無限の世界のプレイ日記   作:黒矢

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前回のあらすじ:保護者としての役割がないとただのゲームオタク――!

スランプを乗り越えて(ない)今復活――
それでは本編をどうぞ!


第七十五話 【深海薄鯨 ウォルケートゥス】

□グランバロア北海 【船長】エメラダ・オーシャン

 

 

 ――それに一番最初に気付いたのは、やっぱりジーニアスだった。……でも、その特性からすれば私でも気付けても良かった物だったかもしれない。

 ――あるいは、それに気付けていれば何かが変わっていたかもしれないけれど――

 

 

 

 グランバロア北海。その中でも、私達は今本船の進路の先から更にやや北上した外洋に来ている。

 その目的はグランバロアのランカーのお役目である掃海……と、言いたい所だけどちょっと違くて。

 

 モンスターは狩っているのだけれども、主な対象は種々様々な水着を着た女悪魔(【スウィート・デヴィル】)

 そう、イベントモンスターなのだから。

 近付いてきた海棲モンスターはついでの様に砲火や衝撃波、爆雷の餌食になって戦利品になっているけども、その数は常のそれよりは大分少ない。

 イベントモンスターが世界全域に沸くタイプのイベントの時は大体こうなる。モンスター達もこの世界で生きる生命として、突如現れた謎のモンスター達を警戒するのもまた当然なのだから。

 この時ばかりは日頃掃海に熱心な人達もイベントモンスターを追い回すのもグランバロアでは良くある事だ。

 何せ、向かってくるモンスターならともかく、自らの領域に……海中に隠れ潜むそれらを狙うのは能力的にも労力的にも全く割に合わないし、そもそも出来る人がかなり限られているのだからしょうがない。

 勿論、私達も例外ではなくこうして意気揚々とイベントに参加している訳で――

 

「~~♪」

 

 ……そして、そんな中キャプテンである私(パーティリーダー)は何をしているのかと言うと。

 【ヴェパル】船内の居住スペースで、皆に振舞う為の果汁ジュースを温めて居るのでした…………

 

 

 ……ち、違うのよ。

 ほら、私は【ヴェパル】の固有スキルを使わないなら戦闘ではパッシブのパーティバフ(【船長】【司令官】のジョブスキル)以外にやる事がないから、ね。

 それでもリーダーとして皆の為にと【MP回復ポーション】を仕入れたりこうやって嗜好品を用意したりと頑張っているつもりなのだけど。

 ああ、そろそろ切れそうだろうから船倉の【アイテムボックス】から爆雷も持っていきましょう。それと、【ヴェパル】も――

 

「《アクア・フロー》、パターンその4で実行――……あら?」

 

 【ヴェパル】の固有スキル、基本スキルである海流操作のそれを発動する。けれども――違和感。

 

 ――いつもより少し遅いー? 気のせいかしら……

 

 固有スキルは確かに発動し、魔力(MP)もいつも通り減っている。そんないつも通りの事だからこそ、いつもと違う何かが少し引っかかった。

 外洋に出過ぎたか、強めの海竜でも近くに居たかと思いながらも【ヴェパル】に備え付けてある通信機を手に取る。

 他のパーティだとあまり見ない形式みたいだけど、私達のパーティは装着箇所の違うTYPE:アドバンスな事もあり、海上戦闘中は個々の配置がバラバラなのでこういった通信機か通信魔法を使う事になる。

 砲手とレーダー員と戦闘員が一緒の場所に居れる訳がないからね。だから私もこうしてあっちこっち行ったりするのだけどそれはともかく。

 さて。

 

 

『こち『こちら戦闘員(ジーニアス)! 船長、今すぐ全速前進――回避して!』、《アクア・フロー》っ! な、何なの!?』

 

 私の発言に被せる様にジーニアスの声。

 ――即座に指示通りに【ヴェパル】を急加速。

 それも、先程の違和感も加味して常よりも大量に……その数秒に最大MPの一割も費やして、私の<エンブリオ>はその期待通りに直後亜音速で海水に運ばれる様に前進する。

 

 

 ――ッDOPPAAAAAAAAAN!!!

 

 そして、加速したその数瞬後に。背後の海面が……つい数秒前まで【ヴェパル】が居た場所が、()()()

 轟音と激震によってそれを察知し、そしてジーニアスに遅れて私も、私達も気付く。

 ――敵襲、それも並の相手ではない強敵からの奇襲である、と!

 

 

 

『こちら船長! 【ヴェパル】の動きが鈍いわ、索敵と攻撃の察知をお願いっ。この速度を維持し続ける魔力はないわよ! 私も今から甲板に出て目視観測に移るわ!』

『こ、こちらレーダー員(マンリョウ)、【アプサラス】の探知範囲には敵影発見できません! ただ、先程の攻撃は水中からの一般的な水圧砲でしたっ』

『こちら戦闘員、【海望鏡】による目視と魔術探査により敵確認。相手は直下約二百五十メテル、深海域――いや、浮上して来てる。次撃、直ぐ! 体当たり来るよ!』

「魔力が足らないわよっ!? 《アクア・フロー》っ!!」

 

 急いで甲板に出るその道すがら、再度【ヴェパル】を加速させながらも中品質な【MP回復ポーション】を飲み干す。

 時間にして数秒足らずでも、ジョブによって高められたステータス(AGI)によって加速する私達にとっては数十秒に等しい時間も同然となる。

 その間に砲手(アルビジア)のジョブスキルのチャージ開始の宣言や、マンリョウの【アプサラス】の追加放流、またジーニアスが的散らしの囮役として単独飛行戦闘を開始するとの通信連絡が来たりもしていた。

 

 ――だが、その連絡の会話も、私が甲板に出るのと同時に齎された特大の轟音……巨大な質量が海面を割り裂く音に掻き消された。

 

 そして、敵を確認する為に振り向いて私達はそいつを……()()()を初めて目の当たりにした。

 竜種を除き通常の海棲モンスターの中でも最大サイズに近い巨大さを誇る【エンペラー・ホエール】の数倍近い巨体の漆黒の外皮――()を持つ特異なるモンスター。

 深海に潜み、深海より襲い来ていた敵手……システム的にも埒外の化物と認められた怪物(UBM)

 

 ――【深海薄鯨 ウォルケートゥス】!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、接触から30秒が経過した。

 

『報告っ! こちら船長、【ヴェパル】は被害軽微、この様子ならまだ暫くは持つけど、魔力が持たないわ!』

『こちら戦闘員っ! ちょっとちょっと、あいつの水鉄砲、闇属性が付与されてたんですけどーっ!?』

『こちら砲手、何発も命中しているが効いている気がしない。それと、深海のモンスターはそこそこな割合で闇属性を持つ様になるらしいっ』

『なんでさーっ!』

 

 グランバロアの冒険者ギルドの資料によると(天敵)の届かない環境な事からその属性を持った変異種が生存競争を勝ち残った結果だと言う事らしいけども、それはさておき。

 

 海上を亜音速で移動する【ヴェパル】自体は流石の上級<エンブリオ>としての装甲もあり、直撃を喰らっていない状況ならまだ余裕があるが……それに乗っている私達はそうも行かない。

 更に継続回復用の【MP回復ポーション】も服用していながら、船内の三人全員が全力で魔力(MP)を注ぎ込んで戦闘している現状、拮抗状態はマイナスでしかない。

 的散らしに高速で飛行しながら衝撃波の魔法(ソニックウェイブ)で攻撃していても、()()()()()()

 (多分<エンブリオ>のお陰で)私達とは数倍差がある程のMPを持っているジーニアスだからまだ残量はあるけども……攻撃魔法などには盛大に【符】を使って消耗しながらの攻撃を行っているのだ。

 長期戦は流石に望めないだろうと、そう思う。

 

 そして、対する【ウォルケートゥス】は私達に追従する様に海面への浮上と再潜水を繰り返しながらも、()()()()圧縮水球による攻撃を敢行し続けている。

 幾度となく衝撃波と爆炎の砲撃によりその外皮が爆ぜ、その度に()()()()()を噴出し――そして即座にその外皮を、膜を修復し何事もなかったかの様に追撃を続けている。

 更には全く疲労も消耗もした様子を見せず、道中に居る魚類もモンスターもお構いなしに(イベントモンスター(水着姿の女悪魔)を除いて)その()()で呑み込みながらも大きく、そして脅威である私達を狙い続けていた。

 

 ……一度仕留めた筈の獲物(【ヴェパル】)を喰らえなかった所か復活している所を目の当たりにした不可思議さで敵愾心(ヘイト)を買っているのかもしれない。

 私達の必勝パターンは遠距離から一方的な攻撃と【ヴェパル】の速度を活かしたヒットアンドアウェイなんだけど――

 

 

「今は愚痴っていても仕方ないわね。私は船長っ! どの道あいつ(【ウォルケートゥス】)を前に逃亡はないわ。なら――やるしかない!」

 

 相手は〈UBM〉。伝説級の中でも上位か、もしかしたら古代伝説級に値するかもしれない実力を持つ、今まで戦ってきた中でも屈指の強敵。

 逃げられる公算はなく、此方の攻撃が通用した様子もなく、彼方の攻撃が直撃すればこちらは一撃で撃沈されかねない程の差があり……そして、その通りに一度敗北した相手。

 

 (それでも――逃げる理由は一つもないわ!)

 

 自分達の行く手を阻む強敵、世界に一つだけの特典武具をドロップする〈UBM〉であり……クルー達の仇でもある。

 そしてもう一つ。あるいは最も大きな、立ち向かう理由もあるから。

 それは、グランバロアの<マスター>達の暗黙の了解の一つ。

 命を懸けるべきは、自分達の方が先であろう、と――それは現実の海と比べて遥かに厳しいこの世界の海を生きてきたグランバロアのティアンに対する畏敬の念と、身一つ<エンブリオ>一つで放り出された自分達が色々な意味で世話になった<マスター>達のせめてもの返礼なのだ。

 故に、どの道躊躇いなく人を襲うかの〈UBM〉、【ウォルケートゥス】を見逃す手はない。ここで確実に仕留めるのだ――!

 

 その為にはまず――

 

 

『こちらレーダー員! やっぱり敵、【ウォルケートゥス】は皆の予想通り――海水を鎧代わりに纏っている小型の〈UBM〉ですっ。纏っている海水の魔力に阻害されて【アプサラス】の索敵が利きませんっ』

 

 〈UBM〉の〈UBM〉たる超常の絡繰りを――固有スキルを解き明かして、その上で仕留めなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その固有スキル……【深海薄鯨 ウォルケートゥス】の持つ特異性に最初に気付いたのは(エメラダ)とジーニアスだった。

 浮上してきた【ウォルケートゥス】を一目見たその時……黒色の分厚い外皮に包まれた超巨大な大鯨――()()()()

 海上から海中を視認する為に、《海水透視》のスキルが付与された装備品、【海望鏡】を装備した私達は確かに見たのだ。

 外皮が透過されその巨体の深奥、中心部に、巨体の【ウォルケートゥス】と同じ動きをしていた、僅か10センチメテル程しかない小魚の様な姿が。

 

 私も、そしてジーニアスですらも、初めはそれが【ウォルケートゥス】の本体とは気付けなかった。

 何せ、漆黒の外皮を透かしたその内部には……他にも大量に居たからだ――海棲のモンスター達が。

 数多の奇怪魚が鮟鱇が、貝が、魚群が、蛸が、鮫が、海竜が。〈UBM〉の内部が超小型の海であるかの様に……【深海薄鯨】の名の如く、恐らく深海の生態系をそのまま圧縮して持ってきているかのような数多の生命が、かの〈UBM〉の中に息づいていたのだ。

 

 おそらくその小深海がかの〈UBM〉の固有スキルの一つなのであろうとは思うが、それがどういった意味を持つ物なのかは分からない。

 支配関係なのか協力関係なのか共生関係なのか。戦闘時にかの小深海に潜む海棲モンスター達がどういった役目を負っているのかも……まだその動きを見せていない以上、謎に包まれたままだ。

 

 だが、透かして見えた以上ある程度はどの様な手段で使ってくるかは予想が付く――と言うのはジーニアスの弁だ。正直私はそこまで分からない。

 放出して即席の戦力にしてきたりしそう、とか? ……深海のモンスターが、小深海から出て生きていけるのかしらね?

 そんな疑問はともかく、【ウォルケートゥス】と戦う上で厄介なのは小深海自身ではなく……それを作り出しているであろう力。

 ――海水支配能力の方だろう、と言うのが私達の共通認識だ。

 

 

 ジーニアス曰く、仮にあの小深海内部の深海モンスター達を使うにしても、それは小技にしかならない。

 それを警戒するよりも大技を……【ウォルケートゥス】の()()()()の方が何倍も脅威だと彼は言う。

 実際、それは今までの戦闘と過去の敗北からして事実なのだから。

 此方が【ヴェパル】、同系統の能力特性を持つ<エンブリオ>でなければ、仮にグランバロアの超大型戦艦が相手であっても見つけられず、逃げられず、回避できず……超巨体超質量による体当たりか超質量圧縮水砲弾に抗えずに沈められていただろうから。

 仮に砲撃を当てられても……直ぐに外皮は、海水の膜は塞がれ、潜航を許せば失った質量、海色の体液――海水も補充されてノーダメージだろう。

 

 実際にダメージを受けていないのはジーニアスが確かに《看破》で確認していた。

 だからこそ中心にいるあの小型鯨が本体だと察する事ができたのだが。

 あの膜とその内部の小深海はただ本体を護る為のものに過ぎないのだ、と。

 ……【ウォルケートゥス】のステータス、純魔法使い(MP極特化)型らしいしね。

 初見の印象との乖離が激しすぎるわ……

 しかも、厄介な事に――その魔力を使ってか、小深海を形成する海水には海の魔力が、減衰の力が付与されているらしい。

 物理エネルギー、熱エネルギー、光エネルギー、全てを減衰する海の護りの力。

 いくら魔力があっても質量が膨大であるからか効果はそこまで高くはないけども、質量が膨大であるからこそ本体に到達するまでに減衰される総エネルギー量は非常に大きいのだと。

 

 つまり、結局は序盤の印象通り。普通に攻撃していたら……いや、大技を連発したって倒すには到底至らないと言う事になる。

 

 

『こちら砲手。まだ撃つか、どうする? 割とMPの無駄遣い感が半端ないんだけど……っ!』

『こちら戦闘員。ダメージは受けてないけど、【ウォルケートゥス】のあの修復は自動的な物(パッシブスキル)じゃなくて能動的な物(アクティブスキル)だから無駄なんて事はない筈だよ。少しは手数を減らせてるよ!』

『こちらレーダー員。それでもこのままじゃジリ貧ですよぅ! ジーニアス君、どうにかできませんか?』

『ふっふっふ……相手のあの海水を除いた防御能力次第、と言った所かな!』

 

 そうジーニアスが言っているのが聞こえるが……なんとなく。

 彼が合流してから、そう短くもない間共に居た経験からして、なんとなくだけど――多分、ジーニアスもそれは()()()()だろうと想像しているだろうと思う。それも、結構な割合で。

 

 彼の奥の手、切り札がどういう物かは私達には分からない。けれども、あの小深海の防御を抜けて本体へ攻撃を到達させる為の労力は現時点ですら彼をしても簡単な物ではないのだ。

 そして、私とジーニアス――【海望鏡】でその内部を透視した私達だからこそ、それに気付く。

 

 その小深海の中に居るモンスターの中に――数多の防御に特化した海棲モンスターが潜んでいるという事を。

 発見されている貝類のモンスターの中でも最上位の防御能力を持つ上位純竜級モンスター、【シェリダー・シェルダー】を筆頭に、【純竜鎧蟹(ドラグアーマードクラブ)】、【魔玉鮟鱇】、【アイス・ドラゴン】に【アーマード・サーペント】、【メイル・サーペント】まで――

 仮に、あの小深海の中に居る数多のモンスター達はただの飾りだったならばそれで良いかもしれないけども、もしも先に予想した通りにあの内部のモンスター達の力が行使される事があれば。

 ……多分ジーニアスの言葉の雰囲気的に、その結果はジーニアスのデスペナと、大戦力が欠如した事による大敗となるであろう事は流石の私でも想像に難くない。

 だから――

 

 

『こちら船長。悪いけどジーニアスのそれは第二案として頂戴。――ここは、私の【ヴェパル】に任せて貰うわ!』

 

 私も、出し惜しみはしない。同系統の特性と固有スキルを持っている【ヴェパル】(私の<エンブリオ>)で勝負をすると、そう宣言する。

 だが、同系統の能力であるとはいえ、今までの攻防から見ても此方の方が格下であるというのは明らかだ。

 それも当然だろう。相手はステータスから見てもほぼその固有スキルに特化した存在だ。

 対する【ヴェパル】は戦闘艦としての機能にもリソースを割り当てていて、それ単体の比べ合いでは総合的な実力としての“格”も劣っているのは間違いないのだから。

 それでも――

 

『――了解。僕達は何をすればいいかな?』

()()()()()()()()を使うわ! 時間稼ぎをお願い。……最低でも一分、できれば三分くらい』

『それじゃ三分後、丁度に大技で隙を作るよ。それまで攻撃を続けて牽制するよ。二人共、それで良いっ?』

『『――了解(ラジャー)、勿論!』』

 

 そんな三人の船員の頼もしい掛け声と共に、作戦は開始された――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DOONM!! DOONM! GOOOOOM!!!

 

 BAAN! BAAN! BANBANBANBANG! 

 

 BBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBBAANG!!

 

 アルビジアの【ムスペルヘイム】が火を噴き、マンリョウの【アプサラス】も索敵できないなりに爆雷の自爆特攻で小深海の外膜へダメージを与えていく。

 ジーニアスは4人に分身し散弾銃(ショットガン)を乱射――したかと思えば着弾点で連鎖して凄まじい勢いで衝撃波が生まれ体液(海水)が噴出する。

 前兆もなしに小深海の外膜より放たれる圧縮水弾すらも、あの近距離で回避し切るのはどういう絡繰りがあるのかも定かではないが――間違いなく求められた役目以上の仕事を果たしてくれているのは間違いない。

 

 

「――【ヴェパル】!」

 

 その奮闘に応える為にも、私が魔力を送り込みながら今使用準備に入っているのは私が、【ヴェパル】が持つ最大最強のスキル――必殺スキルという奴だ。

 

 《満ちる魔海(ヴェパル)》。

 

 水流、海流を操作する【ヴェパル】の能力特性を最大限純粋強化する必殺スキルであり、その効果は通常の固有スキルの強化拡大版。

 海流操作能力の範囲、出力、強度全てを跳ね上げる非常に強力な必殺スキルである。

 ――だけど実の所、今までこの必殺スキルを使用した事は、習得した直後に試し打ちとして使用した時を除いて一度もない。

 それは、この必殺スキルがその効果の強力さと引き換えにある多くのデメリットが原因だった。

 

 

 その最たる物は……発動までのスキル発動待機時間。

 いわゆる、“ちからをためている”状態みたいな物。それが発動までに最低でも一分。

 更に待機時間を増やせばスキルの効果は増すけれど、この世界の高速戦闘において分単位の待機時間の類は非常に大きく伸し掛かってくる。

 【ヴェパル】の場合は発動待機時間は通常の固有スキルを含む【ヴェパル】の全性能が半分以下になる為、結果的に機動力は半分どころか1/4以下の酷い状態になるのだから尚更だ。

 本来、護衛艦の様な物がないとまともに使える必殺スキルじゃないと思う。

 ちなみに、必殺スキルとしても非常に大規模、大出力なスキルである以上、この必殺スキル終了後のクールタイムは一週間あるけどそのクールタイム中も【ヴェパル】の性能は激減したままだ。仮に失敗しても逃げる事すら儘ならない。

 他にも消費MPとか持続時間とかに大きく難があるのだけども――それは今は気にしないとして!

  

 

  

 

 

 ――一分が経過した。

 

 

 アルビジアの火砲は拡散炎弾の弾幕で緩急を付けながら速度を落とした【ヴェパル】への狙いを逸らし、【アプサラス】の子機は単縦陣で少しでも小深海の奥深くへ侵攻しようと突撃を続けている。

 ジーニアスの分身達が四角に配されて数十枚の【符】が直上、円形に輝き――直下の【ウォルケートゥス】に極太の光の柱が降り注いで巨体が確かに身動ぎした。

 堪らず即座に急速潜行して難を逃れる【ウォルケートゥス】――

 

 

 

 《満ちる魔海》の準備は整った。整ったのだけど……ただそれだけじゃ、ただ必殺スキルを放つだけでは――かの〈UBM〉には、勝てない。

 先述の通り、【ヴェパル】は単一機能特化型とは言えそのリソース配分は固有スキルよりも艦としての機能に割り振られている方が大きい。

 必殺スキルの試し打ちをした時は大津波や大渦の様な大技を繰り出しもしたが……その程度の出力、強度ではあの小深海を維持しながら悠々と戦闘を行っていた【ウォルケートゥス】には勝てないだろう。

 むしろ、まだ一方的に出力で打ち負ける可能性の方が高い。

 だから、もっともっと発動待機時間を延ばして効果を増やさなければならないのだけど……それだって際限なく上がる訳ではない。

 多分、上限は五分程度。その上限まで延ばした所で効果は1.5倍にもなれば良い方だし――何より、仲間達が持たない。

 

 【ヴェパル】の……いや、仲間達の<エンブリオ>はTYPE:アドバンス。それも、【ヴェパル】に装着する事を前提とした進化をしている事で表裏一体のメリットとデメリットが生まれている。

 彼女達の<エンブリオ>も【ヴェパル】の艤装として認識される事で接続を通じて各々の<エンブリオ>に供給した魔力を共有できるのは得難いメリットの一つではあるけども……この必殺スキルを使用する場合、どうしてもデメリットの方を強く意識せざるを得ない。

 それは、【ヴェパル】の艤装――【()()()()()()()であるという事から、必殺スキルの発動待機時間やクールタイム中の性能激減のリスクを背負ってしまうというデメリット。

 

 ……先程は【ウォルケートゥス】が接近していたお陰で誤魔化せていたが、【ムスペルヘイム】の射程も火力も装填速度(クールタイム)も。

 【アプサラス】の水中速度や子機生成数、子機との通信範囲に子機の探知範囲。何もかも全ての性能が激減するデメリットを受けてしまうのだ。

 総合的な戦力は激減と言う言葉では言い表せない程に貧弱になる。故に今までは殆ど使えていなかった。

 

 そして今も、只一人で大戦力となり得るジーニアスが居なければ、必殺スキルで勝負するという決断も出来なかっただろう。

 

 

 

 ――二分が経過した。

 

 

 水膜を再形成と小深海の補充を終えた【ウォルケートゥス】が急浮上して低空を飛行していたジーニアス達と【アプサラス】の子機を一網打尽にする。

 返す刃で【ムスペルヘイム】が特大の火炎弾を直撃させるが……やはり威力の減弱が激しく、着弾しても炸裂せずに小深海と水膜の表面を焼くに留まる。

 かと思えば、別方向の小深海の浅部が深海の色とも違う黒紫色に染まっていた。

 どうやら影分身に仕込んでいた【符】を用いた【陰陽師】の呪詛と小深海に潜り込んだ【アプサラス】の子機の毒があの内部で広がり始めたらしい。

 

 

 

 ――今!

 

「ジーニアス、お願い!」

 

「イェッサーキャプテン! 《喚起》《フル・ポテンシャル(全種強化)》!」

 

 

 船内に居た本物のジーニアスに声を掛け、彼の従属モンスターの解放と再度の影分身が形成され、更にパーティ全体に【付与術師】のバフが発揮される。

 

 

「――《栄光の艦船》!」

 

 そして発動するのは私のメインジョブ【船長】の奥義。

 そう、【提督(アドミラル)】の艦隊運用とは違う、()()()()に特化した、【船長】の奥義。

 

 その効果は――短時間(一分間)の、搭乗している船員のリソースに応じた艦船の性能強化。

 

 船のサイズ等によって船員として扱われる人数の最大数や性能強化に対する船員のリソースの必要値等が異なる仕様であり、【ヴェパル】の場合の最大人数は十二人、二パーティ分。

 それに対して、この船の船員は私を含めて四人。いくらレベル的にはカンスト以上としても大幅な強化にはならない。

 

 

 ――()()()()()()()()()()

 ジーニアスの従属モンスターや分身で人数とリソースの水増しをしているから、というのは確かにある。

 私も知らなかったが彼の従属モンスターはいずれもとても強力な物で、純竜級のモンスターすら二体居るのだから、それだけでも一般のティアンの船員二パーティ分に相当する戦力ではある。

 彼の分身だって、実際にステータスを持つ実体を生み出すタイプであり、彼の<エンブリオ>の力によってか本体のそれより非常に低いステータスしかなくとも、そのステータスですら並のティアンを容易く上回るのだ。

 

 だけど。……仮にジーニアスが居らず私達三人だけであろうともその総リソースは一般的なティアンの船員十二人分以上に匹敵する。

 何故なら――私達は、<マスター>なのだから。

 私達のパーソナリティより生まれた己の半身、<エンブリオ>。<マスター>と不可分である<エンブリオ>は、あらゆる意味で<マスター>と()()()()なのだから。

 

 

 《栄光の戦艦》によって【ヴェパル】の性能が跳ね上げられる。

 必殺スキルの準備によって減弱していたその性能が元に戻るほど――否、一時的に元の性能をも上回る程に強化される。

 

 勿論、【ヴェパル】の固有スキルも……【ヴェパル】と接続(アドバンス)している艤装の性能も!

 元来よりの私達(TYPE:ギア)にとっての非常に強力な切り札であり、必殺の型だ……!

 突然勢いを取り戻した【ムスペルヘイム】の特大の火砲が突き刺さる。

 並行して【アプサラス】の子機達が水膜に突撃し内部に侵入し、更に小深海が紫毒に染まる。

 どうやら毒や呪いに侵された小深海は操作に若干の不都合があるのか、小深海で形作られた巨体が身を捩りつつも襲撃の気配が一時的に減退する。

 その海流支配能力を使用して汚染水を除去しようとしているのだろう。

 

 

 

 

 ――そして、三分が経過した。

 

「ひゃっはー! ベストなタイミングだよ二人共――!」

 

 ――瞬間。身を捩る【ウォルケートゥス】の直上に……三つ又の槍を構えたジーニアスが出現する。

 誰かが反応を示すよりも尚早く、瞬時に急降下し水膜に槍が勢い良く突き立てられる。

 

 ――最大限まで魔力(MP)の充填された、【フリーズランサー】が、正しく最大限の威力を発揮した。

 突き立てられた場所から、超急速に小深海が凍っていく。

 その冷気を奥深く奥深くへと浸透させながら凍結範囲が広がって――

 

BANGっ」

 

 そして、合図と共に……凍結範囲の中心点の、炸裂。

 氷結された小深海が千々に乱れ弾け内部が掻き乱され、そこに住まう深海のモンスター達も幾らかのダメージを負う。

 それでも、【ウォルケートゥス】の本体には微量のダメージすら届いていない。

 

 

 だが――【海望鏡】で見る【ウォルケートゥス】の本体には確かな動揺と錯乱。そして、固有スキルで形作られた巨体の静止。

 ジーニアスの宣言した通りの、大きな隙が生まれた。

 

 

「――《満ちる魔海(ヴェパル)》!」

 その直後に、必殺スキルの宣言と同時に最後に大量のMPを消費して《満ちる魔海》が――水域を支配せし大悪魔の名を冠する力が解き放たれる。

 

 大津波も大渦も自由自在。超大質量の海水を使用した極大攻撃をも扱えるその海水支配の力の矛先は――小深海の中でもつい先程、ジーニアスの膨大な魔力によってその巨体に亀裂を入れられ、凍結させられ相手の海水支配能力の支配権が失われたその一点!

 ジーニアスならば、間違いなく己の宣言を違えないと信頼し待って出来た特大の隙。宣言以上に相手の防御が抉じ開けられたそこが起点となって。

 ――()()()()()()()

 

 

 ――――――――――――!!!

 

 

 音にならない、物理的ですらない衝撃の気配。私と【ウォルケートゥス】だけが感じている――同系の固有スキルの強度の比べ合いの感覚。

 極大のリソースを持った固有スキル同士の支配権の奪い合い。

 命を懸けた鬩ぎ合いの時間が走馬灯の様に続いて。

 

 

――――――――――――――――――!!!

 

 そして、数瞬後に拮抗が終わる。

 競り合いに勝利したのは――私の《満ちる魔海》だった。

 

 待ちに待った発動待機時間のチャージ。《栄光の艦船》による極大の性能強化。

 アルビジアとマンリョウが己の<エンブリオ>を通して送ってくれた魔力に、【船長】としてのパッシブ艦船強化。

 数多のリソースが重ねられ強化された、上級<エンブリオ>の特大の必殺スキル。

 更に、直前のジーニアスによる自らに届きかねない攻撃の動揺と一時的に氷結に上書きされた自らの支配圏。

 その上で、【ウォルケートゥス】はこの一点だけでなく自らを守る鎧でもある小深海を最低限形を維持しながらの拮抗……結果は必然だったと思う。

 

 堰を切った様に、その一点から支配圏の綻びが広がり【ヴェパル】の支配に塗り替わり塗り潰される。

 慌てて小深海をも捨て逃げ出そうとする動きを始めるも……もう遅い。

 

 十秒と経たずに【ヴェパル】の支配は【ウォルケートゥス】の本体にまで及んだ。

 

 ……そして、その直後に海流支配能力によって全方向から一点に集中された圧力によって、【ウォルケートゥス】は言葉もなく、海に僅かな波紋も残す事なく……絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【〈UBM〉【深海薄鯨 ウォルケートゥス】が討伐されました】

 

【MVPを選出します】

 

【【エメラダ・オーシャン】がMVPに選出されました】

 

【【エメラダ・オーシャン】にMVP特典【魔海王笏 ウォルケートゥス】を贈与します】

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 To Be Continued…………

 




ステータスが更新されました――――

【深海薄鯨 ウォルケートゥス】
種族:魚類
主な能力:深海支配
到達レベル:65
発生:デザイン型
作成者:ジャバウォック
備考:醤油さんが遭遇してたら瞬殺されてたよね君……な一般古代伝説級の〈UBM〉。グランバロアでは良くある事。
 その固有スキルは小規模ならグランバロアの通常モンスターでも行使してくる海水操作、それを単純に超強化されたもの。
 ただ一言に超強化と言っても出力強度精密性どれをとっても桁違いの物であり、本来一番得意としている海中戦でなら無類の強さを発揮する。
 海上の船なんて狙わずに深海で細々て生きていくだけの知性があればもっと長生きしていただろう。

 その固有スキルで展開していた漆黒の水膜で形作られた小深海は【ウォルケートゥス】を守る城としての役割を担っていた。
 だがそれは本文で語られた防御用としてのそれだけではなく、あるいは他の(キャッスル)でもあるかもしれない様なモンスターの庭園としての機能も有していた。
 一種の共生関係として、〈UBM〉としての力量と固有スキルで理想の環境と外敵からの保護を引き換えに【ウォルケートゥス】の力で作られた小深海を通して自然回復する魔力やリソース、あるいは各々の所持スキルを提供しているのだった。
 実は小深海に付与された数多のエネルギー減衰や攻撃に闇属性付与等はこの力で得た物であり、この力があるからこそ【ウォルケートゥス】は古代伝説級となっているとも言える。
 だが、それでもやはり【ウォルケートゥス】の最大の特徴は海水支配能力であり、かの〈UBM〉の総てを受け継いだ特典武具もまたその傾向に偏る事になるだろう……
 

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