幸平の模擬店申請が終わって約二週間後―――
ついに遠月学園学園祭―――月饗祭が始まった。
調理に影響を及ぼさない程度に考える。
―――幸平大丈夫かな…あんな自信満々で久我の向かいに出店するっていうから、てっきり何か秘策があると思って出店促したんだけど…その前にまず「赤字を出したら退学」っていう前提すら知らなかったみたいだったし…
うあー!なんか考えてたらこっちが具合悪くなってきた!!
…まあ、だからと言って久我に負けてほしいわけじゃないんだけどね。あの子の作る中華、大好きだし。あの子本人も負けず嫌いで向上心のあるところとか、明るいところとか人間的に好きだから。
「…店閉めたら行ってみるか」
幸平のところって、たしか予約しなくても食べられたはずだし。
「…というわけで来たんだけど」
予想通りというか。客でごった返す中華研と客がいないわけではないがちらほらとしかいない幸平の店。…やっぱりこうなったかー。
とりあえず久我の方には既に予約を入れておいてあるのでそっちから先に行く。あらかじめ予約しておいたので今回もVIPっぽい部屋だ。
「はーい、俺特製麻婆豆腐。お待ちどおさまー」
「いただきます」
VIPゆえなのか給仕まで久我がこなしてくれるのはいささか気が引ける気もするが、まあそこはそれということで。
蓮華で掬い上げ一気に口へ持っていく
「っ~~~~、ん―――」
「ど?司さん」
「ふぉいひー」
「でしょー?」
辛さに隠されていた旨味が、私の全身を駆け巡っていく!これ、去年のより更に美味しくなってる!!辛さ=痛覚だから辛いもの好きはMだとか言う人もいるかもしれないけど―――今この瞬間だけなら、この美味しさを直に感じることが出来るなら…そう言われてしまっても全然構わない―――…
「ご馳走さまでした」
「毎度ありがとうございます☆」
「今回も美味しかった…あ、持ち帰り二つお願いね」
「はいはーい」
「にしても初日から絶好調だね、久我」
「んーまあね、でももうちょいほしいかなー。司さんはいいの?」
「ああうん。私は今回事前に予約してくれた人以外は受け付けてないから」
「…あ、そっか。今回は一色たちも出店してるんだっけか」
「そ、だから前みたいに両方引き入れるなんて無茶は出来ないから、私一人で厨房を回せる程度の数に抑えたんだ。だからこうして早めに閉店して食べに来てる」
「ふーん、ま、いいけどさ。それじゃ寛いで行ってー」
「持ち帰りのうち片方スペシャルバージョンでお願い」
「…りょーかい♪」
私の注文に得意げに笑って久我は去って行った。これは相手にさえしてないなー…
私も麻婆豆腐を食べ終わると中華研を後にした。
――――――
中華研から出て幸平の出店場所である向かいに行く。―――あれは石窯付きの屋台か。そして客が持っているのは台湾の「胡椒餅」―――なるほど。
「ごめんください」
「あ、第一席の…」
「司先輩、どもっす」
「やあ、幸平に田所さん。胡椒餅もらえるかな?」
「はいよ!」
田所さんにフードチケットを渡すと幸平は焼きたての胡椒餅を持って来てくれた。
「おあがりよ!司先輩」
「じゃあいただきます」
一口噛むと分かる。外はパリッと中の生地はもっちり、インパクトの強い肉ダネから溢れんばかりに湧き出る肉汁が口内を充たす―――ああ、なんて美味しいんだろう。
「美味しいっ」
「へへっ」
「これ持ち帰りで二つもらえる?」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうにいそいそと包んで袋に入れたのを田所さんが渡してくれた。
「そーいえば先輩はどうしてここにいるんすか?」
「!そっか、たしか司先輩も出店してるんですよね?」
「ここじゃなくて山の手エリアにね。今年は助っ人がいないから事前予約分しか用意してないんだ。だから時間帯の指定された予約がない限りはこうして早めに閉店して月饗祭を回れるの」
「ほーなるほど」
「でもいいんですか、その、私たちのところに来て。同じ十傑の仲間…なんですよね?」
「大丈夫、君たちのところに来る前に久我のところに寄ってきたから」
ほら、と持ち帰りの麻婆豆腐を見せると二人は納得したようだった。
「場所の申請に付き合っておいてなんだけど大丈夫?その…採算、とか」
「あ、あはは…」
「いやー、全然っすわー」
幸平はへらりと言って退けるけど田所さんは若干笑顔が引きつってる…見事に予想が的中してしまったというかなんというか…
「…大っぴらに味方することは出来ない。でも―――この現状をなんとかできるかもしれないヒントをあげることならできるけど、聞く?」
「ヒント?」
「…なんかあるんすか?」
「うん。たとえば、私たち料理人や専門の人間でもないただの一般人が食材を買うとき何を気にすると思う?」
「…そっか!見た目」
「そ。いくら今がオーガニックブームで健康志向の世の中だったとしても見目が綺麗な方を選ぶの。私たちからみれば使える、美味しいと思えるものもなんの知識もない人から見たら歪で値段の価値を見出せない。だから安全そうな、見た目で味を想像できるようなものが市場に出回るんだ」
「なるほど」
「今回のにしても、久我の作るあの麻婆豆腐は見るからに真っ赤で香りも強い、食べる前から味が想像できる。それに対してこちらは台湾料理の胡椒餅。韓国料理や中国の中華ほど日本には浸透していないし、見た目から味は想像し辛い。代金を払ってからじゃないとその美味しさにありつけない、ということなんだ。だからみんな躊躇してしまうっていうこともあるんじゃないかな」
「……」
「ネームバリューに関しては二人とも秋の選抜の本選出場者だから問題ないけど、久我の実績と十傑の肩書きに圧されてるから…これが目抜き通りであれば違ったかもしれないけど、ね」
「ネームバリューに見た目のインパクトか…」
「でもネームバリューや見た目に負けないものを君たちは既に身を持って知っているはずだよ」
「?、知名度や見た目に負けないもの?」
「匂い、さ。体験したでしょ―――秋の選抜で」
「「!!」」
「匂いっていうのは生物学上最初にくるものなんだ。人の情報の大部分を占めるのは視覚情報だけどその取っ掛りは嗅覚。異性や同族を認識するフェロモンを無意識のうちに嗅ぎ取って分類しているのもこのため。そのくらい嗅覚は、匂いは重要なの」
私がそう言うと二人とも考え込んだけど暗い雰囲気はあまり感じられない。打開策を見つけられそうな感じか…?
「…あざっす、司先輩。お礼に胡椒餅もう一つどうっすか?」
「え、いいの?」
「どーぞ、思いっ切り食べてください。そんで『美味しい』って言ってくれたらもう一つ差し上げますよ」
「美味しいって…そんなのこの胡椒餅だったらいくらでも言えちゃうけど」
「ぜひぜひ!その方が作ってる方としてもありがたいんで!」
「?分かった」
田所さんが焼き立ての胡椒餅を私に差し出す。
「熱いので気を付けてくださいね」
「ありがとう」
目の前には出来立て熱々の胡椒餅。おいしそー。
「いただきます」
そして齧り付く。パリ、モチっとした食感に肉汁が溢れて口の中を支配していく―――たまらないっ!!
「美味しいっ」
ザワッ
「ねえあれって…」「間違いない!司瑛璃だ!!」「え!?第一席がなんで一年生の屋台に!?」「司様~♡」「行ってみようぜ!」
え
学生、一般客様々な人が幸平のブースに雪崩れ込んできた。え、え゛?!
一気に満員になり客の視線は私に刺さる。ひ、ひえええええー!!美味しかったはずの胡椒餅が途端に味を感じなくなった。視線が痛くて味わえない。
「やー、ネームバリューって聞いたとき閃いてさ。ほんと、司先輩いてくれて助かったわー」
「そ、創真くん!!」
う、うわあああああ!!嵌められた!!
「…ぐす」
その日は泣きそうになりながらマンションへ帰る私なのでした…
でも麻婆豆腐と胡椒餅美味しかった…
*****
今日の売り上げは司先輩のおかげでなんとか黒字になったものの、久我先輩には追い付けないままだった。
「にしても今日は凄かったなー、田所」
「そ、そうだねおかげでなんとか赤字免れたし…やっぱり先輩はちょっと可哀想だったけど…」
「お、お姉さ、つ、司先輩を客寄せに使うなんて!なんてことを考えるの君は!!」
「いーじゃんか、それにお礼に胡椒餅三個あげたし司先輩も許してくれんだろ」
「(正確に言うと創真くんが押し付けてたんだけどね…)」
ここで今日司先輩に言われたことを思い出す。
「ネームバリューに見た目に匂い、か」
「うん。たしかに今日は司先輩のおかげで売り上げが好調だったけど、明日も来てもらうわけにはいかないし…」
「一席パワー凄かったからな…やっぱりなんか考えねーと。おし、とりあえず明日の仕込みしようぜ田所」
「う、うん!」
知名度はともかくまだ何か改善点はあるはずだ。司先輩の言葉を頭の中で反芻しながら田所と調理室へ向かうのだった。