ストーカーの一件が片付いてからというものの、私は別の事で頭がいっぱいだった。
『僕の言っている好きな人は――――――司先輩ですから』
この間言われた事が、まだ整理しきれてない。
一体いつからそう思われていたんだろう?客観的に観ているとその人が恋している表情になる、とはよく言ったものだけど、私は少女漫画どころか漫画そのものに縁がないし、小説もあまりそういう類の物は読まないし持ってない。恋愛ものなんて絵本とか童話くらいなので参考にできるものがない。
慧君が恋の話をしているところとか全然想像できないしなあ……
「…さ」
慧君が私を好きだなんてそんな素振りあったっけ?
「司!」
「はうあ!?……リンドウ」
「何ぼーっとしてんだよ。こないだの調理室呼び出しからなんか変だぞおまえ」
「そ、そうかな?」
「…ここに来る間に三回階段踏み外して、五回壁にぶつかって今もぼーっとしてるってなったらそりゃあな」
「うわあー……」
この頃痛い事多いなーって思ってたら結構な頻度だった。というかそれって下手すると三回死にかけてるってことなんじゃ……
「…なんかあったか?一色と」
「へえ?!」
鋭いリンドウの発言に思わず変なこえが出てしまった。にやりと目を細めるリンドウ……あ、これ
「ふーん、なんかあったみたいだな。よーしよし、あたしが聞いてやろう!!」
「……絶対面白がってるでしょ」
「おう!でもこのままおまえ一人で悩み続けても解決しないだろー?」
「それはそうだけどさ…」
「だーいじょーぶだって!」
「それじゃあ…」
観念した私は言いふらさないように釘を刺してから慧君に告白されたことを話した。
「ほーん、ついに言ったのかー一色のやつ」
「え?リンドウそれどういうこと?」
「ああ、話したんだよ一色のやつと。ほら、去年の月饗祭」
「そういえばそうだったね」
去年の月饗祭…慧君が休憩に入った時のか。
「あの時な、一色に聞いたんだ。まあ、ほぼカマかけたようなもんだったけど…おまえが思ってる以上にアイツはおまえのこと好きだぞ。その分片思いの期間もなっげーけど」
「あ、あのさ、その、片思いの期間ってどのくらい?」
「ん?詳しくは聞いてないけどおまえと一緒にいた三歳の頃からだとかって言ってたな」
「……」
さ、三歳……それって約十四年間も、ということになるんだろうか。
「なんで私気付かなかったんだろう……」
「そりゃあ料理にしか興味なくて漫画とかそういう話に疎いからだろーが」
「…で、でも所謂デートとかそういうのなかったよ?」
「アホ、一緒にあっちこっち回っただろ、去年の月饗祭」
「……あ」
そういえばそうだっけ……。行ける分だけ一緒に回ったんだった。
「てっきり幼馴染として話しやすいから誘われたんだと思ってた…」
「はあ…だめだこりゃ」
「え、じゃあ一色は初めから…」
「おまえを落とすつもりだったんだろうよ」
「落とす……その、恋、に?」
「他に何があるんだよ、誰も猟銃で撃ち落としたりなんかしねーよ。ジビエじゃあるまいし」
よくよく考えると去年手伝ってもらったり、その後デ、デートしたり、無茶しようとして怒られたり……この間助けてもらったり…そういえば安心して泣いちゃったんだっけあの時。
今改めて思ったけど結構慧君に頼ってるな私……このままだと慧君無しじゃ生きていけなくなりそうで怖い。
「で、おまえはどうなんだよ」
「どう、って」
「一色の事、ここまでされて本当になんとも思ってないのか?」
結局、私はリンドウのその問に答えることが出来ないまま帰路についた。とぼとぼと歩きながら考える。
頼り甲斐のある、弟みたいな可愛い幼馴染。だと決めつけていたのは私自身で、本当は何も見てなかったのかもしれない。
「(そういえばこの間の裸エプロンの時も思ったけど、結構がっしりしてたな)」
声も体格も、面影はあるけど顔も。記憶にある弟じゃなくて、いつの間にか全部男の人になっていたなんて。今更過ぎる。
…思えば慧君は自分の気持ちに気が付いてないこんな私を守ってくれてたんだな…感謝してもしたりない。この間のストーカーから守ってくれたとき、かっこよかった…
「あれ?」
今なんて思った私?こんな単純でいいのか私!?えーっとなんて言うんだっけイタイ?ウザい?…チョロい?
というか顔で好きになるとかどんな面食いだ私。
今の今まで弟扱いしてたくせに何考えてるんだ!!このまま勢いでOKしたとしてもきっと後で幻滅される!!
「はあ……」
血迷いそうな自分にため息が出てしまう。期限は今週中に来てしまうので、なんとかしなければならないのは分かっているんだけど…都合のいい言い訳が思いつかない。というか慧君のことを考えれば考えるほど意識してしまうというか…ドツボに嵌まって行く気がする。
ジメジメしてキノコが生えてきそうな勢いで落ち込む私を遊びに行った帰りの小学生たちが追い抜かしていく。
「(子どもの時は、こんな風に悩むことなんてなかったのに…)」
と思いながら前を見ると追い抜かしていった小学生のうちの一人が私の事を心配そうに見ていた。
「お姉さん大丈夫?具合悪いの?」
あれ、そういえばこんなこと昔にも……
『えいりちゃん大丈夫?足痛くない?』
……昔の、慧君を連想してしまった。一緒に歩いて遠出した時。あの後無理しすぎて私だけ筋痛めたんだっけ、それでずっと慧君が付いててくれて……あれ?私、小さい頃から慧君に頼ってた?
みんなに言った『理想の王子様』って一般的な理想形だと思ってたけど、本当は小さい頃からそれが近くにいたから想像しやすかったってこと……?
じゃあ小さい頃の慧君の中身が好きなの私?見た目は今の慧君で?いやでもこの場合は小さい頃の慧君が好きで…いや両方備えてる今の方が…
だめだ、返事を考えるどころか自分が分からなくなっていく。…私って、ショタコンなの?ノーマルなの?
「大丈夫、だよ」
「そっか、じゃあね!」
私が答えると少年は笑顔で去って行った。それを確認してから携帯を取り出して番号に掛ける。
「リンドウ……私…ショタコンなのかな」
≪は?≫
「どうしよう、私捕まるのかな」
≪ちょ、待て司、一体何の話…≫
「犯罪者にな゛り゛だぐな゛い゛よ゛―――!!」
私はそのまま泣きながらマンションへ走り帰った。
*****
「確かこのマンションに住んでるって…」
僕は今、瑛璃ちゃんの住むマンションに来ている。今日がこの前の返事の期限なので返事をもらいに行こうと思ったら瑛璃ちゃんは学園に来ていなかった。十傑の仕事で学園を空けることはままあることだし授業も選択制なのでクラスメイトは気づいていないけど、いつも一緒にいる竜胆先輩いわく休みらしい。
『あー、まあとりあえず放課後にでも様子見に行ってやってくれよ。あたしよりおまえが直接行った方がいいだろうし』
…ということで来たんだけど。
「(ここに来るまでマンションの近くで何人かの視線を感じた)」
ストーカー被害はまだ完全に収まったわけではない、という事だろう。おそらく僕が感じていたのは僕が瑛璃ちゃんと同じ十傑の一員だからかもしれない。
瑛璃ちゃんが応答してくれなかったのでコンシェルジュの人に事情を話して貸してもらった合鍵で部屋の鍵を開けて入る。
「お邪魔します…瑛璃ちゃん?」
声が返って来ない、音がしない。とりあえずそのまま玄関に立ちっぱなしというわけにもいかないので上がらせてもらう。廊下を歩いていくとリビングに入った。でもそこに人影はない。…家捜しするようであまり気乗りしないけど、ここは一つ一つ確認するべきかもしれない。またストーカー行為が悪化して…とかだったらまずいわけだし、安否確認も兼ねてるから。
そして探して最後にたどり着いたのは、やはりと言うか、彼女の私室―――寝室だった。
「瑛璃ちゃん、入るよ」
ノックしてからそう言って部屋に入ると―――白い布団が丸まっていた。いや、正確に言うと瑛璃ちゃんがくるまって白い雪見だいふくのような形になっていた。
「瑛璃ちゃん」
「!!っ」
名前を呼べばその饅頭が震えた。くるまっていては顔が見えないのでベッドに近づく。
「学校を休んだって、竜胆先輩から聞いたから来たんだけど…大丈夫かい?」
「…ん」
もぞりと動いたかと思うと布団から顔を出した。出したその顔の目からは大粒の涙が溢れており、目元はやや赤くなっている。
「いっしき」
ぐずぐずと泣きながら名前を呼ばれた。
「ごめんね」
「……うん」
これはこの前の返事だろう。やっぱり僕らの関係は幼馴染みで打ち止めだったのかもしれない。
小さい頃から、あの僕を救ってくれた時から君の事が好きだなんて君は知らないだろうし、君に構われる創真くんに度々嫉妬していたことも幸か不幸か勘違いされた。望みが薄いのなんて元からで、それでも諦めたくなかった。
だからあの弱っていたところにつけこんだんだ。
…我ながらみっともない。断られても仕方がないんだ。
「私、最低なんだ」
「どうして?」
「だってショタコン…っうわああああん」
「ちょ、ちょっと待って。一旦落ち着こうか瑛璃ちゃん」
瑛璃ちゃんを宥めて再び落ち着かせ続きを聞かせてもらわなければ、話が見えないままで終わってしまう。やっとこさ落ち着いた瑛璃ちゃんは再び言いづらそうに話し始めた。
「い、今まで弟扱いしてたくせに、今更男の人として意識するなんて。いくらなんでも都合が良すぎるし、小さい頃から散々頼って……この間助けてもらって今更かっこいいと思うとか…」
「そんなことでコロッと好きになる自分が嫌…昔から頼りきってその慧君を理想として基準にしようとする自分が嫌……今の慧君が好きなノーマルなのか、小さい頃の慧君が好きな、っショタコンなのかよく分からなくなっていく自分が嫌」
「…こんな最低なやつで本当にごめんなさい」
最後に言いきる辺りでもう既に彼女は泣いてしまっていて、僕も信じられない言葉に一瞬気後れした。
因みに瑛璃ちゃん、たぶんそれはまだショタコンではないと思うよ?
――――――でも
「ううん、いいんだよそれで。だって僕も君の言う『そんなこと』みたいなことで君に救われて、好きになったんだから」
「…え?」
「僕はね、あの飾り切りの時に瑛璃ちゃんと話さなかったら…きっと料理人をやめてた。僕を認めて僕に料理の楽しさと自由を教えてくれたのは君なんだ」
「でもそのせいで『落ちこぼれ』って…」
「それは誰かの評価。それでも今の僕を認めてくれる人はちゃんといるよ。それにいちいち気にしていたら自由な料理ができないし、ね?」
「……」
「ねえ、好きだよ瑛璃ちゃん。あの時からずっと。……ごめんね、返事がまだまとまらないなら今日じゃなくてもいいから無理しないでゆっくり考えて」
さっき瑛璃ちゃんの内心を聞いたこともあって、やや精神的に余裕ができた。焦らなくてもいいんだ。ゆっくりといつも通りの距離で僕は瑛璃ちゃんの僕に対しての『好き』をより確実なものにしていけばいいんだから。
「私も、好きだよ」
「え」
「…まだ、慧君の言う「好き」かどうか分かんないけど…小さい頃の慧君も今の慧君も両方とも好き」
「瑛璃ちゃん…」
「ごめんね、返事、出来なくて…でもお願いだからたとえ私が救いようのないやつだったとしても…嫌いに、ならないでっ……うわああああん!!!」
また泣き始めた彼女をあやすように頭を撫でる。
「大丈夫、嫌いになんてならないから」
「……ほん、とう?」
「うん、約束するよ」
「…ありがとう」
これからもずっとずっと彼女の隣にいよう。もう絶対に離すもんか。
「さて、じゃあお祝いに今日の夕食は僕が作るよ」
「え、いいの?でもせっかく来てくれたんだし…」
「いいのいいの。ゆっくりしてて、この通り…」
「気合い十分だから!!」
そして僕は
「み゛――――――!!!?」
「あはははは!」
瑛璃ちゃんがベッドから出てきても、夕食が出来上がるまで部屋の隅でまたくるまりながら待っていたのはまた別の話。
途中で慧君呼びになっているのは仕様です。
5/28修正によりくっついてません。