家出娘と美形お兄さんの珍道中〜   作:藤涙

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Part.7:しぎしゃあら

アキレウスは古着屋の更衣室の前で、佇んでいる。

もちろん霊体化したうえではあるが、歴史に名高い戦の将である彼が、平和な田舎町の古着屋でなぜ突っ立ているのか。

まあそれはだいたい、マスターである───ヒマリと名乗る少女のせいだ。

 

彼女は町に入って、この店が目に入るやいなや一目散に飛び込んで行ってしまった。

アキレウスもまあ、生前の経験から“女性とはそういうもの”とわかっているものの、待っている時間は退屈であることは否めない。

牧歌的な町の雰囲気に影響されてか、アキレウスは大きくひとつ欠伸をして───思案する。

 

聖杯戦争で、召喚するマスターと召喚されるサーヴァントは相性のいい───性質の似た気質のもの同士があてがわれる。

あの夜、召喚の傍らにあったのはただの槍だ。トロイア戦争で扱われていたことは間違いないが、具体的な誰か、を喚ぶ触媒としては少し弱い。

それはオデュッセウスだったかもしれないし、大アイアスだったかもしれない、我が親友パトロクロスや我が息子だったかもしれない。

アカイアにかぎらず、ヘクトールやパリス、あのアマゾンの女王───とそこまで考えて、なんかムカついてきたのでやめた。

 

あの戦場で誰一人として英雄でない者なんていない、トロイア戦争の槍を触媒にしてアキレウスが召喚されたのなら、聖杯にとって最適な組み合わせだった。

と判断していいだろう。

ではなぜ、相性がいいと判断されたのか、という点について───

 

「(まあそれはいいか、良くて悪いこたァねえ)」

 

アキレウスから見て、ヒマリは悪い人間には見えない───すくなくとも、かつての戦争で仕えた王やオデュッセウスよりは、好ましい主といえる。

ただ彼女は自分を“魔術師としては役立たず”と言った。

そんな“魔術師としては役立たず”な人間が、アキレウスを召喚して、果たして無事で済むのか。という点には疑問が残る。

 

召喚したサーヴァントが一級のサーヴァントであればあるほど、魔力の消費量はあがる。

しかもアキレウスは昨日、宝具を発動した。凡夫なら一瞬で干上がってしまうそれのあと、ヒマリはなんでない顔で「おかえり」と迎えてみせた。

 

勘が、おかしいと囁いている。

巨大な蛇の巣の中を歩いているような感覚、流れてくる魔力が、「こいつは■すべき■だ」と主張している。

暗闇から()()()が見ている、少女の姿をまとって、解き放たれる瞬間を待っている。

英雄としての勘が、気をつけろと言っている───

 

「ライダー?」

「(ん?)」

 

裏表のない、少女の声で呼ばれた。

 

「こっち、こっち」

「(ん? はいっていいのか?)」

「いいにきまってるでしょ、ほら、店員さんがくるまえにはやく!」

 

カーテンの隙間から、頭と左手だけ出してちょいちょいと招くヒマリ。

思うことはあるものの、彼女は日本出身の現代っ子なのだ。

本意は別にあるとはわかってはいても、おかしくて少し笑ってしまう。

 

カーテンの奥に入り込んで、実体化する、

更衣室の中には少し印象が変わったヒマリが───ああ、髪を切って、ブレザーの中に着ているカーディガンをフード付きのパーカーに変えたらしい。それは変装だといえるのか?───大量の服を抱えて待っていた。

アキレウスとしては秘められたカーテンの向こうに招かれたのだから、多少恥じらっていてほしいが、彼女の瞳は爛々と輝いている。

 

「はい、これとこれとこれを着てね。ライダーはスタイルがいいから、何でも似合うだろうけど……一応試着してね」

「これ、現代の服か?」

「そうだよ、これから行動するにしても、そんな時代錯誤な鎧を着て歩くわけにはいかないでしょ。さあ着て、靴を選び忘れちゃった……」

 

そう言い放って、とっととカーテンの向こうに飛び出して行ってしまったマスターの姿に、アキレウスは苦笑する。

───自分の正体を知らないパンドラの壺を、わざわざ開けることなんてだれもしない。

 

サーヴァントは召喚したマスターの性格に多少引っ張られるらしい。

 

こういうのも悪くないと、確かにそう思えた。

 

 

 

 

テントと当面の食料を買って、赤のライダー主従はカフェで一服している。

現代風の衣装を着たアキレウスは、ものの見事にいまどきの若者にしか見えない。いつかの映画のプリントTシャツに、ダボッとしたシルエットのオレンジ色のズボン。スニーカーと帽子は同じスポーツブランドのもので、全体的にシンプルで活発とした印象に纏まっている。アキレウスがあまりにハンサムでスタイルがいいので、最終的には店員さんとわたしばかりで盛り上がってしまい、彼には大変申し訳ないとは思っている。彼は戦闘の後よりげっそりと疲れていた。

さて、そんなアキレウスは、カフェで彼の時代には馴染みがなかったコーヒーを頼み、一口飲んでは顔をしかめたあと、わたしがまばたきで瞼を閉じた瞬間に私が頼んだレモンスカッシュと交換していた。

 

「ねえ、ライダー」

「? なんだマスター、このしゅわしゅわは返さねぇぞ」

「わたしだって、コーヒー飲めるわけじゃないのに……。いや、それについては文句はあるけど、ていうか食べすぎ……。男の人ってみんなこうなの?」

 

彼、思ったより子供っぽいのだろうか。

よほど口に合ったのか、コップごと大事に抱えてこちらを見ている。

一応、交換されたコーヒーを口に含み───舌がしびれたような心地がして、すぐ水を飲んだ。

 

昼食も頼んだが、ルーマニアにかぎらず、ヨーロッパの食ってだいたい酸っぱい気がする。

すこしフォークをつけて、むずかしい味に感じて、口をもにょもにょとする。

 

「? マスターは食わないのか。塩味が効いていて美味いのに……。」

「米と醤油が恋しい~~~。ライダーがこの戦争に勝ったら、聖杯には世界の標準食を日本食にしてって願おうかな~~~。」

「おいおい……。どうした、ほら、手ェ止まってるぞ。文句言ってないで食え食え。ただでさえちびっこいンだから……」

「日本人はこんなもんなんですぅ~~~」

「セイバーのマスターはそれなりにあったけどな。」

 

ヒマリはアキレウスを無視した。

 

サーヴァントたちはルーマニア語や英語が聖杯からの知識で与えられているらしく、アキレウスのそれはわたしよりも流暢だ。

カフェでの注文もアキレウスが慣れた様子でいくつか注文し、最終的にはウェイターにウィンクまでしていた。

 

わたしは——————自分で言うのもなんだが、好き嫌いが多い。

好きなものと言えば、酒と甘いものくらいだ。

 

隙を見て、アキレウスの皿に口が合わなかったものをのせると、変わりに頼んでもらっておいたデザートを口に運ぶ。

丸い揚げパンにサワークリームとチェリーの甘酸っぱいソースが乗っている、ルーマニア伝統のお菓子らしい。

いくらでも食べられる。

 

「ねえ、ライダー……。エリュシオンって、どんなところ?」

「は?」

「いや、すごく曖昧なことを聞いちゃって、気を悪くしたらごめん」

 

アキレウスは“もう一度コーヒーを飲みました”とでもいうように、眉をしかめた。

 

「なんだ急に。死後の楽園のことなら、ンないいとこでもねぇぞ。退屈なだけだ」

「ほんとにあるんだ……じゃあ、タルタロスも?」

「あるんじゃねーか、まあ行ったことはないけどよ」

 

さすがの俺も冥界行は専門外だ、と興味なさげに言うアキレウス。

 

「……行きたいのか?」

「───ううん、()()()()()()()()()()()()()()()

 

アキレウスは何かを探るようにわたしを見つめると、なにか言いたげに身を細め、その口をコップでふさいだ。

わかっている、気づいている、理解している。

軽くそらんじただけでもその勇猛さがうかがえる彼に隠し事はできない。

しかも今はパスがつながっている身だ。

 

————──『わかっていたはずだろ、貴様が“英雄”を名乗るなら。

     我が仇敵として立ちふさがるというのなら、この胸に突き立てるべきは、

     気づいてたはずだ。貴様は、貴様だけには、』

 

頭が痛い。

潮騒の音が頭から消えない。

 

“ぽろぽろと流れるそれが彼女にもかかって、まるで子供のようね、と笑った。”

 

瞼の裏に浮かんだ映像が、一瞬ノイズがかって切り替わる。

 

少女の姿をした■が / 晴れ着姿の姫君(あなた)が 泣きながら/笑いながら 笑っていた/泣いていた。

砂の上に小さな足跡だけを遺して、呪い / 祝い を歌いながら、落ちていく──────

 

 

わかっている、気づいている、理解している。

夢をみている。

きっと遠い昔、あなたとだれかが経験した、ありふれた悲劇。

 

 

『お前の槍は、お前の愛するものを必ず穿つ』 / 『いつなんどき、どれほど遠くの世界にいようと、お前の剣は我が頸に届く』

 

 

 

 

「───マスター」

「ン、…………ごめんライダー、寝てた」

 

頭の重たさと浮遊感を振り払うように首を振った。

彼も同じものを見たのだろうか。

 

ねえ、

渇いた唇が思うように開かない。

ねえ、ライダー。わたしね、

 

 

「おや、こんなところにいましたか。探しましたよ、二人とも」

 

頭痛でぼうっとする頭で、声のする方向を見やる。

「こんにちは」、と和やかな笑みを浮かべた白髪の青年が、かたわらに佇んでいた。

 

 

 

 

「戦況報告に、と思いまして」

「そンなもん使い魔の鳩一羽寄越せばいいだけじゃねえか。アンタが来る必要あったのか?」

「ええ、一度同じ赤側として話しておきたいと…だめですかね?」

 

椅子にもたれかかったまま、わたしはまるで卓球の試合を見るように目を左右に移動させていた。

周りにアサシンがいないかどうか警戒するライダーに、朗らかな笑顔のまま弁明するシロウコトミネ。

 

少し騒がしい店内だったが、シロウ神父が来た瞬間人が帰り始めた。

人除けの魔術って便利。

 

「まあまあ、ライダー。やっぱ直に話しておかないとわからないことだってあるんでしょ」

「そうですね。では、これからのことについてお話しましょうか」

 

小さくライダーが舌打ちした音に苦笑いする。シロウはさして気分を害した様子はなく、いたって涼しい顔だ。

 

「我々はアサシンの宝具でこちらの城ごと、ミレニア城塞に攻め込みます」

「…………城ごと?」

「ええ」

 

すごくスケールの大きい話が初っ端からで始めたが、まあいい。古代の神秘のことを考えていたって現代の魔術師(仮)がわかるわけがないのだから。とりあえず“赤”のアサシンが城一つ浮かばせられるほどすごいサーヴァントってことはわかる。

 

「その際に貴方も、そして貴方のサーヴァントであるライダーにもその戦闘には参加していただきたいのです。“赤”のサーヴァントとして」

「それはいい───いいんだよね?」

 

不承不承、ライダーが頷いたのを見て私も頷いた。一大決戦に臨むと言うなら、ライダーのマスターとして異存はない。彼は彼らしく戦ってほしい。

シロウは本当に───心底ほっとしたような表情で微笑んだ。その様子にヒマリは印象が変わったと目を丸くしたし、ライダーは眉根を寄せる。

 

「ありがとうございます。セイバーとセイバーのマスターにも同じような内容をお送りしました。彼らの行動を考えれば、戦場に参じていただけるでしょう」

「確かしぎしゃあら? に行くって言っていたような…」

「マスター、シギショアラだ」

 

ライダーから指摘されて、私は空のカップを食んで目をそらした。

雰囲気英語を操る彼女にとって、聖杯の知識で言語は問題ないライダーと、同郷である(らしい)シロウや獅子劫は比較的話しやすい相手だ。

アキレウスも彼女が毎回何かを買うのにも言語の違いのせいで悪戦苦闘している姿は見ている。マスターが和やかに笑っている様子はライダーとしては好ましいが、相手が問題だ。

存在のすべてが胡散臭いにもほどがある。

 

「シギショアラ…と言えば、今連続殺人事件が報じられていますね…そのやり口から“ジャック・ザ・リッパー”と呼ばれているとか」

「もしかして…サーヴァント?」

「その可能性も無きにしも非ずです。“黒”のアサシンはまだ姿を現していませんから」

 

アサシン。七騎の中で最もマスター殺しに適したクラス。敵陣のアサシンが動き始めたのなら警戒するべきだろう。

だが些か、その行動に稚拙さは感じられるが───

 

「行ってみる? シギショアラ」

 

マスターの問いかけに、ライダーは頷いた。シロウがいる時にはあまり喋りたくないらしい。じゃあ後で獅子劫さんに電話するー、と間延びした声にライダーはため息をついた。

すこし、このマスターは楽観がすぎる。

 

「───ああ、そうです。大事なことを言い忘れていました」

「うん?」

「ミレニア城塞の戦闘が終わり次第、アサシンの城塞に来てください。───お話したいことがありますから」

 

そう微笑んでシロウは何処へと去っていく。あの教会だろうか? 「はぁい」と返事をするヒマリとは真逆に、ライダーは嫌な予感に苛まれていた。




「獅子劫さーん!」
「なんだいきなり電話してきt」
「いまからそっち行きますからー! よろしくお願いしまぁす!!」ガチャ

「どうしたマスター、変な顔して」
「いや、なんでもない。忘れよう」
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