私にとって地獄のようだった秋の選抜の優勝は葉山アキラ。黒木場リョウ、幸平創真は準優勝だった。あれは甲乙付け難いもの揃いだったからな…
「想い、ね…」
きっと葉山はあの教授のために戦っていたんだろう。だからあそこまでたどり着けたのだ。
『―――僕は楽しいのもそうだけど、たった一人のために作り続けてる。今も昔もずっとね。』
あの時に聞いた一色の声を思い出す。一色と同じように、たった一人の想い人のために作り上げた
「私もまだまだね」
溜息を吐いて自分にないものを確認し欲しがる。と言ってもそんな簡単に手に入るわけもないので今回はそれについて考えるのをやめた。そして別の思考に移る。
「にしても、幸平のおじや美味しそうだったな…頼んだら作ってくれないかな?」
まあ一方的に知ってるだけで直接会ったことはないんだけど。―――まあいいか、どうせ近いうちに会うんだし。
燃えるような赤毛の誰よりも優しく強靭な強さを持ったあの子を思い浮かべた。その前に「実地研修」…スタジエールがあるけどきっと大丈夫でしょう。
「早く会いたいな」
例年の憂鬱な紅葉狩り会が今年は楽しくなりそうだ。…秋の選抜でのことについても色々言いたいことはあるけど。
――――――
スタジエを終えて一年生は504名のうち210名が脱落し、294名の生徒が生き残った。その生き残りの中には幸平創真や本選出場者も残っている。
「ふふ」
「?おまえが機嫌いいなんてめずらしいな司」
「そう見える?」
「おう、この時期のおまえって紅葉狩り会の事とかで凄い具合悪そうにしてんのに…なんか悪いものでも食べたか?」
「…今年の一年生に興味のある子がいる。それだけだよ」
リンドウは口をあんぐりと開けて驚いていたけど…たぶん直接会えば気に入るだろう。
そして今年も毎年恒例の紅葉狩り会の日がやってきた。
「…ねえなんか司さんの機嫌凄くいいようにみえるんだけど気のせい?」
「あー、なんか気になる一年生が来るんだってよ」
「え、りんどー先輩それマジ?!」
「マジマジ。だって司から直接聞いたもん」
リンドウや久我がコソコソと話し込む中、他のみんなは無言である。あれ?いつもはもっと賑やかなはずなのになんでだろう?
「―――それじゃあ、行こうか」
太鼓の音と共に私たちは歩き出した。
「遠月十傑のおなぁ~りぃーっ!!」
自分の席にそれぞれ着く。
一年生の視線が刺さる。結構好戦的な子もいるから、もしかしたら去年の久我みたいに食戟の申し込みがあるかもしれない。
「ねえねえねえあのさぁ!」
「?」
「今日はこれで解散にしね?そんで来年は廃止にしよっぜこの会!」
久我…初っ端から先制攻撃とか…田所さんとか引いてるよ
「心底マジめんどくせぇし意味なくない!?って思わね?どうかなあ皆?あ、そこのおさげちゃん!ねえ、どうどうどう?」
「へぇああ!?あ、えっとあのそのぉ」
「総帥からの直々のお達しなのよ。参加しない訳にはいかないわ…廃止なんてもっての外だし」
ナイス寧々ちゃん!「こっちのおさげには聞いてないんだけどー!?勝手に話に入らないでくれる。俺が下級生と話してるんだからぁ」ノオォォーせっかくのフォローをぶち壊すな久我ァ!!
「本当にうるさい…」
「なぁんかいつにも増してイラついてんね。生理ぃー?」
「しね。…いい加減にしないと司先輩に嫌われるわよ」
「!!べ、別に司さんのことなんてどうも思ってないしー?」
言いながらチラッとこっちを見てくる久我。…そっか仲間だと思ってたのは私だけだったのか…ならもう目を合わせるのも、ね。
プイっと目を逸らした。バイバイ久我…これからもがんば…
「う、うわあああああ!?ごめん司さん!!嘘だから!冗談だから!お願い嫌いにならないでー!!」
変わり身早!!まあいいか大人しくなったし…
「あのー。俺今すぐ十傑に入りたいんですけどぉ、誰か俺と食戟してくれる先輩いないっすかねー?」
―――ああ、やっぱり君か。幸平
「わた「受け(ないわ(ねぇよ」…」
さ、遮られたぁー?!なんで!?どうして!?私の発言の自由は!?
「やーごめんねー。俺たちこの時期ってちょう忙しいわけよ、だから君らを相手にしてる余裕とかないからさー来年にしてくれるぅー?あ、再来年でもいいよー、尤も俺らいないけど♪」
「…先輩も、十傑としての自覚を持ってください」
「…はい」
去年は何も言わなかったのに…寧々ちゃんと立場が逆転してきているような…まあ他にも言いたいことはあるから言うけどさ。飲んでいた玉露を置くと幸平たちの方を見る。
「……幸平創真」
「!」
「……そしてタクミ・アルディーニ」
「……!?」
「あ、あと美作昴も」
「…は?」
「秋の選抜で―――食戟なんかしないでほしかったよ…」
「「…へ?」」
私があの時の忙しさを思い出して溜息を吐く中この三人に自覚はないようだ…はぁ…
「こっちは選抜が恙なく終わるよう苦心してたのにまさかの食戟2連発って…諸々の手続きで奔走してタイムテーブルとにらめっこしてさ…本気で肝を冷やしたよ」
「だから、司先輩は会場の仕事をやればよかったのに。裏方は僕らに任せて」
「わ、私は人前に出るタイプじゃないんだって…!そういうのは一色たちに任せるって言ったでしょ!大体、まさか審査員にあのなつめさんとおりえさんだなんて思ってなかったし。なつめさんはいい人だけど押しが強くて断りにくいんだよ…」
「いい人…?あの千俵なつめが…?」
叡山君なんでそんな信じられないみたいな顔してるの?いい人だよ二人とも。特になつめさん。リクルート熱が半端ないけど。
「はぁ…参るよね。私なんかが一席だなんて…いろんな責任や重圧ものしかかってくるし気が重いよ正直…」
「先輩もう少ししっかりして下さい」
「ごめん寧々…でも一席がここまでなんて思ってなかったんだよ…」
本当に…あの一席と四席の先輩たちに仕事を押し付けられていた三席時代よりは仕事量が減ったけど、その分人前に出ることが増えたからなぁ…
「最近ため息が増えたなって自分でも思うし…」
「げ、元気出してくださいお姉様!お姉様は一席としての責務を十二分に全うしていますわ!!」
「お姉様?」
えりなも慰めてくれる。いい子を後輩に持ったよねほんと。一年生が状況を飲み込めてないようだけど…ごめんねこんな先輩で…
「ほーら司、しっかりしろって!!」
「あいた!?り、リンドウ…」
あれ?デジャヴって思うくらい一年の時と同じように綺麗に背中にヒットするリンドウの檄で現実に戻った。
「…そうだね、ありがと」
「はは、いーって!!」
みんなのおかげで落ち着いたのでそのまま会を続行する。
「そういえば司、声かけなくていいのか?」
「ああ、そうだね。危うく忘れるところだった。」
私は姿勢を正し向き直る。
「会いたかったよ――――――幸平創真」
ガタッ ピシッ バリン ガシャン! ボタボタ
――――――その時この空間だけ時間が凍り付いた。
十傑のみんなの席から聞こえる破壊音や緑茶をこぼす音は幻聴だろう。そう思って話を続ける。
「え?」
「最初はえりなとの事や入学式の時の所信表明の時の事もあって目立つ印象しかなかったんだけど…これまでの食戟や合宿での評価、ビュッフェ課題の機転を利かせた200食達成に非公式の食戟。秋の選抜、そしてスタジエール…君は本当に毎回驚かせてくれる。いい意味でね。だから書類とか秋の選抜の時のような高みの見物じゃなくて、こうして直接話してみたかったんだ。」
「いやー、そんなに評価してもらえるなんて光栄っすわー」
田所さんは状況に付いていけずオロオロしているが、その隣にいる当の本人の幸平は照れたように頭を掻きながら笑っている。
「あ、そうだ!なら司先輩がしてくれませんか?―――俺と食戟」
「ええっ?!」
「はあ!?」
十傑と一年生両方から声が上がる。
「む、無茶だよ創真くん~」
「そうだぞ幸平!!よりによって一席に勝負を挑むなんて…!」
「え~だって他の先輩たちが受けないって言うんだから他にないだろ」
「ふふ、やっぱり交流会はいいね!」
「って言いながら湯吞にヒビが入ってるわよ一色」
「ライバル出現か~?」
「食戟…私と君が?」
「そうっすけど」
「ふふふ…やっぱり面白いなあ。いいよ、何を賭ける?」
「そっすねー…「ええ!?だめだめだめだめ!!」
「!久我」
「食戟するのは俺のが先約なんだから!!」
私と幸平の会話に割り込むようにして久我が口を開いた。
『…こないだの食戟では負けたけど、次はそうはいかないから。首洗って待っててよね。来年絶対に十傑入りしてあんたを引きずり降ろしてやるからさ』
去年の月饗祭の時の事を思い出した。まだ私との再戦を望んでくれているのか。
「とにかく!これからも十傑の仕事とか行事とかでもっと忙しくなるんだしおまえらひよっこに構ってる余裕なんてなーいーの!!…ま、おまえらに何かひとつでも俺に料理で勝てるものがあるなら食戟受けてやってもいいけど」
「……今の話はホントっすか、久我先輩」
「マジマジ…でも司さんはだーめ!!司さんは俺が倒すんだから!!…はいこれでもうお話は済んだよねー。じゃ、解散ってことで!!」
みんなが席を離れていくのを私も付いて行こうとする―――あ、そうだ。
「じゃあね、幸平。―――また会えるのを楽しみにしてるよ」
私はそれだけ言うとその場を後にした。