叡山君や審査員たちのことは私の一存ではどうすることも出来ない。というかひょっとしたら出来るのかもしれないし、確実な手段としては評議会で過半数による決議があるけど今はそれどころじゃない。
いや本当に。
「今年も北海道か」
進級試験が、もうすぐそこまで迫っているのだから。
「やっぱり例年通りバス·列車移動の礼文島が最終、と」
資料を見ながら確認していく。……とりあえず危なそうなルートはなさそうだ。よかった。
ただ問題は……
「薙切薊に早くも感化される講師陣がいることか」
分かっている限りの人間、グレーな人間は除外してなるべく公平な審査をしてくれる人間を入れたつもりだけど……矢面で活動していた叡山君が行動出来なくなっている今、水面下の薙切薊がどうでてくるのか分からない以上警戒することに越したことはないだろう。
「何より見逃すとは思えないしね」
えりなの方は大丈夫だろうか?極星寮で過ごすことで明るくはなってきたけど、それ以上にこの頃あの子にとって精神的にくる出来事が多かったわけなのだし。
慧君に聞いてみようかな。
「一色」
「なんですか、司先輩」
「最近のえりなはどう?寮の皆に上手く溶け込めてる?」
「はい。新たに『えりなっち』っていうあだ名で呼ばれてすっかり馴染んでます」
「そっか、よかった」
えりなのプライドの高さからひょっとしたら……なんて思っていたのは杞憂だったようだ。極星寮の皆がえりなについていてくれるのであれば大丈夫だろう。
「先輩も薙切君が気になるのであれば極星寮に泊まってはどうでしょうか?」
「え、でも私は……」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ、先輩だったら皆大歓迎ですから」
と、いうわけで。
「ご馳走様でした」
こうして私は今日も極星寮で夕食を頂いている。
皆の反応?うん、慧君の言う通り皆快く受け入れてくれました。もう私にも馴染んでた。まああれだけ醜態を晒せば威厳も何もあったもんじゃないしね!
「あ、あの、お姉さま」
「!えりな」
「その、お話が、あるのですが――」
「それは私一人の方がいい?」
「はい……」
こくりと頷いたえりなを見て私も頷いた。
「なら――一緒にお風呂入って話さない?」
――――――
極星寮の共同浴場は広い。広さでいうならそこらへんの銭湯よりかずっと大きい。……その代わり男女兼用ではあるけど。
「今日はもう皆上がったみたいで良かったね」
「そう、ですね」
とても言い辛そうに俯きながら相槌を打つえりな……せっかく二人きりなのに会話の間が持たない。
「ねええりな、極星寮での生活は楽しい?」
「ええ!?あ、そのなんというか、はい。皆には親切にしていただいているので」
「そっか、よかった。私ももっと気が利かせられればよかったんだけど咄嗟にここを選んでえりなには有無を言わせずって状態だったでしょう?うまく馴染めているのかちょっと気になってたの」
「……いえ、本当に皆良くしてもらっていて。そりゃあ味見役だとか他にも色々巻き込まれたりもしましたけど……屋敷や講義では味わったことのない経験がいくつもあって、少なくとも後悔は全くありません。それにやっと洗濯機を回せるようになったんです!!」
「せ、洗濯機?……そう、ならよかった」
「あ、すみません」
「ううん。そこまで言ってもらえたならよかった」
ふふ、と笑う私を見て赤くなるえりなだったが、すぐに表情が切り替わった。
「あの、お姉様。今回の事はお父様が申し訳ありませんでした。お姉様にとんだご迷惑を……」
「えりなは何もしてないんだから気にしなくていいんだよ。それに、私がどれほど恵まれていたのかも自覚できたいい機会だったし」
十傑の皆や極星寮の皆にふみ緒さん、それから慧君。本当に皆には助けられてばっかりだ。
「聞いても、よろしいでしょうか」
「うん?」
「なぜお姉様は、こんなに私に対して親身になって下さるのですか?」
「……そうだね、可愛い後輩だからとか妹みたいだとか理由は色々あるんだけどさ」
理由は色々あるのだ。後輩で寧々のような妹的な存在で、こんな私を慕ってくれてとかとか。でもやっぱり……
「私と似てるから、かな」
「私が、お姉様と?」
「そ、ちょっと長くなるかもしれないんだけど……聞いてくれる?」
「は、はい!」
「私はね、この髪と目の色で生まれてきたから良くも悪くも目立ってたの。それを気にした両親、特に父親が結構教育熱心だったらしくて、習い事も学業も全部一番でなければだめだった。だから私も言われるがままに頑張った。頑張ったんだけど――それがいけなかった。いやむしろ結果的にはよかった、のかな?」
「どういうことですか?」
「当時の私にとっては両親のいう事が全てで……『他人の物を奪ってでも頂点に立て』そう言われるがままに行動したら保育園でトラブル起こしちゃって。当然怒られたんだけど私にはどうして両親に怒られるのか分からなくて取った理由を言ったらそのまま距離を置かれるようになっちゃったの。それでこのままだと家庭そのものが危ないっていうことで一色のところに行くことになったんだ」
「そんなことが……」
「まあ、結果的にはよかったんじゃないのかな。私は一色や寧々たちと出会えたしこうして料理人への道に進むための進路への指針も出来た。両親も一時的に私がいなくなったことで家庭や自分たちを顧みることができた。お父様があのままだったらきっと、私は今ここにいないから」
「……」
「立場も境遇も全く違うからお門違いって言われても仕方ないけど。どうしてもえりなのことは放っておけなくてね。まああんまり役に立ててないのが現状なんだけど」
「!そんなことありません!!お姉様は屋敷から出る時も、ここに来てからもずっと私を助けてくださいました!!」
「……そう思ってもらえてるなら、私も嬉しいよ」
それからえりなとは他にもいろんなことを話した。新戸さんの事、十傑の事、少女漫画の事、そして今日幸平と話した事――やっぱり話を聞いてみてここに連れてきて正解だったみたいだ。
「あ、も、もうこんな時間!?申し訳ありませんお姉様」
「いやいいよ。長風呂にはリンドウによく付き合わされてるし。それと、明日のえりなの講義は私も参加するから」
「ええ!?」
「どうやら試験官をはじめとした関係者の何人かがきな臭いらしいから、大規模な試験に紛れて皆の妨害をしてこないとも限らないし。……実際、目に見えて反抗しているのはこの極星寮の皆と私たち十傑なわけだから。備えあれば憂いなし、でしょう?というわけでいい?えりな」
「!……ええ、もちろんです。こちらこそよろしくお願いします」
「うん。私はもう少しここにいるけど―――えりなはもう上がった方がよさそうだ。顔真っ赤だよ」
「あ……はい。では先に上がらせていただきます」
「体に気を付けるんだよ」
そしてえりなを送り出した後一人湯船で考える。
薙切薊の事、十傑の事、進級試験の事―――進路の事。
そういえば進路についてなんて真面目に考えた事なかった気がする。
候補としてまず上がるのはリンドウと一緒に未開の地に行って新食材発見の旅をする。二つ目は個人店を経営する。三つ目は遠月に就職する。
一番安定してるのは三つ目だ。その前に遠月からオファーがあればの話だけど。二つ目の場合は資本金も今までの賞金や仕事の報酬や定期的なレシピの使用料とかそういう蓄えがあるから大丈夫。ただ私一人で回せるってなると月饗祭の時のように規模はかなり小さくなるだろう。一番自由なのは一つ目。一番振り回されるのも一つ目だけど。
「――そういえばまだ一色に返事返してないんだった」
なにもかもなあなあのままこうして卒業間近まで来てしまった。今になってこうして押し寄せてくる辺り、学生までの負債は学生のうちに清算させようということなのだろうか。
……一人でいると情報の整理がしやすい代わりにどんどんマイナスなことも浮き彫りになるんだよね。よし、考えるの終わり。もう湯船から上がったらさっさとシャワー浴びて寝よう。
慧君の事は考えると思考が煮詰まるから特に―――――――
後ろの入り口が開く音がして思わず振り返るとそこには慧君が
「「え」」
私は全裸、慧君も腰にタオルを巻いただけでほぼ全裸。お互いに状況把握が出来ていないのか固まったまま。
初めに言ったようにこの大浴場は男女兼用で一つしかない。ということは必然的に男子の時間と女子の時間があるわけで――
「ご、ごめんなさああああああああい!!」
先に状況を飲み込んだ私は慌ててタオルをひっつかむと前を隠して一目散に大浴場から出た。
そう、私が入寮した時は私一人だけだったので失念していたのだった。
当然あの時の大浴場の使用時間は既に男子の時間に切り替わっており、悪いのはどう見ても私だ。慧君に悪い事しちゃったな……もしかすると私のせいでお婿にいけなくなるんじゃ!?
「ごめんね一色……」
神様、私あなたに嫌われるようなことしましたっけ?
やらかしてしまったことはもうどうしようもないけれど、せめて懺悔はさせてもらおう。……本当にごめん。
というわけでえりなとの交流、一色先輩ラッキースケベ回でした。食戟のソーマのノリは難しいデス。
端から自分の事は除外して一色先輩の心配してます(嫁に行くという選択肢そのものがないのもあって)。
このあとしばらくは正気に戻った一色先輩も真っ赤になります。そして主人公はしばらく目を合わせなくなります(笑)