柔らかい草の上に寝転んで、目で文字を追っている。
森林は空気がいい。葉に透かされた温かな太陽がわたしを照らしている。絶妙の温かさで眠ってしまいそうだ。
「…“マスター”? 寝てるか?」
「んんー、起きてる…おはよう、おかえり。ライダー」
「ああ」
霊体化してたのか金の粒子とともにあらわれたアキレウスに、わたしは笑いかけた。
昨日はかなりの魔力を消費したから、森林にある霊脈で回復をしていたところだ。
ふかふかのベッドが恋しいが、今は無防備な姿を人目に晒したくない。
「昨日戦闘した?」
「ああ───姐さん…“赤”のアーチャーとバーサーカーとともに黒陣営に乗り込んだ。その前には“赤”のランサーと“黒”のセイバーが戦ったようだ」
「それは獅子劫さんに聞いたよ、ルーラーがいるんだってね」
木に預けていた背をググッと伸ばして立ち上がる。昨日聞いた報告では赤と黒のサーヴァントがぶつかり、“赤”のバーサーカーは敵の手中に落ちたらしい。
まだ前哨戦だというのに、この敵味方の混戦具合。気が抜けない。
「昨日宝具使ったみたいだね。これぐらいなら平気。数時間自分に適した霊脈で休めば回復する程度」
「だがあれは前哨戦だ。まだまだ食らうぜ、俺は」
「うん、わかってる。貴方もわたしも、できるだけ万全の状態で臨まないと」
お尻についた木の葉を払って、ふと彼を見ると腕から血を流している。
目を丸くしたわたしに、アキレウスは肩を竦めた。
魔力さえ滞りなく流れていれば、サーヴァントは勝手に回復するらしい(獅子劫さん談)のにどうしてだろう……。
「“黒”に貴方を傷つけられるサーヴァントが?」
「ああ、“黒”のアーチャー。アイツが今回の俺の敵だ」
「……怖いなあ、頑張ろうね」
心配したが、アキレウスの言動から察するに、ただ見せに来ただけらしい。後ろに大きなしっぽが見える気がする⎯⎯⎯と考えつつ、彼の手を繋いで回復させた。
アキレウスが本格的に黒のサーヴァントを敵と定めたのなら、わたしも赤側と連携を強めなければ。大事な出来事は鳩が知らせてくれるのだろうけど───
どうもややこしいことは苦手だ。一度頭に浮かんだそれを振り払って、わたしは口を開く。
「あっ、そういえば本読んでたんだけどね」
「おっ俺の記録か。偉いぞ〜、どうだ。俺はかっこよかっただろう」
「うん、たぶん、かっこよかったと思うよ。いや〜、ルーマニア語がなかなか読めなくて。イリアスとオデュッセイアの英訳版を借りたんだ。ちょっとわからないとこあったからきいてもいい?」
「ああ、いいぞ。この俺に答えられるものならなんでも答えよう」
「…アキレウスが女装したって書いてあるんだけど、これ本当?」
「…」
「ライダー? どうしたの? ちょっ、待っ、痛い痛い痛い頭ぐりぐりやめ…っ」
───“赤”のライダー組の主従関係も良好なようだ。その関係は主従というよりは、兄と妹、保護者と子供に近いようだったが、良好なことには変わりはない。マスターはサーヴァントを尊重し、サーヴァントはマスターを守る。余程関係性が悪いようならマスターから令呪とサーヴァントを奪うのだが───一先ず、この主従はいいだろう。
セイバー組からの注視は外さないが、どちらも黒に敵対している。連携はしないが目的は同じ、という言葉は真のようだ。
一羽の鳩が青空に飛び立っていく。
◆◆◆
「(で、今日はなにをするマスター。俺たちであらためて敵情視察といくか?)」
「いや〜、今日はそういう物騒なのは置いといて…。買い物に行こうかと思っているの。しばらく街の宿は使わないし、食料とか、野宿するための道具とか……」
敵方にも(一応)味方側にも顔が割れた今、人目のある街中のホテルに泊まっていられない。
分別のつかないマスターとそのサーヴァントが白昼堂々襲い掛かってくるかもしれないし、その場合はわたしたちもなりふり構っていられない。街中でサーヴァント同士、魔術師同士の争いが起きれば周囲の一般人は───あんまり考えたくはない。アキレウスだって望んではいないだろう。
寝袋はリュックサックに入っているし……だの、欲しいのはやっぱり日持ちする携帯食料……だの、呟きながら思案中のわたし。
「(まあ、俺は本拠地を作るべきだと思うぜ)」
アキレウスは霊体化をしているので、表情は定かではないものの、声からは不満が滲んでいるような気がする。
「……お墓がいいってこと?」
「(ちげーよ、せめて屋根や壁があるところで……ほら、アンタか弱そうだし)」
「あらあら、心配してくれているのかしら~?」
「オイ、からかうな!」
これ以上言うとまたアイアンクローが振ってきそうなのでやめておく。
「まあ冗談はさておき、意外と丈夫だからそこまで心配しなくて大丈夫。生まれてこの方風邪とか引いたことないし」
「(俺も引いたことない)」
「100mを8秒くらいで走れちゃうし」
「(俺は……何秒だろうな、マスターちょっと測ってくれないか)」
「いやだよ何でさっきから張り合ってくるの」
念話でちょっと楽しそうな笑い声が聞こえてきて安心する。
まあ、アキレウスがそこまでいうなら、テントを買うのも一つの手かもしれない。ルーマニアはキャンプ場がたくさんあるし、キャンパーとして森に潜伏するのは楽しそうだ。
「ここをキャンプ地とする……!」
これは無視をされた。
・
・
・
「(───墓場の話の続きだが、あ~~なんてヤツだったか……あの神父は信用できねえし、セイバーとセイバーのマスターだっていまいち信頼できねえだろ。これからどうするんだ)」
「そう? 前者はともかく、あのおじさんは───なんだかんだ甘そうに見えたけど……」
「(どうだか。大事なところで寝首をかきに来る、そんなやつに見えたがな)」
とりあえず私の現状の最優先目的は生き残ること だが、もしかしたらそれはアキレウスにとって退屈なことなのかもしれない。
もしかして、"赤vs黒vs俺"をやりたいんだろうか。いやいやまさかそんな……
「(ん? ははあ、マスター。さては俺の強さを疑っているな?」
「え、いや、そんな。叙事詩の主役張っている人にそんなそんな……」
「(まあ確かに。マスターは召喚されてから一度も俺の雄姿を見ていないときてる。そりゃ疑うのも当然だ)」
「いやいやいや……」
「(否定しなくていい───昨日は置いていってすまなかった。そうだな、次の戦場では隣にいてくれ。戦車に乗って共に駆けよう‼」
そんなアキレウスの言葉に少し黙った。セイバーの“魔力放出”でもあの速度だったのだから、今昔全ての英雄の中で一番速いと謳われるアキレウスの戦車に乗ったらどうなってしまうのだろう。
首が吹っ飛んでしまうかもしれない。いや比喩とかそんなのではなく。
「うん、楽しみにしてるね」とこたえると、アキレウスは嬉しそうに───本当にうれしそうに笑った。
ただ、その「うん」は、限りなく「う゜ん゜」に近い発音だったいうことをここに明記しておく。