……出口池、お釜池…底抜池………銚子池…湧池、鏡池、菖蒲池……。
はっ。
いけないいけない。疲れてたみたい。ひたすら忍野八海の名前を数えるのは、山梨県民が疲れている証拠だ。(もちろんウソです。)
えー…っとー……あ、そうそう。わちきの名は相生成琉…あいおい、なるるだ。うむ、こんな感じでいいかな。文面だとわからないと思うけど、声のチューニングをしてるの。ツェフラットくらいが丁度いいんだ。んっんー、げふげふ…あー、あー。ベネ(よし)。気は進まないけど、テラーを始めようじゃあないか。決してテラー・ドーパントじゃあないからな。
「……ふにゃぁ〜っ」
大きく欠伸をし、猫背を伸ばして身体中にチカラを入れる。あと50キロ。長い。長すぎるぞ。早くリニア通らないかなあ。2026年なんて、成人してるよ。まあそんな年に出来上がる事はないんだろーけど。当初の予定ではとっくに日本中をリニアが闊歩、じゃなくて闊走してたハズなのに。
「疲れたか?」
「ちょっと眠いだけふに」
わちきと父さんは、ある『用事』で東京に向かっていた…交通の便が驚く程不便な故郷から東京まで、約3時間。ホントに遠いなー。
東京都江戸川区。
わちきの屋敷が小ぶりの屋敷なだけに、こんな超弩級洋館はあまり慣れないんだよ……うへー、ホテルのロビーよりも大きなシャンデリアだ。
「あまり緊張するな。お前も分かっているだろう、ここに居る…お前の『友達』を」
「それはそうだけどさァ…いつ来ても落ち着かないふに、洋館ってのは…お化けとか出そうってゆーか…」
「まだ昼間だろ。それにいるのはお化けなんかじゃあない」
薄暗かったカーテンが、使用人によって一斉に開かれる。昼間の日差しに照らされた玄関に仁王立ちするは、わちきの幼馴染。そして、かけがえのない友達だ。
「弦巻こころ……だ」
わぁー…。一方通行じゃあないけど、演出ご苦労の一言しか出てこんずら。じゃなくて、出てこないよ。スゴいなあ、花吹雪とか舞ってるもん。ドラマみたい。
そう、この人こそ…。
「来たわね、成琉ッ!」
「こころだふに!5年ぶりふにーっ!」
「本っ当に久しぶりね、成琉!」
「あれ、縮んでるふに?」
「あなたが伸びたのよ!今は同じくらいだけど、本当に大きくなったわね!いつか追い越されちゃうわっ!」
高校…一年だったっけな。三年くらい上じゃん。敬語とか使った方がいいのかな。
「やっと会えたわっ!もう一週間も前から、ずーっと楽しみだったのよ!」
「わちきも会えて嬉しいふに!」
「成琉〜♡」
「んにゅー…ふふ、相変わらずふにっ」
ストップ。ちょっと待って。『恥ずかしすぎる』。
ほっぺスリスリはダメだよ。デデンネじゃあないんだから。最初こそ、元気かつ普通に接しようとしていたんだよ。わちきも中一だ、思春期目前の立派な男子だ、髪は長いし声変わりも来てないけど。しかしこんなボクにも、男の誇りというものがあるんだ。
『そんなに馴れ馴れしくすると、ボクがこころんを食べちゃうぞー!がおー!』これは絶対に違う。誤解を招く可能性もゼロではない…カモ。
『あ、あんまりくっつかないでよねっ!べべ別に、ドキドキしてる訳じゃないんだからっ!』これも違う。一昔前のギャルゲみたいでそもそもキャラが合ってない!
う〜、どうすればいいんだふにっ!
「成琉!あっちの部屋で遊びましょっ!」
「ふ、ふに!」
この人、マイペースがハイペース。
「ここは…?」
「あたしの部屋よっ!」
「ライフで受けるふにッ!」
いきなり大ダメージ。同級生(女)の部屋だってよ奥さん。
スゴい。なんかスゴい。やっばい。え、ほんとスゴいよ。まずね、広いの。わちきの部屋の5倍はあるの。普通の家で見るリビングくらい。半透明のカーテンがかかってるキングベッドなんて、ニトリでも見なかったぞ。発生源の分からない柑橘系の匂いがする。シャンプーじゃあないよね。いい匂い。クラスの女の子も皆こういう匂いの部屋なのかな。女の子、スゴい。誕生日でもなかったハズなのに、至る所にパーティーグッズやら、それ系の飾り付けがしてある。前に来た時の記憶は曖昧だが、確か今よりは大人しかったハズ。
『あたしは笑顔が欲しい!』
笑顔を生き甲斐とするこころには、この環境が当たり前なのだろう。そう、受験生の机の上に参考書が散らばっているように。
「ふふっ♪久しぶりに来たから、驚いてるようね!どうかしら!この楽しそうな部屋!ここにいれば毎日がハッピーよっ!」
「そ…そうふにねー……いやー、変わったふにー…」
この人、至る所でスゴいなあ。ハッピーがクスリの隠語みたいに聞こえてきた。
「それじゃあ成琉!遊びましょっ!」
「遊ぶ?何するふに?」
「そうねー…あ!絵本でも読みましょう!」
「ふに?」
「ん?」
「……『絵本』ふに?万が一の話…いや、億が一ふに、わちきの耳にデカい虫や垢でも詰まっていて、こころの今の発言を聞き間違えて無ければ…『絵本』と聞こえたふに…」
絵本って、あのぐりとぐら的な奴でしょ。はらぺこあおむしとか、三びきのやぎのがらがらどん的な。
「そう、絵本!絵本は良いわよ!世界の誰もが平等に読めるわ!そして『笑顔』になれる!」
ウソでしょこころん。
「これはちょっと悲しいけど、トゥルーエンド!でも行き着く場所に着けるのは『幸福』なの!」
……絵本ひとつにここまで熱を注げるなんて、なんか素敵。そういう所、憧れるなあ。もう褒めるしかないってゆーかさァ。
「成琉?」
「ん、どしたのふに?」
「ずーっとあたしを見つめていたのよ?もしかして青のりでも、付いてるのかしら?」
「う、ううん。何ともないふに」
こころと一緒にいる…という事は、わちきはこの脳内コカインパーティーを『理解』してやらなくっちゃあならないんだ。愛=理解。
「…こころのオススメってあるのふにー?」
「あたしは最近、コレを読んでるわっ!そうだ!くっついて読めば、一緒に絵本を読めるわ!」
「…………………」
「じゃ、また会いにくるからな」
「またふにー!」
あ"〜〜〜〜〜ッ疲れるなァ〜ッ!!しばらくログインだけしかしていなかったソシャゲみたいにスタミナが底なしだ!
やっと帰れるぜ。
父さんは安堵していたわちきより先に、車に乗る。当然、わちきも乗ろうとする。だって今からわちきは帰らなくっちゃあならないんだ。サザエさんは家で見ると、小学生から決めているんだ。
「元気でやれよ、成琉ー」
「ふに!……ふに?」
「1ヶ月に1回くらいは来るから。じゃ」
「じゃ、って。わちきはどうするふに?もちろん山梨へ帰るふによね?」
「………………」
黙ったままアクセルを踏み、父さんは館をあとにした。
「…は?」
…………?イカれてるのか?この状況は…来週から中一のわちきでも分かるぞ。これは『育児放棄』だ。いや待て、自分でも言ってることが良く分からない。とりあえず整理しよう。
置いてかれた。
それだけ。
「成琉様、ご報告がございます。1回しか申し上げないので、よく聞いてください」
「ふに」
「これから7年間、あなたには弦巻家で過ごして貰います。学区は花咲川なので、女子学園の中等部1年に所属されることになります」
「ふに」
「なお、部屋はこころ様と共用です。食事は3食おやつ付き、なるべくこころ様と一緒になさるように。以上です」
報告。
弦巻家。
7年間。
女子学園。
共用。
おやつ。
一緒。
こころ様。
一緒。
「…ゲフンゲフン!うおっほん!えー…詳しく説明してくれると、成琉くんはとーっても助かるふに」
「そうですか。では簡潔に、分かりやすく、詳しく『説明』します」
この人ら、めちゃくちゃ平然としとるずら。わちきが目の前で、実の父に置いてかれたってのに。
「成琉様。『許嫁』を知っていますか」
許嫁。フィアンセ。本人の意思に関わらず、幼少期などに決められた婚約者同士、だったっけ。特に『幼少期』に決められる事が多い………。
「知ってるには知ってるふに。そしてわちきは今、説明を聞いたことをとてつもなく『後悔』しているふに」
「今から私の口から出てくる言葉は、概ね成琉様の考えている事と一致しているかと思われますが、一応私達から直接言っておきます。貴方はこのたび、弦巻家の令嬢『弦巻こころ』様の『許嫁』となりました」
「『理由を訊きたいふに』」
「『昔、こころと結婚したいと言っていた。やりたい事をやらせたまで』と供述しております」
「黒服さん。館中の窓を閉めて欲しいふに」
「御意」
「ありがとうございますふに。今からわちきは少々大きな声で叫ぶふに。耳を塞ぐことを推奨するふに」
「分かりました」
肺の容量を1ccたりとも残さず吐く。
そして大きく吸い、『たった一言』。たったの一言だけ、わちきは叫んだ。
「ふざけんにゃァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
わちきが何をしたって言うんだ。
←to be continued
主人公を山梨出身にしなきゃいけない呪いにかかりました。あと、ジョジョをクロスオーバーさせないと死ぬ呪いと、セブンイレブンのラブライブキャンペーンに参加しないと心臓発作を起こす呪いを併発しました。助けて。今度は消しゴムなんだって。九個もいらないよ。