「いいかー? ここに隠れてろよー? 何がなんでもだぞー?」
「なんでそんな子供を相手するみたいに言うのかなー?」
「子供だろ?」
「違うわ」
ひょうきんな表情で言われたことを否定する。ここで流されちゃあだめなのだ。私はじゃぱにーずぴーぽーやんぐやんぐと否定しなければ子供扱いが加速する。それは何がなんでも避けなければならない。
「…よかったのか? ライダー。その子を神父共と逃げさせず…」
「いや、これでいい。誰が来ようがなんだろうが、この面子でなら余所見はさせねーよ。なんというか俺は…あまりマスターをアイツらには近づけさせたく無ぇ」
その子…その子…その子……。アーチャーからは子供扱いで定着したらしい。身長150cmはあるのになあ、日本人の平均身長なんだよ…? おかしいなあ。
少しいじくれながらスカートを掴んだ。
「…なあ、姐さん。アンタのマスターはどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも…召喚されたときも、戦争が始まっても姿を見せぬ。用心深いにもほどがあろう…まあ、いくら魔力を消費しても文句が飛んでこないのはありがたいが…」
すっかり置いてけぼりを食らっている私は、いそいその床にのの字を描いている。
やはりライダーとアーチャーは知り合いなのだそうだ。生前の知り合い同士が召喚されるなんてすごい確率なのだろう。ライダーにいたっては敵味方問わず2人も知り合いがいる。嬉しいのか悲しいのかは私には測りかねるが、アーチャーと話しているライダーは嬉しそうだ。
それはそうともう少しライダーにはこちらに関心を払ってほしい。具体的に言うと真後ろで瞑想をするように目を閉じているランサーさんとの無言の雰囲気が辛い。なんて言うのだろう、気まずいから話しかけたいけど話しかけたら話しかけたで場合によってはさらに気まずくなるから困るというやつだ。なにか会話をしたいけど話題もなければ共通点もないので困るやつ。いや、話しかけなくてもいいんだろうけどこっちだけ無言なのは辛い。何故かはわからないが辛い。どうか分かってほしい。
「あはは…」
「…」
元よりコミュ力があるわけでもない。家からでないから発展力もない。強制的引きこもりだったから話すのは基本伯父のみ。……あれ、私、大丈夫……?
無言ツライナー、話スベキカナー、と遠い目をしていると、ランサーの双眼が開く。
「───来る」
「…そうか」
「よし、じゃあマスター。隠れていろ、なに。すぐ片付けるさ。アンタは必要がある時だけ…ホムンクルスやゴーレムが襲いかかってくればできるだけ逃げてくれ。アンタの魔術は音が響く」
ケースを持って、階段を登って広間を見渡せるバルコニーに急ぐ。
“黒”側のマスターが勝負を仕掛けてきたらどうしよう、戦えるかなあ…あっちは一流の魔術師だろうし厳しいだろうな…。逃げ回るくらいがせいぜいだ。そんなことを考えながら、認識阻害の術をかけた。どうせサーヴァント相手には効かないんだろうけど。所詮は気休めである。
「髪、伸びたなあ」
シン、と張り詰めるように静かになった場に言いようも知れぬ恐れと寂しさが襲いかかる。ホームシックだろうか? もう二度と戻らない、戻れない。愛している、憎んでいる場所だけれど。そんなものを感じるくらいの情が私にはあったようだ。
くすりと笑って、紐を髪に結わえてくくった。所謂ポニーテールというやつである。学校に通う親戚の子供達がよくやっていた髪型だ。運動に適した髪型だというから、運動をしないわたしはやることがなかったけど。気合いは入れ直すことができただろう。
私が死ねばライダーも死ぬ。彼の戦いのために私は生きなければならない。
彼の戦いが汚されることはなんとしても避けなければ。
ギリシャの偉大な英雄。古今東西の英雄の中で最も速いと謳われる青年。飛び入り参加でも、覚悟が足りなくとも、彼のマスターとなったからにはその役目は全うしなければならない。
息をする。空気は冷たく澄んでいる。音はよく響く大きな空間。テンションは急上昇で、まだ見ぬ世界を見たがっている。
開戦だ───大きな音が聞こえて、扉が開け放たれる。
戦いの歌、始まりを告げる矢の風切り音が響いた。
◆
◆
◆
素人目である私の目から見れば───間違いなく優勢であろう。
“赤”のライダーと“黒”のアーチャーの師弟対決もさながら。手に汗を握る戦いである。さすがライダーとライダーのお師匠さんだった人。技が冴えて、弓も槍も全てが勇ましい。
だが目を引くのは───この争いで雌雄を決する争いだろう。
“赤”のランサーと、“黒”のランサー。この聖杯大戦の状況故か、同クラス同士の戦いとなった二騎。
相変わらず無表情で攻める“赤”のランサーに、苦しい様子の“黒”のランサー。なんとなく、この2人の勝敗で聖杯大戦も勝敗がつくだろうという予感がある。
ライダーも大した怪我はしていない…、傾いた戦線にほっと息をついた───その時。
「いいえ、まだ勝てないわけではありません。貴方がその宝具を解放してくれるのならね」
その声が聞こえてきたのが自分の向かい側のバルコニーだったから、肩が揺れた。なんだかすごく嫌な、不気味で高圧的な声。
ちらり、と伺い見たら目が合ったのですぐ首を引っ込める。高身長の青年……だったろうか。バイオリンケースを引き寄せて、一応鍵を開けた。
その場にいたサーヴァント達全員が動きを止め、場の緊張感は最高だ。あと少し水が流れただけで決壊してしまうダムの前にいるような。プレッシャーが凄まじく息がしづらい…。
“黒”のランサー……たしかシロウさんから教えられた真名は「ヴラド三世」だったろうか。ヴラド三世が放つ殺気に当てられ、心臓が止まりそう。
「(何が起こってるの…?)」
「(簡潔にいうとサーヴァントとマスターの仲間割れだな…)」
話している内容が理解できなくて、思わずライダーに念話を送ってしまう。戦場の只中で行われるサーヴァントとマスターの問答に、ライダーも呆れた様子だ。
「(…愚かなマスターもいたものだ)」
「(う…)」
「(きついか…今のうちに動くことはできるか?)」
「(無理そう…体、重くて…筋肉が引きつってて動けない…)」
「(そうか。できるだけ耐えててくれ、今動ける状況じゃねえ…爆発しそうだ)」
気持ち悪くて口元に手を当てる。
くらくらする視界を必死に保って、地面に手をついた。これが殺気というものなのなら、まだライダーの戦車に乗った方がマシだ。二度と乗らないけど、もう二度と、絶対に。
間もなくして、底冷えのする声が高々とその言葉を紡いだ。
「令呪を以て命ずる。“英霊ヴラド三世。宝具『
「────!!!」
絶望と、憎悪と、怨嗟───それがこもりにこもった絶叫に、思わず私は耳を塞いだ。
これは、わたしの、きが、たもてない。ぎゅっと耳に爪を立てる痛みに集中して、殺気をやり過ごす。
浅く息をして、微かにここまで響く振動や、手のひらを突き抜けて聞こえる絶叫を無視して固く目を閉じた。
「(───マスター、マスター?)」
「(な、に?)」
「(逃げろ)」
「(…え?)」
「(いいから!!)」
そんな念話に、私は顔を上げる。隙間から舞台を見ればそこには───
その姿を見た時に、脳が焼ききれるような痛みがした。
ぼんやりと立ち上がり、はっきりと視界に捉える。明らかな“魔”の姿。人のカタチを失った形相、口は裂け目には光がない。
───ヒトを害する化け物、つまりは“■■”。
体が、まるで、炎に包まれているように熱い。頭の中でライダーが怪訝に呼びかけているが聞こえない。
きっともう、“君”にはなにも入ってこない。
だって一度それを目にしてしまったなら、君はその役目を全うしなければならないのだから。
“■■”の血を忠実に引いているのなら、君は弱くとも「✕殺し」なのだ。
大丈夫、大丈夫だ。懐に入って心の臓にその刃を突き立てて、力尽きたその首を斬ればいい。首級をあげよ。君が討つべき敵は、世界に何万といるのだ。
───わたしのではない、誰かの声が聞こえる。懐かしい、懐かしいこの声は……父のものではないだろうか?
いつの間にか手にはひと振りの刀がある。黒漆の、赤い拵えの、大きな刀。
───“殺してしまえ”。
───“だって君にはその力があるだろう?”。
「マスター?!」
“〇〇〇〇”がわたしのことを呼んでいる。いや、なんで、でも。わたしのなまえをよぶ、あのひとはだれだろう? なまえがおもいだせない。また脳が焼ききれるような痛みがする。
私の名前は、吉備津、キビツ ヒマリ。そう、それが名前……本当に? 痛い、痛い、痛い、脳の奥が酷くいたんで苦しい。
自分ではない誰かの記憶が、いや、これは本当に───
思考の渦の中、自分に飛びかかって来たナニカを一刀のもと斬り捨てる。自分の力ではないような感覚が漲り、生暖かい液体が体にかかったが理解ができない。自分は今何をして、どこにいて、何を思っているのかがわからない。
全てが俯瞰的。まるで“わたし”は体の奥に閉じ込められて、違う“だれか”がわたしの体を動かしているような。
“その人”は怪訝に首を傾げると、階下から登ってる吸血鬼に眉をしかめる。
「───えっ、平成ぞ?」
真顔でそんなことを呟いた。
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飛び散った赤を見て、こいつは違う。と判断した。その小さな体に似つかわない大きな刀を抜き殺めてみせた彼女は、服についた汚れを気にすることもなく首をかしげている。
何をするにも非力な、魔術もほとんど使えない少女が見せた技の冴えに驚いたが、それはそれ。
なぜだか───“少年らしく”見える幼い相貌は無表情にこちらを見ている。
「…マスター?」
「…」
ぼんやりと、瞳が光っているように思えた。血濡れた刀を引っさげて、こんな場所でぼうっとしている様はどう考えても正気ではない。
外見はマスターであるが、中身は別人だと判断したアキレウスは、睨みを強くした。
「…くそ!!」
今の状況じゃ不用意に近づけない。敵方からは楽に殺せる位置にいる彼女はとても目立つ。この現場の新たな乱入者である裁定者も、その異変に気づいたようで。
「何が起こっているのです!!」
「ルーラー…!!」
今回の聖杯大戦の裁定者、ジャンヌ・ダルク。金の髪を持つ乙女はその旗をはためかせて、バルコニーに立つ少女を見上げた。
「何をしているのです…!! “お逃げなさい”!!」
「……う?」
世界でも最も有名な聖女のカリスマは正しく働いたようだった。聖女の言葉は心に響き、ヒマリの自我が覚醒する。周りの状況を見て数瞬───戸惑ったように自分の服や手を見たヒマリだったが、ルーラーの強い眼差しに狼狽え、つまづくようにして走っていった。
そのあとを吸血鬼に血を吸われたホムンクルス達が追うが──アキレウスはルーラーの令呪でここからは動けない。彼女が彼女の実力で打倒してもらうしかないことに、アキレウスは歯噛みした。
───続く暗闇のなか、ヒマリはいつかのように走っている。まるでウサギを追って穴に落ちていく、小さなレディのように。
第2部1章よかった………全部よかった………
主人公に武器追加
・扇
・バイオリン
・ホイッスル
・赤拵えの野太刀\にゅー/