「いやー見事な雷だったね」
今、人を二種類に区別することが出来る。非日常的な状況でテンションが上がる者と下がる者だ。電気が使えなくなるという現代人にとって非日常的な状況で愛真が前者、茜が後者という状況になっている。雷光と共に雷鳴が轟き渡ったのはインスタントラーメンにもやしを入れた簡単な食事を済ませほっと一息ついた時であった。ちなみに、下着は洗濯してあったものの茜のパジャマやジャージの類いがない花園家で今のところ茜は下着にブラウスをひっかけただけの格好だ。愛真はかなり恥ずかしがったが茜は気に留めなかった。これが逆なら二人とも恥ずかしがる展開になっただろうが、茜は無意識のうちに自分の身体に魅力がないとでも思っているのか、自分のこととなるとやや無頓着なところがあるのだ。そして現在、愛真があらかじめ準備しておいた懐中電灯の灯りを頼りに二人でソファに座っていた。お風呂と同じように茜が愛真を抱え込むようにして、だ。
「茜ちゃん暖かい」
好きな人に抱かれている愛真と好きなひとを抱いている茜。二人とも体温が上がり自ら発熱しているのか、それとも……。
「茜ちゃんにね、ずっと言いたかったことがあるんだ」
薄明かりの中、お互いの輪郭がぼんやりと見えるだけ。後ろから抱かれ、顔はあまり見えないものの、もしも明るかったら言えなかったであろう言葉を、愛真は紡いでいく。
「小学生の時、石を投げられたのを庇ってくれたこと……中学生の時、ばっさりと切った髪を可愛いって言ってくれたこと……同じ高校を選んでくれたこと、ずっと……私のことを想ってくれていてありがと。そんな茜ちゃんが……私は大好きだよ」
もし、もしも茜が、愛真に対して恋愛感情を抱いていなかったら……この愛真の言葉は単なる感謝の言葉にしか聞こえなかっただろう。現実、茜は愛真に対して恋愛感情こそあるが生来の鈍さから片想いだと思い込んでいた。とはいえ、たった今の愛真の言葉を聞いてそれでも片想いだと思う程には鈍くはなかった。だから、
「あたしも、愛真が大好きだ。走っても走っても結果が出なくて何度も挫けそうになった。そんな時、愛真の笑顔があるから頑張れた。愛真が作ってくれた料理で元気が湧いた。愛真がいたから……走り続けてこられた。だから、これからも側に居て欲しい。……愛真、愛してる」
想いのたけのありったけを込めて言葉を紡ぐ茜。黙ってじっくりと聞いていた愛真だったが……
「――――っ」
「あだ!」
愛を耳元で囁かれた瞬間その恥ずかしさに飛び跳ね、結果として茜の顎に愛真の頭がヒットした。一拍の沈黙を経て、二人とも笑いを抑えきれず吹き出した。ひとしきり笑うと大きく一呼吸ついて愛真は茜に正面から抱きつく。
「両想いだなんて全く気付かなかったや……」
「あたしもだ。驚いたよ」
「あんなに優しくされて好きにならないわけがないって。……茜ちゃんはいつから私のこと好き?」
「うぅ、いつからだったかな。分かんないや。ずっと前からかもしれないし、案外最近からかもしれない」
茜にしてみれば愛真と一緒にいるのは当たり前のことで、その安らぎが恋心だと気付いたのはいつのことだったか。自覚した頃にはとっくに恋に落ちていたのだろう。
「愛真のこと、一人にしない。だからその……あたしのことも一人にしないで欲しい」
「うん。約束する。でね、せっかくだし今日はほら……一緒に寝よ?」
「もちろん、そのつもりだよ」
そう言って見つめ合う二人。お互いの吐息を感じられるほどの距離、キスの間合いなのはお互いに理解しているが、なかなかどうして踏み切れない。こういう時、先に動くのは愛真の方だ。
「っちゅ」
優しく、頬にキスをする。頬を染める二人、一拍おいて茜が口を開く。
「唇に……してくれないのか?」
「茜ちゃん可愛い!」
両想いだと分かって、これまでずっと心に秘めていた言葉がすっと口をつく愛真。可愛いなんて言われ慣れていない茜はますます動揺する。
「ファーストキスだもん。茜ちゃんからして欲しいの」
さっきの頬へのキスはノーカンだと言いたい愛真の気持ちを察し、愛真を抱き寄せゆっくりとその桃色の唇を重ね合う茜と愛真。一瞬のような永遠のような、甘やかなひとときが二人を包む。
「ベッド、行こ」
「待って今その台詞は理性が危うい」
茜に言われて愛真のその意味を反芻して頬を染める。
「茜ちゃんさえ良ければ……好きにしていいよ?」
「だだだ、ダメ! 愛真のこと、大事にしたいから……ダメだ」
「……茜ちゃんのヘタレ」
「今のは聞こえたぞ!」
再び一拍の沈黙の後、笑いあう二人。お互いに好きだからこそ、こんな言い合いになるのだ。それがおかしくて仕方ない二人。
「なんか、眠気なんて来そうにないね」
「確かにな。……じゃ、じゃあその……するか?」
「え? えへへ……お手柔らかにお願いします」
彼女らの長い夜はまだ始まったばかり。
彼女らの熱い熱い夜を知ってか知らずか、雨雲は当初の予報より早めに列島を抜けていった。翌朝、全裸の二人は窓から差し込む朝日にゆっくりと目を覚ました。
「ふあぁあ、今何時だ……?」
「はぅ、何時だろう……?」
大きな欠伸をして脳に酸素を取り込む二人、その意識が少しずつ起き出すと――
「「ひゃあ!!」」
二人同時に恥ずかしさで飛び跳ねる。昨夜を思い出して思考が停止しそうになる茜を愛真は脱衣所まで引っ張っていき、二人で手早くシャワーを浴びる。
「昨日すぐ脱いでて良かった……」
昨晩と同様の下着とブラウスを身につけ、てきぱきと制服を着た茜は今更ながらリビングの時計が九時半を指していることに気付く。
「これ時間やばくね!?」
「七時はまだ警報出てたみたいで、集合は十一時集合になってる。授業は四時間目からだって」
同じく制服に着替え終わった愛真がしばらく放置していたスマホをチェックする。
「まだ間に合うな」
「お弁当は間に合わないぃ! ていうかバス出てるかな!?」
落ち着き払った茜に対して愛真はてんやわんやである。ご飯を炊こうにも米を研ぐところから始めるせいで間に合わない。サンドイッチを作ろうにも食パンが足りない。購買を使うことも視野に入れたが自宅待機の連絡が来るようではおそらく入荷出来ていないだろうと考える。
「うぅ……コンビニ寄って行こっか」
好きな人に手料理を食べてもらいたいのも乙女心。とはいえ、こうも時間がないとなると諦めざるを得ない。茜もがっかりはしたが、仕方ない状況なのは百も承知だ。
「バスの状況も分からないしコンビニにも寄るし、そろそろ行くか」
「そうだね。茜ちゃん教科書は大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
二人揃って玄関を通って外へと出る。雨上がり特有の蒸し暑さに驚きながら不意に空を見上げると、
「虹だ!」
「あぁ、綺麗な虹だな」
七色の軌跡が二人を祝福するように、広い青空を美しく彩っていた。