家出娘と美形お兄さんの珍道中〜   作:藤涙

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Part.5:おう、戻ったか。死んだかと思ったぜ

体力には自信があるほうだった。

ぽつり、ぽつりと灯る街灯は意味をなさない。ただ薄ぼんやりとあたりを照らすだけの存在を頼り、わたしは走っている。

久しぶりの実践に体が戦慄いている。恐怖ではない、確かな興奮で、だ。

 

風をきって路地を曲がる。後ろに続く足音は大きく響いて、しっかりついてきてくれていることを確認する。

 

この体は夜の闇によく溶ける。

角を曲がった瞬間、しなやかな脚力で飛び上がり短刀を抜く。

どれもかれも、同じような顔だ。かろうじて男女の違いがわかる程度、感情も気薄で、わたしのように興奮も恐怖もしていない色味のない顔。

 

「───ごめんね」

 

数秒の浮遊感と無重力、そして自由落下に身を任せて、彼らの最後尾にいたホムンクルス後ろに降り立つ。

耳がいいのか、微かな足音で振り向こうとした彼。いけない、修行が足りなかったらしい。「っあ…」と声を出す前に、刃を喉に滑らせた。

椿の散りざまは首が落ちるよう、というが、切り口や唇から、ただただ紅が流れ出す様は、まるで百日紅の花のようだ。

絶命した彼が倒れる前に、その前にいた2人の首を脊椎ごと斬る。ハルバードがけたたましく倒れる。残りの2人が素早く振り返って⎯⎯⎯クナイが額に突き刺さって、倒れた。太もものホルダーに入れていたからだろう。指先から離れたクナイは、気持ちの悪い生温さだった。

 

ごめんね、ごめんなさい。

もう口に出すことはしない、そんなことを言ってもなんの慰めにもならない。

 

瞳孔が開いた瞳はどこを見ているんだろう。空っぽの身体を埋めていたはずの魂はどこにいったの?

わたし、わたしが⎯⎯⎯地面に広がる赤を、⬛︎⬛︎⬛︎(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)だと思ってしまうのはどうして?

 

もう動かない彼らの額からクナイを引き抜いて、一息をつく。教え込まれたことを身体はきちんと覚えていたらしい。

少し躊躇って、彼らの瞼に触れて閉じた。

 

「ホムンクルスはあったかいね、わたしよりよっぽど⎯⎯⎯」

 

人間みたいね。

 

 

「おう、戻ったか。死んだかと思ったぜ」

「そんな辛辣な〜〜。」

 

短く笑って、意地悪を言うセイバー。

中世風(わたしにはそう見える)の鎧を纏っているから………………。なんだろう、ドン・キホーテとか?

セイバーはどんなに目が悪くても老人には見えないので、賢明なわたしは口をつぐんだ。

さすがのわたしもまだ首と胴体は仲良しでいたい。

 

「全員仕留めてきたのか?」

「うん、そのままにしちゃったけど」

「捨ておきゃいーーんだよ。ほっときゃお仲間が片付けにくっだろ」

「そうだね、」

 

軽く洗っては来たが、セイバーはサーヴァントだ。

私の身体が纏う血と死の匂いに気づいているだろう。

凛々しい緑の瞳に数瞬、見つめられてドギマギしてしまう。

 

⎯⎯⎯英霊には、透視能力とか、読心能力をもつひともいるんだろうか?

 

その少年らしい顔立ちに似つかない、威厳のあるセイバーの佇まいに、わたしはちょっと困ってしまった。とうのセイバーは鼻を鳴らして、「まあいいか」と呟いた。

なにがいいんだろう……。

 

それっきりセイバーが黙ってしまったので、気まずくなった私は獅子劫さんに問いかける。

 

「獅子劫さんどうしたの?」

「いや…セイバーがあまりに自分と似通ってる精神性でな…」

「それって悪いことなの?」

「いや…」

 

そんな会話をしながら、トゥリファスからは撤退していった。

アキレウスは大丈夫だろうか。魔力は一定の感覚で流れていくから、実体化しているのだろうけど───

さすがに少し眠くって、欠伸をひとつ。長い夜が終わろうとしていた

 

 

⬛︎⬛︎⬛︎

 

 

「もういいの、ありがとう。戦士様——————」

 

その声があまりにも儚かったから、心臓が潰れそうなほどに痛かった。

結婚相手に、とは言わずとも、妹のように思っている娘だった。お願いだからそんなことを言わないでくれ、まだ諦めないでくれ。俺がどうにか、なんとか───

 

「もういい、もういいから。大丈夫です、その気持ちだけで充分なのです、戦士様。これは王女の務め、我が国のため、ひいては貴方のためなのですから」

 

嫌だ、と首を振った。

 

行くな、と手を握った。

 

お願いだから───

 

「これが私たちの罪なのです、戦士様。貴方は貴方の戦場で武勲をおたてくださいませ。きっとその勝利の歌は、ハデスの元にいる私にも届くでしょう」

 

それは貴女のせいではないというのに。

ぽろぽろと流れるそれが彼女にもかかって、まるで子供のようね、と笑った。

 

少女は周りを見る。

兵士に止められながら半狂乱で泣きわめく母の姿、自分のために奔走してくれた憧れの人。

充分だ、本当に、神に誓ってそうなのだ。

 

凪いだ海はまるで自分を待っているかのように穏やかだ。きっとなにも怖くない───恐ろしい月の女神がこんな自分の身で怒りを納めてくれるなら、美しい狩猟の女神が彼を許してくれるなら、こんな自分の身一つで彼が前に進めるのなら。

恐れはもうない。手の震えも感じない。

 

「───ご武運を、○○○○○様」

「ああ───」

 

白い結婚衣装を身にまとった少女は、祭壇から一歩、空中に踏み出した。

 

これでいい、これで。

 

たった、それだけを思って少女は目を閉じた。

少女の体は海に落ちる寸前、銀の清い光とともに消えることになる。

 

慟哭と、涙と、ひたすら鳴らされる鎮魂の鐘が荒れ始めた海に響いている───

 

 

 

「───ゆ、め?」

 

とある墓地の、地下工房。

ヒマリはごそごそと毛布から出て起き上がる。獅子劫とセイバーはいないらしい、どこへ行ったのだろう。後で探しに行こうかな…。

潮の音が耳について離れない、青年の泣き顔が目に残っていた。

 

随分、リアリティのある夢だったな。

と、身体に感じた浮遊感を振り払って、ヒマリは立ち上がった。







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