『遥か』というのには一般的な感覚から言えば短すぎる。
しかし、私にとっては彼女と出会った一年は今まで生きてきた中で一番鮮明な記憶として輝いているのだ。
一年前、『実験体』と呼ばれていた私達があの場所から逃げ出してから。
朝、目が覚める。時計を確認すると六時を過ぎていた。
隣でまだぐっすり寝ている彼女を見やる。
「当番
昨日試験勉強を夜中までやっていた姿を見ているので少しは甘やかしてもいいかなと思い、起こさないようにそっと布団から抜け出してキッチンに立つ。
「適当に作ればいいよね。ザ・和食みたいなの」
冷蔵庫から材料を出して味噌汁と油揚げ、昨日冷凍したご飯をレンジでチンして盛り付ける。
ほうれん草のおひたしを最後に作ってると寝室からドタバタと音がして、開き放たれた扉から撫子が飛び出してきた。
「リンちゃん!リンちゃん!!寝坊した!!……ってあれ?」
テーブルに盛られた料理を見て驚いている。
「昨日頑張ってたからね。今日は特別に私が朝御飯作っといた。顔洗ってきなよ」
「!助かったよ!ありがとー!」
洗面台へ駆けていく彼女を見送り、おひたしに鰹節と醤油を掛ける。
「しかし、アマゾンが料理ねぇ……」
出会って暫くした頃の彼女が言ってた『だったら普通の料理でも美味しく思えるのを作ればいいじゃん!』というのを思い出す。
お陰で食人衝動も他のアマゾンと比べて大分低くなってると思う。
「味付けも丁度良いよ!リンちゃん!」
「そっか、良かった」
最初は味を感じづらかったので、つい濃いめの味になってしまう事が多かったのだが、最近は人間の撫子が食べても平気な味になってきたみたいだ。
私も今の味付けで美味しく思えるのは人間に上手く擬態出来るようになったからかな。
……つーか撫子いつの間に戻ってきてたんだ。
「御馳走様でした!!」
「早っ」
「今日は試験でいつもより早めに帰れるから!行ってきまーす!」
食べ終わって素早く準備を終え、嵐のように撫子は鞄を抱えて出ていってしまった。
「まったく……」
鍵を掛けて行かないなんて……本当に信じてるんだな、私を。
自分の朝御飯用に卵を三個茹でつつ、部屋の隅にまとめてある分解したアマゾンズレジスターから取り出した薬剤を右手首に着けた改良型アマゾンズレジスターに一週間分装填していく。
七つ全部入れ終わると丁度お湯が沸騰する音がしてきたので火を止めて茹で卵を取り出す。
そして、卵を食べつつパソコンの電源をつけネットで獲物の痕跡を探していく。
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ネットの書き込みやクチコミを調べて得た情報から目星をつけた場所の近くまでバイクを走らせやってきた。
「この辺かな……」
バイクを停めて辺りをうろつく。
遠くに見えるのは新しく出来たマンションだ。住民の募集は今は全部屋が直ぐに埋まったために行われていない。
クチコミだと数人奇行を行うマナーが悪い住民が居るようだ。
「……居るな」
同族を感知する能力は他のアマゾンより強いと自負している。
一回あの赤いアマゾンに殺され掛けてから成長したのだろうか?
マンションから出てきた人影が二つ。
一人はまるで逃亡している殺人犯みたく辺りをキョロキョロ見ながら、もう片方は買い物袋を肩に掛けている男女の二人組だ。
人間の皮を被ったエイリアンが人間の振りをしているみたいだった。
「確定かな」
物陰から歩いていき、然り気無く二人の側を通り過ぎる。
二人は私がすれ違う距離に近づいて漸く私がアマゾンだって気付いたみたいだ。
「……あんた」
「貴女、もしかして……?」
案の定話し掛けてくれた。
「もしかして……ってあなた達も?」
無知を装って返す。
今までの私が殺してきた何人もの実験体と同じく安堵の微笑みを浮かべている。
「私達、あのマンションに住んでるの。貴女は?」
「私は別の場所で、アマゾンがオーナーをしてるマンションが有るんです」
驚いた顔をしている。もちろん嘘だが、どこかにはそんなマンションも存在しているのかもしれない。
何せ実験体の数は4000匹以上だ。
どんなミラクルが起きても驚かない。
現に撫子って嫁がいる勝ち組な私みたいなのも居るし。
「他に知り合いの人って居ますか?」
こないだはこの質問で三人狩れたので毎回するようにしている。
「あぁ、向かい側のマンションに俺達みたくシェアハウスで住んでいる人達が二人居るよ」
男性はにこやかに教えてくれた。
女性の方は良かった!知り合いが増えて!と喜んでいる。
「そうですか……少しそこの公園で話でもしませんか?お互いに有益な情報も交換出来そうですし」
暫く歩いて人気の無い公園へと到着した。
今日は平日、子供は居なくて付近は木が密生している。
「あの……それで話なんだけど」
「俺達と一緒に住まないか?一緒に居た方が何かと手助け出来るだろ?」
二人とも私に話し掛けてきた。
何も疑っていない表情で。
そんな彼らの善意に感謝しながら、私は右手の改良したレジスターに取り付けてあるスイッチへと手を伸ばし、
「………………アマゾン」
直後、紫色の爆炎が私を中心として吹き荒れた。
二人の実験体は反応出来ず吹き飛ぶ。
爆風の中心に居た私は紫色の装甲を纏った化物の姿へと変貌していた。
逃げ出す、という行動を二人が選択する前に右腕のアマゾン細胞へと攻撃意識を向ける。
音を立てて細胞が組み変わり、鎌めいたアームカッターを形成する。
「死ね」
驚愕の表情を貼り付けたままの頭部が二つ地面に転がった。
公園の地面を実験体の血が染めていく。
私が変身を解除する頃には、二つのアマゾンズレジスターが転がっているだけになっていた。
「…………これで私の理性が二年増えた」
直ぐに拾い上げてその場を立ち去る。
停めておいたバイクにまたがり、撫子が帰ってくる時間までに帰るれるようにアクセルを踏み込んだ。
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家へ帰るとまだ撫子は帰っておらず、バイクを片付けていると背中から声を掛けられた。
「あれ?出掛けてたの?」
「ちょっとね」
余り語らず部屋へと入る。
「ただいまー!それと、おかえりー!」
「おかえり」
部屋に入ると背中から抱きつかれた。
彼女に密着して伝わってくる彼女のいい匂い。
それが堪らなく愛しくて、その感情とは逆の暗い感情も沸いてきて。
「……離して」
「はいよー。……リンちゃんはいつもの、なのかな?」
「……やっぱ分かるよね」
ポケットに入れてた二つの腕輪を撫子に見せる。
「……そっか。お疲れ様、かな?」
私が人の形をした生き物を殺してきたと知っているのに彼女はいつも通りの笑顔を向けてくれる。
そんな撫子を食べたいと思ってしまうのは私が
……私は理性を失って撫子を食べる、なんてしたくない。
だから私は同族のアマゾンを狩る。
彼女と生きる為に。