右を見れば、朝から仕込んでいたのであろう焼きたてのパンを売るために声を張り上げるパン屋の男の姿が見えた。香ばしいパンの香りが漂ってくる。
左を見れば、雑貨屋の品物を安く手に入れるために、店員に値切りを行っている中年のおばちゃんがいた。ギャーギャー騒ぐおばちゃんを、周りが諌めている。
流石は大都市、村とは比較にならない程の活気に満ちている。
「凄いですね、大都市ってどこもこんな感じなんですか?」
「・・・いや、ここだからこそだな。領主のレエブン候は、野心家ではあるものの名君だ。他所とは比べ物にならないほど良心的な税率だから、ここまで栄えているんだ。ここ以外なら、お前が目指しているエ・ランテルくらいなものだ。」
隣を歩くフランセーンが説明をしてくれる。
現在、
ボリス、ヨーラン、ロックマイアーの3人は冒険者組合に報告に向かっている。今回の件について、定期的な討伐隊を送る事を相談するらしい。
ルンドクヴィストは魔術師組合に行っている。わざわざ俺の本の為に聞きに行ってくれているのだ。
そして、フランセーンから「連れていきたいところがある」と言われ、こうしてホイホイついて行っているのだ。
「こっちだ。」
そう言ってフランセーンが進んでいくのは、先程の賑やかな通りとは打って変わってとても静か、と言うより、人通りの少ない、薄暗い裏通りといってところだ。
「・・・ここに何があるんですか?」
「そろそろだ。・・・ついたぞ。」
フランセーンが立ち止まったのは、本通りから離れた裏路地に、ひっそりと佇む古びた二階建ての建物。剣と剣が交差したような紋章ーーー古ぼけててよく分からないーーーに、これまたボロボロの看板に王国の文字で
『カモンの武具店』と書かれている。
「武具店ですか?」
「ああ。馴染みの店でな・・・ メイッサさん、居るか?」
扉を開けて、フランセーンが中に入っていく。それに続いて『カモンの武具店』に入っていく。
中は正にファンタジーに出てくる武器屋さんのような内装だった。壁には剣や槍はもちろんのこと、盾、斧、
そして、その奥、鍛冶場のようなところが見えているのだが、そこから手にハンマーを持った老人が出てくる。
顔は深い皺が多数あり、髪も殆どが抜け落ちている。腰も曲がってしまい、とてもじゃないが鍛冶仕事が出来るとは思えない。その老人が、優しい目をしてこちらに話しかけてくる。
「やぁ、フランセーン君。久しぶり・・・という程でもないか。この間君の武器を直したばかりだしな。それで?今日は何の用だい?見たところ、知らない子が居るみたいだが。」
「たびたび済まないな、メイッサさん。彼はペテル君。今回の依頼で世話になった村の子供だ。」
「ペ、ペテルです。よろしくお願いします。」
フランセーンに紹介され、戸惑いながらも挨拶をする。老人は優しい顔つきで頷きながら、こちらに挨拶を返す。
「はい、よろしく。私はこの店の店主をしている、カモン・メイッサという。
それで?肝心のことがまだ聞けてないんだが?」
そうだったな、などと言いながら、フランセーンがメイッサの質問に答える。
「彼にあった武器を見繕ってくれ。」
「・・・え?」
フランセーンが言ったことに面を食らう。わざわざここに来て、俺のために武器を見繕ってくれという彼にも驚いたが、なぜわざわざ新しい武器にしなければならないのか。
普段から使っている剣と盾で充分だと俺は思っている。成長するにつれて、その都度身の丈にあった長さや大きさに変えればいいだけだ。それなのになぜ・・・?
「ふむ・・・。それは武器の大きさの問題かい?それとも、武器の種類かい?」
「種類だ。彼にあった種類の武器を探そうと思ってな。」
「あ、あのー。」
フランセーンがどうしたと言わんばかりにこちらを見る。
いや、誰だって唐突に連れてこられて新しい武器にしろなんて言われたら驚くし説明してほしいと思うのだが。
それをみて、苦笑を浮かべるカモン。
「・・・説明してないのかい?ちゃんとそういうのはするべきだよ?」
「・・・忘れていた。
いいか、ペテル君。君は剣と盾よりも向いている武器がある。
いや、どちらかと言えば剣や盾は君には向いていない、の方が正しいか。」
「・・・どういう事ですか?」
「確かに君は強い。身体能力は既に鉄級冒険者レベルだ。ただな、それは身体能力が、だ。剣や盾の扱いについては、才能がないとは言わないが・・・。毎日しっかり訓練をして、それでもせいぜいが白金レベルだろうな。
その歳でこれ程の力を持っている君が、武器に関連する才能がないとは思えない。だから、君にはもっと扱いやすい武器があるんじゃないかと思ったんだ。」
「そう、ですかね。でも、これから訓練を積めばもっと上まで行けるかもしれないじゃないですか。」
「確かにそうかもな。でもな、アダマンタイトになるような奴らってのは、大体が初めから得意な武器の扱いは上手いんだ。それこそ、大人顔負けレベルでな。」
・・・そういうものなのだろうか。確かに、盾を扱うようになってからは、守るのは楽になったが、その分攻撃があまり出来なくなっていた。
本当に剣と盾が扱える人は、どちらかが疎かになるなんてことはないだろうか。そう考えると、フランセーンの言うことは正しいのかもしれない。
「まぁ、気にしちゃいかんよ。君はまだまだ若い。様々な可能性を秘めているんだ。ここで1度、他の武器の感触を確かめておくのもいいんじゃないかい?」
ついておいで、と言いながら、メイッサが店の奥へと入っていく。
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手に持った武器を振るう。
いつも使っている剣よりも長いソレを使い、試し斬り用の鎧に向かって頭から斧刃を叩き込む。ソレを反転させ、流れるように切り上げ、突きに放つ。
1度引いてソレを持ち変え、今度は袈裟斬りをするようにして鎧を叩く。そのまま流れに乗るようにしながら身体を回転させ、左側頭部に
ソレを回して逆に持ち、柄を兜に叩く。
兜が砕けたところで攻撃をやめ、一息つく。
・・・しかし、本当に使いこなせる武器があるとは思わなかった。剣よりも使いやすいどころじゃない。マジで天と地ほどの差があるわ、コレ。
「・・・凄いな。子供ながらにここまで使いこなすとは。どうだい、使ってみた感想は?」
「凄いですよ、これ!こんなに使いやすいものがあるとは思いませんでした!」
「何にせよ、君にあった武器が見つかってよかったよ。冒険者になったら、ぜひうちの店に来てくれ。色々と手助けしよう。」
「しかしまぁ、ここに連れてきたのは俺だが・・・。まさか、
そう、俺がさっきまで振り回していたのは、前の世界でスイスの傭兵が使っていたことで有名な
斧刃で斬撃、刺先や
しかし、俺の手には驚く程に馴染む。まるで、昔から使ってきたような、そんな感じだ。剣よりも間合いが長く、近付かれても持ち変えれば対処も容易。おまけに、両手で扱う為、剣と盾と違い両手で別々の動きをする必要が無い。なんと良い武器なんだろう。
「・・・そんなにそいつが気に入ったのなら、差し上げよう。武器も使われた方が喜ぶさ。」
「えっ、でも、ただで頂くわけには・・・」
「いい、いい。そいつは昔作ったやつだからな。ずっと売れ残っていたんだよ。
それに、今更金が欲しくて商売やってるわけじゃないしな。」
ホッホッホ、と笑うメイッサさん。
そういや、この人どんぐらいのレベルなんだろ。確認してなかったや。
そう思い、2人にバレないように【能力看破の魔眼】を発動する。
〜〜ステータス〜〜
名前 【カモン・メイッサ】
性別【男】 年齢【62】
総合Lv【25】
▼
▼
▼
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
わぁすごーい。
レベルだけならアダマンタイト級じゃねぇかこのジジイ!!!
おまけに、何この鍛冶師の為のビルド。余計なものが入ってないため、この世界だとかなりすごいんじゃないか、この人。
てか、なんでこんな人がこんな裏路地の寂れたとこで店やってんの?レエブン候ならすぐにでも抱え込むと思うんだけど。
「どうかしたかい?」
「い、いえ!!何でもないです!」
そんなこんな話しているうちに、結局
それ以外にも、エドストレームの武器として『
『
『バックラー』は、腕に固定するタイプの盾だ。これなら
ちなみに、どっちもフランセーンが買ってくれた。お金が浮いてハッピーだ。
「それじゃ、ありがとうございました!」
「じゃあな、また来る。」
「はいはい、気をつけなさいな。ペテル君。頑張りなさいよ。」
「はい!!」
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翌日、俺はルンドクヴィストに連れられて魔術師組合に向かっていた。
彼の話によると、かなり安く手に入るらしい。入荷したはいいものの、買い手が全くつかなかった本がある為、それを売ってくれるそうだ。曰く、「ルンドクヴィストさんの頼みなら、多少贔屓しても許されますよ」だそうだ。やっぱ信頼されてるのね。
「・・・つきましたよ。ここが、エ・レエブルの魔術師組合支部です。」
辿り着いたのは、昨日訪れた『カモンの武具店』とは比べ物にならないほど立派な建物。両開きの大きな扉があり、その上にスタッフが描かれた紋章がついていた。
ルンドクヴィストが扉を開き、中に入っていく。
内装は落ち着いた雰囲気で、豪華ではあるが嫌味を感じない。幾つもカウンターがあり、看板に『
こんなにしっかりした場所なのに、国から支援金貰ってないんだよなぁ。どんだけ儲かってんだ。
そんなことを考えていると、俺たちに気づいた職員が、こちらに近づいてきた。
「ルンドクヴィストさん、お待ちしてました。そちらの彼は?」
「昨日話したペテル君ですよ。今回頼んだ本を買いたいって言ってる。」
「あぁ!彼がそうなんですね。お待ちしておりました、ペテルさん。こちらへどうぞ。」
そういって、職員は俺たちをカウンターではなく、裏の方へ案内していく。
案内された部屋は、大きな棚にたくさんの本が敷き詰められた、図書館のような場所だった。棚の高さは優に3メートルは超えており、棚の数も100近くあるように思える。
・・・これ、全部魔法に関する本なのかな?
「こちらが、ペテルさんがお求めになられた商品です。金額は、これぐらいですね。」
そう言って、職員が金額を提示してくる。
随分安い金額だな。これなら無理なく払えるな。
「しかし、本当にこちらでよろしいのですか?こういっては失礼ですが、子供が読む内容では・・・。」
「いえ、難しければ難しいほど良いので。はい、料金。」
「そうですか。・・・はい、たしかに。お買い上げ、ありがとうございました。」
そう言って、2冊の本を受け取る。頼んでいた通り、召喚魔法と付与魔法に関する本だ。中をめくってみると、もはや何を言っているのか分からないような内容が書かれていた。しかし、レベルを上げるのはこれが最善なんだ。頑張って読まなければ。
そんな中、ふとひとつの本が目に付いた。他の本と違い、背表紙が真っ黒だった。
「すみません、あの本は・・・?あそこの棚の、黒い背表紙の。」
「ん?あぁ、あの本ですか。法国で信仰されている、死の神スルシャーナについての本ですよ。王国は四大信仰ですからね。誰も欲しがらないんですよ。」
「・・・あの、あれいくらですか?」
「銀貨10枚ですが・・・。お買い求めに?」
「売ってくれるならですが、出来ることなら欲しいです。」
そう伝えると、職員が本を取ってくれたので、代金を支払い本を受け取る。
スルシャーナ・・・。原作に名前だけ登場した、異形種のプレイヤーと思われる人物。六大神の1人であり、その実力は最も高いと伝えられている。そして、その種族はモモンガさんと同じ『オーバーロード』だ。
「・・・知っておくに、越したことはない。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「皆さん、お世話になりました。」
【守護の聖剣】の5人に向けて、頭を下げる。本当に、ここ数日は随分お世話になった。特にフランセーンとルンドクヴィストには迷惑をかけっぱなしだ。
「気にしないでくれ。俺は特に何もしてないよ。」
「そうそう。俺たちにお礼を言う必要はねーよ。」
「まぁ、たしかにな。おいペテル、忘れもんねーか?」
ロックマイアーにそう言われ、自分の持っているものを確認する。
みんなへのお土産は、肩にかけたカバンに全部入っている。
・・・よし、全部ある。
「はい、ありません。」
「そっか。ならいいさ。行商人が送ってってくれるらしいが、迷惑かけんなよ。」
「・・・じゃあな、ペテル君。また会おう。」
「さようなら。そう遠くない内にまたお世話になると思います。」
「はい!それじゃあ、さようなら!」
次回、時間が飛びます。
個人的にペースを早めてみたんですが、いかがでしょうか?