殆ど何も考えていないTS聖女さんのお話   作:茶蕎麦

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 どっちなのでしょう?


第四十話 少年と少女

 彼は同時に彼女と存在しているばかり。自在に変容出来る訳ではない。

 

 貴女、誰?

 

 だから、どちらでもないものは、違う。ならば、それは何か。それが判ぜるまでを補足してみたいと思う。

 

 

 

 ケットは、恋を知らない。十一という年の若さもあるが、貴重な魔法使いとして周囲に持ち上げられ幼心には恐れられた彼に、遠慮なく寄ってくる年近い他人などコンセントではほぼなかったのだ。魔法学園での暮らしでも、誰も彼もが可愛がってくる年上ばかりで自分と同年代の姿はなく。強いて言うならばグミが年近い方とはいえ姉とみてしまえば対になる異性とすることは出来ずに。

 だから、バジルちゃんの幼くも完成されたその容姿に理想を見て惚れたそれが、ケットの初恋だったのだろう。そしてそれは、どうしてだか未だに壊れていない。

 

 

 

 バジルと同じ屋根の下ということで、悶々と眠れぬ夜を過ごしたケットは、朝靄が降りきった頃を見計らって外に出た。ちなみにグミに強引に抱き枕にされてもいたが、絡みつく魔女のその痩身に彼が胸を高鳴らせるようなことはなかったようである。

 振り返って、ケットは神官館を振り返り見た。少し直線的でどこか威圧的な建物は、しかし人が住むその息吹のためか居るに心地悪いものではない。ただ、慣れぬためか他の要因のためか、緊張してしまったが。

 

「ふぁ……」

 

 だがもう、そこから離れた。思わず透き通る朝の空気を吸い込んで体を伸ばして、弛緩した彼は。

 

「お、ケットか」

「バ、バジル、さん……」

 

 横から声を掛けられ、再び酷く体を強張らせることになる。一番に、意識している人。それが同性であることは自分でもおかしいと思ってはいるが止められず。彼が否応なくその綺麗な顔に汗を垂らすバジルの全てを目に入れた、その時。

 

「わっ!」

 

 あまりの刺激に、ケットはその両目を閉ざした。なんと、バジルは上着を着ない上半身裸だったのである。染み一つない真白い肌が、どうにも少年の目には毒だった。相手も同じ少年であるということも忘れ、彼は顔を真っ赤にして逆を向く。

 

「ふ、服着てくださいよ! どうしてそんな……」

「いや、どうしても何も……運動して汗をかいたから、こうして拭っていたんだが。そんなにおかしいか? 夏で暑いから、ちょっと脱いだだけだぞ?」

「脱いじゃ駄目です!」

「仕方ないな……」

 

 バジルはケットの照れに、気持ち悪さと自分の不明の可能性を思う。普通に考えれば意識し過ぎである。だがそうでないのであれば、或いは少年の住んでいた場所では肌を晒すことを嫌う、そんな文化があったかもしれなかった。

 もとより別に裸身を披露して喜ぶような人間ではない。バジルは大人しく、水色チュニックを羽織った。目隠しのために顔を覆っていた手。その指の間からそれを確認して、ケットはほっとする。

 

「ありがとうございます……それにしても、こんな朝早くから運動って、何をしていたんですか?」

「モノ……昨日ケットが驚いていた筋肉の塊みたいな男は、何時も日が出る前から剣の訓練をしているんだ。戯れにそれにオレが付き合った形だな」

「モノさんは騎士様、でしたよね。魔法使いでもないのにそこまで昇れたっていうことは余程の凄腕、なのでしょうか」

「まあなあ……」

 

 郷里には存在しない、騎士に憧れてキラキラし始めたケットの赤い瞳を見て、バジルはその言葉に同意した。実際に、モノやノッツのようなただの剣士がナイトの位と認められるようなことは少ない。その少数の中でも家柄や何やらの要素が絡むのが普通であるが、真に彼らは実力で得たのであり、間違いなく凄腕といっていいのだろう。モノに至っては、凄すぎるところもあるが。

 

「ん。ケットか」

「ほら、その凄腕の騎士様の登場だぞ? ……って、お前も脱いでるのかよ。お前にとっては、汗かくほど動いてないだろうに」

「だが、暑くはなる」

「それもそうか……しかしコイツの裸見て大丈夫か、ケット?」

「わあ……すごい肉体だなあ」

 

 自分の貧弱で恥じた相手が、これほどの肉体美を見せつけられてどうなるのか。それを、不安に思ったバジルであったが、全くの杞憂だった。持たざる者は、持つ者を憎むことすらあるが、しかしただ単純に子供のケットはその筋骨隆々さに憧れる。もしこうあれば、とすら思うのだ。

 

「大丈夫そうだな……男の裸が苦手、って訳でもないのか」

「嫌だな、バジルさん。僕は女性じゃないのですから、男の人の裸身を見ることなんて、なんでもないに決まっているでしょう?」

「それはその筈だが、何か釈然としないな……」

 

 特別以外は何とも思わない。それはある種普通である。だがバジルは言外に、自分が男性以外とされているようで、少し気分を損ねた。実際、その考えは当たっているのが、困ったところだが。

 多少の、不快。だが、バジルは、年長が一々年下に険を持って当たっては良くないものと、思っている。認めて、彼はケットに訊く。

 

「まあ、出会いがアレだし、仕方ないところもあるか……で、ケット。昨日は暇がなかったから聞かなかったが、お前もミディアムと一緒で、グミの確認をしに来たのか?」

「まあ、そのつもりでしたけれど……」

「ん。何だか他にも目的があるような口ぶりだな」

「えっと……何というか明確なものじゃないのですけれど……」

「それ、ボクも訊きたいなあ」

「グミお姉ちゃん……むぐ」

「全く。抱き枕がどっかいっちゃ駄目だよー」

 

 物憂げに語るケットは、横から出てきたグミに抱きすくめられた。小さな胸元に埋もれる少年。だが彼はかなりの細身故に、バジルさんよりもどこか硬いな、と酷い感想を持ったりしている。それも知らずに、お姉ちゃんは学園で唯一といっていい程の心残りであった弟分といる時間を楽しんだ。

 

 

 

「大切な何か、ねえ……」

「ミー兄ったら、大分ふわふわしたこと言うようになったねえ。よっぽどスナオと会えたことが嬉しかったんだねー」

「スナオ?」

「ああ、それは気にしないでいいよ。まあ確かにここは結構面白いところだから、大切に思えるものも見つかるかもしれないなあ」

 

 モノはパールを起こしに中に入ったが、グミにバジルは未だ、館の前にてケットの話を訊いていた。大切な何かが見つかる。そんな言葉に惹かれて冒険したくなってしまったという少年を、微笑ましく見ながら。

 

「ミディアムお兄ちゃんは大切に思える人を見つけたって言っていたけれど……ひょっとして、グミお姉ちゃんも何か見つけたの?」

「ボクもミー兄と一緒。好きな人が出来たんだ!」

「え、誰?」

 

 グミのその言葉を聞いたケットは、思わずバジルを見る。愛らしい姉に似合いの男子。思うにそれはこの可憐な少年ではないか。その仲のいい様子から、もしかしてと思わなくもない。

 だが、無感動にバジルは言った。

 

「コイツ、パールが好きなんだと」

「もう、もうちょっと溜めを作んなきゃ駄目だよ! ケットが驚かないでしょ!」

「いや、この残念な内容で驚かないのは中々いないと思うぞ?」

「ええ……?」

 

 ケットは、バジルのその言葉を最初、嘘かと思う。大切に想うほどに好き。それくらいに同性を想うなんて、普通はありえないだろう。だがしかし、グミはそれを肯定した。少年は、混乱する。

 

「ほら、ビックリしてるぞ」

「わーい。事実は小説より奇なり作戦、成功!」

「……事実?」

「そうらしい」

「いや……おかしいでしょう! 好きな人って、普通は異性でしょ? 何か僕、間違っています?」

「おーう。普通の反応だー」

 

 ケットのへんてこな表情をグミはけらけら笑う。認められないそのことを、喜んでいるかのように。それがまた、彼には不可解だった。

 少しの間笑みを続けてから。そうして、魔女は語りだす。

 

「面白かった。あはは。たしかに、ボク、おかしいよね」

「それは……」

「でも、それが恋なんだよ。人間がただの個人に執着する。そんなこと自体が、普通じゃないもの」

「そう、なの?」

「うんうん。人は、多くと手をつなぐから人間でしょ。なら、一対一を望むのって本当はおかしいの。……番うことと人間の共存って、難しいんだ。歪んで、ちょっとおかしいとすら思えることだって出てくる。でも、それでも動物ベースな人間は、相手を求めてしまうんだよ」

「相手……」

「うん。繁栄の目的に相手、なんていうものを求めること自体が本当はある種おかしくて。なら、組み合わせの変なんて、気にするべきではないんだよ。心が求めるものこそ、大切な、本当なの」

 

 ワイズマン、賢者。それは、準貴族として認められた魔法使いに贈られるただの称号である筈だった。しかし、実に賢しく、魔女は頭を働かしている。

 その言の通り、他が認めなくても自分は知っているのだ。そんな自認していてばかりの天才にとっては、これくらいの持論の披露は当たり前なのかもしれなかった。その瑕疵に気づきながらも、煙に巻くためにグミはこんな適当を並べる。

 

「……良いこと言っている風にしているが、結局は同性愛の肯定にはなっていないぞ」

「バレちゃった!」

「大切……」

 

 それに気付いているバジルは、呆れ返るが、しかし純粋なケットはその言に深く感じ入った。

 心が求めること。それこそ大切であるのであれば。その可憐さに見惚れたばかりではなく。もしこれが一属性のみ欠けた不安定な自分が、一色を最大に持って安定している存在に寄りかかりたいと思ってしまっているがための好意であったとしても。その内の水の豊富さに、愛する海を想像して気が向いてしまっているのだとしても、それでも好きに変わりはないのかもしれない。そう、少年は思う。

 

「バジルさん」

「何だ、ケット?」

 

 そして自分に向く、碧。それが、どうにも魅惑的である。性ではなく魔として呼応する、それを恋と捉えてしまうくらいに、ケットは子供だった。そして、子供であれば、無軌道であるくらいが当たり前。だから、彼は勝手なことを言い放つ。

 

「僕、おかしくなっちゃいました。でも、バジルさんはおかしいのは嫌ですよね。なら僕、変わります。貴女のために」

「うん? 意味が判らないが……まあ、オレも変なのはもうお腹いっぱいなところだ」

「そうですよね……なら」

 

 ケットが、そう言ったかと思うと、大切を手にした少年はブレて。

 

「僕が、異性になります」

「はあ?」

 

 そうして、一途な少女に変わった。

 褐色肌は優しく歪み。ポニーテールが風に揺れる。赤い瞳は、彼女にも見える彼だけを映して。

 

「貴女、誰?」

 

 起き抜けのパールの疑問は、宙へと消える。

 

 

 




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