甲高い悲鳴が近づいてくる音に、シロウはほっと息をついた。緑色の光が蛇行し、あまりの速さに瞬間移動して見えるたびに悲鳴は増すのに少し───可哀想だな、と思う。
セイバー組の姿はない。やはり離脱するのかもしれない。
「おお、ライダーがここに来るか」
「アーチャー…ええ、よかったです。これ以上陣営が乱れるのは防ぎたいですからね」
アーチャーの視力なら、あと数秒でこちらに着陸する戦車の姿など捉えてるだろう。悲鳴は同じ音量のまま、勢いはだんだん殺されて着陸する。
「…」
「マスター? おーい」
「っ…!!! っ、っぅ…!!!」
姿があったのは3頭立ての戦車とライダーのサーヴァント、そしてあの森で見た時と変わらない女子高生然とした年若い少女の姿。
“赤”のライダーに俵持ちされて涙目である。
少女───ヒマリははくはくと魚のように息を吸うと、出てきた涙を拭ってこう叫んだ。
「ば、ば、ば、ばかーーーーーーーー!!!」
「おう!! 楽しかったろ?」
「安全運転で行くって言ったのに!!! ぐるんってしてがーーって行ってまたぐるんってした!!!」
口の悪い1頭の馬が下卑た声で笑う。腰を抜かしながらぽかぽかとあまり痛くなさそうな音を立てて殴り続けるヒマリと、笑って受け流すライダー。実にシュールな絵面である。
ぴぃぴぃ泣いているもので声をかけるのがはばかられたが、ここは当然。“赤”キャスターであるシェイクスピアが行った。
「“赤”のライダーのマスターヒマリ殿! 大英雄の戦車に乗った栄誉、さぞ興奮することでしょう…ですが吾輩、物書きですゆえこう聞かずにはいられないのです…。今のお気持ち、聞かせていただきます?」
「…は?」
初手でキレられる人っていないと思うんだ。目の前にいる髭のおじさまを見上げて頬肉をぴくぴくさせたヒマリは、困ったようにライダーを見上げて助けを求める。
「ああ、いえ。誤解を招いてしまったのなら申し訳ない。吾輩、“赤”のキャスター、真名をウィリアム・シェイクスピアと申します。どうぞ、お見知り置きあれ」
「えっ…あっ、『ロミオとジュリエット』や『夏の夜の夢』とかの…?」
「そうですそうです!! ああ感慨深いですなあ!! 東洋のこんな幼いお嬢さんにも、吾輩の作品を知っていただいていたとは!」
真名を露呈したキャスター…シェイクスピアのマシンガントークにただ目を回すしかないヒマリ。
だめだ、これは話が進まなくなるとシロウは話に割って入る。
「…大聖杯は奪いました。あとはそれを守るだけ…ヒマリさん、“赤”のライダー、御協力してくださいますね?」
ヒマリはその言葉にハッと立ち上がろうとして───腰が抜けたままで立ち上がれなかったのでライダーに首根っこ掴まれたまま微妙そうな顔で頷く。ライダーも───頷いてくれた。
「…」
「あれが、聖杯…ひえ…」
今ミレニア城塞から引き剥がし中の大聖杯を見下ろして、ヒマリは怯えるように首を振った。『万能の願望器』、そんなものなのに、いざ見れば少し怖いのはなぜだろう。
「ヒマリさん。私達───アサシンと共に奥に行きますが、貴方はどうします?」
「あー…えっと、どうしよっか…?」
ライダーは少し、眉根を寄せると、
「俺が守っているから、大丈夫だろう。今度こそは俺の戦いを見ていろよ、マスター」
「あっ、なら物陰に隠れてます!」
「あんまり近すぎるのは勘弁だけどな」
仲睦まじいマスターとサーヴァントの会話。隣でアサシンが微笑んだのをシロウは見逃さなかった。まったく、勘の鋭い戦士だ。
「…私のマスターも、彼の者のように勇敢であれ、とは言わぬが……少しは“マスターらしく”してもらいたいものだ」
「…」
“赤”のアーチャーが零した本音に、“赤”のランサーは無言で目を閉じる。
“黒”の側が近づいてくる。大聖杯が奪われるというのに指くわえて見ている訳では無い。
「我はしばらくあの大聖杯に注力せねばならん。他の連中は任せるぞ。ここで食い止めなければ、お主らの願いは露と消える。心してかかれよ?」
「───言われずともわかっておるわ。汝こそ失敗するなよ」
「やるべきコトはやるがな。いちいち指図すんなっての。言われなくてもわかるっつーの」
この3人、仲が悪いのだろうか…? 普段優しいはずのライダーのアサシンへの当たりがきつい。心配げに見上げれば手のひらが降ってきた、なぜだ。子供扱い、解せぬ。
そうしてるうちにキャスターがどこかに行き───みんな微妙そうな顔してた───アサシンは「ここはルーマニアではない」と言い残して消えた。どういう意味だろう…。
「──“黒のランサー”はオレが獲る」
白髪の長身、細身の青年が大きな槍を携えてそう言った。ライダーはもちろんのこと自分の師である“黒のアーチャー”を。獣耳緑の弓使いの少女は初顔合わせになるという“黒のキャスター”を狙うのだそうだ。
攻守交代。赤の側はこの庭園を大聖杯を奪い切るまで守り、黒の側は完全に奪われる前に奪い返さねばならない。
一層激しくなるだろう戦闘に身震いする。戦いはもうすぐ、そこ────
前誤字報告いただいたんですけど誤字報告見るところがわからなくてごめんなさい…時々見直して書き直します
この石でアキレウスを当てろ!と言わんばかりにうちのサーヴァントが石くれます。
シェさんってすぐ真名言っちゃいそうなイメージ