荷物をまとめてホテルから出ると、真昼の太陽がわたしを射抜いた。日差しは強いものの、空気は乾いて風は涼しい。聖杯大戦が行われようとしていることなんて微塵も感じさせない平和な町だ。
「というかわたし、敵地にホテルとってたんだね、昨夜…。落ち着かないはずだわ」
「(運が良かったな、マスター)」
わたしの直感はよく当たるのだ。
アキレウスに褒められた、と薄い胸を張っていると、霊体化しているのに生暖かい視線が左上から注がれている気がする。
「そういえば、獅子劫おじさんのサーヴァントがセイバーで、シロウさんのサーヴァントがアサシンなんだよね? あとはどんなクラスがいるの?」
「俺を抜いて、あとはアーチャー、アサシン、キャスター、バーサーカーだな……なんだ、俺以外のサーヴァントが気になるのか?」
森の中の小道に入ったからか、アキレウスが実体化する。
「いやぁ、まあ……あのセイバーは騎士様って感じで確かに素敵だったけど……」
「まあ、マスターの男の趣味にはとやかく言わんが……」
「たしか、最優のサーヴァントがセイバーなんだよね。ね、ね、どう? アキレウスはセイバーに勝てそう?」
木漏れ日が黒髪を撫でる。その光の螺旋に目を取られながら、アキレウスは少し意外に思った。
さくさくと教会に行き、神父とニコニコ会話したと思えば、セイバーとそのマスターとほいほい共同戦線を張ったので、あまりやる気がないのかと思っていたが————
「なにを言っているんだマスター。
「へ~~~、ふふ、楽しみにしてるよ。
話は変わるけど、聖杯戦争で知り合いと会ったりするの? 普通の聖杯戦争と違って、今回倍いるから、もしかしたらライダーの知り合いもいるかも?」
「オイオイマスター、さすがに黒のサーヴァントがいるとはいえそんな————————」
理由は───
「何あれ」
「さあ…」
平和な森の中、視界に入った光景を脳が拒否っている。
唖然とした様子で口をあんぐり、間抜け面を晒すわたしの顎を、アキレウスがそっと閉じた。
───その男は、筋肉だった。
笑顔を貼り付けた顔のまま、ドスドスと音をたてて森を横断している。
行き先は…この方向だとトゥリファスだろうか。ここから歩いていくと数時間かかりそうな…
こちらを一瞥しないまま視界から消えていった筋肉に、わたしは現実逃避したまま首を振る。
「なんだあれ」
「…さあ」
あれのことは忘れよう、うん。
考えるだけ無駄…きっと第一村人だ。うん……
「待て! バーサーカー! 止まらぬか!」
「第二村人だ…」
「…姐さん?!」
木々の合間を縫って奔る少女が風のような素早さで視界の端から端を消えていった。
なんか獣耳とか尻尾が生えた緑色の女の子だった……可愛い、いや違う違う。
「マスター、俺は姐───赤のアーチャーを追う! 呼んだらすぐ行くから呼んでくれ!」
「あっ、えっ、うん。じゃあ私は獅子劫さんのとこ行くね、行ってらっしゃい」
「ああ!」
ひらり、と手を振るともうそこにアキレウスの姿はなかった。
あの緑色の女の子が“赤”のアーチャーなら、あの筋肉は“赤”の⎯⎯⎯キャスターではなさそうだ⎯⎯⎯ランサーかバーサーカーなのだろうか。そんなことを考えつつ、手元の地図を見た。
「…地図ってどう読むんだろ」
時刻は夕方。
夜になる前に着きたいところである。墓場の夜は怖いし。
────
「獅子劫さん」
「なんだいきなり電話してきて、どうした」
「迷子になりました」
「……近くになにがある」
「夕焼けが、あります!」
「………………敵情視察に行くから、トゥリファスに行けるか?」
「…がんばりまーす」
「………頑張れ」
◆◆◆
さて、あの電話から数時間。
各地をさまよい、無事(?)トゥリファスに辿り着いた私は獅子劫さんと再会した。
「さすがに疲れた…」
「おう…よくここに辿り着いたな…」
「困ったときは人に聞け…心良い人に車で送ってもらいました…あはは…」
「そういえばあんた、サーヴァントは?」
「ライダーなら、筋肉と獣耳っ娘を追いかけてトゥリファスの方向に…あれ、ならこっちにいるのか…?」
なんとも言えない顔をする獅子劫さん。しょうがないだろ、それが事実。そう言うほかなかったのだ。
ライダーはあの獣耳の女の子を「姐さん」と呼んでいたけれど、知り合いなのだろうか? 少し気になったけれど、頭を振る。敵情視察だ、気持ちを切り替えなければ。
「…“赤”の、セイバーさん?」
「よぉ、トロそうだな、お前」
「鎧姿かっこよかった…素顔もまた素敵…」
「お、おい! 本当に見せてよかったのかマスター!!」
零れる砂金のような金の髪、つり眉に勇ましい双眸。鎧姿も威圧感があってとてもかっこいいが、素顔に残る少年らしいあどけなさもまたいい……。
「わたし、美人に目がないんだ…」
「…とりあえずそれは抑えとけ。今日はあの城塞への基点を探す」
「うへへ美人……まあ、攻め込むのには多少遠くても観察できる場所が欲しいよねえ」
「お、わかってるじゃねえか。トロ女!!」
がし、と肩を掴まれて引き寄せられた。ああ、いい匂いがする…。トロ女とはなんだか嫌だがセイバーが言うならいい。
多幸感に浸りつつ、とりあえず頭の中の地図を描き始めた。とりあえず次来るまでには迷子にならないようにしないと…
黒の陣営が拠点にしているというミレニア城塞はトゥリファスの北東に位置しており、周囲は3ヘクタールほどの森に囲まれている。城塞は高台にあるため、ミレニア城塞からはトゥリファスの全てが見通せる。
つまりは───
「攻めにくいんだね。考えなしにつっこむと罠にハマってしまいそう」
「そうだ。だから俺達はトゥリファスの南から探していく。できるだけ高層で、城塞からは近くもなく遠くもなくってところがいいな」
歴史ある街並みからは情緒感が伝わってくる。百年もの前からこの土地に建てられているという建物は、屋根がカラフルで楽しい。
誰もいない深夜の街を見渡していると、唐突にセイバーが襟首を引っ掴んできた。ライダーにも言ったけれど、この服の襟はそんなことのために使うんじゃないのだけれど…
「あの、」
「おい」
「上るんだろう?」
そう言おうとしたが、口閉じとけ、と忠告されて仕方なく口を閉じる。次の瞬間、視界がトんだ。セイバーから物凄い音がして、視界は空へと切り替わり、着地の音と「ひぎゅっ」と私が出した声と痛い首。
セイバーは首が取れてないか涙目で確認する私を見てひとしきり笑っている。ひどい人である、許すけど。
「…だめだな、ここは」
「ああ。」
城塞からなにか鳥のようなものが飛び立つのがかすかに、見えた。
場に剣呑な雰囲気が漂い、セイバーが武装する。ああ、やっぱり素敵。
「おいトロ女、」
「うん」
「俺はお前のことを守らないからな。ライダーを呼べ」
「うん、ありがとう。でも平気」
突っぱねるようにそう言ったセイバーに、私は微笑んだ。ブレザーの裏側から、刀身の短い短刀を掴んで抜く。
きっとこの人はやさしいひとだ。優しさを見せてくれるなら、その優しさには答えないといけない。
セイバーはまず向かってくる鳥型の人形───ゴーレムを叩き斬り、油断なく剣を構えた。
「? なんだそりゃ、変なカタナだな!」
「そう? 意外とできるのよ、わたし!」
「そうか、油断はするなよ」
四方八方から大小様々な形のゴーレム、ハルバードを持った人間が出現する。どうやら取り囲まれてしまったらしい───
かっこいいセイバーにちょっと背伸びをしてみたくて、女性らしい言葉遣いでこたえた私。ふん、と鼻で笑われてしまった。
「獅子劫さん、セイバーさん、ご武運を!」
たったそれだけを叫んで、私はひらりと駆け出した。黒の側の戦士が───獅子劫さんによるとホムンクルスらしい───5人ほど追いかけてくるがなんのその。
短刀を構えつつ、わたしは路地裏へと。
───紺色のスカートは、まるで誘うようにひらひらとはためいていた。