【更新休止】Doppelter Gedanke Alchemist   作:APOCRYPHA

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第十一話 新たな釜

「この、プニがーー!!」

 

『ぷに?!?!』

 

 己は今、純粋に激怒している。

 これまでに感じた事は―――なにか引っ掛かるが、取り敢えず目覚めてから感じた事が無い程に激怒している。具体的には、この数日間ひたすらにホルストの経営するカフェで討伐依頼を引き受けて悟りの岩山と呼ばれるらしい岩山に生息する討伐対象である黒い色をしているプニ―――黒プニや、全体的に黄色くそこらの男よりも巨大な鳥であるセイバークロウ、あの森にもいたアルラウネを魔力弾を浮かべて追い回し、ぶつけた魔力弾から解放した属性で燃やし、凍らせ、潰し、貫き、斬り裂いて殺し続けている程に激怒している。

 

「邪魔だ!」

 

 普段なら落とした素材は拾うのだが、今は素材を拾ってもしまう場所が無い故に、適当に価値があったりカフェの依頼でコールに変えられそうな素材だけを確保して残りは放棄している。

 本当ならもう少し強い敵がいる場所で採取や討伐をこなしたかったが、アトリエが爆散して攻撃アイテムや回復アイテムの補充も儘ならず、特に仲間がいる訳でもないのでは安全を第一にするしかないだろう。

 寧ろ、錬金術士がアトリエと錬金釜を失い、錬金術が使えなくなっても戦えるのは幸運な部類ですらある。

 

 コンテナに保管してあったコールや換金用に作った宝石類とアイテムは取り出し不能、錬金釜も粉微塵に吹き飛んだ故に改めて作る事も儘ならない。ついでに寝床も喪失して宿暮らしにまっしぐら

 

 手元のカバンには行き倒れた遠因である『ヒンメルンシュテルン』や、今回アトリエが吹き飛んだ原因であり、やはり完成していたらしきアトリエ跡地の粉砕された錬金釜の残骸付近に転がっていたのを回収した『風繰り車』を中心に幾ばくかのアイテムや、先程から金策の為に収集している素材が入っているが……どれもこれも、錬金釜が無ければ売る以外の使い道が無い。

 ヒンメルンシュテルンと風繰り車は先日見付けた量販店に行けば量産してくれると思うが、錬金釜を買う為に手持ちの予算が吹き飛ぶ事を考えれば使わないのが賢明だろう。

 

 ……結局の所、錬金釜さえ手に入れば――最悪でも何処かから錬金術が行使出来るだけの大きな釜が借りられればどうにでも出来ると言う自信はあるが、何日も錬金釜を借りられるような仲の知り合いは居らず……そもそも錬金術士自体がこの街には己とノイエンミュラーしか居ない。

 料理用だとしてもそんな大きな釜を持っている家庭なんてまずない……事もないかもしれないが、あそこから借りるのは気が進まない。

 己が万が一の為に用意して、普段は料理用に使っていた予備の釜はあの爆発でアトリエ諸共に消し飛んだ。

 

 結局の所、己には新たな錬金釜を買う以外の選択肢は無いのだ。

 

(……まあ、だからこそこうして金策に奔走させられる破目になったのだが――む?)

 

 そんな事を考えながら、風の魔法で斬り殺したセイバークロウが落とした迷彩柄の人の頭よりも大きな卵――『正体不明の卵』と呼ばれている卵を仕舞うと、錬金術で出来る限りの拡張を施したカバンの中にこれ以上は物が入らない事に気が付いた。

 

「……まあ、これだけ集めた素材なら、納品するなり売り払うなりすれば元々持っていた資金も合わせて錬金術に使えるだけの大きさをした釜を買うぐらいの金額にはなるだろう」

 

 十分な金額が手に入ると確信した己は、八つ当たりも兼ねたモンスターを追い回すのを止めて帰投の準備に移るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わってここは、キルヘン・ベルのストリートに店を構える鍛冶屋

 店の中は炉の放つ熱量で熱されており、真夏のような暑さを再現していた。

 

「一応、見積りはこのぐらいだな」

 

「……そうか、やはり洒落にならない額になるのだな」

 

 そんな暑苦しいにも程があるこの場所では現在、アインと白髪の男性が商談なのか、話し合いをしているのだった。

 

「ああ、そのサイズの釜に使われるルビリウムの量を考えればな……内側だけだとしても、ルビリウムのインゴットが最低でも5本は欲しい所だ」

 

 ―――勿論、外装の殆どを占めるインゴットの量もそこそこ必要だがな?

 そう冗談目かして語っている男性は、『ロジックス・フィクサリオ』……通称ロジーと呼ばれる人物であり、この鍛冶屋の主でもある腕の良い鍛冶師である。

 

「ああ、分かってはいるよ……前に買った時も思ったが、最低限の強度を求めるだけで5000コールもするのは洒落にならんな」

 

「そう思うなら、素直にインゴットだけで作った方が良いとオレは思うぞ?」

 

 嘆息しながら5000コールを渡すアインに対して、ロジーは出来上がった釜を荷車に載せて運ぶ用意を整えながらそう返した。

 

「冗談……そんな釜は錬金術で強化補修してやらないと些細な失敗で直ぐに使い物にならなくなるし、錬金術で補修するならルビリウムじゃなくてハルモニウムか、でなければ次点でゴルトアイゼン以外ではやる価値がない」

 

「その凝り性を抑えれば、今回も釜が壊れたりしなかったろうに……」

 

 少し不機嫌さを滲ませながら赤く非常に固いが融点も高い故に加工が難しい事で有名なルビリウムに近い硬度を持ち、その上で柔らかさと伸びやすさ――要は柔軟性にも優れた金色の金属『ゴルトアイゼン』か、そうでなければゴルトアイゼンよりも柔軟性に優れ、ルビリウムよりも固く加工が難しいと言われ、鍛冶屋からはあらゆる金属の頂点に立つ至高の金属とまで称される水色の金属『ハルモニウム』以外では錬金術で補修強化をする価値が無いとまで言い切るアインだが、付き合いが長いのか、そんなアインにロジーは苦笑いを堪えきれなかった。

 

「まあ良いか。ほら、準備が出来たから一緒に運ぶぞ?」

 

「……む、そうか……了解した。頼む」

 

 そんな話をしている間に錬金釜は荷車に載せられて固定されており、それを運び出す為にアインとロジーは裏の搬入口から荷車を押して出るのだった。

 

 ロジーの鍛冶屋の表では、CLOSEと書かれた札が扉の前で風に揺られるのだった。


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