あの絵の具の一件から、両親は私との距離感を図りかねているようだった。おかげで三歳の誕生日は両親なしでお手伝いさんしか祝ってくれる人がいないなんていうことになってしまった。それからも月日だけが過ぎていく。
私はその間も習い事や最早趣味になったフランス料理に打ち込み続けた。転校先の幼稚園で何かあったからとか、家族仲がどうとかそういうのは習い事には関係ないのだ。確かに講師の人たちの憐れみのような視線は感じるけど。
これからどうしようか、私は別に両親を追い詰めたかったわけではないし、かといって私が話しかけると下手したら今よりこじれそうだし…
そんな風に考えていると講師の一人として来ていた華道の先生(この場合は家元と言うべきだろうか?)にある提案をされた。
「京都の祇園…ですか?」
「そう。そこに私のお家の本家…「一色家」があるの。「一色家」は有名な料亭でね、和食が専門だから瑛璃ちゃんの好きなフランス料理とはジャンルが違うけれど料理の勉強になるかもしれないし、ちょうど瑛璃ちゃんと歳の近い子がいるの。もし今のお家に居づらいのであればどうかしら?」
「でも、わたしが行ってもめいわくじゃ…」
「大丈夫、私から話は通しておくから」
「…じゃあ、おねがいします」
はっきり言ってそこに行って馴染めるかは微妙だが今の私にとっては渡りに船だったので素直に甘えさせてもらった。
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そして紆余曲折ありながらも私は四歳にして京都の「一色家」にお世話になることになった。
一通り見て思ったこと。一色家はなんていうか、総じてレベルが高いがその分敷居も高ければプライドも高い。みんなそれなりにいい人だったりなんかもするのだが職人気質で完璧主義。私もとりあえず形式上は丁稚奉公である。
ここまではいい。余所者で子どもだからと舐められ冷たく当たられることもあるがまあそれは仕方がない。こっちは居候の身だし、実際の現場を見れるのだ。多少苦しくたってこのまま家に返品されるよりずっとマシである。
ただ、やっぱり気になるのは先生の言っていた歳の近い子。―――ここの跡取りである慧君である。
慧君はなんていうか、こういう言い方はあまりよくないのかもしれないがまさに天才だった。一度見たものは大抵何でもこなすし、料理だって並みの料理人以上の実力はある。しかしここではそれが通用しない。名門ゆえに「そのぐらいできて当たり前」で流されてしまい、誰もそれに見向きもせず評価さえしなかった。素直に認めればいいのに。
今日時間ができたので慧君が練習している調理場に来てみた。覗いてみるとやっぱりいた。あれは…飾り切りだろうか。
「慧君」
「…えいりちゃん」
「飾り切り?すごいね」
「別に、すごくなんかないよ」
「え、すごいよ。わたし今のところ花しかつくれないもん」
「でもえいりちゃんはフランス料理がとくいで、それにみんながこのくらい当たり前だって」
「それは大人の勝手な考えであって当たり前なんかじゃないよ。そんなことしたら料理がへたくそな人が泣いちゃうよ」
「あ」
「雑誌で読んだんだけどね、ある有名なタレントの人は有名な洋食の店に生まれたけど食べることの方が好きすぎて料理なんてからっきしだったからけっきょく店を継がずにタレントになったって書いてあったよ?」
「え」
「料理の家に生まれたからって必ず料理がうまいわけじゃないし、わたしだって家は料理店じゃないよ?…だからさ、十分すごいんだよ、慧君は」
「そ、そう、かな…」
「うん」
ほんのちょっと照れて赤くなっている慧君。よし、ちょっと元気でたかな?
…と思っていたら焼き魚の香ばしい香りが。
「じゃあちょっと遊んでみましょうか」
「え゛?」
このあと和食にフランス料理のソースを使って二人で美味しくいただきました。
未来の七席と幼なじみになりました。
そしてフラグが立った。あと超攻撃的和食のきっかけも主人公にしてしまえ!っていう詰め込みです。