家出娘と美形お兄さんの珍道中〜   作:藤涙

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Part.1:お酒は程々にいたしましょう

薄ぼんやりとした光に、陽鞠はそっと目を開けた。

月のものでもない、人工的なそれでもないそれは、羽虫を引き寄せる誘蛾灯のように魅力的に映る。

水銀で描かれたその()()は、部屋の中心で確かな存在感を放っていたのである。

陽鞠(かのじょ)はとりあえず、自らの状況を鑑みることにした。

 

下着はつけている⎯⎯⎯良しとしよう!

 

髪は乱れていない⎯⎯⎯事前だ!(たぶん) ヨシ!

 

でもこの部屋はわたしがとった部屋じゃなくない? ⎯⎯⎯なんてこった!

 

⎯⎯⎯昨晩は……。バイトの報酬がよかったので、酒場に行ったことをぼんやりと思い出す。

久しぶりに舌に乗せた強い酒精に、夢見心地な夜。隣に座った男が景気よく奢ってくれたから、奢られるまま呑んでいたような……。

自らの軽率さに呆れたくなった。まあ酒場に通うのはやめないけど。反省はすることにする。きっと、たぶん、メイビー。

 

どうやら、自分がいるのはホテルの一室らしい。二つあるうちの、窓側のベッドのようだ。

この地域の数少ない宿のなかでは、なんというか、かなりグレードのいい宿だろう。部屋は清潔だし、隣の部屋からの音漏れがないし、寝具はふかふか⎯⎯⎯自分の財布で選べるグレードではないので、酔った勢いでチェックインした可能性が潰える⎯⎯⎯ぐぅ………睡眠欲というただならぬ危機から脱しようととりあえず起き上がって、光の先を見た。

 

どこか神秘的な光だ。

木の床に眩い水銀で描かれた魔法陣。窓から入り込む月の光すらはねのけて、ゆらゆら、ゆらゆら輝いている。見渡した部屋に誰もいないことをいいことに、私はそれに近づいて行った。

この部屋の借り主は近くにいないらしい。まったく不用心もいいところ。わたしが邪な考えを持つ人間なら⎯⎯⎯金庫ごと背負っておさらばである。

部屋の主はうら若き乙女を酔わせて部屋に連れ込んだわけだから、ノーカンでしょ?

 

「なんだろ、これ。召喚陣かなあ。西洋式は詳しくないんだけど……」

 

具体的にいうと、低級の妖魔を呼ぶための召喚陣と似ている、だが。細部は違っていて、西洋式の召喚陣(ソレ)なんだろうと結論づけた。

その陣の手前。小さな机の上には、錆び付き折れた刃物のようなものが乗っかっていた。折れているのは柄…、だろうか。形状的には槍に該当するらしい。こんな寂れた宿の置物にしておくよりは、美術館や博物館に展示されるべき、立派なものに見えた。

寝起きの頭のまま整理して、はたと気づく。

 

「なにしてんだろう、わたし。ぺろりといただかれちゃうまえに帰んないと……」

 

長く伸びた黒髪は寝転んだせいで乱れている。それを手櫛で撫でつけて、わたしは立ち上がった。

財布を探して中を見れば、お金は飲む前と同じ金額。ラッキー、ただ飲みだ。

酔った勢い、異国の地でワンナイトラブは勘弁したいから、柔らかい寝具は名残惜しいものの、とっととさよならするに限る。

 

上着を羽織って、冷蔵庫を適当にあさってペットボトルの水を飲んだ。盗みだって? いやいや、水くらい大丈夫だろう。うんうん(納得)。

 

「さてさて、お暇しますかなあ。あーー…胃が痛い…頭ガンガンするぅ…」

 

酒は好むが体質は残念日本人、あまり強いお酒はバンバン飲めないのです。とても悲しい。

はじめての旅行、はじめての海外で、昨夜は少し浮かれていただけだ。二度としないと昨日のわたしに誓う。明日のわたしは覚えてないだろうけど!

まだふらついている足元で、腰を机に強かに打ち付けて呻く。その拍子に机から1枚の紙がひらりと床に落ちた。

当然、それを拾う。

 

「んー? なんだこれ。英語?

……部屋の借り主の伝言とかかな。」

 

ちょっと茶色に汚れた古紙だ。うわきったね~、と思ったが書いてある内容がうまく読み取れない。

とは言うのも、書いてあるのがアメリカ式ですらない、イギリス英語だからだ。LとRの区別がつかない生粋の日本人であるわたしは、うまく回らない舌のまま、拙いジャパニーズイングリッシュでそれを読み上げていく。

 

……内容は「ホテル代、払っといたよ(イケボ)。ゆっくり休んでね(スパダリ)」だといいのだが。

 

「閉じるんだか、満たすんだかどっちよ……5回? 言う、告げる?」

 

読み上げることに夢中な私は気づかない。締め切られた部屋には巡る強い風が、水銀の魔法陣は眩いばかりにかがやき始めたのを。

 

「ほーりぃ、ぐれいる、だから、聖杯だっけ。ということは、あの人、牧師か神父なのかな。……聖職者が飲酒〜〜?」

 

はためいたカーテンに目を奪われた。一層強く差し込む月明かり、魔法陣が発する光を合わさって、まるで部屋は真昼のよう。

 

一瞬、右手に焼けるような痛み。

光に目が眩んで何も、見えない。

 

 

⎯⎯⎯告げる。

 

 

⎯⎯⎯汝の身は我が下に(おしえて)

 

我が命運は汝の剣に(わたしの)⎯⎯⎯

 

 

「……、……運命?」

 

 

風か、それとも違う強いなにかに押されて、酔いは吹き飛び腰が抜けた。舞い上がった埃が気管に入って苦しい、げほげほと咳を繰り返せば埃が目にも入って涙が出てきた。踏んだり蹴ったりだ。

埃がふわふわ舞っていて、何も見えなくて、思わず私は手を伸ばした。なんとなく伸ばされた右手は、誰かの指に掴まれる。

思わずうひゃ、と声が漏れた。

 

「此度の召喚は女のマスターかッ!! いいだろう

⎯⎯⎯サーヴァント、ライダー。お前が俺のマスターか?」

 

晴れた視界の中、時代が違う鎧を纏った偉丈夫が私に問う。

なにもかも見透かしてしまいそうな瞳が、私を見ている。

 

「あ、⎯⎯⎯」

 

揺れろ、運命。

震えろ、魂。

逃げろ、少女よ。

 

君の十字路はこの先にある。




陽鞠 ーヒマリー

細く長い黒髪を頭上で纏めあげたラフな格好。
名前の通り日本国出身だが、名字は不明。理由は教えたくないらしい。成人済みを自称しているが、服装はあの国の高校の制服───ブレザー服を大きく着崩したもの。ライダーに言わせれば顔も幼げでどう見ても子供にしか見えないのだが────
真相は本人のみぞを知る、である。
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