君と過ごす16度目の春に   作:楠富 つかさ

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 入学式、クラスでの自己紹介、お昼を挟んで行われた健康診断、めまぐるしくやってくるイベントをこなし終えると、すっかり放課後となり愛真も茜も帰り支度を始めていた。すると、クラスメイトの少女が一人、声をかけてきた。

 

「花園さん、氷見さん、今から帰る? どっか寄ってかない?」

 

ゆるく巻いた髪にうっすらと施された化粧、青春を謳歌せんとする彼女に愛真も茜もどうしたものかと考えていると、後ろから男子の声が響く。

 

「おーい、降旗(ふりはた)まだかー。置いてくぞ」

「え、待ってよ!? うぅ、来る? 来ない?」

 

降旗と呼ばれた女子生徒が再び愛真と茜の方を見るが、

 

「男女ごっちゃかぁ。いや、やめとくよ」

 

そう茜が言うと降旗はがっくりといった表情で戻っていった。

 

「よかったよな、愛真?」

「あ、うん。まあね」

 

元から人見知りのきらいがある愛真にはこういったイベントは荷が重いと判断したのだ。しかも女子だけでなく男子もいるとなると、愛真にかかるストレスは大きくなるだろう。

 

「んじゃ帰るか」

「うん!」

 

そう言って教室を後にした二人。話題は自ずとさっきのことになり、

 

「降旗さん。可愛かったね。やっぱりモテるのかな……?」

「どうだかな。あたしは愛真の方が可愛いと思うぞ」

「ちょ、もう……茜ちゃんったら」

 

照れる愛真の表情に鼓動が早まるのを気取られないよう茜はそっと呼吸を落ち着かせる。その一方で愛真は浮かれた様子をふっと消して俯いてしまう。

 

「せっかく高校生になったわけだし、色んな人と話してみたいって思ってるんだけど……。さっきも私、何も言えなかった……」

 

愛真は決して内気な性格ではない。ただ、仲良くなるまでに時間がかかるだけだ。中学生時代も時間はかかったものの友達は少なくなかった。それを考えて茜は余計なお世話だったか考えるが、

 

「茜ちゃんが居なかったら私、多分何も考えずについて行って喋れなくて……せっかくのチャンスをふいにしてたと思う。ありがと、茜ちゃん」

 

その言葉を聞いてネガティブな考えを追い出した。

 

「おう、愛真ならいつかきちんと打ち解けられるさ。焦らなければな。愛真はそそっかしいから、気ぃ付けろよ?」

「そういう茜ちゃんはあんまり人付き合いしないよね」

 

そうかぁ? と軽い返事をすると、愛真は、

 

「そうだよ。茜ちゃん私以外の人にちょっと威圧感あるし。特に男子相手だと」

 

と続ける。それを聞いて茜は腕を組んで少し唸る。無意識のうちに愛真に寄ってくる虫を追い払っている自分にようやく気付いたのだ。先ほど、降旗の誘いを蹴ったのも結局はそういうことである。

 

「威圧感か……そっか、気ぃ付けるわ」

「うんうん。もっとスマイル! 笑顔だよ!」

「そうだな。笑顔は大事だよな!」

 

にっこりと笑顔を浮かべる愛真の頭をわしゃわしゃと撫でながら、彼女の見せた鋭い一面と自身の過保護さに少しだけ驚きながら、愛真の笑顔に癒される茜であった。

 

「うわ、バス混んでる……」

 

そうこうしているうちに校舎から出た二人は、今朝と同じ道を反対側に進みバス停までやってきた。坂枝西高校はスクールバスの運行もしているが、それは路線バスのない方面のみであり、基本的には路線バスか徒歩もしくは自転車が主な通学手段だ。

 

「取り敢えず乗れそうだな。愛真、平気か?」

 

バスに乗り込むと、既に座席は埋まっており立っている乗客がけっこういたが、後ろの方にまだスペースがあり、二人ともそこで立つことになった。そしてバスが発車すると当然のように揺れるのだが……。

 

「ちょ、茜ちゃん?」

 

声を抑えて、茜の行動に驚きの声をあげる愛真。茜は愛真を抱き寄せているのだ。

 

「愛真がふらふらしてて危ないからだっつの」

 

愛真は一応、バスの支柱の一本に掴まってはいたのだが、その小柄な体躯はどうしてもバスとともに揺れてしまう。近くの乗客にぶつかりそうにもなった。そんな愛真を見かねて茜は彼女を抱き寄せたのだ。この行為は茜にとっても危険であり、その柔らかな身体と甘い香りに理性がゴリゴリと削られていく。公共の場でなければ今すぐにも襲いかかる……ような度胸があればまずこの程度で心を揺さぶられることはあるまいが。一方の愛真も愛真で、自身の腕を茜の背中へ回していいかダメなのかを悩むはめになり、バスが停車で揺れた際に勢いでぎゅっと抱くことになる。そしてまた茜の心拍数が跳ね上がり、それを自分のと勘違いした愛真の身体もどんどんと熱を帯びていく。

 

「な、なぁ愛真。そろそろ座らないか?」

 

声が上擦らないよう注意を払いながら、茜が空席を指差す。そこでようやく愛真も茜を抱きしめていた腕をゆるめ、茜が指差した方向を見やる。

 

「う、うん。そうだね。座ろっか。もうちょっとだけど」

 

どこか残念そうな声色に茜は気付くことが出来ず、二人並んで座り十分弱で最寄りのバス停へ着き、バスを降りるのだった。

 

「買い物行こうよ」

「分かった。何買う?」

 

バス停のある郵便局から少し歩くとスーパーがあり、愛真はそこでよく買い物をする。茜もしばしば荷物持ちとして連れて来られている。愛真は学校鞄からエコバッグを取り出しながら、買う物を茜に教えてあげた。


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