わたしたちのヒーローアカデミア 作:ddd
グロイ表現(R18G)が夥しく含まれております。苦手な方はご注意ください。
地獄絵図が広がっていた。
通路を充満する数mも見渡せぬ濃ゆい霧。それを吸った者から肺が爛れて死んでいく。運悪く死ななかった者、生き残ってしまった者は順に手足を飛ばされ、首を刎ねられた。
血のカーペットが広がりむせかえるような鉄によく似た吐き気を催す臭いが鼻孔をつく。肉片が壁をズルズルとずれ落ちて酷く醜いインテリアと化していた。
『たっ、助けっ!いやだ、死にたくない!死にたくっ…ひぎゅっ』
一つのカメラの画面が、真っ赤に染まった。
「B-2、完全に霧に包まれました!」
「1から12隊、ほぼ壊滅です!」
「霧の成分、解析できません。強い酸性であることしかわかりません!」
施設の中枢部にて、慌ただしく研究員たちが動いていた。部屋の隅には血にまみれた包帯を巻きつけて倒れ伏す人々が一塊にされている。
今、さらに一つ、カメラが霧の酸に溶けてその機能を果たせなくなった。数十もあった画面がドンドンと砂嵐へと変わっていき、また、つぶされていくカメラの順番が、ドンドンとこちらへと近づいてきていることに気が付いて、そこにいる人々の顔色は次第に青ざめていく。
「ヒーロー…じゃないようだな。ならばヴィラン・・・?なぜこの施設を狙う?」
「まさか研究成果を横取りにするつもりなのでは!?」
「ふむ・・・可能性はあるが、違和感はある。霧が発生したのは入り口ではなく、地下4階の実験エリアだ。そこまで感ずかれずに潜り込めるほどの腕があるのなら、さっさとデータだけ拝借すればいい」
老人が興味深げにそう推測を立てた。この襲撃が始まったのは入り口の一階から遠く離れた地下4階。そこから急に、なんの予兆も感じさせずに始まったのだ。マキリはそのことに着目した。
「・・・ふむ、もしかすれば、もしかするかもしれないなぁ。ああ、楽しみだ」
マキリは相好を深め、枯れ果てた怪しい枯れ木の様なしわだらけの顔を職員らに向けた。
「さて、私の予想が的中していれば、霧を発生させている者こそ我らの研究成果かもしれん。どれだけの犠牲が出てもいい、必ず生け捕りにして研究したい。やってくれるね?」
「し、しかし、部隊はすでに壊滅状態で・・・!」
「なに、銃ならばそこに大量にあるだろう?それに、君たちだって個性を持っているだろうに」
「あ、相手がどんな奴かもわからないのに・・・!実際、誰も止められなかった存在です!私たちのような非戦闘員が相手になるわけが・・・!」
次の瞬間、銃声が鳴り響いた。マキリの手にいつの間にか収められた拳銃が、虚空を撃っていた。
「今は私のいうことに黙って従いなさい。従わないそぶりを見せたら躊躇なく殺すからね」
「ひっ・・・」
「よろしい。まずはA-1からA-4までの通路を開けなさい。そこに対象を誘い込み、複数人による麻酔銃の飽和射撃で対象を眠らs-----」
「ま、マキリ所長・・・!」
マキリの声を、一人の男性職員のつんざく悲鳴が打ち消した。おもむろに悲鳴が上がったほうへと目を向ける。
「き、霧が・・・!」
扉の隙間から、霧が漏れ出ていた。
「もう来たのか。想定よりも早いな・・・」
マキリがそうつぶやく。
「そ、そんな・・・!?カメラには、一度も・・・!」
「それに、霧はAー4を通過していないはずだ!何故ここまで・・・!?」
「推察するのは後だ。全員銃を持ちなさい」
マキリの指示に慌てて職員たちが駆け出す。棚から銃を引っ張り出して、男女関係なく手に取り、遮蔽物に隠れて息を潜ませる。静寂が支配し、緊張により何人かが息もできない状態にまで陥っていた。
一体どれくらいの時間が過ぎたか。10秒、いや、10分は経ったかもしれない。
次の瞬間、金属がきしんだような音が部屋の中を響いた。
「来たか…」
マキリの楽し気な声が、崩れ去った金属製の扉の音により相殺される。
「あ、あいつ・・・が・・・?」
職員の一人が目を見開いた。切り裂かれた扉の向こう側、闇の奥底からはい出るようにして現れたその影は、あまりにも小さく、あまりにも華奢な存在だった。
「モルモットのガキか・・・?」
「あんな奴、いたか・・・?」
「知るかよ・・・」
ささやき声が響く。
唐突に、マキリが遮蔽物から身を乗り出して、笑顔を浮かべて少女の前に出た。それが人型であることを確認したうえでの行動だった。
「初めまして、かな。私の言葉がわかるかね?」
「・・・うん」
「しゃべった・・・!」
しゃべったということは、言葉を理解するということ。すなわち、会話をすることができるということ。職員たちはそのことに希望を見出した。会話ができれば、いくら強力な個性を持っていたからと言って、所詮は子どもだ。懐柔さえしてしまえばどうとでもできる。
いや、できた、というべきだろうか。彼らは今までそうしてモルモットを回収してきた。
「そうかそうか。それはよかった。さて、君のお名前を教えてくれるかな?」
「・・・わたしたちの、なまえ・・・」
少女の首がこきりと傾いた。
「なまえ、なまえ、なまえ・・・dじゃ@でdgh0」
「ん?」
まるで、いくつもの音声を重ねて聞かせたような、そんな不思議な声だった。
「・・・そうか。それは・・・私じゃ発音できないなぁ・・・それじゃあ、次の質問だ。ここには何をしに?」
「・・・なにを、しに・・・」
少女は生気を感じさせない瞳を、皿のようにして仰いだ。
「ころしに」
職員たちが、のどを締め付けて鋭い悲鳴を上げた。
「そうかそうか。それじゃあ、なぜ殺したいんだい?」
「くるしい、から」
「ふむ・・・苦しいから、か」
「悲しい、から。つらい、から。くやしい、から。痛い、から。さびしい、から」
「・・・・」
マキリは、初めて少女から自発的に言葉を連ねたことに反応して、この時、初めて少女の目を見てしまった。
黄色い目だ。生気を感じられない無機物めいた瞳だ。しかしすぐに気が付く。真っ黒な瞳孔の奥に渦巻く怨念、執念、憎しみ、怒り。まるで人間のものとは思えないほど醜く醜悪で、それでいて邪悪なそれを見て、破綻者であるマキリをしても気が狂いそうなほど爆発的に恐怖した。
「こ・・・ぁ・・・」
すぐに飛びのいて、一斉射撃を指示しようとした、次の瞬間ーーーー違和感。
声が出ない。身体が動かない。否、身体がない。否、視界がずれて、身体が遠のき、視界が地面へと落ちていく。
バカな。まるで線香花火が落下する一瞬の様に加速する思考の中で、マキリの頭の中は驚愕と絶望の感情に塗りつぶされていた。自身の身体に何が起こったのか、その一瞬で理解するのに丸一年かけたような膨大な体内時間を過ごす。
あり得ぬ。このマキリだぞ。最強の個性を作り出すという目的の下闇の科学者を集め、本来の目的である完全なる不老不死を作り出そうと裏社会を牛耳り、のし上がる為に数千を超える人間を殺してきた闇の支配者、マキリだぞ。
虚勢であり虚栄であった。首を飛ばされ死ぬ。そのことに、その者の勲や地位が関係するわけがない。
マキリは、落下の寸前、自身の首を切り落としたであろう少女と目が合った。その瞬間理解した。自身がどれほど恨まれているのか、憎まれているのか。理解した瞬間、幻視する。
落下していく場所は地面にではなかった。自身の頭が一つ分入る程の、どこまでもどこまでも続いていく暗い暗い深淵。何もない虚無へと、落ちていくのを理解した。
マキリは、まるでこの世の全ての恐怖を表すかのような表情を浮かべて、永遠にその意識を手放した。
「だから・・・ぜんぶ、ころすの」
次の瞬間、研究所の中心の管制室に悲鳴と銃声が鳴り響いた。
▽▽▽
「ここが、子どもたちを誘拐して違法な人体実験を繰り返している実験施設か」
筋骨隆々の男がつぶやいた。
とある森の奥深く、なんの変哲もない製薬会社とその身を偽るビルの地下に続く階段の頂上で、男ーーーオールマイトは鋭い眼光を暗闇へと向けた。
「オールマイト、どうします。突入しますか?」
「ああ、もちろん!子どもたちが助けを求めて待っているかもしれないのに、うだうだしていられないからね!」
「私たちも続きます。お気をつけて」
「うん!ありがとう!」
オールマイトは地下へと足を進める。一歩、また一歩。階段を下りる足音だけが闇の中を響く。
そして、階段が終わる。オールマイトは実験施設へとその足をつけたーーーーその、瞬間。
「むっ!?」
重圧。何か危険なものがいる気配。長年ヒーロー界でトップを張ってきた実力と経験があったからこその察知
そして、臭い。むせかえるような血の匂い。ありえないほど濃厚な、人肉の腐った死臭である。
オールマイトは目を見開いて、他にいたヒーローに明かりをつけさせた。
「うっ・・・!」
その光景を見た他のヒーローが、思いっきりえずいた。
「HOLLY SHIT・・・・!」
血、肉、肉、血、血、血。かつて人であったと思われる物体がぶちまけられ、地面に、壁に、天井に、所かまわず張り付いて垂れている。足の踏み場もない、とはこのことであった。
「うげええええ・・・」
ヒーローたちも、これまでに見たことがない凄惨な光景に顔を青くさせた。精神や心じゃない、まず身体が拒絶反応を起こした。あまりに冒涜的な、人がしていいような死に方ではない。
「・・・早く、奥へ進もう。ついてこれるかい?」
「・・・はい」
「いきましょう・・・」
オールマイトの言葉に、弱弱しくうなずくヒーローたち。こんな状態では戦闘では使い物にならないだろう。いざとなれば、このオールマイト一人だけで戦うことになりそうだ、と思考する。
(まだ子どもたちがいるかもしれない。早く急がねば・・・!)
地獄を見てもなお、オールマイトは希望を見捨てない。ずんずんと先へと進む。どこを見ても、どの場所に行っても、似たような光景しかなかったが、それでも血眼になって探す。
そして、地下三階。やっと、見つけた。ガラス張りに仕切られた部屋の中、うずくまる小さな身体を横たえさせる影を。
「HEY!大丈夫か、君たち!」
オールマイトは壁をぶち破って、すぐに駆け寄った。
「・・・」
そして、目を閉じる。彼らはすでに冷たかった。
「遅かったか・・・!」
歯噛みする。また、届かなかったと、救うことができなかったと深く嘆いた。
だが、すぐに頭を振って心を入れ替える。ヒーローたるもの、心折れることなく希望を灯し続けなければいけないのだ。
まだ部屋はたくさんある。生きている子ども達もいるかもしれないのだ。
「オールマイト!熱反応が!」
「なに!?」
蛇の個性を持つヒーローが慌てて声を上げた。しかし指をさすのは経った一か所だけ。オールマイトはそのことを被りを捨てて忘れ、生きてくれていた希望を助けに駆け出す。
果たして、ヒーローが指さしていた場所は、肉片の山の先であった。
「・・・この、中に・・・?」
「は、はい・・・」
オールマイトは唾をのんだ。あれらの肉片は、恐らく全てが人間のものだ。指先、肋骨、内臓ーーー恐らく医者でないと分からないような、人間の一部とみられるものがかすかに交じった血肉の山。そのおぞましさは、強烈な匂いと見た目を伴って、何故今までこれに気づかなかったのかという疑問さえも浮かんできた。
「・・・皆は、ここで待っててくれ」
「・・・お気をつけて・・・」
青ざめた顔で送り出したヒーローを背に、オールマイトは山に手を突っ込んだ。気味の悪い感触がオールマイトの腕を包み込む。
そして、しばらくして――――何かが、オールマイトの指先を、きゅ、と掴んだ。
「―――――っ!」
オールマイトはその瞬間、山を吹き飛ばし、自分の指先を力なく掴んだその子どもを掬い上げた。
それは、一人の少女の様に見えた。血でまみれていて、見れるような状態ではない。だが、確かに息をしている。
少女は、ゆっくりと目を開けた。
「――――もう、大丈夫だ。私が来た」
オールマイトは笑顔で少女を腕に抱き、ただ生きてくれていた事に感謝をした。