なんなんだよ!」

「ちょうどいい」

「何が!」

 

 響は拳銃――グラッチを取り出すとヘッドセットを撃った。一発で砕けて使い物にならなくなる。

 

「おい、何してんの――」

「はい、つけて」

 

 代わりと言わんばかりに響から別のヘッドセットを投げ渡される。訝し気に思いつつもそれをつけると、なじみのある声がした。

 

『艤装適合者派遣規定に従い、派遣先司令官の指揮を受けられなくなった非常事態に限り、本人の裁量により行動することが可能となる。なお、その際の責任は派遣元司令官が負うものとする』

「その声――」

『久しぶりだな。さあ行け皐月。今に限って、お前は自由だ』

 

 どうして佐世保の司令官と通信がつながっているのか。それが響から渡されるのか。ということは――。

 

「キミたちグルかよ!?」

「早く行きなよ。間に合わなくなる」

「え、ああ、うん」

 

 響に促され、戸惑いつつも『長月』の後を追う。その間にも司令官の声が皐月を問いただす。

 

『お前のやるべきことはわかるか?』

「わかんないよ!」

 

 こちとら次から次へと理解不能なことが起きて混乱してるんだ。

 

『なら説明してやろう。お前が待機を命令されたのは、もう用が済んだからだ』

「響も言ってたね。なんだい、それ」

『お前がどうしてショートランドに呼ばれたかを考えろ』

「そりゃ、『長月』を倒すため――」

『違う。それなら『日向』と『龍田』で事足りる。何なら『響』に銃を与えてやれば盤石だ。ショートランドの司令官の狙いはそっちじゃない』

「……バックか」

『そうだ。どこからか艤装を仕入れ、あのガキを買い、『長月』を仕立て上げたやつがいる。それを仕留めるために必要なのは目立つ囮だ』

「囮――」

 

 『長月』とその雇い主にとって脅威となり、『長月』の興味を引く、目障りな金髪の囮。

 それが皐月だ。『長月』と同型であり、白兵戦に精通し、艦娘の本場の日本から直々にやってきた刺客こそ、ショートランドの司令官が欲した駒だった。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。馬を釣られた将は慌てて逃げ出そうとし――。

 

「やばい」

『そうだ。急げ』

 

 このタイミングで港の方からした大きな音。それは――。

 

『このままだと殺されるぞ』

 

  *

 

 『長月』がたどり着いたのは、港へと続く薄暗い細道の一本だった。車が一台ようやく通れる道幅しかないそこは、今は黒煙が立ち込めている。

 車は天井に穴をあけ、道のわきの建物に鼻先を突っ込んでいた。そして、ガラスは内側から血しぶきに塗りたくられ、中身が無事でないことを知らせていた。

 

「あらぁ~? 遅かったじゃない~」

「まあ、そういうな。これだけの怪我をしているんだ」

 

 一人は手に血潮のついた槍。もう一人は腰に刀。そして二人ともリュックサック。『長月』はすべての事情を理解した。金髪が土壇場で待機を言い渡されていたから、嫌な予感がして来てみれば、すべての予感が的中していた。

 自分と金髪の戦闘はただの囮だった。自分と雇い主が金髪を危険視し、艤装を強化しようとパーツを取り寄せたところで尻尾を掴む。すべて相手の筋書き通りだった。

 雇い主は殺された。車で港に逃げようとしていたところを、車の上から槍で一突き。制御を失った車は事故って大破。目に浮かぶようだった。

 そして自分も始末されるだろう。

 

「あ、あ……」

「そんなに怖がらないで~。痛みは一瞬よ?」

「悪趣味だぞ、龍田」

 

 二人はのんびりと歩いてくる。自分になす術はない。盾はへこみ、左腕は折れ、右腕は丸ごと失った。血も失いすぎている。目がかすんでいる。歩くのがやっとだ。

 やっぱり自分はこうなるのか。ほかの皆と同じなのか。日の差さないところでゴミみたいに死ぬのか。

 後ずさる。

 

「い、いやだ」

 

 二人の刺客が距離を詰めてくる。金髪の死神がマシに思えてくる恐怖が体をすくませるが、それ以上に死にたくないという気持ちが体を動かす。

 生きる理由なんてない。ただ――。

 

「ゴミみたいに死ぬのは、嫌だ」

「嫌だよね」

 

 思わず出た言葉に答える声があった。振り返れば金髪がいた。

 

「あらぁ~? どうしてここにいるのかしら~?」

「…………」

 

 槍の女の質問に答えずに、金髪は刀を振りあげた。間合いには一人しかいない。

 自分だ。

 

「殺すのか」

「…………」

「そうやって、ゴミでも片づけるみたいに殺すのか。結局私はそうなるのか。あいつらと同じなのか! どこまで行っても――!」

「……ごめんね」

 

 金髪が刀を振り下ろした。

 

  *

 

 峰打ちで気絶させた『長月』を肩に担ぎ、皐月は日向と龍田に向き直った。

 

「何のつもり~?」

「連れて帰るよ」

 

 そう決めた。殺さない。それが自分のやり方だからだ。

 もちろん、殺させもしない。

 

「こんな地獄みたいな町に、同型の子を置いてけないからね」

「待て。派遣規定は知っているだろう。派遣先の海域で得た捕虜は、派遣先司令官の許可なく身柄を移動してはならない」

 

 日向の言葉にニヤリとする。

 

「ここは陸だよ? おまけにこの子は鎮守府所属でも深海棲艦でもない。ボクは民間人を保護しただけだ」

「……屁理屈を」

「その辺の始末は佐世保(うち)の司令官がやってくれるはずさ」

「……そもそも、こっちの司令官の命令では待機のはずだ」

「あー、ちょっと事故でね。そっちの司令官と連絡取れなくなっちゃって。自己判断で動いてる」

「ならばこっちの命令系統に戻ってもらおう」

 

 日向が無線機のボリュームを上げようとする。その瞬間、彼女の体が背後からの衝撃で一瞬中に浮いた。さすがに距離が近いのか、銃声はほぼ同時に響いた。

 

「がっ……まさか……」

 

 日向が倒れる。あの方向からすると、すでに港にいるらしい。一本道とはいえよく当てるものだ。さすがに戦艦の装甲を抜いた上で致命傷を与えるには至らなかったようで、日向は軽傷で済んでいた。しかし艤装本体に直撃したおかげでバイタルに異常が出ているようだ。ぜいぜいと息をついて、ぐったりとしている。

 

「た、つた……」

「は~い。あとはまかせて?」

「……さあて」

 

 ここからが問題だ。意識を失った『長月』を背負い、響のアシストがあるとはいえ龍田を相手にできるだろうか。駆逐艦と巡洋艦というパワーの差ももちろん、なにより相手のメンタルがやばい。響を一度に三人相手にした方がマシだと確信できる殺意が押し寄せてくる。殺意に色があったら、見渡す限り世界の終わりみたいに真っ赤に塗りつぶされているところだ。響がシステマを自慢したときに言い澱んだのは、絶対こいつが原因だと皐月は確信した。

 

「悪い子には~お・し・お・き・よ?」

 

 槍の一撃。もちろん急所狙い。どうにか弾く。次も急所。次も。次も次も次も――。リーチを生かし、遠心力をフルに使い、高速の斬撃が何度も波のように押し寄せる。片手で受けるもんじゃない。あっという間に腕がしびれる。

 

「響ぃ!」

 

 聞こえるわけがないと思いつつ叫ぶと、果たして直線の殺意がやってきた。龍田の背中、ど真ん中だ。隙を作るため、タイミングを合わせてこちらから切り込む。

 

「あらあら~」

 

 しかし無駄だ。龍田は半歩後ろに下がると銃弾と斬撃の到達するタイミングをずらした。一瞬槍を背後に回すと刃で12.7x108mm弾を逸らし、目にもとまらぬ速さで槍をさばき、石突でこちらの斬撃を弾き、ついでと言わんばかりにこちらの脇腹に石突を突きこんだ。すべて一連の、龍がうねるような、美しく悪辣な動きだった。

 

「ぐえっ……」

「楽しいわ~。皐月ちゃん、初めに見たときは大丈夫なのか不安になったけど、ここまでできるようになるなんて……。響ちゃんも、薄々気づいてたけど素敵よ~」

「素敵って、変態の間違いだろ。こんな状況楽しめるかっての」

 

 距離を取り、荒い息を吐きながら悪態をぶつけると、龍田は唇を指でなぞりながら、悪びれずに答えた。

 

「私のことも言ってるの~? でも素敵でしょ~? こんなに楽しいのよ~?」

 

 話しながらも、背後から襲ってくる銃撃を見もせずに捌き続ける。直撃すれば戦艦の艦娘すら一撃で倒す対物ライフルの銃撃をお手玉する。

 

「楽しいわ、楽しいわ、楽しいわ――」

 

 そしてその片手間にこちらへも斬撃を絶え間なく送り込んでくる。

 

「気持ちよくって、たまらないわ!」

「やっぱ変態だよ……!」

 

 どうにか気持ちを奮い立たせたところに、司令官から通信が入った。

 

『聞こえるか、皐月』

「え? うん」

『無理せず逃げろ。港に船を用意してある。白兵戦用に改造した艤装なら追ってこれない。それ以外の艦娘でも民間の船を攻撃させることはできない。港に行ければ勝ちだ』

「……正直言っていい? それすら、かーなーりしんどい」

『そう思って、助けを向かわせた』

「へ?」

「あらぁ?」

 

 こちらへと攻撃を浴びせていた龍田がばっと空を仰いだ。建物の屋上から叩き込まれた砲弾を大きく飛びのいてかわす。

 

「走れ!」

 

 響だ。手には12 cm単装砲。切り落とされた『長月』の腕から拝借してきたらしい。この機を逃す手はない。全力でダッシュして龍田の脇をすり抜け、坂を駆け下りて港へと向かう。

 

「待ちなさい!」

 

 龍田が追ってくる。殺意で背中が焼けそうだ。しかし、それとは別の直線の殺意が向かって正面、港から伸びてきた。

 

「あれ?」

 

 響は屋上から単装砲でこちらを援護している。ならばOSV-96の主は誰だ。響とは別人であるのは殺意の質でわかるが、心当たりがない。

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。肩に担いだ『長月』の体が重い。全力で走るが一向に港が近づかない。OSV-96の銃声のタイミングからして一キロもないはずなのに。背後から追ってくる恐怖が時間を濃密にしているのだ。

 走れ。走れ。走れ。

 

「みんなお仕置きよ~!」

「お断りだよ。さあ皐月、急いで」

「急いでるよ!」

 

 光はもう目の前だ。建物の間を抜け、とうとう港へ出た。そこでOSV-96を伏せ撃ちしていたのは――。

 

「宿屋のおっちゃん!?」

「あばよ、嬢ちゃん」

 

 そういうと、頬に十字傷のある宿屋の主人はOSV-96を置いてさっさと逃げた。ここにいたら龍田に轢き殺される。賢明な判断だ。

 皐月はすでにエンジンがかかっている船を見つけると、渾身の力で大ジャンプした。頭から突っ込むようにして甲板へと飛び込む。

 

「出して!」

 

 一瞬遅れて飛び乗ってきた響が船の運転手に鋭く指示を出す。船のエンジンがうなりをあげ、水面を滑りだす。

 

「逃がさない!」

 

 龍田が大ジャンプして追ってきた。このままだと飛び移られる。響が12 cm単装砲を、皐月が刀を構えたときーー。

 

「きゃ!?」

 

 空中の龍田を港からの銃撃が撃ち落とした。視線を向ければ、宿屋の主人が戻ってきてOSV-96を撃ったところだった。

 

「おっちゃん……!」

 

 感謝を述べる暇もなく、主人は再び姿を隠した。響と気安くロシア語で話していたことと言い、対物ライフルを難なく扱う腕と言い、一体何者だったんだ。

 

「もう~どうしてくれるの~助けて~」

 

 海面でもがく龍田が離れていく。船がGARDENをあとにする。

 

「……終わったよね?」

「まあ、とりあえずはね。お疲れさま」

 

 『長月』の応急処置をしながら響が言う。しかし、それに応える声はない。

 

「皐月?」

 

 響が振り返れば、皐月は剣を握ったまま気を失っていた。

 

「全く……本当に、お疲れさま」

 海の上で日が傾いていく。

 

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