期待背負うヒーロー   作:アグナ

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―――日が昇る夜明けに、私は神の信託に乗っ取りて愛しきわが子を捧げよう。

―――驢馬の鞍を残し、貢物に用いる薪を割り、二人の従者を背に約束された地に赴く。

―――ああ、我がいとし子よ。焼き尽くされる汝はきっと神に備えられる。

―――生まれたばかりの子羊如き汝。献げられるわたしの子。

―――無抵抗なままに縛られ、全てを受け入れる汝を私は燔祭に捧げよう。



終段顕象―――



神殿の丘にて(ハラムシャリーフ)―――彼は笑う(イサク)


生贄の王

―――都合の良い夢を見られる時代はとっくの昔に終わっていた。

 

 無機質な機械の駆動音と機械熱を冷ますファン。閉じきったカーテンに意味も無く時を指し示す秒針。薄暗く、光あるモノと言えば掲示板やゲームに接続されたパソコン画面から漏れる光のみ。

 

 人との繋がり、世界との繋がり、社会との繋がり。そこはあらゆる繋がりから外れていた。繋がっているのは唯一インターネット空間のみ。それは人と世界と社会の綺麗な(望む)部分だけを見せる理想郷、汚いものを見すぎた、社会に絶望したものたちが逃避する最後の閉鎖空間。

 

……ある人間は言った。閉鎖世界と理想郷は同一であると。ならば此処こそが今を生きる人間にとっての理想郷と言えるのかもしれない。発展しすぎた科学は未来への(きぼう)を殺した。手軽に人と繋がれる便利ツールはしかし隣人との距離を遥か遠くに追いやった。停止した世界は発展も衰退も無く、変わりに変化すらしない。大人はそれを違うというが子供は誰もがわかっている。

 

 公園で遊ぶと騒音被害、責任を嫌う学校は子供を追い出し、増長嗜める大人たちは毒親による被害を嫌った。本来社会にあれば必ず愛されるはずの子供は社会に居場所を失い、実の親すら無機質な携帯電子画面(スマホ)に目を落として子供を見ないという始末。

 

 感受性の人一倍高い子供である。そんな子供であるからこそ今を生きる大人たち以上に今の社会を知っている。即ち此処には希望はない。絶望も無い。あるのはただ、流れていく時間だけ。本来黄金の如き価値を誇るそれがまるで生産廃棄物のように流されていく時代。情報社会……といえば聞こえが良いが、実際の形は情報だけが流れる世界だ。人に必要な夢も、その歩み(経験)も、全て無意味な0と1の羅列に刻まれ、利用法を分からぬビックデータと捨てられるだけ。失敗すら、社会のバッシングにより許されない。人は完璧でないからこそ失敗に学ぶというのに、その行為すら今の社会は許さない。挙句、陰湿ないじめによる死すらネットの海で虐げられる始末。

 

 夢は諦めなければ叶う? ハッ……。

 

「諦める以前に抱けない時代でどうして夢が見れようか」

 

 暗い一室で無機質に呟く男。人は彼を稀代の天才と讃えた。人は彼を情報社会の申し子といった。

 

「天才、天才、天才。ああカッコいいな天才。現実で疎まれ、社会から排除され、挙句、人との繋がりさえ持ち得ない。大層な天才も居たもんだな!」

 

 呵呵呵、呵呵呵呵呵呵と笑う笑う笑う。察しが良すぎた彼は人に疎まれた。一線を画す知能は嫉妬を買った。華々しい功績は自分たちとは違う存在だというレッテルに成り下がった―――笑える話だ。これが世間で天才といわれた男の末路、男の現在。華々しい栄光はその実、男をこの暗い世界に隔離しただけだった。

 

「勇気、努力、友情、愛情、奮起、希望、仲間、親友、純愛! ああ素晴らしい、ああ輝かしく美しい! で!? それはこの世界の何処にあるんだよ、誰か言ってみろよなあ、おい」

 

 娯楽で目にして聞こえる素晴らしきかな人間賛歌。だが、現実はこれだ。ニュースは連日爛れたスキャンダルを流し、責任を押し付けあう政治家どもは国を良くしようなんて夢を語ることは無い。オリンピックで活躍した素晴らしい選手たちは態度一つで社会と人々に叩かれ、言論の自由の名の元に社会に一言申せるはずの教授、コメンテーターたちはコンプライアンスなどという言葉の名の下言いたいことを封じられる。

 

「夢は諦めなければ叶う? 努力は報われる? 凡才は天才に届く? 愛は全てを超越する? 友情は幾歳幾度と時経ようと変わらない? 嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘! 何て嘘。一体何処でそんな事例が目撃できるよ、ええ?」

 

 笑う笑う笑う。思いのためのまま、衝動のままにキーボードを叩き、ネットの世界に言葉を紡ぐ。返って来る返信は中二乙やら同調する意見、無意味な煽りをする同利用者。さして意味無く責任ない意見と文字が掲示板に次々と書き込まれていく。

 

全て嘘(オールフィクション)夢のある話(聞こえのいい言葉)は全て娯楽の中でしか聞かない。何故か? そりゃあこれが現実だからさ。努力より不正。凡才より天才。愛と友情より金と権力! 素晴らしきかな現実世界!! 夢も無けりゃあ希望もないこれぞ世界だ笑ってやれ!!」

 

 ハハハハハハハハハハハハハ―――。

 

「人間賛歌? 何それ美味しいの!? 夢? 寝てみろよカス! 希望? 何処にあんだよそんなもの!」

 

 これが現実だ。コレが現実だ。此処が現実だ。友情は壊れ泥沼化し、モテ男は愛憎の果てに刺されるが現実。魅せる背中を向けたところで高度情報化社会にとっては0か1かの差違に消える。道理を覆す馬鹿は量に食われ、死の尊さすら逃避場所と見下される。挙句、自分に都合のいい夢を見ることすら許されない。

 

「か  つ  て ! 世界には盧生という存在がいたという! 普遍無意識、仏教における思想、阿頼耶識から人類の代表して各々が各々の人間賛歌を掲げ、人類の意思の最前線にたった者! それが盧生! 大陸の故事に基づいて名付けられた人類の代表ッ!!」

 

 カタカタ、カタカタカタカタ、カタカタタタタタタタ―――!!

 

「第一の盧生は審判! 困難に立ち向かう様! 極限下における人の輝きに見惚れた男が紡ぎだした夢!! 己が不撓不屈の敵と災害と壁として立ちはだかることで人の奮起と勇気を促す夢! 第一盧生(ザ・ファースト)甘粕正彦!」

 

「第二の盧生は英雄! 仁義八行、己の強き生き様を以って、後続により明るい未来への道を魅せる夢!! 己を律し、相手も律し、より良い未来(あす)を見据え、胸を張って今を生きる、その背の名は第二盧生(ザ・セカンド)柊四四八!」

 

「第三の盧生は死神! 破滅を辿る人類史に愛を見た、闇の盧生!! 死を思い、何れ死に落ちるからこそ生の素晴らしさを見せる!! 生きる輝きこそが死を際立たせる、両者欠けぬからこそ至高なり第三盧生(ザ・サード)クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン!」

 

「第四の盧生は仙王! 現実を見て何になる。痛いものに触って何になる! 閉じた世界こそかけがえの無い理想郷。皆須らく己の閉じた世界で己の理想とする世界を見るが良い!! 誰も見ず、関わらず、触れ合わない第四盧生(ザ・フォース)黄錦龍!!」

 

 それは歴史の裏に葬られし世界の真実。本来は限られた人間、限られた立場、限られた役目を負ったもののみが知るべき情報。しかしそれが情報体であるならばこの情報社会に生を受けた鬼子は容易く見つけ、知ることが出来る。それが紙資料であれ、電子媒体であれ、関係なく。

 

「違う、違う、ちがーう!! 勇気も愛も、理想となる背中も、貴い生と死も、閉じた世界も!! 今の時代に誰が見る、誰が感じる、誰が同調する!? 見ろよこの掲示板!! 中二乙だそうだ、全くその通り!!」

 

 輝かしい言葉の数々、仰々しい信念。そんなもの、今の時代には熱すぎる。徹底した冷め切った世界がどうしてまともに受け入れようか、一情報として言霊すら殺された言葉に最早共感するものなし。

 

「人類賛歌を歌うならもっとスマートに今風に、軽く口ずさめば良いのさ!! そう、何れ誰かが何とかしてくれる! 飽食豚らしく身勝手に祈って、身勝手に頼んで、身勝手に助けを請えば良いのさ!! 世界を動かしてしまうほどの天才! 一世代で変革を齎す天才を!!」

 

 ―――だから。

 

「―――なァ、頼って良いんだぜ? この(天才)を、怒りも憎しみも愛も喜びも希望も絶望も夢も現実も期待も―――だって好きだろう? 生贄(ヒーロー)。自分じゃない誰かに荷物背負わせるのは楽だしお前たちの十八番だろう?」

 

 ―――――遥か先の時代。変革期を通り越した停滞期。魔王も英雄も死神も仙王も居ない時代に其れは産声を上げた。歓喜せよ人類此処に生贄(ヒーロー)は居る。歓喜せよ人類此処に受け皿(まおう)は居る。歓喜せよ人類此処に加害者(しにがみ)は居る。歓喜せよ人類此処に理想(せんおう)は居る。

 

 全て俺に押し付けろ。全て俺に背負わせろ。全て俺に望むが良い。

 

 愛い愛い。大好きだもんなあ、自分で持つには現実(それ)は重いよなあ。

 

「全人類好きに望めよ。それが天才(ヒーロー)の宿業であり生贄(ヒーロー)という存在だ」

 

 君に期待する。貴方に期待する。彼に期待する。アレに期待する。天才に期待する。

 期待する期待する期待する期待する期待する期待する期待する期待する期待する。

 

「さあ、行こうじゃないか俺の背は良く見えるだろう? 何せ社会から排された背中だ、これ以上なく目立つ」

 

 ―――其れは全てを背負うもの、それは期待されしもの、それは全ての存在から生贄として選ばれたもの。

 

 

 

 

『第五盧生―――人類賛歌「期待」、聖人・角川信路』

 

「―――さあ、俺に願えよ、お前の望む人類賛歌とやらをさァ!!」




聖人・角川信路 司る人間賛歌は「期待」。

情報化社会に生まれた時代の寵児。日本に伝わる才人一家角川最新の血族にして最高傑作。人を魅せる文芸と優れた発想力を持ち、世界に名高い作家として、技術者としてその名を轟かせるものの、その実績を立てた時、彼はまだ十歳の子供であった。

不正である。嘘である。現実にはありえない。様々なバッシングや嫉妬からくる悪意。こうであった方が面白いという身勝手な欲望を突きつけられた結果彼は全国から罵られ、侮蔑され、居なかったものとして排斥された。

だがそれを彼は受け入れた。曰く、彼らは凡人なのだから仕方がない。いつの時代も天才は理解されず、天才は人の都合の良いように扱われるのだからとその全てを受け入れる。

彼は誰も憎まない。彼は誰にも怒らない。彼は不満を口にしない。彼は不条理と絶望しない。―――違うと口にしてもその存在すら受け入れる。

何故なら、自分は生贄(ヒーロー)で彼らは凡人(にんげん)なのだから。

誰の言葉も聞き入れる変わりにその実誰も見ることは無い盧生。

全てを受け入れ、全てを肯定し、全てを背負う。期待の生贄(ヒーロー)




作者の見解 

ベクトル違いの波洵。ベクトル違いの逆十字。



※続きません。
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