「そのようすだとおそらく少し罅が入っている程度でしょう、固定していればすぐに治りと思います」
「そうですか、ありがとうございました」
「いえいえ、医者として当然です、それにしても旅行に来て怪我をしてしまうとはついてないですね」
「ええほんとにそうですよ」
少年少女らに助けられ、入江診療所というところで診療所の名前にもある入江先生の処置を受けた。麻酔を受け痛みも引いて、あまり深刻なことにはなっていないようでほっとした。
「それにしても意外でした、まさかこんな山奥の小さな村にこんな立派な診療所があるなんて」
「たいしたことはありません、たまたま何かしらの偶然が重なった結果ですよ」
「それでもやっぱりすごいです」
ここに着いたときはこの建物の規模には本当に驚いた、まさかこんなところにこれほどの建物があるとは思っても見なかった。診療所と聞いたときは小さな小屋みたいなのを想像していたけど、これはもはや立派な病院だ。もしかしたら何か特別な研究でもやっているのだろうか。
「まだ何度か検査に来てもらうことになりますが、宿の方はどちらに?」
「いやそのまだ決まっていなくて……」
「それは困りましたね、てっきり興宮のほうのホテルにでも泊まっているものかと、ああどちらにしろこの時間ではバスもありませんね」
「実は知り合いに薦められて来たんですけど、まさかここまで辺鄙っと言ったら失礼かもしれませんが、こんな何もないところだとは知らなかったもので」
「そうですねえ・・・ならいっそ入院でもしますか?」
「入院ですか?」
入江先生の言葉は正直ありがたかった、なんとか寝床を確保したいと思っていたところだ。この際病院のベットでもいいだろう。
「ええ、綿流しのお祭りを見に来られたのでしたら、ちょうど二週間ありますので、それまで入院していただければ腕のほうもだいぶ良くなると思いますよ」
「それならぜひお願いします」
おそらく目的の日である綿流しまでの時間があと二週間であることも分かった、というよりも思っていたより長くなりそうだなあ。前に『壺中天』を通って座敷童に会いにいったときなんかはあっさり帰れたのに。
「それじゃあ部屋の方を準備するので少し待って下さい」
「あっはい」
「ああ、それと診察料なんかは退院するときで構いませんので」
そう言い残して診察室を後にした先生と入れ替わりで、おれをここまで運んでくれた少年少女達が入ってきた。
「大丈夫ですか四月一日わたぬき?」
「ありがとう梨花ちゃん、大丈夫たいしたことはないよ」
「どうも~、梨花ちゃんから聞きましたよ、旅行に来て怪我するなんてついてないですね~、あっ私は園崎魅音っていいます」
初めに梨花ちゃんが心配そうに声を掛けてきてくれる、それに続いてさっき助けてもらえた時に二番目に来た女の子が、って『園崎』? どこかで聞いたような、というよりもこの子どこかで見たような……
「もしかしてだけど、園崎さんって姉妹いたりする?」
「あれ? もしかして詩音の知り合い?」
そうだ詩音、園崎詩音さんだ。すごく似てるから、もしかしたら双子だったりするのかな。
「うんちょっとね」
「それなら、がさつで落ち着きがないほうを詩音、清楚でおしとやかなほうを私って覚えておいて下さい」
見た目の印象からだけだけど、それってむしろ逆なんじゃないのか?
「絶対それ逆だろ」
「ばれた?」
そう思っていると今だにメイド服を着たままの男の子からツッコミが入った。それにしてもほんとに何でメイド服なんだろう……
「あっ、俺は前原圭一っていいます」
メイド服の子改め前原圭一君が名乗ってくれたが、どうも服装に目がいってしまう。
「……この格好には少々事情がありましてですね」
おれが服装のほうに注目していたことに気がついたみたいだ。事情が何かは知らないけど少なくともメイド服が一般的な服装として認知されているような時代でないことだけは分かった。
「取り繕ってもその格好ではただの変人でしかありませんことよ」
「はぅぅ、恥ずかしがってる圭一くんもかぁいいよぉ」
梨花ちゃんと同じくらいの年齢で、ショートヘアーに少し変わっているけど学校の制服のような服装で、前原君に辛辣な言葉を浴びせている女の子が北条沙都子ちゃんで、前原君や魅音さんと同じくらいの年齢で、こっちは純粋なセーラー服の女の子は竜宮レナさんという名前らしい。
「梨花ちゃんは知っていると思うけど、おれは四月一日君尋っていうんだ。 とりあえず皆ありがとう助かったよ」
「いやあ別にたしたことしてませんから気にしないで下さい。ところで四月一日さんはまたなんでこんなところに旅行に?」
おれはここにいる間は知り合いの薦めで無計画に旅行中だということにすることにしていたので、その経緯を説明する。
「無茶苦茶な知り合いですね」
「まあいつものことだからもう慣れてるんだ」
侑子さんが破天荒なのは今に始まったことじゃないしなあ。
「四月一日さん、部屋の準備が出来ましたよ」
扉を開けて看護師さんが入ってきた。
「みんなもそろそろ帰ったほうがいいわよ」
そう言われて窓の外を見るといつのまにか日がほとんど落ちていた。みんなもしかしたら門限とかあるかもしれないし悪いことしたな。
「悪いね皆こんな時間までつき合わせちゃって」
「いえいえ気にしなくてもいいですよ、それじゃあお大事に」
「うんありがとう」
皆口々にお大事にと言って出て行く、お大事にって便利な言葉だな。
「またなのです四月一日」
「うん梨花ちゃんもまたね」
最後に梨花ちゃんが出て行く。でも何故か扉閉まる前に立ち止まりこちらを振り返って見てきた。
「どうかした?」
「……あなたは何をしにきたの?」
背筋がぞくりとした。梨花ちゃんの言葉がさっきまでより重く冷たく感じられ、小学生の子どもが出している声とてもとは思えなかった。この子は本当に梨花ちゃんなのか。まわりの空気が重く感じる、まるで質の悪いアヤカシに衝かれたような感じだ。
「何って……観光だけど」
「それだけ?」
「う、うん」
「そう」
「き、きみは本……」
本当に梨花ちゃんなのかと言いかけたところですっと空気が軽くなった。
「それじゃあお大事になのです」
「えっ、あっうんありがとう」
部屋から出て行くその様子は紛れもなく今日おれが出会った梨花ちゃんだった。
「……気のせいなのか?」
「どうかしました?」
しばらく部屋の中で今の梨花ちゃんの様子を考えていたら、看護師さんに心配そうに見られた。
「あっいやなんでもないです」
考えても仕方がないだろう。とりあえず折角確保した寝床だ、今日は疲れたし早く休もう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うひゃあ!」
筆でくすぐられるような感覚がしてすごい変な声を出して目が覚めた。
「なんだなんだ!」
服の中をまさぐると袖からにゅるっと細いものが這い出てきた。
「なんだ無月か」
そういえば昨日は忙しくて、なかなか出てこれるようなタイミングが無かったんだな。無月は声を発することはないが、その瞳が不安そうにじっとこちらを見つめている。
「心配してくれてるのか?」
それに応えるように無月はその場でくるくる回る。きっと心配して慌てふためいているつもりなんだろうけど、その姿はどこか愛らしかった。
「おれは大丈夫だ、心配してくれてありがとな」
その言葉を聞いて今度は逆向きに回転し始めた、さっきよりも速い気がする。今度はきっと安心しているんだろうな。
そんなこんなで無月と戯れていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「四月一日さん、朝ですよ」
返事を待たずに昨日の看護師さんが入ってきた。それに驚いて無月がおれの服の中にさっと忍び込んだ。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます、昨日はよく眠れましたか?」
「はい、大丈夫です」
「腕のほうはどうですか?」
「そっちも今は痛みとか無いので大丈夫です」
「そう、それじゃあ朝食を置いていきますね」
目の前に置かれたものはご飯味噌汁に焼き鮭とほうれん草のおひたしが添えられた、典型的なよく見る病院食だった。
「うふふ、食べさせてあげましょうか?」
何故かおれが箸に手をつけても部屋から出て行こうとしない看護師さんは、少しうっとりとした表情でそう言ってきた。
「い、いえ結構です……」
「あらそう、残念ね」
あっさりとそう言うとささっと部屋から出て行ってしまった。なんだろうかあの人から侑子さんと同じようなものを感じる、からかわれないように注意しておこう……
一人になって落ち着いたところで、昨日からの事を整理してみた。まずは現在地、詳しい場所分からないけどどこかの山奥の小さな村、雛見沢村。次にこの村である綿流しのお祭り、確証は無いけれどこれが今回の旅、時間旅行の目的じゃないかと思っている。あと神様だか幽霊だか分からない謎の浮遊少女、もしかしたらあの子も何か関係があるのかも知れない。そして梨花ちゃんの様子、年相応のいつもの様子とは違い何かもっと大きなものを感じた、あの時のまるで質の悪いアヤカシに憑かれたような感覚がまだ残っているような気がする。
アヤカシで思い出したが、この村ではまだ謎の浮遊少女以外はそれらしきものを視ていない、普通に生活していてもあんまり害のないような小さい奴はよく視るのにだ。ここはそういうのが少なかったりするのかな、というよりもそもそもアヤカシに出やすい場所とかあるのだろうか。そのあたりの事も考えて今日はあの浮遊少女を探すことにしよう。
「ご馳走様でした」
食事も食べ終え、入江先生のところに外出しても良いか聞きに行くと、昼過ぎに検査をするのでそれまでに帰ってくれば問題ないと言われたので、とりあえず昨日のあの子を見失ったあの神社にもう一度行ってみることにした。怪我をしたのは腕だけで足は無事だったのが幸いだった。
そういえば昨日の前原君のメイド服について聞くの忘れてたな、また会ったら聞いてみよう。
久しぶりに無月を登場させた気がします、というよりも無月の存在を半ば忘れかけてました。
後々ちゃんと出番はあるので無月が好きな方もご安心を。
それではまた次回。