体力には自信があるほうだった。
ぽつり、ぽつりと灯る街灯は意味をなさない。ただ薄ぼんやりとあたりを照らすだけの存在を頼り、わたしは走っている。
久しぶりの実践に体が戦慄いている。恐怖ではない、確かな興奮で、だ。
風をきって路地を曲がる。後ろに続く足音は大きく響いて、しっかりついてきてくれていることを確認する。
この体は夜の闇によく溶ける。
角を曲がった瞬間、しなやかな脚力で飛び上がり短刀を抜く。
どれもかれも、同じような顔だ。かろうじて男女の違いがわかる程度、感情も気薄で、わたしのように興奮も恐怖もしていない色味のない顔。
「───ごめんね」
数秒の浮遊感と無重力、そして自由落下に身を任せて、彼らの最後尾にいたホムンクルス後ろに降り立つ。
耳がいいのか、微かな足音で振り向こうとした彼。いけない、修行が足りなかったらしい。「っあ…」と声を出す前に、刃を喉に滑らせた。
椿の散りざまは首が落ちるよう、というが、切り口や唇から、ただただ紅が流れ出す様は、まるで百日紅の花のようだ。
絶命した彼が倒れる前に、その前にいた2人の首を脊椎ごと斬る。ハルバードがけたたましく倒れる。残りの2人が素早く振り返って⎯⎯⎯クナイが額に突き刺さって、倒れた。太もものホルダーに入れていたからだろう。指先から離れたクナイは、気持ちの悪い生温さだった。
ごめんね、ごめんなさい。
もう口に出すことはしない、そんなことを言ってもなんの慰めにもならない。
瞳孔が開いた瞳はどこを見ているんだろう。空っぽの身体を埋めていたはずの魂はどこにいったの?
わたし、わたしが⎯⎯⎯地面に広がる赤を、
もう動かない彼らの額からクナイを引き抜いて、一息をつく。教え込まれたことを身体はきちんと覚えていたらしい。
少し躊躇って、彼らの瞼に触れて閉じた。
「ホムンクルスはあったかいね、わたしよりよっぽど⎯⎯⎯」
人間みたいね。
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「おう、戻ったか。死んだかと思ったぜ」
「そんな辛辣な〜〜。」
短く笑って、意地悪を言うセイバー。
中世風(わたしにはそう見える)の鎧を纏っているから………………。なんだろう、ドン・キホーテとか?
セイバーはどんなに目が悪くても老人には見えないので、賢明なわたしは口をつぐんだ。
さすがのわたしもまだ首と胴体は仲良しでいたい。
「全員仕留めてきたのか?」
「うん、そのままにしちゃったけど」
「捨ておきゃいーーんだよ。ほっときゃお仲間が片付けにくっだろ」
「そうだね、」
軽く洗っては来たが、セイバーはサーヴァントだ。
私の身体が纏う血と死の匂いに気づいているだろう。
凛々しい緑の瞳に数瞬、見つめられてドギマギしてしまう。
⎯⎯⎯英霊には、透視能力とか、読心能力をもつひともいるんだろうか?
その少年らしい顔立ちに似つかない、威厳のあるセイバーの佇まいに、わたしはちょっと困ってしまった。とうのセイバーは鼻を鳴らして、「まあいいか」と呟いた。
なにがいいんだろう……。
それっきりセイバーが黙ってしまったので、気まずくなった私は獅子劫さんに問いかける。
「獅子劫さんどうしたの?」
「いや…セイバーがあまりに自分と似通ってる精神性でな…」
「それって悪いことなの?」
「いや…」
そんな会話をしながら、トゥリファスからは撤退していった。
アキレウスは大丈夫だろうか。魔力は一定の感覚で流れていくから、実体化しているのだろうけど───
さすがに少し眠くって、欠伸をひとつ。長い夜が終わろうとしていた
⬛︎⬛︎⬛︎
「もういいの、ありがとう。戦士様——————」
その声があまりにも儚かったから、心臓が潰れそうなほどに痛かった。
結婚相手に、とは言わずとも、妹のように思っている娘だった。お願いだからそんなことを言わないでくれ、まだ諦めないでくれ。俺がどうにか、なんとか───
「もういい、もういいから。大丈夫です、その気持ちだけで充分なのです、戦士様。これは王女の務め、我が国のため、ひいては貴方のためなのですから」
嫌だ、と首を振った。
行くな、と手を握った。
お願いだから───
「これが私たちの罪なのです、戦士様。貴方は貴方の戦場で武勲をおたてくださいませ。きっとその勝利の歌は、ハデスの元にいる私にも届くでしょう」
それは貴女のせいではないというのに。
ぽろぽろと流れるそれが彼女にもかかって、まるで子供のようね、と笑った。
少女は周りを見る。
兵士に止められながら半狂乱で泣きわめく母の姿、自分のために奔走してくれた憧れの人。
充分だ、本当に、神に誓ってそうなのだ。
凪いだ海はまるで自分を待っているかのように穏やかだ。きっとなにも怖くない───恐ろしい月の女神がこんな自分の身で怒りを納めてくれるなら、美しい狩猟の女神が彼を許してくれるなら、こんな自分の身一つで彼が前に進めるのなら。
恐れはもうない。手の震えも感じない。
「───ご武運を、○○○○○様」
「ああ───」
白い結婚衣装を身にまとった少女は、祭壇から一歩、空中に踏み出した。
これでいい、これで。
たった、それだけを思って少女は目を閉じた。
少女の体は海に落ちる寸前、銀の清い光とともに消えることになる。
慟哭と、涙と、ひたすら鳴らされる鎮魂の鐘が荒れ始めた海に響いている───
「───ゆ、め?」
とある墓地の、地下工房。
ヒマリはごそごそと毛布から出て起き上がる。獅子劫とセイバーはいないらしい、どこへ行ったのだろう。後で探しに行こうかな…。
潮の音が耳について離れない、青年の泣き顔が目に残っていた。
随分、リアリティのある夢だったな。
と、身体に感じた浮遊感を振り払って、ヒマリは立ち上がった。