殆ど何も考えていないTS聖女さんのお話   作:茶蕎麦

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 それでも、変わらないのです。


第四十一話 転換と不変

 彼の生を参考にしてしまっている彼女は、自分から向かう恋を知らない。

 

 可愛いよお。

 モテモテだね。

 

 だからだろうか。ただその激しさを知らずに微笑ましく思うのだ。新たに咲いた一つの花のことを、補足してみる。

 

 

 

 ケット・ウールは、人差し指に水色を持ち、その隣の中指が火色に染まっていて、そして一つ離れた小指が風色の染指であるという、中々の変わり種の魔法使いだった。

 火色と水色の染指は自然に炎と水気が並ぶことがあまり類を見ないように、隣り合うことは稀である。近ければ影響し合うのは当たり前。二つの両極端な属性は揺ら揺ら変容を続ける。そして、一部がおかしくなれば全体が狂うのも流れ。クラウン・ワイズが代表的な例だが、どうにも火と水を隣に両立してしまった者は不安定になりがちとされるのだった。

 だが、そんな揺れる魔を有していながらも、ケットは常識的。魔の狂いに乗じなければ、心を無駄に騒がせもしない。その因は、育ちにあった。

 プラグ市にて潮騒を聞かずに過ごした時間は僅か。目にして聞いて、触れて。ケットがマナを多分に含んだ怒涛の大海と向き合い続けたことは、その成長に深く寄与した。揺れて溢れて暴れて、それでも変わらずにある。自分もそれと同じだと思えば、何ていうこともなかった。

 だが、それでも。そんな大海の心だろうが恋慕の傾きには耐えられずに、ケットはその身を不安定に任せることになる。そう、己の内で揺れる魔と同じくブレるように、少年は少女に変わったのだった。

 

「バジルさん!」

「柔いな……ケット、お前変体したか?」

「変体ってグミお姉ちゃんの、ですか? それとはちょっと、違いますよ」

「違う?」

 

 あ然とする周囲を他所に、女性性に振り切ったケットは、丸みを帯びたその身体を、バジルにこすり付ける。だが、彼はそ抱擁を冷静に受け止めてしまう。

 バジルは、その身体変化を真っ先に魔法によるものと捉え、冷静に観察していたのだ。しかし、それは違うとケットは口にする。流石に彼も、それには疑問を思わずにはいられなかった。

 

「僕は僕です。変わっていないですよ」

「分からないな。どういうことだ?」

「男の子に寄ることを止めただけです。ただ、それだけのことですよ」

「……なるほど、そういうことか」

 

 バジルの周りのいい匂いと思える空気を吸い込みながら、ケットは言う。その意味が解ったのは、マイナスの少年ばかり。不明な事態を黙って観覧していたパールらに一切その理由は判らない。しかし、説明の言葉一向に披露されない。

 余計に口を開くその代わりに、自らを抱きしめるその矮躯をバジルは抱きしめ返した。そうして、幽かに震える少女を撫でる。

 

「あっ……」

「怯えるな。大丈夫だ。オレはケット、お前が何だろうと嫌いになりはしない」

 

 正直なところ、理解もされずに気持ち悪がられるのが当たり前だとケットは思っていた。両性を保持していた彼女にしかしバジルは優しくする。予想外で嬉しいそれに、ぽうと少女は顔を朱くする。目の端から煌めきを零れていくことを恥ずかしがりながら。

 内の魔の蠢きを下手に受け容れ過ぎたために影響されすぎて、性すら定かでなくなってしまっている子供。バジルはケットをそう解した。少し変なことは間違いない。だが、それでも迷う幼子が震えているのであれば、優しくなだめてあげたいと思えるくらいの優しさが彼にはあった。

 だから、バジルは太陽を真似たひまわりのように、柔らかく微笑みを向けるのだ。それをケットは、はっと見る。

 

「何。オレなんてここで成長行き止まりだぞ? 変われるケットの方がむしろ普通なんだ。自信もてよ」

「はい……」

 

 可憐な花は綻んで、ケットを包む。そしてバジルの言葉に喜ぶ少女の周りに美しいものは更に集まって、まるで花束のようになる。

 

「話が良く分かんなかったけれど、ケット、女の子にもなれたんだね、すっごーい!」

「グミ、お姉ちゃん……」

「ん。便利と思うが、俺はそれだけだ。むしろ、悪く言うやつがいたら言え。俺が矢面に立ってやる」

「モノ、さん」

「ケット君は、ケットちゃんでもあるんだね。可愛いよお」

「わぷ。パールさん……」

 

 抱きつかれて、頭を撫でられて、笑顔は輝いた。

 不明を飲み込み縮んだ輪は狭く。だが、その安心の中で安堵したケットは、とても幸せそうだった。

 

 

 

「バジル……何、その子?」

「……ケットって名前だ。グミの妹分、ってところだな」

「……ケット・ウールです」

「あ、学園の子なのかな……私はユニです。宜しくね」

「……はい」

 

 そして、少し経ち、太陽は頂点付近で地を照らし付ける、そんな時刻になる。仕事を終えて、何時ものように診察の手伝いをしようと聖堂に入ってきたユニが目にしたのは、バジルに絡みつく小柄の少女の姿だった。

 珍しい褐色肌に、黒毛がよく似合い、眦の下がったその顔立ちも悪くなく純粋に彼女は愛らしい。そして、思わずユニがその悪い目つきを更に鋭くしてしまうくらいに少女とバジルの距離は近かった。自分も同じように胸元で抱かれたい、と思う。

 だが、ユニは険に怯えた子供に追い打ちをかけるような少女ではない。バジルの背に引っ込んだケットに無理に笑みを作ってから、彼女は手を振った。

 

「ユニは、オレの幼馴染だ。悪いやつじゃない。仲良くしてくれると嬉しい」

「幼馴染……」

「不本意ながら、未だその程度の関係なんだよねえ……バジルも、もうちょっと応えてくれてもいいんじゃない?」

「振った相手をいたずらに懐に入れるような男じゃないぞ、オレは」

「ふーん。そうだよね、男じゃないよね。なんてったって、バジルちゃん、だもん!」

「お前!」

 

 そして、ユニはバジルと何時ものようにじゃれ合い始める。まあやけに近いだけの子供なんて、聖女程の大した敵にはならないか、と思いながら。だがそれは大きな間違いだが。

 ケットはバジルの後ろから、その背中を強く抱きしめる。その行動によって、口論は止まった。

 

「うん? 何だ、ケット」

「やだ」

「やだ?」

 

 思わず、ユニはオウムのようにケットのその言葉を繰り返す。何が、嫌なのか。それは、直ぐに少女の口から説明された。

 

「バジルさん、他を見ないで、もっと僕を見て」

「仕方ないな……よし、ほら前に来いよ」

「はい」

 

 それは、子供の勝手なぐずり。しかし、ユニの目の前でバジルはそれを受け容れる。そうしてその身で、過剰なくらいに甘やかした。懐くのを許して、手のひらで愛撫する。彼が優しくケットを撫でるその様子はあまりに本気で、入り込む隙も見当たらなかった。思わず、ユニは臆す。だが、それでも勝手に動いた口は止まらなかった。

 

「……バジル、その子、気に入っているの?」

「甘やかしてやってるだけだ」

「ん」

「はいはい。説明終わったら、また撫でてやるよ……こっちは愛され慣れていないからか、どうにも不安定で幼く依存されてしまってな。新しく生まれたその日くらいは、甘えさせてもいいかな、と思ったんだ」

 

 思ってしまったからには、仕方ないよな、とバジルは口にする。そうして、艶のある黒髪を探った。ぽうと、ケットは頬を染める。

 詳しくは良く分からない。だがこの事態は面白くなかった。父性か母性か分からないが、バジルは親代わりをしているようだが、どうにもケットは彼に異性を見ている。そんな二人がくっついているのは、どうにも不安だった。

 だから、提案をする。

 

「よし、よく分からないけれど、それなら私も甘やかしてあげるよ、ほらケットちゃん、こっち来て!」

「いやです。よく分かっていない人に何されても嬉しくないですから」

「うーん、気難しい子!」

 

 ユニは想い人の胸板にぐりぐり頭を寄せる少女に、眉根を寄せた。子供、といえどもこれでは可愛いとは思えない。

 

「バジルなら、いいの?」

「はい、僕を一番理解していますし……何より大好きですから」

「幼子にしては不純みたいだけれど……」

「それでも、オレが離れると赤子みたいに泣きわめくしなあ」

「……バジルさんと、離れたくない。それは一日だけでも、いいんです」

「だってよ」

「むむ……」

 

 バジルは、少女の想いをはしかのようなものと思っている。それに、ケットの本当はもっと自立したものだと理解していた。だから、これは彼女のための一時保護。そう割り切って当たっている。

 確かに、察しているところの半分は間違っていない。今日一日で安心したケットは、少女として生きることと少年として暮らすことの両方を選べる自分を認めることが出来るだろう。そして、彼女は本質的には甘えるよりも甘やかす方が好きである。それも、当たっていた。

 だが勿論、ケットの想いが一過性のわけがなく。これから一日の恩を万倍返しするかのようにバジルに付き従うようになる。まるで伴侶のように近いその様子を何故か想像してしまったユニはその悪役のような顔を歪め、ぽつりと零す。

 

「強力そうな敵だね……」

「んう」

「はぁ。オレが、こんな子供なケットになびくとも?」

「余裕にしているけれど、未来っていうのは分からないよ」

 

 それこそ、自分がバジルのことを好きになることが分からなかったように、将来なんて不明なのだとユニは思う。子供は成長するし、思いは浅くも成りうるが深まることだって勿論ある。柔らかさを増していく相手の誘惑に、彼はどれだけ余裕を残していられることだろうか。それを、彼女は不安に感じる。

 

「……でも、多分敵わないんだろうなあ」

「うん?」

「なんでもない」

 

 しかし、それでも愛する人の大変困ってしまうほどの心の不変さを知っているユニは、殆ど明るい未来を予期して独りごちた。

 バジルの中の最愛の椅子。そこに座しているのは唯一人。それは、きっとずっと変わってくれない。

 一歩だけ近寄ってから、彼女は彼女に耳打ちするようにして訊いた。

 

「まあ、私はそれでも挑むけれど、貴女は?」

「僕はそれでも近くに居るよ」

「そう」

 

 そして、満足な返事を聞いて、ユニは微笑む。さあ、新たな敵手の登場だ。自分はどうするべきか。それはもう決まっているのだけれど。でも、再び走る前に、少し力が欲しかった。

 

「さて、私はバジルのやりたいことを今日も手伝いましょうか。ケットちゃんといちゃついていたけれど、仕事はちゃんとしてた?」

「そりゃあな……と言いたいところだが、仕事も何もオレが代わってから、ぱったり患者はなしだ。ぶっちゃけ暇してたから、ケットもこんなに近かったんだ」

「そう。なら私は白衣を着て清潔にしてから、どうしよう……そうだ、バジル、ちょっと良い?」

「何だ?」

「あ」

 

 そして、騒ぐ胸を押さえながらなにもない風を装い、ユニはバジルに寄り。そうして手を伸ばして。優しく優しく、彼を抱きしめた。驚くケットの横で、想い人を胸の中に埋めて、少女は愛を口にする。

 

「ごめんね、耐えられなかった。好きだよ、バジル」

「……すまない」

「それでも、いいよ」

「むう……」

 

 拒絶はしない。でも、拒んで決してそれを受け取ってくれないバジルに、それでも恋からユニは縋り付かざるを得なかった。そして、不幸にのために愛し方を忘れてしまったからこそ、不格好にも全霊で幼い子供を愛してあげてしまう彼のために、それはただ熱を伝えるだけでもいいことを教えてあげる。その側で恋するケットは、ただ取られてなるものかと少年に身体を寄せて。

 そしてバジルの胸元に花が二つもたれ掛かるようになった。

 

「熱いし、重いな……」

 

 それに少しドギマギしながらも、バジルは正直に感想を口にする。一筋、彼の額から汗が伝った。そんなことにすら、恋に盲目な少女たちは気付かない。

 

 

 

「ふふ。バジル、モテモテだね」

 

 そして、様子を見に来たパールは抱擁を見て、弟分の人気にどうしてだか鼻を高くしていた。そう、残酷にも、未だ彼女は彼の思いに気付いていない。

 

 

 




 バジルにとって、恋は熱くて重いのですね。

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