「私には好きな人がいる」
「あたしには、好きなヤツがいる」
「小さな頃から一緒に育った」
「いわゆる幼馴染みって間柄」
「すらっとした手足だとか」
「とにかく可愛い笑顔とか」
「走るのが速いとか」
「勉強が出来るとことか」
「でも」
「ただ」
「鈍いのがなぁ」
「鈍いのがよぉ」
「ずっと好きなんだけどね」
「気付いてくれたっていいだろうに」
「片想いってつらいな……」
「両思いになりてぇなぁ……」
「明日から高校生だし、きっと……」
「環境が変わりゃあたしだって」
四月六日の夜、
日付は変わって四月七日。紺色のブレザーにベージュのスカート、彼女たちが通う坂枝西高校の制服に身を包んだ愛真が氷見家のドアベルを鳴らす。少し時間をかけてドアがゆっくりと開く。愛真と同じく坂枝西高校の制服に身を包んだ茜が顔を出した。
「おはよ。もうちょっと待って」
朝に弱い茜は欠伸混じりにそう声をかけ、愛真を家に招き入れた。
「ちゃんと朝ご飯食べた?」
「食べたよ。トーストにサラダにコーンスープ。いい感じでしょ?」
茜の両親はともに編集者で朝、家にいることは少ない。それでも茜のために食事の仕度はするのだ。……それゆえに茜は料理が出来ないとも言えるのだが。
「ほら、ネクタイ曲がってるよ。しかも緩い。ちゃんと締めなきゃダメでしょ」
だらしなさを拭えない茜の装いを愛真が正す。
「ほら、ちゃんと着ればモデルさんみたいに格好いいんだから」
「愛真も髪、ちょっと跳ねてんぞ。ちゃんとしとけよ、可愛いんだから」
150センチの愛真の髪を手ぐしで整える茜の身長は166センチ。頭を撫でられる愛真の頬は紅く染まっていくが、俯いた愛真の顔は茜から見えない。
「ほら、学校行くよ。茜ちゃんハンカチ持った? ティッシュは? 花粉症のお薬飲んだ?」
「ハンカチはスカートの、ティッシュはブレザーのポケットに入れたし薬は飲んだ。まだ鼻すっきりしないけど大丈夫だ」
そう言って玄関に置かれた鞄を持って二人は家を出た。高校まではバスで通う。家の近所にある郵便局の前にバス停があり、そこから二十分程の距離にある。そう待たずに来たバスに乗り込み、奥の二人がけのシートに座る。バスの乗客はそこそこ多いが座れない程ではない。
「ふふ」
「んだよ愛真、にやにやしやがって」
「だって、また茜ちゃんと同じクラスだし」
四月三日、坂枝西高校では仮入学式というイベントがあり、そこでクラスの発表や教科書販売に関するガイダンスが行われていた。その時、愛真も茜も一年二組であることがわかったのだ。
「でもよ、愛真は来年から特進だろ? あたしは、まぁ一般コースになるだろうから今年だけだぞ?」
「そんなこと言わないでよ、ひょっとしたら茜ちゃんだって特進行けるかもよ?」
「無茶言うなよ……」
坂枝西高校は文武両道を是とする一般的な公立高校であり、学力面における推薦とスポーツ面における推薦がある。愛真は前者、茜は後者で入学している。学力推薦で入学した者を含め、一年次の成績上位者は二年次に特進コースというクラスに振り分けられ早々に受験対策を行う。
「あ、そうそう。昨日ね――――」
和気藹々と話す二人を乗せてバスは進んでいく。そして、
『次は~坂枝西高校前~坂枝西高校前~』
アナウンスが流れるとほぼ同時に、窓側に座っていた茜がボタンを押すと、おりますという文字が赤く点灯し、数分後にバスが停車した。同じ制服を着た学生達が降りていくのに続いて、二人も定期をタッチしてバスを降りようとすると……
「わっと!」
「おい!」
バスのステップに躓いた愛真を抱き止める茜。抱きしめられた愛真は体温の上昇を自覚する程に顔を赤くしていた。
「は、はぅ、ごめん」
茜から離れブレザーやスカートの裾を直す愛真に、茜はやれやれという表情で、
「ドジだなぁ。足下には気をつけろよ。愛真が勢いよくぶつかってきたらあたしだって痛いからな。重いし」
「な、重くはないでしょ!?」
身長のわりに肉付きのいい……豊満な身体をぺたぺたと触りながら抗議の声を上げるが茜はどこ吹く風といった様子で、そそくさと校舎へと歩き始めた。
「ほら、置いてくぞ」
「ちょ、待ってってば!」
小柄ながら出るとこは出た愛真と、長身でスレンダーな体型の茜。互いに互いへ想いを寄せながら伝えられずにいる対照的な二人の高校生活は春風に桜の花びらが舞ううららかな日から始まった。