えりなの家出から約一週間が経った。私は時折寮に顔を出しつつ仕事や授業をこなしてマンションに帰っている。慧君は寮にいた方がいいと引き留めてくれたけど、直接対面したことのある十傑として薙切薊に少なからず目を付けられているかもしれないので、一緒に固まっていた方がまずいだろうと辞退させてもらった。
「これで月饗祭の総決算書は終わりだから…そういえばそろそろ進級試験か」
大丈夫かな…えりな。今日の帰りに極星寮に寄ってみるか。すると私の机の上にある備え付けの電話が鳴った。
―――内線…ならきっと進級試験についてのこととかそこまでにある外部での十傑宛ての仕事の調整だろうか?
「はい。こちら第一席執務室―――」
《司瑛璃一席。只今お時間よろしいでしょうか?》
「?はい」
《実は急遽一席宛てに会食の依頼が入りまして…》
「私宛に?一体誰から…」
《それが…会場の料亭そのものからでして。ただその会場となっている料亭「墨白(すみしら)」は元々こちらと提携がありますし、一席も含めた十傑の皆様がよく味見役や会食の場として縁のある場所ではあるのですが…いかがなさいますか?》
「会食の趣旨は?」
《「墨白」の方からは「新作の味見を兼ねた新役員の挨拶」と伺っております》
「なるほど…わかりました。それで、会食はいつですか?」
《――――――本日の正午になります》
同日、正午。私は約束の料亭に来ていた。移動中の車の中で渡された資料を読んだが電話口で聞いたこと以上の内容は記載されていない。何より引っ掛かったのは―――
「(…主催者の名前がない)」
会食やパーティーなどの集まりではその内容並みに重要なところであり、一種のステータスとも言えるはずのそこは普通ならばどこぞの権威や有力者などが載っているはずである。誰だって無名なよく分からない人物のところに行くより、著名人に招かれてコネを作った方がいい。
なのに今から行く会食はそれがない。試食と挨拶の依頼主であるはずの「墨白」の幹部の名前すらない空白だった。
「(でも、遠月と提携がある以上行かなければ)」
ここで私は忘れていた。―――相手が私を指名していたことを。
――――――
案内されて個室の襖を開けてもらうと―――私はそこで固まった。
私に用意された席の向かいに座っているのは―――
「やあ、時間通りだね」
「っ」
薙切薊だった。
一気に血の気が引いていく。なんで、どうして遠月経由の依頼で彼がここにいるのか。
彼が秘書のような男性に声を掛けると、その人は頷き他の黒服たちとともに部屋から出ていった。
「まあとりあえず座りたまえ、話は料理を食べながらするとしよう」
「はい…」
席に着くと早速料理が運ばれてくる。
どうしよう、いや、本当にどうしよう。
一応料理に手をつける。でもね、味がしないんだ。なんでかな~?、死神みたいな人と二人っきりだからかな~?それとも相手がストーカーかもしれないからかな~?
…全部正解だよ私の馬鹿。
「あの…よく通りましたね…その…会食の依頼」
「僕自身もそれなりにコネクションは持っているからね。遠月の事だから僕の名前を出したらその時点で取り下げられると思って少し趣向を凝らしてみたんだ」
「そ、そうなんですか…」
か、会話が続かない。間が持たない…。
「この間の会食での料理も食べさせてもらったよ。実に素晴らしい料理だった…君は食材を誰よりも理解しているんだね」
「あ、ありがとうございます」
「…やはり欲しいな」
「?」
え、今なにか言った?
「君はあそこにいるべきではない」
は
「君は私の設立する真の美食の極み―――美食機関にくるべき人間だ」
「美食機関、ですか」
「君の料理は既にあの学園の頂点であり、学園の枠を超える逸脱した品だ。故に惜しいと思ってね…私の下に来る気はないかい?」
「すみませんがそのお話、お断りします」
何が悲しくて自分自らストーカーの下に身を寄せなくてはならないのか。ここに愛用の肉叩きがあれば取り出していたかもしれない(今日は執務室に置いてきた)。
「私は切磋琢磨できて融通の利く今の環境を気に入っていますから」
「なるほど…まあいいだろう。残念ではあるが気が変わったらいつでも申し出てくれ、歓迎するよ」
「はい」
たぶん、それはない。
料亭から帰る際、私の迎えの車が来る前に相手側の迎えが来たので見送ることになった。
「……最後に、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「あなたの目的はなんですか?」
「…そうだね…君には尊敬する人はいるかな?」
「えっと、まあそれなりに」
「僕にもいたんだ。とても素晴らしい自分では到底たどり着けない境地にいる人だった。―――言ってみればこれはそう、あの人をダメにした今の料理界への救済―――と言ったところかな」
「そう、ですか…」
「それでは再び色よい返事がもらえることを祈っているよ」
ニッコリと笑顔で車に乗り込むと去って行った。
「(にしても救済、ね)」
それは動機的には救済というより復讐ではないのか、なんて思いながら再び迎えの車を待つのだった。